巻七（雑歌・比喩歌・挽歌）編（05）今日の小雨に

【掲載日：平成24年7月6日】

我妹子わぎもこが　赤あか裳もの裾の　ひづちなむ　今日けふの小雨こさめに　我われさへ濡れな



自然　現象　雲　雨　霧に
花　　苔　草と　植物続き
千鳥　河鹿かじかと　動物続く
景色　の誉めか　あの児のことか

大海おほうみに　島もあらなくに　海原うなはらの　たゆたふ波に　立てる白雲
《海原うなばらの　揺ゆれる波間に　白雲くも出てる　見渡す限り　島無いのんに》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八九）
我妹子わぎもこが　赤あか裳もの裾の　ひづちなむ　今日けふの小雨こさめに　我われさへ濡れな
《この雨に　あの児の赤裳裾もすそ　濡れてるか　わしもこの雨　濡れて行こかな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九〇）
通とほるべく　雨はな降りそ　我妹子わぎもこが　形見の衣ころも　我あれ下に着けり
《ずぶ濡れに　なるまで降ふりな　わし下に　あの児着とった　衣ふく着てるんや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九一）
ぬばたまの　我が黒髪に　降ふりなづむ　天あめの露霜つゆしも　取れば消けにつつ
《黒髪に　降おりる露つゆ霜じも　手に取って　見よと思おもても　取る度たび消える》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一一六）
島廻しまみすと　磯に見し花　風吹きて　波は寄よすとも　採とらずは止やまじ
《島めぐり　磯で見た花　偉えろ綺麗きれえ　風かぜ波なみ来ても　取らいで措おくか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一一七）
み吉野の　青根が峰みねの　苔蓆むしろ　誰たれか織おりけむ　経緯たてぬきなしに
《青根峰あおねみね　苔の筵むしろは　見事やな　縦横糸たてよこなしで　誰織おったやろ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一二〇）
妹らがり　我が通かよひ道ぢの　小竹しの薄すすき　我れし通かよはば　靡なびけ小竹しの原
《お前所とこ　通かよう道みち辺べの　細竹しの薄すすき　わし通る時　靡なびいて道空あけや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一二一）
山の際まに　渡るあきさの　行ゆきて居ゐむ　その川の瀬に　波立つなゆめ
《あいさ鴨　山を渡って　降おり立つ瀬　川の瀬波よ　立たつんやないで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一二二）
佐保川の　清き川原かはらに　鳴く千鳥　蛙かはづと二つ　忘れかねつも
《佐保川の　清い河原で　鳴いとった　千鳥と河鹿かじか　忘れられんな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一二三）
佐保川に　騒さわける千鳥　さ夜よ更ふけて　汝なが声聞けば　寝いねかてなくに
《佐保川で　騒ぐ千鳥よ　夜よぉ更ふけて　声聞いたなら　寝るに寝られん》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一二四）



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巻七（雑歌・比喩歌・挽歌）編（04）檜隈川の

【掲載日：平成24年7月3日】

さ檜隈ひのくま　檜隈ひのくま川がはの　瀬を早み　君が手取らば　言こと寄せむかも



泊瀬はつせ　布留川ふるがわ　川の瀬清い
渡る檜隈ひのくま　あの児と一緒
川　の名前に　事寄せ歌う
可愛かわいあの児が　この目に浮かぶ

泊瀬川はつせがは　白木綿花しらゆふばなに　落ち激たぎつ　瀬を清さやけみと　見に来こし我れを
《白木綿花ゆうはなが　砕くだけ散る様よで　瀬ぇ清い　泊瀬はつせの川を　わし見に来たで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇七）
泊瀬川　流るる水脈みをの　瀬を早み　ゐで越す波の　音の清さやけく
《泊瀬はつせ川　逆巻さかまく流れ　早いんで　堰せき越す波の　音清らかや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇八）
さ檜隈ひのくま　檜隈ひのくま川がはの　瀬を早み　君が手取らば　言こと寄せむかも
《檜隈ひのくまの　川の瀬早い　そやからて　手ぇ繋つないだら　噂うわさなるかな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇九）
斎種ゆだね蒔まく　新墾あらきの小田をだを　求めむと　足あ結ゆひ出いで濡れぬ　この川の瀬に
《清め籾もみ　蒔まく新しん田圃たんぼ　探さがそして　瀬ぇで足装束しょうぞく　濡らして仕舞しもた》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―　作者未詳―（巻七・一一一〇）
古いにしへも　かく聞きつつか　偲しのひけむ　この布留ふる川がはの　清き瀬の音を
《このままを　聞いたんやろか　昔かて　この布留ふる川の　清らか瀬音》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一一一）
はね蘰かづら　今する妹を　うら若み　いざ率川いざかはの　音の清さやけさ
《初々し　蘰かずら被かぶる児　誘さそおして　いざ云いう率川かわの　瀬音清らや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一一二）
この小川をがは　霧ぞ結べる　激たぎちゆく　走井はしりゐの上へに　言こと挙あげせねども
《この川に　霧立ってるで　湧き水の　傍そばで嘆きを　口した違ちゃうに》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一一三）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（霧は嘆く息の象徴しょうちょう）
我が紐ひもを　妹が手もちて　結八川ゆふやがは　また還かへり見む　万代よろづよまでに
《わしの紐ひも　お前手で結ゆう　結八川ゆうやがわ　また見に来るで　後々あとあとずっと》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一一四）
妹が紐　結八ゆふや河内かふちを　古いにしへの　みな人見きと　此処ここを誰たれ知る
《お前紐結ゆう　結八ゆうやの洲処すどこ　その昔　皆みんな見た言う　そら尤もっともや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一一五）



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巻七（雑歌・比喩歌・挽歌）編（03）こち巨勢山(こせやま)と

【掲載日：平成24年6月29日】

我が背子を　こち巨勢山こせやまと　人は言いへど　君も来きまさず　山の名にあらし



山詠よむ歌は　三輪　香久かぐ　巨勢こせに
二上ふたがみ　三笠　馴な染じみの山よ
川を詠よむ歌　吉野が続く
大淀　六田むだに　宮瀧見たい

三諸みもろつく　三輪山見れば　隠口こもりくの　泊瀬の檜原ひばら　思ほゆるかも
《三輪山を　しみじみ見たら　懐なつかしい　初瀬の檜原ひばら　見とうなったで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九五）
古いにしへの　ことは知らぬを　我われ見ても　久しくなりぬ　天あめの香具山
《その昔　わしは知らんが　香久山かぐやまは　ずっと長なごうに　神々こうごうしいで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九六）
我が背子を　こち巨勢山こせやまと　人は言いへど　君も来きまさず　山の名にあらし
《あんた来る　云う巨勢山こせやまや　聞いたけど　あんた来こんがな　ただの山名なぁやん》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九七）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（巨勢＝こせ＝来背＝背が来る＝あんた来る）

紀伊道きぢにこそ　妹山いもやまありといへ　玉櫛笥たまくしげ　二上山ふたがみやまも　妹こそありけれ
《妹山は　紀の国だけや　云いうけども　二上山も　雌岳いもやまあるで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九八）
片かた岡をかの　この向むかつ峰をに　椎しひ蒔まかば　今年の夏の　蔭にならむか
《前にある　向かいの峰に　椎しいの実を　蒔まいたら夏に　日陰ひかげなるかな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九九）
大君おほきみの　御笠みかさの山の　帯おびにせる　細谷ほそたに川がはの　音の清さやけさ
《三笠山　ぐるっと廻めぐり　流れてる　細谷ほそたに川がわの　瀬音清きよらや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇二）
今しくは　見めやと思ひし　み吉野の　大川淀おほかはよどを　今日けふ見つるかも
《おいそれと　見られんやろと　思おもとった　吉野大淀おおよど　今日見たんやで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇三）
音に聞き　目にはいまだ見ぬ　吉野川　六田むつたの淀を　今日けふ見つるかも
《評判は　聞いとったけど　見てなんだ　吉野六田むだ淀　今日見たんやで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇五）
馬並なめて　み吉野川を　見まく欲ほり　うち越え来てぞ　瀧に遊びつる
《み吉野の　川見みとなって　馬連つらね　山越え滝で　遊んだこっちゃ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇四）
蛙かはづ鳴く　清き川原かはらを　今日けふ見ては　何時いつか越え来て　見つつ偲しのはむ
《河鹿かじか鳴く　清らか川原　今日見たで　次に山越え　何時いつ来こよかいな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇六）



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巻七（雑歌・比喩歌・挽歌）編（02）小簾(をす)の間(ま)通し

【掲載日：平成24年6月26日】

玉垂たまだれの　小簾をすの間ま通とほし　ひとり居ゐて　見る験しるしなき　夕月夜ゆふづくよかも




満みちは嬉しや　欠けるは悲し
遅おそう出る月　待つのは焦じれる
雲霧隠す　恨うらめし限り
暫しばし顔出せ　あの児を偲ぶ

山の端はに　いさよふ月を　出いでむかと　待ちつつ居をるに　夜よぞ更ふけにける
《山陰やまかげに　隠かくれとる月　何時いつ出るか　待ってるうちに　夜よる更ふけて仕舞もた》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七一）
海原うなはらの　道遠みかも　月読つくよみの　光少すくなき　夜よは更けにつつ
《海の道　遠とおに辿たどって　来るのんで　夜よ更ふけなったに　月ぼんやりや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七五）
真澄鏡まそかがみ　照るべき月を　白栲しろたへの　雲か隠せる　天あまつ霧かも
《良ええ月が　照るはずやのに　見えへんの　雲が隠すか　霧隠すんか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七九）
霜曇しもぐもり　為すとにかあるらむ　久方の　夜よ渡る月の　見えなく思へば
《渡る月　良よう見えへんの　なんでやろ　霜降る空が　曇るからかな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八三）
山の端はに　いさよふ月を何時いつとかも　我あは待ち居をらむ　夜よは更けにつつ
《山陰やまかげに　隠れとる月　何時いつ出るか　わし待ってるに　更ふけて来たがな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八四）
玉垂たまだれの　小簾をすの間ま通とほし　ひとり居ゐて　見る験しるしなき　夕月夜ゆふづくよかも
《吊つり下さげた　簾すだれ通して　月見ても　一人見るのん　甲斐かいあらへんな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七三）
春日山　おして照らせる　この月は　妹が庭にも　清さやけくありけり
《春日山　広ひろ照らす月　清らかや　あの児の庭の　月そやったな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七四）
この月の　此処に来きたれば　今とかも　妹が出いで立ち　待ちつつあるらむ
《月こんな　高たこなったんで　もう来ると　あの児このわし　待っとんやろな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七八）
妹があたり　我わが袖振らむ　木この間より　出で来る月に　雲なたなびき
《あの児の方ほ　向こて袖振ろ　思うんで　木き陰かげ出る月　雲懸かかりなや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八五）



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巻七（雑歌・比喩歌・挽歌）編（01）月の清けさ

【掲載日：平成24年6月22日】

百磯城ももしきの　大宮人おほみやひとの　罷まかり出て　遊ぶ今宵こよひの　月の清さやけさ




巻まき七集つどう　歌の数　百ひゃくが三みっつに　拾五じゅういつつ
人麻呂歌集かしゅを　除いたら　三百弱の　二九五にいきゅうご
含む種類は　三種類　雑歌ぞうか比喩歌ひゆうた　挽ひきの歌
雑歌多くて　二百弱　内羈き旅りょ歌うたが　八十六はちじゅろく

先ずは雑歌ぞうかの　登場で　自然風物ふうぶつ　題材に
天体詠よむは　月多い　景色愛めでるは　山や川

日暮れ　来たなら　真っ暗闇夜
月　が出たなら　心は晴れる
月よ照れ照れ　この地を覆おおえ
西による月　留とどまれ暫しばし

ひさかたの　天あま照てる月は　神代にか　出で反かへるらむ　年は経へにつつ
《　あの月は　神代生まれて　それ以来　出ては隠れて　これまでずっと》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八〇）
大夫ますらをの　弓末ゆずゑ振り起し　狩高かりたかの　野辺のへさへ清く　照る月夜つくよかも
《良ええ月や　高円たかまど野原　照らす月　いつもに増して　清らか見える》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七〇）
明日あすの宵よひ　照らむ月夜つくよは　片寄かたよりに　今宵こよひに寄りて　夜よ長くあらなむ
《明日あした照る　分ぶんまで今夜こんや　照ってんか　今日の良ええ月　長なご見たいんで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七二）
百磯城ももしきの　大宮人おほみやひとの　罷まかり出て　遊ぶ今宵こよひの　月の清さやけさ
《宮仕つかえ人びと　仕事済まして　遊んでる　今夜こんやの月は　偉えろ澄んでるで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七六）
ぬばたまの　夜よ渡る月を　おもしろみ　我が居をる袖に　露ぞ置きにける
《月清きよて　ずっと見てたら　わしの袖　夜露よつゆに濡れた　気ぃ付かん間まに》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八一）
水底みなそこの　玉さへ清さやに　見つべくも　照る月夜つくよかも　夜よの更ふけゆけば
《夜よる更ふけて　月益々ますますに　冴さえて来た　水底みなそこ玉が　良よう見えるほど》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八二）
靫ゆき懸かくる　伴ともの男を広き　大伴に　国栄さかえむと　月は照るらし
《大伴が　治おさめる御津みつの　難波なにわの地　映はえ栄さかえやと　月照っとるで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇八六）
常つねはさね　思はぬものを　この月の　過ぎ隠かくらまく　惜をしき宵よひかも
《いつもなら　そは思わんに　今日の月　西隠かくれるん　偉えろ惜おしいがな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇六九）
ぬばたまの　夜渡る月を　留とどめむに　西の山辺やまへに　関せきもあらぬかも
《空移る　月留とめたいな　西空にしぞらの　山の辺あたりに　関所が欲ほしで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇七七）



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「歌心関西訳」の作成過程をご覧ください。
これなら　あなたも　訳せますよ。
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