文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
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ウンコはどこから来て、どこへ行くのか ――人糞地理学ことはじめ

2020-11-13 09:18:08 | 書評:学術・教養(人文・社会他)

 

 そのなんとも香ばしいタイトルに思わず買ってしまった本書。副題にあるように、人文地理学ならぬ人糞地理学の本である。

 このタイトルだが、ゴーギャンの代表作に「我々はどこから来たののか 我々は何者か 我々はどこへいくのか」というものがある。(p208) 明記はされていないが、この本のタイトルはここからついたのは明らかだろう。タヒチでは、新しい王が決まるとウンコまみれにされるらしい(p206)。ゴーギャンはこの様子を文章に残しているが、その様子によほど感銘を受けたのだろう。

 ウンコがどこから来るのかは明らかだが、どこへ行くかは国や時代によって違う。例えば、江戸時代の日本では、人糞は肥料としていた。つまり資源だったのだ。私が子供の頃まで人糞を肥料として使う人がいたのをうっすら記憶している。昔の沖縄にはフール(豚便所)というものがあった。中国から来たもののようだが、人間のウンコを豚が喰い、豚のウンコは肥料にしたのである。しかし今では完全な汚物扱いである。

 ところで、後始末の方だが、これも色々ある。今のようにトイレットペーパーが一般的になる前は、チリ紙が使われていた。(田舎ではチリ紙は結構使われていた。今ではチリ紙という言葉も死語になってしまった観があるが。)下水の整備により、バキュームカーを見たことがない子は結構いるのではと思う。私の田舎には下水がないので、現役なのだが。

 国によっては、砂漠の砂を使ったり、トウモロコシの髭を使ったり。我が国での主流は葉っぱを使うという方法だ。蕗やクズの葉がよく使われていたようだ。本書によれば、蕗の語源は「拭き」であり、クズの語源は「糞」と言う説があるようだ。

 著者は、エピローグで、ヨーロッパで列車に乗った時、トイレのブツを受け止めるところに穴が開いており、その下に線路が視えたことに驚いたと書いているが、実は、日本でも昔は、同じ方式だった。著者は、日本で見たことがなかったのだろう。このあたりのジェネレーションギャップ(地域的なギャップ?)を感じてしまう。

 アイドルはウンコしないという伝説があった。そういえば、アニメなんかでも排尿シーンはたまにあるが、排便シーンはほとんど見ない気がする。ウ〇コネタ(伏字にするのは意味があるのか)があるのは「ソウナンですか?」(相良梨々、(原作)岡本健太郎)くらいしか覚えがないのだが。でも食べることが大事なように、同じくらい出す方も大切なのである。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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