先般から、解雇規制撤廃に関する私の意見について、色々コメントをいただいているが、どうもエモーショナルな反応が目立ち、趣旨が理解されてないようなので、簡単にまとめてみる。
私の主張は、レトリックとして多少ののデコレーションが付いているものの、要旨は以下の通り極めてシンプルなものだ。
【大前提】
・市場の力関係は重要と供給のバランスで決まる。需要が少なく供給の多い場合には、売り手の交渉力は相対的に弱くなる。
【小前提】
・不況期には、需要そのものが少ない。解雇を自由にしても、それは労働重要そのものを増やす訳ではなく、解雇された者と新卒者で、決まった分量のパイを奪い合う結果になり、総体として供給超過の状況に変わりはない。
【結論】
・よって、解雇自由は失業率改善のための処方箋にはならず、かえって労働者を疲弊させる。
労働需要をどうして増やすかといったことは、また別の問題ではあるが、私の意見は、「少なくとも解雇自由は、特に不況期においては効果がなく、かえって状況が悪くなりますよ」といっているだけなのである。何も難しい理屈を言っているわけではない。論理的に考えればそうなるというだけのことであり、これだけ単純な論理構成が理解されないのは不思議でもあり、残念でもある。
(ぽちっとお願いします。) ⇒
「時空の流離人(風と雲の郷 本館)」はこちら
「本の宇宙(そら)」(風と雲の郷 貴賓館)はこちら
○関連ブログ記事
・夜明け前の独り言 水口洋介
・EU労働法政策雑記帳
私の主張は、レトリックとして多少ののデコレーションが付いているものの、要旨は以下の通り極めてシンプルなものだ。
【大前提】
・市場の力関係は重要と供給のバランスで決まる。需要が少なく供給の多い場合には、売り手の交渉力は相対的に弱くなる。
【小前提】
・不況期には、需要そのものが少ない。解雇を自由にしても、それは労働重要そのものを増やす訳ではなく、解雇された者と新卒者で、決まった分量のパイを奪い合う結果になり、総体として供給超過の状況に変わりはない。
【結論】
・よって、解雇自由は失業率改善のための処方箋にはならず、かえって労働者を疲弊させる。
労働需要をどうして増やすかといったことは、また別の問題ではあるが、私の意見は、「少なくとも解雇自由は、特に不況期においては効果がなく、かえって状況が悪くなりますよ」といっているだけなのである。何も難しい理屈を言っているわけではない。論理的に考えればそうなるというだけのことであり、これだけ単純な論理構成が理解されないのは不思議でもあり、残念でもある。
(ぽちっとお願いします。) ⇒
「時空の流離人(風と雲の郷 本館)」はこちら
「本の宇宙(そら)」(風と雲の郷 貴賓館)はこちら
○関連ブログ記事
・夜明け前の独り言 水口洋介
・EU労働法政策雑記帳
知識時代に、受験競争で時代遅れの知識を詰め込ませ、世界最低となった大学に進学させ、外国語もIT能力も金融や法知識もない若者を育てれば、就職できず貧窮するのは当然です。
各地の母親グループやPTA等が「『おバカ教育』の構造」(阿吽正望 日新報道)を読む活動を始めたのは、大きな危険に気付いたためです。すべての親にとって、子供が低所得者となり、結婚できず、ホームレス、ネットカフェ難民になることが、現実の問題となっています。
そのため、子供を守り、家庭を守り、生活を守るために、教員に質の高い教育を要求し、政治家に教育システムの根本改革を求める運動が始まりました。
親や若者の行動は、全国に拡大していきます。なぜなら、質の高い教育を受けることが、生き残るために必要不可欠な時代となったからです。
必要が、発明も革命も生み出します。
しかし、就職難、貧困の原因がただちに日本の教育の質にあるというのは、少しロジックが飛び過ぎているのではないでしょうか。どんな教育システムを持っている国でも、不況の際には、就職難になるものです。
また、「世界最低となった大学」というのも、数ある大学のうちのどの部分を指しており、また、どのような根拠によるものからなのでしょうか。特に理工学関係では、日本の大学は結構「イケてる」というのが、私の認識なのですが。
多くの企業が一斉に整理解雇を必要とするような大不況が発生する原因は、需要と供給のインバランスではない。
【小前提】
大不況期に企業と労働者の双方の体力を同時に減じる事は、企業に消極的な経営を強いる事になり、不況の原因が取り除かれた後にも、「失われた10年」が延々と繰り返される。
【結論】
サブプライムローン問題で最も被害の少なかった日本の不況が最も酷く、大規模な整理解雇が行われた欧米の方が不況の程度が軽く、更に日本より早く不況を脱しそうな現在、不況時に企業が整理解雇して身軽になれる合理性を評価するべきである。
【結論2】
大不況により整理解雇で失職した労働者が、次の好況時に再就職できるまで生存できる法的枠組みをつくるのは行政の責任である
bobbyさんは大前提として「多くの企業が一斉に整理解雇を必要とするような大不況が発生する原因は、需要と供給のインバランスではない。」と述べておられますが、私はなにも、整理解雇を必要とする原因については述べていません。
私が大前提として述べているのは、一般的に、市場の力関係はどう決まってくるかということだけです。やはり、思考のバイアスに支配されているのではないでしょうか。
大前提への反論となっていない以上、これ以上のコメントは無用だと思います。
そこで、「少なくとも解雇自由は、特に不況期においては効果がなく、かえって状況が悪くなりますよ」が成立する条件として、国内で労働者が移動する行き場の無い大不況を想定すべきかと考えました。この条件で、企業が合理的な行動(大規模な整理解雇)を行えば、工場労働者、ホワイトカラー、サービス業従事者など大多数の労働者の失業率を低める事はほぼ不可能です。ですから、そもそも大不況時に解雇自由を失業率低減に結びつける事は無意味な議論になりますので、それに対する議論はしません。
しかしながら視点を変えて、論点の解雇自由と失業率の低減を維持したまま、「大不況時の失業率低減」ではなく、「大不況が終わった後の早期失業率低減」にすれば建設的な議論が可能であると考えました。
以上のような理由から、上記の「反論」を作成いたしました。(大前提で書いた内容がいまひとつ気に入りませんが、息子のハロウィンパーティーでしたたかワインを飲み、二日酔いの頭で考えましたので、多少大目にみてください)
そもそも不況とは、経済全体で失業率が上がっている状況です。特定の産業のみが不景気な場合は不況とはいいません。
有効求人倍率が1より低ければ、理論的にはパイは全員に行き渡らなくなります。
普通の不況、大不況と分けること自体にはあまり意味がないと思いますが。