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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

坂上郎女編(16)佐保風は

2010年03月30日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年5月14日】

我が背子せこが きぬ薄し 佐保風は
           いたくな吹きそ  家に至るまで


坂上郎女いらつめは 竹田庄たけだのしょうに居た
〈とうとう来るか  そろそろ許してやらねば〉
一族の結束を促し  
政界上層とのつながりを付け
大伴家躍進の いしずえ作りに邁進まいしんの日々
点睛てんせいは 家持と坂上大嬢さかのうえのおおいらつめとの 結びつき
〈こちらの  心積もりも知らず
 勝手に女をていに引き入れ 生活くらしを始める
 かと思えば  あちらの女 こちらの女と
 通い詰め 相聞のり取り
 少しく目立つ顔立ちをいいことに〉 
〈十五・六の頃 家に遊びに来ては まだとおにも満たない大嬢に かまいながらの気寄せ
 格好の  取り合わせと 思うたわ
 大嬢の兄慕いを見 代歌かわりうたを作ってやったな〉 
月立ちて ただ三日月の 眉根まよねき 長く恋ひし 君に逢へるかも
《三日月の ような眉毛まゆげを いたんで 恋焦がれてた あんたに逢えた》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・九九三〉 
振仰ふりさけて 若月みかづき見れば 一目見し 人の眉引まよびき 思ほゆるかも
《振り仰ぎ  三日月見たら 一目見た おまえの眉を 思い出したで》
                         ―大伴家持―〈巻六・九九四〉 

〈帰りを気遣きづかったこともあった〉
我が背子せこが きぬ薄し 佐保風は いたくな吹きそ 家に至るまで
《あんた着る  服薄いから 佐保の風 えろ吹いたんな 家帰るまで》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・九七九〉 

〈これは  家持の気を引こうとした時のもの〉
我が背子が 見らむ佐保道さほぢの 青柳をおやぎを 手折たをりてだにも 見むよしもがも
《佐保みちの あんた見ておる 青柳 せめて一枝 見たいもんやな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四三二〉 
うち上る  佐保の川原の 青柳は 今は春へと なりにけるかも
《佐保川の  河原の柳 青々と 春が来たんや 春やで春が》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四三三〉 

〈いやいや まだネンネの子 るに惜しいか〉
まじり 雪は降るとも 実にならぬ 吾家わぎへの梅を 花に散らすな
《風吹いて  雪が降っても 散らしなや まだ実ィ着けへん うちの梅花》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四四五〉 

「郎女さま  家持様が お見えです」
玉桙たまほこの 道は遠けど はしきやし 妹を相見に 出でてぞ
《遠い道 苦にもせんとに いとおしい 叔母あんたに逢いに 出かけて来たで》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六一九〉 
あらたまの 月立つまでに まさねば いめにし見つつ 思ひぞがせし
《ひと月が ってもあんた んよって 夢にまで見て 待ってたんやで》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一六二〇〉 
いそいそと  出迎えに立つ郎女
ふと見ると 顔を赤らめ 目を伏せている大嬢おおいらつめ
郎女の頬に みがこぼれる



坂上郎女編(17)枕と我れは

2010年03月26日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年5月18日】

玉主たまもりに 玉はさづけて かつがつも
             枕と我れは  いざ二人寝む



大嬢おおいらつめは 家持妻問い重ねの後 とついで行った
佐保大納言邸の  跡取り嫁として 同居の所帯だ

よわい 十八の花嫁
甘やかされての育ちか  実家が恋しい
今日も今日とて 坂上郎女いらつめは 追い返しに 心をくだ

〈居て欲しいは  やまやまなれど・・・〉
ひさかたの あま露霜つゆじも 置きにけり 家なる人も 待ち恋ひぬらむ
《もう帰り  露や霜かて 置くよって 家で待つ人 心配しとる》

玉主たまもりに 玉はさづけて かつがつも 枕と我れは いざ二人寝む
《ご主人に  お前返して もうわたし 枕と一緒に 寝さしてもらう》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六五一~二〉 

〈そう言えば  
 昔 所有田地でんち差配さはいで 跡見庄とみのしょうへ出向いた折 
 あの子  家で泣き暮れていたことがあった〉
常世とこよにと 我が行かなくに 小金門をかなとに もの悲しらに 思へりし わが児の刀自とじを 
ぬばたまの 夜昼よるひるといはず 思ふにし 我が身はせぬ なげくにし 袖さへ濡れぬ
かくばかり もとなし恋ひば 古郷ふるさとに この月ごろも 有りかつましじ

《帰らへん 旅でもないに もんに立ち 別れ悲しむ 我が娘
 夜るだけちごて 昼間でも 思い出したら 身は痩せる 嘆く涙は 袖濡らす
 こんな心に かるなら この故郷さとひとり 幾月も じっと出けへん 心配で》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・七二三〉 
朝髪の 思ひ乱れて かくばかり 汝姉なねが恋ふれぞ いめに見えける
《髪乱し 寝られんほどに うちのこと 恋しがるから 夢見るやんか》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・七二四〉 

〈帰したら 帰したで こっちが 寂しくなる 母娘おやこなんやなぁ〉
うち渡す 竹田の原に 鳴くたづの ときし 我が恋ふらくは
《鳴くつるは 引っ切り無しや それみたい あんた思うん 絶え間あれへん》
早河はやかはの 瀬にる鳥の よしを無み おもひてありし 我が児はもあはれ
《瀬早よて 羽根休めどこ ない鳥か あんた心配 気ぃ休まらん》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・七六〇~一〉 




坂上郎女編(18)斎瓮(いわいべ)据ゑつ

2010年03月23日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年5月21日】

草枕 旅行く君を さきくあれと
           斎瓮いはひべゑつ とこ


天平十八年〈746〉 
家持に 越中のかみの任が下った
政界で重きをすには 
地方での長官修行が習いだ 
遅すぎたきらいはあるものの
坂上郎女いらつめの 中央への働きかけが 功を奏したか

妻を都に置いての赴任 
家持への 家としての面目めんぼく
一人旅の娘婿への 憂慮ゆうりょが胸をよぎる 

草枕 旅行く君を さきくあれと 斎瓮いはひべゑつ とこ
《赴任旅 どうか無事でと とこに 陰膳かげぜんえて 祈っておるで》
今のごと  恋しく君が 思ほえば いかにかもせむ するすべのなさ
《今更の  ようにあんたが 思われる どしたらえんか わからへんがな》
旅ににし 君しもぎて いめに見ゆ が片恋の 繁ければかも
《旅った あんたしょっちゅう 夢に見る 一人思いが 激しいからか》
道のなか 国つ御神みかみは 旅行きも らぬ君を 恵みたまはな
《越中の  国の神さん 守ってや この子あんまり 旅知らんから》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻十七・三九二七~三〇〉 

赴任後の 家刀自いえとじの 気遣い 越の地迄追う
常人つねひとの 恋ふといふよりは あまりにて 我れは死ぬべく なりにたらずや
《恋しさは  普通のもんと 違うんや この恋しさは 死んでまうほど》 
片思かたおもひを 馬にふつまに おほて 越辺こしべらば 人かたはむかも
《この思い  馬の背中に 全部乗せ 送れば誰ぞ 知ってくれるか》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻十八・四〇八〇~一〉 

心配りの  嬉しさ
家持も  おどけ応える
天離あまざかる ひなやっこに 天人あめひとし かく恋すらば 生けるしるしあり
《越にる わしをこんなに 恋慕う 天女おるんや 嬉しいかぎり》
常のこひ いまだまぬに みやこより 馬に恋ば になへむかも
《恋心  募ってるのに 更にまた 馬の恋荷で 潰れてしまう》
                         ―大伴家持―〈巻十八・四〇八二~三〉 

あかときに 名告なのり鳴くなる 霍公鳥ほととぎす いやめづらしく 思ほゆるかも
《朝やでと うて鳴いてた ホトトギス 常より一層 うるわし思う》 
                         ―大伴家持―〈巻十八・四〇八四〉 
郎女の心を察し  
なんとは無しの歌をも添える  家持の優しさ




坂上郎女編(19)老づく吾(あ)が身

2010年03月17日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年5月25日】

・・・ゆくらゆくらに 面影おもかげに もとな見えつつ
       かく恋ひば おいづくが身 けだしへむかも



越中赴任から 三年みとせ
あれこれの不便から  
大嬢おおいらつめ越迎えの申し出が届く
家持の意をかなえるべくの 大嬢下向
行かせた後の 母のわびしさ
五十路いそじの身に 津々しんしんと募る

海神わたつみの 神のみことの 御櫛笥みくしげに たくはひ置きて いつくとふ たままさりて 思へりし が子にはあれど うつせみの 世のことわり大夫ますらをの 引きのまにまに しなざかる 越路こしぢをさして つたの 別れにしより 
海神かみさんが 櫛箱入れて 貯め置いて 大事にしてる 真珠玉 その真珠たまよりも いとおしい お前やけども 仕様しょう無しに 家持さんの 招きゆえ 遠い越国こしへと 行かしたが》
沖つ波 とを眉引まよびき 大船おほふねの ゆくらゆくらに 面影おもかげに もとな見えつつ かく恋ひば おいづくが身 けだしへむかも
《波によう似た  眉引きが ゆらゆらゆらと 眼に浮かぶ こんな恋しゅう 思てたら 老い先短い この身体からだ 耐えることなど できようか》  
                         ―大伴坂上郎女―〈巻十九・四二二〇〉 
かくばかり  恋しくしあらば まそ鏡 見ぬときなく あらましものを
《こんなにも 恋しゅう思う あんたなら ずうっとそばに 置けばよかった》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻十九・四二二一〉 

遥かな  都の空から しな離かる越へ
悲痛な思いを乗せた  母からの便り
大嬢は 家持に せめてもの心りの歌を強請せが

霍公鳥ほととぎす 五月さつきに 咲きにほふ 花橘の ぐはしき 親の御言みこと 朝暮あさよひに 聞かぬ日まねく
《ホトトギス 来て鳴く五月 咲きにおう たちばなはなの それみたい うるわし聞いた かあさんの 声聞かへんで 日ィ経った》  
天離あまざかる ひなにしれば あしひきの 山のたをりに 立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら やすけなくに 思ふそら 苦しきものを 
《山の陰から  立つ雲を 見ながら思う 里の空 嘆く心も 頼りなく 思う気持ちも えてくる》
奈呉なご海人あまの かづき取るといふ 真珠しらたまの 見が御面みおもわ ただむかひ 見む時までは 松柏まつかへの 栄えいまさね 貴きが君
奈呉なごの漁師が もぐる 真珠みたいな あのお顔 見たいと思う 今日日頃 お会いするまで お元気で 暮らし下さい お母さま》 
                         ―大伴家持―〈巻十九・四一六九〉 
白玉しらたまの 見がし君を 見ず久に ひなにしれば 生けるともなし
《逢いたいに 逢われへん日ィ 続いてる ひなるんで 仕様しょう無いけども》
                         ―大伴家持―〈巻十九・四一七〇〉 
大嬢おおいらつめ越下り二年後 天平勝宝三年〈751〉帰京を果たした家持
郎女  大伴家の安堵とは裏腹
藤原仲麻呂勢力 孝謙女帝の庇護ひごを得て伸長
諸兄もろえの地位をおびやかしていく