モスグリーン

2019-03-07 22:30:49 | 生物
雨の中

春の緑が萌え出す前に

苔は冬でも輝いています
        

ここは三色

石垣の上の台のようなところは深緑

石垣の途中は灰緑

下の方は若緑

転石苔生さずということわざをよく思い出します

受験生の頃 英語のA rolling stone gathers no mossの訳語として

知ったのが最初でした

その後いつも自分のことだと自虐的におもいだしていました

転がる石井さんは何も身に付かないと

転石苔生さずには二つ意味があるそうです

イギリス式には ひとところに落ち着かない奴には何も残らない の意

アメリカ式には 柔軟に身を処す人は古臭くならない の意

ロックバンドのローリングストーンズはきっとイギリス式の方からの命名でしょう

なに ローリングストーンズを知らない

ならば クイーンならどうじゃ

映画「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットは若い人にも訴えたようですし

私の時代はビートルズなんだけど

私自身はプレスリーなのでどのバンドもピンときません

私は子供の頃からひとまわり以上上の人たちと同じ好みだったので

あ、今度NHKで内村光良やムロツヨシがクイーンのパロディコントをやるそうで
        

見たいなあ

何の話でしたっけ

クイーン? いやビートルズ いやローリングストーンズでしょうが


フォッサ・マグナ

2019-03-06 20:00:08 | 日記
中学生の社会の問題を校正していたら

チバニアンという言葉がでてきた

地球は磁石のようなものだけど

その磁気の方向が逆向きだった時代があって

地層にも表れており

それが千葉の養老川のあたりでは

露出しているから観察できるのだそうだ

その77万年前の時代を世界的にチバニアンと名づけようとしているらしい

それでフォッサマグナを調べなおしたら

大きな溝という意味の言葉ではあるが

糸魚川と浜松を結ぶ線ではなく

そこから始まる帯状の面であることを今頃知った

私はブログに何度もフォッサマグナ以東の植物風土に興味ないといってきたが

もしかしたらフォッサマグナ上の植物風土に興味がないのかもしれない

フォッサマグナが切れる福島より東の植生はまだ浸るほど実感してないもんね

糸魚川にはフォッサマグナパークというところがあって

その二つの地層がみられるようになっているんだって

マグナの方は6500万年前の地層なのに

それより西は5億5千万年前の地層というから

桁が違いすぎる

植物や土や風景の雰囲気がちがうはずだわね

あたしの動物的な感覚に間違いはなかった

フォッサマグナ上の植物は味気ないと言ったら失礼になるんやろか

そこにすんでいる人に

好き嫌いはどうごまかしようもないけれど

私が知っているところでは

土地によって差別発言をした例は

映画「まぼろしの邪馬台国」の中で

宮崎康平役の竹中直人が

「関東の田舎者が」と言い放ったのが忘れられない

折しも今「翔んで埼玉」が大ヒット

埼玉差別を逆手にとって皮肉とパロディのオンパレード

そこまでいくとどんな深刻な問題も悲劇も

へらへら笑えるのが人生という気になる

通信生の大学の同級生でアドレナリンの多い若者が

教授の「ダサイタマ」発言にかーっとなってつかみかからんとしたことがあった

彼は新潟の人なんだけどね

夫婦の間では、出身地や親兄弟のことで文句を言ってはいけないという

あ、なんの話やったかいな

フォッサマグナ、いや、チバニアン、ダサイタマ

もっとお勉強しましょ

糖衣

2019-03-05 20:10:25 | 美食
お取り寄せした季節菓子「桃カステラ」


上にかかっている糖衣のすり蜜が身上だ

昔は糖衣のパンおおかったのに

最近ではあまり見ない

メロンパンがはやったように

白い糖衣のかかったパンがはやらないかな

時々食べたくなる

この時期のフランス菓子「カリソン」にも糖衣がかかっている


昔、フランスの料理事典を訳した時

まだ日本に売っていなかったこの菓子を

自分で作ってみた

筬形、紡錘形のかたちにするのに

スペードの抜き型を伸ばして使った

上の糖衣はフランスではグラッサージュというが

カリソンの場合は卵白を混ぜるのでglace royaleという

よしこさんのパリみやげにもカリソンを頼むことが多かった

さちこさんとフランスに行った時

みつけたカリソンは白以外の色つきで

ちょっと下町っぽくて面白かった

今年ももうすぐ復活祭

カリソンは復活祭のお菓子です

初節句

2019-03-04 20:17:52 | 日記
昨年東京で発見された111年前の雛は

奈良の名園「依水園」に寄贈されたという

依水園の昔の所有者が孫に送った雛だったことによる。

発見された昨秋にも公開されたが、

今年は寄贈後初の御節句で2月4日から公開された

お雛様は京都に特注の一点もので、

段飾りではなく曲水の宴をたのしむ貴族たちというスタイル

写真で見た公卿の衣装の紫色がすばらしいので

見に行きたいと思って調べたら

公開は3月3日まで

関西やのに旧歴の三月三日まで飾らんかい

また来年の愉しみに

うちの御殿かざり終え(させ)ました

これで早春の四大義務、申告、会報、ジャム作り、お雛出し、しゅーりょーっ

うちのひなは正確には来年が100年

これを受け継いでくれるはずの孫が出来て感慨深いかって?

そんなもん、このババはなんとも思わんわい

MAGO YORI NYANKO





 もがり または 恩師 ④

2019-03-02 20:04:03 | 物語
ものがたりにモデルはありますが、事実どおりではありません


 中学二年、三年の国語の担当は典子先生ではなかったので思い出が少ない。ただその学年の国語担当の先生から

典子先生の話を聞かされたことがある。

 その先生の国語のテストに“好きな詩人の名前をあげよ”という問題が出た。私はまた不貞腐れて雑誌『ジュニ

アそれいゆ』で見たフランシス・ジャムの名前を適当に書いておいた。その答えが典子先生にも伝わると喜んでお

いでだったというのだ。

 典子先生もそれいゆ派だった。先生のオーダーメイドのモードもそこから来ているらしい。当時それいゆに載っ

ていたジェラールフィリップの写真を大胆にもカトリックの学校で職員室の机に飾っていらしたとずっと後で聞い

た。先生は私より一回り上だった。

 中学三年の修学旅行は山陽山陰方面だった。典子先生も引率にいらしたのに何の記憶もない。唯一、博多駅に帰

着した時に典子先生の婚約者という人が出迎えに来ていて皆が噂の材料にしたことだけを覚えている。

 その方は九大の助手をなさっていて国文学の先生ということだった。そして間もなく典子先生は永沢を名乗られ

た。


「あそこは美男美女夫婦だね」

と父が言ったとき、まだ子供の眼しかなかった私にはすぐにわからなかった。典子先生は竹久夢二が描く女性のそ

のもののような容姿、お相手の謙三先生は津川雅彦を思わせる風貌。そういえばそうかもしれない。

 父が教えていたのは英文学だったが、大学の文学部で謙三先生とも顔見知りだった。そして謙三先生の妹さんは

父の教え子で、我が家にも遊びにいらしたことがあるというつながりがわかった。

 受験とは無縁の女子校で一人だけ急に国立大学を目指して受験勉強を始めた私は、息抜きを探していた。塾以外

では大学受験とは関係のない友人の方が親しくしていた。そして我が家でおむすびパーティーを開くことにした。

大食の友人三人を招くことにしたが少し大人の味わいも加えたいと思った。一番の候補に典子先生を思いつき、職

員室に向かった。

「先生、うちでおむすびパーティーをしますが、いらしていただけませんか」

「あら、嬉しいわ。喜んで」

あまりにすんなり要求が通ったので拍子抜けするほどだった。

 在校生が受験勉強中にその学校の先生を招いて遊ぶなど、特別なことだろうに、何を話したのか、どんな雰囲気

だったのか、思い出せない。、

 先生が上品ではかなげで穏やかな方だったからだ。

 高校の遠足の帰り、バスの中で生徒たちはマイクを回して歌を披露していた。典子先生にマイクが渡され、皆が

やいやいと先生の歌をせがんだ。先生はゆっくりと詩の朗読を始められた。

「山のあなたの空遠く、幸い住むと人の言う、…」

みごとな収め方だった。

典子先生は、無作法、はしたない、見苦しい、大げさ、という言葉とは無縁の人だった。






満開

2019-03-01 21:46:51 | 生物
これは公園にぽつぽつと生えているスミレの

一株を抜いてもってきたもの

二年前だったかなあ

公園では今もぽつぽつとみかけるけど

うちの植木鉢みたいに20個も花を付けているのはない

よほど我が家の環境がよかったのか

春まだ浅いこの時期に満開だなんて見応えあります

お隣の彼岸桜も満開だし

お向かいの雲南サクラソウも満開だし
        

そのおとなりの梅の古木も満開
        

きっと福岡のお屋敷のお蔵の裏の白ツバキも最後の満開