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萌えてばかりもいられない!

そんなに色々なことにやたらと深い造詣などいだけないから適当に綴っていこうかしらん

塩漬け豚バラブロック vol.2 ペッパーグリル

2011-12-12 06:15:59 | プチ萌え
前回、面白く漬かった豚バラブロック。直後から第2弾。その後にロース肉に変えて第3弾用を仕込んでいました。


こいつが2週間前のもの。
塩は適度にして、途中足すことはせず、毎朝クッキングペーパーを換えて包み直し、ペーパーに点いている水分をどんどん捨てていくような作業を繰り返していました。


レシピは・・・
豚バラ肉・・・500g
マジックソルト・・・大さじ1杯から2杯
クミン・・・2振り
コリアンダー・・・2振り
バジル・・・2振り
チリペッパー・・・1振り
ガラムマサラ・・・1振り


作り方・・・
ブロックにフォークで適度に穴を開けて、上記スパイス・香料を振りかけて揉み込む。
そしてクッキングペーパーを巻いて、Ziplockのパッキングに入れて、冷蔵庫の真空チルド室に入れておく。

毎朝ペーパーを換える・・・2週間

ここからは文章と画像で。
まずは大きく2つに切って、


湯に入れて弱火で10分くらい煮込みました。


その塊りを取り出し、2口大くらいの大きさに切り刻んで、


グリルで10分程度裏表万遍無く焼き上げます。


ペッパーミックスをカリカリと振りかけて完成。

煮込むなら焼かない。
焼くなら煮込まない。
という選択肢もあったかと思うのですが、前回しょっぱかったのを取り除く意味でも煮込みたかったし、2週間という漬け込み時間から、安全を取ってグリルでしっかり火も入れたかったというのが正直な調理の感想。

もしそのまま煮込むならシノビッチさんにお薦めされた3日くらいで行くべきかと思いました。まぁ大きくブロックで煮込んだので芯がほんのり赤く、美味しそうではあったんですけどね。

セシリアさんの作り方の場合(煮込まず塩湯に漬けて火を通す)は、より新鮮なお肉とバラではなくて今漬けているロースの方が合いそうだと思いました。

火をしっかり通したいのであれば、バーベキュー用の鉄串を刺して火にかけるのも手かと思います。

今1週間経った第3弾のロース肉。水分がバラよりもよくでるのですが、後1週間漬けてみようと思っています。

昨日煮込んだ時のスープを残していて、少し表層部の脂を取り除いて、今朝頂こうと思っています。
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塩漬け 豚バラブロック

2011-11-27 02:59:21 | プチ萌え
先週は週の真ん中に祝日が入るという、ありがたい週ではありましたが、なんだかその勤労感謝の祝日が”土曜日”のように感じられ、昨日はまた土曜日・・・。
水曜日自体の夜の番組に定番番組でもあれば、曜日感覚が矯正されたのかもしれませんが、一瞬の木曜日が変な週初めのような日な雰囲気の中でした。


ところで話は変わりまして、、、
最近、会社帰りに買い物をすることが多いんですけど、ハムとかソーセイジとか。他にもスパイスだとかコンソメだとか・・・カットトマトに調味料。
朝食のうち、スープや味噌汁を自作することが増えたので、自分自身で具を考えて購入することも増えました。んで、その買い物に行く先、最寄り駅か隣駅にスーパーやら24時間のスーパーがあるのでもっぱらそこを利用していましたが、たまたま寄った職場近くの川崎LAZONA内にあるSANWAというスーパーに寄ってみたら、驚くほどってこともないですけど、お肉とか特売のアンチョビの缶詰とかがしっかり安かったんで会社帰りにSANWAに行くことも増えました。

そこには豚バラブロックも当然売っていて、「角煮にどうぞ」と書かれていました。

豚バラの塩漬け。。。やってみようか。。。

実は、ワインのおつまみレシピ本で見かけていたので、課題にしていたところ。
まぁそれをやってみようと火曜日(11/22)の夜から漬け込んでいました。

<<豚バラブロックの塩漬け>>
豚バラブロック・・・400gから600g
塩(マジックソルト)・・・大さじ1くらい
クミン・・・適量
コリアンダー・・・適量
オールスパイス・・・ほんの少し
ナツメグ・・・・ほんの少し
ガラムマサラ・・・ほんの少し
五香粉・・・ほんの少し
クッキングペーパー
ZIPロックのパッチン袋

<<作り方>>
豚バラブロックにフォークで等間隔に穴をブスッと差し込んで開けていく。(両面)
それをzipロックの袋に入れて、上記の塩~スパイスを入れて、よく馴染ませる。
真空チルド室に入れておいた。

2晩経った日の朝に、ZIPロックのパッチン袋から取り出し、一度クッキングペーパーで表面の水分を拭き取り、もう一度マジックソルトをかけて(この塩分は要らないかも)、もう一枚のクッキングペーパーで包み直して、zipロックの袋に入れて、チルド室に入れ直してさらに2晩寝かした。

袋から取り出し、一度表面を水で洗い流し、水分を良く拭き取る。


それを1cmから2cm未満間隔で、切っていく。


オーブンで20分くらい家内に焼いてもらった。
少しハーブをかけてから焼いてもらった。

このままでは少しラードが溢れていたので、別のお皿に盛りなおして油を切った。
(写真なし)


<<味の感想>>
やはり少し塩(しょっ)ぱかった。美味しいには美味しいけど、野菜と一緒でちょうどいい感じだった。わさび菜とレタスを附け合せた。


<<次回への反省と展望>>
・出来上がったブロックをそのまま今度はお湯で茹でてみようか?という話になった。
・塩分を適量に留めておく。
・大体4日漬けたのだが、塩分を適量にするならもう少し熟成させてもいいかもしれない。
・茹でれば塩分と共に、脂質部分ももう少し落ちると思う。
・塩分が適量であれば、グリルで焼いてみた方がラードが落ちた、いい感じになるかもしれない。。。と思った。焼き鳥みたいに・・・
・塩分が強いせいか、息子がご飯をすぐに平らげた。

次回は・・・セイジを他のスパイスのどれかの代わりに使ってみようかと思っている。


塩漬け肉、保存が利くので、重宝しそう。。。なので、また挑戦してみます!!

昨日、わさび菜やレタス、ニンニクを買いに武蔵新城の商店街の方へ行ったのですが、
そこにお肉屋さんが改装を終えてオープン。
冷凍庫が備えられていて、輸入肉が売られていた。
マトン、ヤギ肉、ラムチョップ、丸鶏などの冷凍ものなどなど。
皮付きのヤギ肉は煮込みに使うものというので、ラムチョップの方の値段を聞いてみたら、1kg1,800円。あらっ、意外とリーズナブル。今日は荷物が一杯なので今度買いに来るねと伝えてきました。
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五香粉(ウーシャンフェン)はいい香り♪

2011-11-10 06:03:58 | プチ萌え
最近スパイスコーナーに行くのが趣味です。

余り多用しないようには気をつけていますが、どんな香りなんだろう?と色々と試してみたくて、ついつい買ってしまいます。

当たりだったのが、五香粉(ウーシャンフェン)。


チキンコンソメの時、これを掛けて、溶き卵を流し込めば、中華卵スープが出来上がります。


五香粉には、八角、茴香、丁香、桂皮、花椒あたりのブレンドで、花椒はよく麻婆豆腐に使われるもの。
あれ、山椒だと思っていたら、山椒は英語でJapanese pepperというらしく(じゃああの麻婆豆腐は山椒じゃないじゃんって気付いたわけ!)、花椒の方は、chinese pepper。たまに英語に産地を教えてもらえるので、mascotのスパイスは重宝します。

ところで、、、、新しい職場には、上海出身の人が居ます。
とても日本語が上手で、積極的に提案もしてくれる。家族は上海で、自分一人が日本で単身赴任を続けています。
里帰りするというので、五香粉(ウーシャンフェン)の話をしたら、「安く沢山買ってこれるよ」というので、お願いすることにしました。(昨日2本頂きました♪)

おそらく、ブレンドで特徴が変わるスパイスミックス。

ちょうど、インドのガラムマサラ。
ちょうど、日本の七味唐辛子。
たぶん、トルコのケバブ、あれもそう!

それがちょうど中国の、五香粉。


味覇(ウイパー)も使い勝手がいいけど、少しだけ脂分が多い。
ベーコンも脂分が多く出るので、最近はハムにしている。

今、油は紫蘇油か、胡麻油、もしくはネギ油を使うようにしている。

最近のスープ作り、コンソメも水分に対して1個と少なく利用を制限している。
なので少し味に深みが足りない。
それを調味料で補う、、、、訳にも行かない。。。
極力食材の味がでるような煮込み時間と水分量を心掛けている。
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ディップの本 アボガドのディップを作ってみた。

2011-11-09 07:07:33 | プチ萌え
一昨日、実は新宿で高校時代の友人が集まりました。
この前高校時代のバンドメンバーで集まったのがきっかけだったんですけど、集合時間がとても遅く9時過ぎ。
しかも今読んでいるマネー・ボールを会社に忘れてきてしまうという大失態。。。。



そこで新宿の手前代々木で降りて、BOOKOFFに何かないかを探しにいくも、やはりあそこは目的の本を「ないかな?」と探しに行く場所でして、、、、見付からない。


そのまま歩いて新宿南口へ。

私、新宿という街は余り便利だと思わないんです。広さが適度でなくて、本屋を探すのにも大型店までかなりの距離を歩いていかないといけない。。。
意外とお店があるようで、ご飯屋さんや電気屋さんばかりで、目的のお店が遠くに点在していたり、大型店ばかりで小さなお店が排除されているイメージが。。。

南口と西口の間の電気街、そこの界隈に本屋を探しても見当たらず、紀伊國屋に行くのも遠くて面倒だなと考えていたら、南口の駅ビルLUMINEにBOOK FIRSTが入っているのを発見した。

陳列が綺麗で、本屋はやはり落ち着く。
初めはスープの本を探して歩く。そのうちスパイスの本はないものかと。。。。うん?ディップの本?
スープの本に一度行くも、なんとなく作り方はわかるような気もするので、レシピを眺めていても余りワクワクしない。。。
もう一度戻ってディップの本を手に取る。



そういえばレバーペースト作りたいとか思ってたんだった。。。

眺めてみると、使ったことのない食材が沢山出ている。

作り方もそうだが、どうも気になる記述が「保存」という箇所と「合うもの」、保存は冷蔵で何日、冷凍で何週間or冷凍不向きとかの記述で、これがとても魅力。
合うものとは、付けて食べると美味しいもの。

で、購入することにした。


早速作ってみた。

アボガドをスプーンとフォークで格闘しながら潰していき、そこに玉ねぎの微塵切りとクミン、チリパウダー、黒胡椒、塩少々、砂糖少々で混ぜたもの。アボガドディップ!レモン汁が足りていないが。。。まぁいいだろう。

起きて来た家内が、これは子供には不向きかも・・・ということで
フードプロセッサーで磨り潰してもらった。


ふんわりしたので、玉ねぎの辛さも飛んだ。
多分これで息子も食べられる。


それでは、息子を起こしてきます!
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溝の口 露店の白人さん -その後-

2011-10-23 04:09:04 | プチ萌え
また先週も居たんです、ネックレス・ミサンガ、お線香を扱う外人さん。

金曜日の帰り、また眺めていたら、同じようだけど、石が別の色をした(もう少し白黒なマーブル)、鯨の尻尾のアクセサリーがビーズやら飾りが違ってまたあったんだけど。。。

「ドレガイイノ?」と聞かれたので、
「この前ね、買ったんだけど、これに似たやつ。でもね、少し短い。チョットshort。。。stoneの位置、here」と鎖骨の下を指し、「I hope here」とその下を指差した。「オボエテル・・・タシカニコレカッテクレタネ」と思い出してくれた。
他に長さを調整できるものを薦めてくれたけど、それじゃなくてこの類いがいいんだよね?と眺め続けていた。

「コレビーズガモウナイカモ、デモヒモナガクデキル。。。トオモウ」
「じゃあビーズじゃなくてこの飾りの方をもう少し使ってみたら?紐自体は長く出来るんでしょ?」
しばらく考えた外人さん。。。

「I try, maybe I can」「来週もココ来る?」と地面を指差すと、「クル I try」

最後にもう一度念のため、今の紐を長くして欲しいくらいの感覚を指で足してジェスチャーで『これくらいね?』と促すと、「surely」と応じてくれました。



もし見かけてもその少し長いネックレスは私のだから、溝の口の外人さんから買っちゃわないでね。(笑)


こっちの短いのは息子かかみさんにプレゼントしよう。
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「深夜特急」再読と「旅する力」 ~沢木耕太郎~ 文章の持つリアル感!

2011-10-21 06:35:51 | プチ萌え
若い頃、多分この文庫本の中の沢木さんと同じ歳のころに一度読み、最近ずいぶんと昔の香港の旅行記とかを書いていて思い出し、久々に読み返してみました。さらに「旅する力」という文庫も出ていたので、それも合わせて読みました。

赤面するくらい似ています。文体とかもそうかもしれないですけど、気持ちが。。。しかも1年以上かけて行っている旅日記に1週間の旅行記でその状態に追いついてしまっているあたりが、影響の受け方を物語っているような気がしました。(笑) 小っ恥ずかしいったらありゃしない感じですね。

この文庫の魅力は・・・その一つは写真がないことですかね。。。逆に想像を掻き立てられるというのが正直なところです。スナップを撮ってハイ終わりという行動は確かに余り好きではない。沢木さんはある部分で、写真を撮るとその空気が変わってしまうんじゃないかと危惧されていて、写真を余り旅の中で撮らないんですね。。。中には撮ってくれとせがまれるシーンもありましたけど、撮影ばかりを重要視してない感じに放浪者のそれを感じた次第です。決して観光ではないという雰囲気ですね。観光地に行っていないわけではないけど、スポットに行くことを重要視していないわけです。沢木氏はガイドブックをもたないということをしきりに云うわけです。
カメラ・写真に話を戻します。空間を切り取るというのが撮影の醍醐味ですけど、今あるカメラ、撮った後に液晶で確認すればするほど遠景は「もっと広がりが欲しい」と思うこともしばしばです。
パノラマという一時期流行ったあのサイズならいいかというとそういうわけでもない。上下だってあるんだし。。。
自分の目で見れる範囲の大きさ・視野角の広さに驚きを覚えることもある。写角に収めようと対象物の前で下がったりするところもリアル感にかける行為なのかもしれない。。。
秋の京都に一人旅で訪れた時に編み出したのが、仰け反って(のけぞって)、後ろ上方面を見るというスタイル。
景色は反対だし、上から真っ赤や真っ黄色の落ち葉が降ってくるという情景の中に見た上下倒錯な清水の舞台の記憶は今でも残っている。変なアングルで捉えた記憶ほど非日常が昂じて長く残ると思っています。このポーズで写真を撮れば?いやその範囲で区切ることがいい場合とそうでない場合があるのです。倒錯は写真で見ても倒錯にはならないんですね。。。

あと、老いと旅に対する見解。老いと貧しさの両方を抱えて旅することはできないという辺り。若いときでないと出来ない旅。知らないことからくる未知との遭遇的な部分。後、若いからこそグルメではないという利点。(笑)これすごいリアルです。
記憶が積み重なると、あっちの方が美味しかったとか、あの時のあれは美味かったという記憶が邪魔して、旅を素直に楽しめなくなるというあたりはあるかもしれないですね。無垢に成り切ることが必要なんですけど、歳を重ねるとそうなるのにも苦労がいるという点は肯ずかざるをえない。
沢木さん自身が「自分は食にこだわりがない」としている点がいいと思います。スペインのバル(BAR)で旅を話題に呑んだくれている時やポルトガルで酒場をウロウロとか面白いです。
茶、Cで始まるチャイとかTで始まるティー、これを巡る2つの国(パキスタンのハナモチ氏とポルトガルのサンガロの岬でのホテル)での遭遇も。

ミケランジェロだけは天才とする拘りや、26才を起点に捉える偉人史観も若い人なりの視点に戻って語り続ける。
旅や思考がヨーロッパに侵入していくと達観の域が見えてきます。振り返ったときに思うあの気持ち。そこまで新鮮に捉えられるかは疑問があるとは思いますけど、なんとなくこういう紀行文だったら、思考法までその時のもので行けるような気がします。

あと中央アジアでのトイレで、現地の人と同じようにすること。そうすることで「また一つ自由になれた気がする」という辺りは、殻が剥けていく感じで、恍惚の境地のように、その感覚が思えるようになります。

もう一つはですね。。。。これは異論があるかもしれないですけど、取材費を取って書かれたものではないというリアル感ですね。
有名作家さんになると、紀行文など読み物になる類のものは、出版社から渡航費やら宿泊費などが支給されて旅慣れた感じがとてもするものになり、葛藤も糞もなくなるのですが、この話は徹底的にそういう境遇からドロップしていく葛藤が描かれているというのがリアルなんです。旅を長く続けたいかどうかは別にしても、なるべく倹約して長続きできるようには足掻く感じ。元々書くつもりがない旅の記録であること自体が素晴しく、小遣い帳も附けていたようだし、手紙を何通も書いているのでそれを記憶の補完に使ったようでした。取材費が出ていたら、こんな酔狂な話は企画物に甘んじ、感想や気持ちが妙に浮つく(地に足がつかない感じ)と思うんです。
旅する力で書かれていましたが、現在進行形で書くというのは狙いだったようですが、それも面白さの一つにあります。この話の中の「昨日」とは書いている段階でも十何年前の記憶の中の”その前の”日なのに、どうも読んでいると、「つい数時間前の昨日」のような親近感があるものに感じられるという錯覚が見られるのです。

そして気持ちの上では、特にあの「日本語を喋りたい」というあの感覚。沢木氏は旅先で日本人と遭い、何度も日本語を喋ってはいるんですけど、テヘランで磯崎夫婦に会うまで沢木氏は日本語を喋っているという感覚がないように感じられるんですね。ソンクラーで滞在員の家族と、またインドだかネパールだかで毎日日本人同士で集っていたらしいし、インドのブッダガヤだかでは日本からの教師としてきた人とも話しているんですけど、テヘランの磯崎夫婦(知り合い)と”語り合う”という境地と、その単に喋っていたのは違うという感覚ですね。喋っている日本語自体にも種類があるようなものです。故郷に帰って方言丸出しで喋ると喋っているという感覚に近いのかもしれません。使い慣れている雑であっても自由な自分自身の言葉(言霊)でっていう。。。日本人でも知らない人と喋る時は余所行きの言葉になって感じるのです。

私は5日で堪らなくなってしまっている。。。。相当のお喋りなんだと思いますよ。(笑)
自分自身は内向的な人物だと信じていたのに、外向的というより発散型なんでしょうね。。。ただ、何故旅をしているのかという問いの繰り返しは、長期の放浪者には付き物のような問いかけなのですが、その心理状態が欧州に入って行くに従って、自分から作らないと旅が向こうからやってこなくなるにつれてと云い直しますけど、深まっていくというのが堪えられなくなりました。

ただ泊まる場所を懸命に探す辺りは、深夜特急以前の私の旅(日本国内)には余りなかったです。当時完全無敵の安全性を誇るこの日本の中では、その”必ず宿”という感覚が初め芽生えなかった。。。。(誤解のないように書くと深夜特急の中でも野宿は何度かでてきます)
私自身の初めての野宿は今治。夜に散歩に来ていただいた方に、より安全なお堀端の場所まで連れて行ってもらったり、目覚めるとお年寄りに囲まれて、「どっから来た?」と親切に触れたこともあったかも。
小田原→今治→(松山)→大洲→松山(大街道・道後)→広島(追悼日)→安芸の宮島→芦屋(友人宅)→和歌山県 串本→小田原という行程。
宿で集団に会うより野宿の方が気分は楽だったかもしれない。
その記事はここに記しています。平成元年だと思うので、22年か23年前の話です。
最近、田舎うどんさんが四国での食べ歩きをされていて、そこでコメントを書かせていただいたのはこのときのことです。


翌年は坂本竜馬を辿る旅を友達と。
高知(お城)→桂浜(簡易ベンチ)→道後温泉公園→松山駅前→岡山城→京都数泊。

ほぼこの時の青春18切符の影響で日本内での野宿スタイルは確立してしまった。
宿に泊まったのは松山駅前と京都数泊のみ。
宿よりも二人旅のときの好みの別れというものが辛かった思い出があります。やりたいことや重要に思うこと、今したいこと、次に行きたい場所、今食べたいもの、次に食べたいもの。事前に計画を練らずに決めながらの行程だったため、桂浜辺りまでは面白かったけど、そのあとは調整に苦労した苦い部分を思い出します。

社会人になってからは、友達と伊豆の島で野宿は何度かしたけど、大阪や仙台に行った時は野宿はなかったですね。ただ、新世界の将棋屋さんで、「周り将棋」したときは正直怒られるのではないかとビクビクしていましたが、友達が暢気に振り続けて、「げっ小便」とか言い出す頃には周りも笑いながら見てくれていたので助かりました。あの通りでは色々と体験しました。

その後一人でも大阪を再訪。その行程は全て安宿で過ごしました。
名古屋→近鉄で大阪→新世界の傍の安宿(ちょっとここだけは怖かった。2,000円)→梅田の安宿(ここも内鍵がひっかけるだけので怖かった。廊下はゆがんでいた。3,500円)→京都の安宿(内側からは捻り型の鍵で外からの鍵は無し。4,000円)

車で泊まり歩くというのは以前の私にはないんですけど、会社の上司が夜釣り→晩酌→一寝入り→温泉(本格寝)→次の港→夜釣り→晩酌→一寝入り→温泉(本格寝)→次の港→という行程で過ごしてきたという話を聞いていて、車で泊まり歩くって楽しそうだなという下地は持っていた。それでこの前の岐阜・安土・京都の旅に出た感じ。



深夜特急では自分が一番行きたかった(今でも行ってみたい)ネパール・カトマンズが、手紙形式で通りすぎてしまい(しかも雨でいい感じがしない)、またインドに戻って行ってしまう辺りがすこしだけ寂しかった。

インドとネパール、カルカッタと、ブッダガヤ、そしてカトマンズ、最後にデリーな3巻だが、私にはねこぢるの「ぢるぢる旅行記」という漫画も好きだった。
ネパール篇は短かったが、それでも雰囲気を感じることができる読み物だった。


インド(バラナシとカルカッタ)とネパール(カトマンズとポカラ)はいつか是非行ってみたい国と場所です。


でもやはり、影響を受けたのは深夜特急と迷走王ボーダーですかね。。。

ボーダーって皆さん知ってます?漫画ですけど、これもかなり深く読み耽りました。便所で暮らすおじさんのお話なんですけどね。今はもう手元にないですけど。。。。
旅先(砂漠)で逢った男同士が日本に戻ってきて、若い方の家におじさんが頼ってきちゃうんだけど、今は各部屋にトイレがついたので、使われなくなった共同便所に住んでいるおじさんとその仲間達の珍道中。途中で犯罪臭い集団(映画を撮るための資金だとか)のお金を横取りして大金持ちになって、博打(ボートレース)もバシバシ打ってさらにお金持ちになるんだけど、極貧と極上は差がないみたいな境地でポケッとしてて、そこに夢を何でも叶えるというプロモーターが持ちかけて、そのおじさん(蜂須賀という名前)はボブ・マーレーみたいにスティーラーズをバックにコンサートを開いて、最後は観客を飲みこんで、そして虚脱し・・・また貧乏にという。。。。あの物語は一体なんだったんだろう?キーワードはあっち側とこっち側。大量消費社会をあっち側と呼んで、それに馴染まないようにするこっち側、との狭間にいるので”ボーダー”という位置付けです。

そうだ!石田ゆうすけ氏の「行かずに死ねるか!」シリーズにもいい刺激をもらいました。ただ本人も書いていますが、7年という旅程は「放浪」というよりも「逃避」に近い気がします。旅慣れたり、擦れたり、帰りたくないというより現実逃避し続けたいという感覚が紹介されている部分はとてもリアルです。若い頃にしか出来ないというのはこのシリーズも一緒ですが、それでも感覚が最後まで擦れない感じがするのは、多分その記述が驚きをもって新鮮に描ききったところにあるのでしょう。世界で一番○○な国シリーズはその新鮮さと行程の持つ独特な雰囲気を醸し出してくれています。




そして今、沢木氏の本が講談社文庫から出ていたんですね?「一号線を北上せよ」というヴェトナムのホーチミンからハノイ方面に向かう旅の途中(読書中)です。
少し歳を重ねられていることから少し旅が変質していますし、自身の経済環境や出版に際する状況(取材費が出ている?)も書き方や内容、心象に影響を及ぼすかもしれませんが、ガイドブックは持たない、地図は現地で調達する、辺りは未だ健在です。
まだ序盤の現地でのツアーに参加する辺りですが、その行為でさえも深夜特急では絶対なしだったかもしれません。安い方のミニバスに乗ってはいるものの、その選択も「無理にでなければいいが」と危惧しながら読んでしまいます。
大人な旅になっているのね?と期待しながら、今では行ってみたい、「味が何層にも変化するという”チェー”というあんみつ」を生み出した国ヴェトナム(石田ゆうすけ氏)。メキシコと共に世界一料理が美味しい国とされたヴェトナム。

是非とも楽しませてもらいたいと願っています。


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誕生プレゼント 7歳 MSM-07E Z'GOK EXPERIMENT

2011-10-12 00:05:20 | プチ萌え
今年も息子の誕生日がやってきた。(つい先日)。
当日よりも前に息子希望のポケモンの図鑑やら攻略本などを買ってあげていたのだが、当日家内は毎年作っているケーキを自作するというので、それを。
私は悩んだ結果、ガンプラを改めて贈ってあげることにした。

二人で作ろうと張り切った日曜日。
作り方には微妙に方向とかあったりして、、、、、私がパーツを千切ってやすりを掛ける役目だったが、結局組み立ても行う嵌めに・・・。

出来上がったのはこいつ。


ちょっと小生意気な進化系のズゴックにしてみました。(笑)
やはり腕とか取れ易く、見た目はいいんだけど、飾って子供が遊ぶにはジョイントの強度がもう少しあってもいいかも知れません。。。。
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soup is my interest!

2011-10-08 06:41:48 | プチ萌え
最近朝起きると、スープ作りをすることが多くなりました。

近くに玉葱やらジャガイモの安いスーパーを発見できたこともきっかけの一つですが、一度作ったら、息子が喜ぶので、凝り出してしまいました。

そうだ。きっかけを思い出しました!ケチャップは万能だと紹介している番組を見たので、試しにトマトスープを作ってみよう、ケチャップでと思ったのがきっかけです。
その番組ではお味噌汁にトマトケチャップを隠し味にトロトロと入れていたのですが、『あぁなるほど』と少し感心したので、応用しています。

まぁ、ベースは大別すると、

コンソメ→ゴールデンスープ方面かケチャップを垂らしてトマトスープ方面
チキンコンソメ→具材の旨味を生かしたチキンスープ方面
中華ガラスープ→香港系の味を再現することを努力 五香粉を入れるといい感じに!

昨日は大失敗。まさか息子が春雨嫌いとは知らず、大量に投入したら、スープだけを啜って具材を一切合財残してごちそうさまをされてしまいました。昨日は中華春雨スープ方面でした。

今朝はもう一つのチャレンジ。

モロッコの食卓から、ハリラのページを見て、コリアンダーとジンジャー(ないのでおろし生姜チューブタイプ)、ターメリック(ウコンを長瀞で購入してあるのでそれ)を入れてなんちゃってハリラスープを作り、くまのプーさん型スパゲッティを茹でて、スープスパゲッティにしてみようと思っています。

で出来ました!

<<winnie the pooh pasta meets the Moroccan soup harira>>

(スープ)
水・・・・適当だけど600ccくらい
コンソメ・・・2個
おろし生姜・・・一絞り
コリアンダー・・・適当(少しだけ多く使ってみた)
テーブル胡椒・・・適当
ブラックペッパー・・・3カリカリ
バジル・・・2ハラハラ
トマトケチャップ・・・適当 あんまり入れすぎるとしょっぱくなるので注意!
ウコン・・・カレースプーンで1杯。少しだけ入れすぎたかも。

玉葱・・・半個微塵切り
ミックスベジタブル・・・あれば投入
ハムorベーコン・・・3枚くらいを微塵切り

好みでオリーブオイルを垂らしてみるのもあり

☆スープつくりは至って簡単。玉葱を切っている間にお湯を沸かして、コンソメ入れて。
ハムを刻んで、コリコリ、パラパラ、ハラハラと香料を振りかけるだけですから!

(パスタ)
ダラ コスタ くまのプーさん・・・人数分で適量をゆでて下さい。






おまけ
先月恐竜博に行ってきましたよ。


手に持っている恐竜の卵の中を組み立てると以下のものができました。
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1976年のアントニオ猪木

2011-09-02 00:12:46 | プチ萌え
この前の夏休み、実家に帰って同じ友達に二度会った。
母親を亡くして実家に戻ったという彼は昔と同じように「店を持ちたい」と云っていた。

昔は海の傍、できれば鎌倉辺りで喫茶店をしたいと云っていたのだが、今度はVILLAGE VANGURDのような雑貨店が持ちたいとのことだった。
もちろん、夢である。

旅行から帰り実家に戻ったので連絡を取ってみると、ちょうど仕事も一段落したので、VILLAGE VANGUARDと同じような雑貨店を視察がてらに見に行きたいというので付き合うことにした。

同じような店はちょっと小田原方面にはなく、VILLAGE VANGUARDそのものはあるものの、その匂いに似たものを探すのは容易ではなかった。また市内にあるそれも川崎にあるものと同じように店の発する熱のようなものはなかった。照明や並べる品物の物量やセンスによって、同じチェーン店でも物の見事に好き嫌いが出てしまうのが、VILLAGE VANGUARDだ。

国道255線の酒匂川を小田原方面に渡り、井細田方面へ左に湾曲した辺りを越えたところに、雑貨を扱うような古書店があったと思うというおぼろげな記憶を頼りにその場所に行ってみることにした。

そこには新刊本なのか古本なのか区別の付かないような綺麗な陳列の本やDVD、雑貨が混じる面白いお店があった。(店名は覚えてません)。店内を歩き回ってすぐに綺麗な古本と面白い配列が気に入っていた。

最近めっきり虜になっている、山本兼一氏の本を探したりしていたのだが、いきなり「これ読んでみっ!」と表題の本、1976年のアントニオ猪木という本を手渡された。
元の値段は1,800円、売値は180円という1/10の破格値だというのだ。


1976年、当時8歳だった私は、確かにアントニオ猪木を格闘家の頂点だと思っていた。
力道山の時代を知らない私は、猪木・馬場の黄金時代を過ごしてきた。(若干馬場より鶴田より)

ただ、プロレスは分派し、リアルファイトと思しきK−1やPRIDEのような凄惨な試合を生んでいく道だけを求道するに到るので、ある時点から先は辛い思いで見ていたこともあったと思う。

プロレスには過程があり、そのドラマが”出来れば”自分の思った通りの結末を迎えて欲しい願望の現われでもあった。反則を繰り返す悪者(ヒール)は、正統な力を正しく有する者(ベビーフェイス)に屈服させられる。もちろん、ある時は信じられないような結末が用意され、その鬱積が次戦への期待として繋がっていく。そして今までには見たこともない華麗であったり、衝撃的だったり、圧倒的な力が圧し掛かる常人では決して耐えられそうにない技を見せ付けられているうちに、全ての試合のうちの全てが単純なドラマ仕立てではなかったとも思いたかったし、空気に支配されて導かれる流れがあったとも信じたかったと思う。

場外では1・2の三四郎で強烈に強靭で実戦的な力を求める者たちを、三四郎やその仲間達というシンボルを用いてプロレスが描かれ、それを何度も読み返しながら繰り返し繰り返し刷り込んできた人間なので、単純なプロレスの暴露本は勘弁して欲しかった。
力はそれを圧倒的ではなくチラつかせるというレベルで魅せてきたのがプロレスだったからだ。それは確かに全てが全力ではないということは承知もしていた。
「いんちき」という言葉で唾棄されるプロレスにも、夢があった時代に生きた者はその真実との直面を避けたがる。
この本に書かれていることは正直辛い内容ではある。ただ、その裏舞台と様々な想いを持って到る進路は全てがリアルであったことをこの本は伝えたいのではないかと思う。

今はまだモハメド・アリ戦の前までの部分なので、オリンピック柔道2階級制覇のウィリエム・ルスカの章は辛い内容ではあった。プロレスラーの素質(技を見せ合い、やり取りを交し合う技術)を猪木との対戦によって、”有る”と誤解したルスカの噛み合わないプロレス人生の話とそれ以前の生活と苦悶が書かれている。今読んでいる部分はアリ、カシアス・クレイのプロレスとの接点。その興行を世間から注目させるための発言をプロレスに学んだという内容の部分を読んでいる。

出来れば1980年のウィリー・ウィリアムとの対戦までを網羅して欲しいが。。。。1976年の限定物なので。。。どこまで書かれているのだろう?
アントニオ猪木に迫り、力道山から分派していく馬場と猪木の事情には、1・2の三四郎で描かれていた背景が、当の裏舞台の歴史が薄っすらと覆っていたことを気付かせてくれた。

--------------------ここまでがモハメド・アリ戦を読む前の感想------------

そして、リアル・ファイトを重ねていく猪木が1976年だったというのがこの話の頂点になる。ここから先は猪木は異常な執念で称号を欲しがっていたというのである。それは環境に左右されて導かれたものだという。
モハメド・アリ戦は、猪木が仕掛けた騙し討ちのリアル・ファイトだと語っている。
アリが急に真顔で「猪木を再起不能に陥らせてしまうかもしれない。この試合は止したほうがいい。」との会見を開こうが、猪木は正真正銘の王者への挑戦として、リハーサルを行わないリアル・ファイトを仕掛けた。アリも仕方がないものの、逃げることは出来ないし、逃げるのも嫌だと果敢にリアル・ファイトに立ち上がった。

最終的に妥結されたルールが、実は絶妙にボクサーには立って殴り倒せ、レスラーには引きずり倒して、関節を極めてしまえという単純で明快な方針を打ち立てた。
しかし、そこにはパンチから逃れるためにスライディングと仰向けのポーズからキックを繰り出し続ける猪木と、グランドには持ち込まれないように、また持ち込まれてもブレイクに逃げられるようにロープ際しか動かないアリという真剣勝負が齎す当然の結果が待ち受けていた。

この試合を酷評する世間に絶望を感じた猪木を、アリのバンテージに石膏を注入したという作り話に、それなら俺もシューズに鉄板を入れてやろうと思ったが止めたという偽善を振り撒く愚かなアスリートとして描かれ、猪木の強さを認め、実際に乱打されて腫れ上がったふくらはぎのために入院して治療を受ける真摯なスポーツマンのアリという構図で締め括られてしまった。

上記のアリの拳に石膏注入、で猪木は足に鉄板、でもやめたというエピソードは私も猪木自身が語っているのを聞いたことがあるのだが、苦し紛れの虚言癖に近い内容だということに溜め息がもれた。

この著者は猪木を破壊してしまった。

ある時期の猪木は強かったが、モハメド・アリとの試合を境にいきなりプロレスをしなくなるというプライドの塊りのようなものに覆われてしまって、興行主を怒らせる困ったファイターになってしまったと書いている。いきなり世界一のモハメド・アリと渡り合った猪木はテレビの前では負けられなくなり、星のやり取りを融通し、地元のレスラーに花を持たせるプロレスという興行には相応しくない存在になってしまったと。。。
パキスタンでのアクレム・ペールワン戦では、逆にモハメド・アリと引き分けはしたが、結局は逃げ回る臆病者と判じられた猪木に勝って、モハメド・アリを信奉する国民と世界の支持を得ようとアクラム側に画策されて、試合直前にリアル・ファイトだと宣言されてしまう様子が書かれている。しかも猪木は逆にその相手を見切り、ギブ・アップしない相手の腕を圧し折ってしまう。。。

終焉は支離滅裂な破天荒経営者の猪木がそこにいる。事業の穴埋めが尋常でなくなり、ほとんど借金のために限りなく不安定になる行動を指しているようだ。


どこまでの真実がここにあるのかは分からない。まぁそうなんだろうなと思うことも合点がいくことも多いが、どこかに真実とかいうものを横に置いて、あの頃のプロレスを語る。強さの序列を真剣に談義するような。。。そんなことがまた起きないものかという期待がある。


大学時代の友人は”馬場考”というサークルを創設していた。「馬場を考える会」の略だという。馬場のリアルな強さを私は実は余りよく知らない。当時の馬場考の仲間は猪木と闘ったビル・ロビンソンを、その猪木よりも早い時間で仕留めた馬場の方が上だと私に云っていた。この本にもその話は登場する。
この本の中で馬場は猪木の突出に恐れをもち、あらゆる手段で猪木を貶めようとした策士の一面とアメリカで大人気でスターだったと書かれているが、NWAへの拘りや猪木に対する圧力を含めてジャイアント馬場を私はよく知らなかった。


この本を紹介してくれた友達は「大山倍達(茂?)と梶原一騎はウィリー・ウィリアムスに猪木を殺させようとしたんだぜ。」と教えてくれた。

今は鬼の木村こと、木村政彦の生涯が気になって仕方がない。他の格闘家も。。。


フェイクだというものの中にもリアルは混じる。リアルなものの中にも想いが交じる。さらにその中にも事情を含む人生も雑じっているというだけの真実がひとかけら。。。。
そんな本なのかなとも思うわけです。。。
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雷神の筒 読了

2011-08-24 05:31:44 | プチ萌え
あとがきを読んで、『まじ?そこまで』と感じてしまうほどの小説でした。

信長の色々な功績というか考えや着想のいくつかは、この小説の主人公、橋本一巴(いっぱ)の進言によるものという構成で描かれているので、どこまでこの人物の来歴があるかということに触れられたあとがきの内容を見て愕然とした。まぁいい意味で。

信長に鉄砲指南した様子が幾度か出てくるのと、弓矢の名手と戦場で対決した人物であることまでが文献に書かれていて、そこから先の消息が出てこないので、「生かした」形で石山本願寺落城までを描いたということらしい。

しかも山本兼一氏の着眼は、

・塩硝という火薬の輸入経路や自国内生産に到るまでの過程に着目したり、(多分予測した上での創作(フィクション))

・鉄砲・大砲への製造の変遷をこの橋本一巴の発想で転がしたり、

・長篠の戦い、三段構えの鉄砲隊というものを疑って別の戦場風景を描いたり、

ということから、鉄砲隊の創設者という位置付けの男を描くことで、その周辺への創作を容易にしたという感じであった。

いっしん虎徹で描かれた江戸時代よりも、戦国ものの方が好きではあるが、職人と軍人では少し書き方が違っていて、私は山本兼一氏の描く職人の風景が好きなのだと明確に体感できた。

ただ、この雷神の筒で描く「鉄砲」という武器が、どのような人物にどのような欲を齎し、どのような時代に「偶々(たまたま)」着弾したのかという点で面白い読み物である。そして上にも書いた「長篠の戦い」とは、持つ者と持たざる者の戦いなのではないという部分を、物語の途中(後半ではあるが)で丁寧に描いて世に示したかったという作者の想いに触れることが出来たのは良かったと思う。





以前にも書いたが、本当に膨らませる、歴史書の端に出てくるような人物を。いい意味で、この作家は!

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いっしん虎徹 読了

2011-07-28 23:03:53 | プチ萌え
いやぁ、刀が欲しくなっています。(笑)

途中、「9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方」にちょっと寄り道してしまい、(だって毎日新聞の下に広告が出てるんだもん!)虎徹の方が少しばかり停滞しておりました。。

刀鍛冶、作刀、鍛刀ならいざ知らず、刃文、鞴(ふいご)、鎚(つち)、火床(ほど)、地鉄(じがね)、地沸(じにえ)、鋼(はがね)などの単語が渦巻く中に、青く煌く火と土と湿気が鉄を蕩かして鎚を振り下ろされて、刀が鍛えに鍛えられていく様の描写が秀逸です。

また虎徹が「できた」と思ったり、怒ったり(いかったり)、奮闘したり、達観したりする毎に、刀の出来映えがどうも変化しているあたりの機微を描き分けるという。。。すんばらしい書きっぷりです。

怒りを胸にしていることもあり、鍛冶をすることのみにすがることもあるのですが、刀のなんたるかを見極めていく虎徹の姿はやはり圧巻です。矜持(意味は自負・プライドだけど、ニュアンス的には意地・執念・傾倒・窮めに近い感じ)という言葉がこの小説のテーマです。

物語は、甲冑鍛冶から刀鍛冶へと転進する時代の流れに抗えない一人の男の生き様でもあるのですが、行光という名刀の行方(所持していた貞国鍛冶は殺されていた)とその復讐に燃える弟子(初めは虎徹を犯人だとして付け狙っていた貞国の息子)との話や明暦の大火や、将軍家のお抱え鍛冶の座やそれに纏わる政争も絡んできます。

あまり新撰組のことを知らないので、近藤勇の所持していた刀として有名だったということも何も知らずにこの小説を読み始めました。

名刀を幾振りも世に送り出し、晩年近くには傑作を生み出しているとのこと。物語はその10年ほどの前の名刀行光にまつわる話で幕を閉じている。

火天の城の時にも書きましたけど、この作家、山本兼一氏は、歴史の端々の部分に生きる人々を見つめ、想い、時間を感じて息吹を吹き込んで話を作ることがとても上手です。
息衝いている登場人物たちの表情が浮かぶ程です。

司馬先生の話は、中心が有名な人物なため、逸話も多く、寄り道しながらもその途中で出てくる人物(の後々の功績などで)の凄さを知ることが出来るという作風ですが、山本兼一氏の話は、歴史的には余り逸話も残っていないような人物なので、話(ストーリー)の中で何も寄り道せずに、人物を膨らましていくのです。泣いたり喚いたり、砂利を掴んで歯噛みするほど悔しがったりする、そんな描写で人物を膨らませていきます。歴史の中に時間を感じる、例えば夕日や朝日や夜の帳などは今も昔も変わらないと想うような。。。ちょうどそんな感じです。


で、本屋に行ったら、「雷神の筒」という、織田信長に鉄砲を指南し最強の鉄砲衆を創設したという、、、、これまた知らない橋本一巴という男の生涯を描いた小説があったのでそれに移りました。(笑)


今年は山本兼一総なめの年になりそうな予感・・・。

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いっしん虎徹 読中感想文

2011-07-16 23:19:11 | プチ萌え
今、山本兼一さんの小説、『いっしん虎徹』を読んでいます。

今回は少し時間がかかってます。(笑)

江戸時代の刀鍛冶 長曽祢興里(ながそね おきさと)のお話。元は越前で甲冑鍛冶であったが、自分の甲冑・兜を断ち切る刀を打ちたくなって、出雲のたたらに鉄を勉強に行ったり、江戸に出て、修行していったり。。。。


でも実は『この人誰なんだろう?いきなり刀の鍛冶で江戸の平時(1660年ごろ)のと言われても・・・・周りも含めて「誰だよ、この人!」って思っちゃうよな』と余り読み進められなかった。

ただ鉄(かね)への執着が人並み外れていて、初めて打った刀は研ぎ師から「災難が寄ってくる」、その主からは「張り切った刀」と評され、鉄(かね)が鍛えすぎて、冷えた夜に飾っておいた枕元で張り詰めていた刀の切っ先が折れて弾け飛んでしまう。

二本目は、自信を持って試し切りに持っていくも、試刀家の加右衛門から「この刀は怒っている。」「切るまでもない。この刀は簡単に折れる。お前は鉄(かね)殺してしまった・・・」と散々に言われ、それでも懇願し試し切りをしてもらうのだが、命を掛けろと言われてしまう。
自分の刀を構え、ライバルの先代、康継2代目の刀で打ちかかってくる。自分の刀が負ければ首が飛ぶ。その位置を狙われず、加右衛門の刀は、興里の刀の切っ先を弾き飛ばし、興里(おきさと)の髷(まげ)を切り裂いた。



後日、「その首を捧げに来い」と言われ、死を覚悟する興里。


そこで康継三代目のにっくき賤しい刀で首を落とされると知って、興里は涙をあふれさす。

そこにいた公方の叔父である僧侶の圭海に「お前の兜を見た。わしの目に適う刀を打つというのならその命、助けよう。」「刀は魂の拠り所。益荒男(ますらお)の矜持(きょうじ)である。今の武士には今の武士の刀が必要だ。正宗、行光、青江のようないにしえの鍛冶に出来た品格と潤いを持った刀を打て」と、そして興里は「思い上がりを恥じ、一度はあきらめた命、入道させてほしい」と頼む。そして、一心日躰居士 虎徹という法名をもらう。



ここまでを読んだ。

100ページくらいまでは出雲のたたらで鉄(かね)を学び、トラブルに巻き込まれ、という興里を読んでいても、『もののけ姫みたいだな』という程度だったかな。。。
この後の、興里の”刀を打ち、鍛え始めて、弟子を鍛え、一心不乱に鉄(かね)を求め、刀に執念を燃やす姿”でギアが入りました。

火天の城でも書いたが、この山本兼一氏、職人の仕事を書かせたら、素晴らしい言葉でその技と出来映えを評していく。




千利休を読んだときは茶器が欲しくなり茶室に憧れた。懐石というものの神髄に触れた気がした。(もちろん錯覚)
いっしん虎徹を読み終わった後は日本刀が欲しくなる。。。。のだろうか。。。(笑)


多分、そんな気分にさせてくれる(はずの)小説家、山本兼一氏、あっぱれでございます。


mac
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利休にたずねよ

2011-06-21 00:04:18 | プチ萌え
~茶は服の良き様に点(た)て、炭は湯の沸く様に置き、冬は暖かに夏は涼しく、花は野の花の様に生け、刻限は早めに、降らずとも雨の用意、相客に心せよ~


上に掲げた言葉は千利休の七則としてある講習会で聴いた言葉である。

この当たり前を信条とする心がけ(といっても当たり前は当たり前にはできないということらしい・・・)と圧倒的な美意識、道(どう)というものの真髄神髄。

多分一介の凡愚な会社員とは大きくかけ離れた世界と知りつつも、上記の言葉を思い出しながら、『見知っておきたい』と強く思うようになった。

千利休が持ち、放つ美とは一体?秀吉に対する抵抗にはどのような想いがあったのか?
いくつも知りたいが一遍にやろうとすると破綻するので、まずは小説から入ることにした。

手に取ったのはおそらく千利休を扱う小説では一番新しいものと思われる「利休にたずねよ」というものを購入した。

構成がへんてこでいきなり切腹の日の明け方だかから始まって腹に剣を突き立てる第一章から物語りは遡る形で進行していく。

すでに第二章で秀吉が利休を許し難く思い、でもどこか利休でなくては実は完全無欠な美を選び取るのは難しく、他の者では替えが利かないことも理解している様が描かれる。

第三章では細川忠興の茶の道への理解、美に対する利休との隔たりを父幽斎から諭される。

で今第五章くらいの「ひょうげもの」という題で古田織部から見た利休が語られようとしている。
モノマネと踏襲と自由と個性への言及が成されると期待している。織部も後年家康より危険視されて切腹させられている。
漫画にどうも「へうげもの」というタイトルのものがあり、これも評判がいいらしい。
機会があったらこれも読んでみたいものである。

司馬遼太郎に利休に関する題の小説があった気がしない。。。他の作者のものでいいものがあれば読んでみます。

他の作者の小説にいくか新書辺りに行くかは読後にまた決めたいと思います。




プリンセス・トヨトミは先週末に読み終わりました。
大阪城は現在建て直されたものなんだそうです。立て直したのは徳川家。秀吉の遺功は全て無に帰せられたようです。それは知りませんでした。
物語は不思議な方向に進むのですがある程度途中から終わりが透けて見えるようになります。

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あの鞄(リュック)を探し求めて! - 一澤帆布完全復活記念 -

2011-04-10 06:42:22 | プチ萌え
大学を出る前、カチャッと留める差込錠の受けの部分の生地が破れかけてきているということで、後輩からどこで買ったか思い出せないというリュックを譲ってもらった。

色がとても風合いよく、燻すんだ赤い色、少し茶色かかっているのかな?というような赤で、インディアンレッドとか名付けたくなるような色合いだった。
生地は、あれなんだろうデニム?いや、コールテンとかいう感じの生地だったような印象があります。アジアン雑貨みたいか?と問われれば似ていてちょっと違う感じで、なんとなくイメージは中南米。いや地域でいうのがいいのかよくわからない。色彩的には単色でシンプル、少し濃い目の縁取りがあったか・・・も。
(口絵のLeeの写真は色合いとしては似ていると思って付けさせて貰いました)

留め具を先端に持った覆うような上蓋のような生地の部分には、緑色のクロスのあれはなんて云ったらいいんだろ?模様?ワッペンというか、刺繍というようなものが付いていた。くすんだ赤に緑色のクロスの模様の付いたコールテン生地(?)のリュック。

袋部分の上部には穴をいくつか施してあり、それに革の紐が通され、キュッと絞る感じ。その上に上蓋のような生地を覆いかけて差込錠で留める感じ。留めた錠の横から革の紐がピロピロっと垂れているイメージ。
袋の他にポケットのようなものは一切なく、ファスナーとかも付いていなかった。

すっごい雰囲気のあった鞄(リュック)なのだが、留め具の受けの部分の破れが徐々に酷くなり、結局持ち出せなくなって捨ててしまったのだが、今では非常に後悔している。。。。

ああいう風合いのものにとても愛着を感じることを再認識したのと、こういう思いが募ると堪らなくなるという性格の持ち主である自分を再発見。


多分後輩に聞いても、また「覚えてない」というに違いない。もらう時にでさえ、「どこで買ったとかいちいち覚えてないです」とかほざくし。。。。

こういうときってどういう風にしていけばいいのだろう?

コンシェルジェとかいう人はこういうときに活躍するのかな?でも三越の外商部で取り扱っているようなものではないんですね。(笑)


う~~ん、絵でも描いて探索をするか・・・。

ネットで画像検索しても一向に当る気がしないのだ。。。

か、オーダーメイド?
色合いさえ合えば、ショルダーでもいいと思っている。クロスのワッペンとかなら探し出せそうだし。。。ショルダー?そうか今リュックよりも断然そっちかな?

帆布や工房系のリンクとかをメモっておきます。

須田帆布

一澤信三郎帆布

倉敷帆布

帆布 牛や

工房HOSONO


まずはやっぱり絵でも描いてみますか。それしかない。。。
雰囲気を常に持ち歩き、いざという時にお店の人に見せられるようにすれば一歩近づくかも。

ていうか後輩にメールで連絡しても返事が返ってこん!

-------------ここから追記------------------

一澤帆布、復活!のニュース
あの一澤帆布が完全復活する!
友達が持っていてとても憧れていたあの風合いの鞄と名札のようなラベルをつけたあの鞄とまた出会えることとなった。

憧れていた分、あのようになってしまって悔しくも思っていたので、とても嬉しい限りである。


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花神(中)読了 -青い空を見上げて-

2011-02-20 03:30:06 | プチ萌え
長州第二次征伐では、村田蔵六改め大村益次郎が次々と旧式兵器&様式美重視な幕軍を打ち破っていきました。百姓あがりと書かれていますが、村医の子息、流浪僧の子孫の大村益次郎は政治には疎く、一介の技術者に徹しに徹して、士分の者達(中隊長)を指導していきます。桂小五郎がこの人物を選り分けるのが抜群で、村田蔵六を軍務大臣にし士分の者も彼に従うように仕向けていきます。点と線、要害をこのように例えて、正規軍にはこれを懸命に守らせ、奇軍には躍動させて回り込ませ、退路を絶って壊滅させてしまいます。
政治という分野でもないのかなぁ・・・、「これは幕府に売られた喧嘩であって、長州が仕掛けたものではない」という手筈もしっかり整え、周辺の藩や交戦中の相手にも矢文を射掛けて、揺さぶったり同情を買うこともします。ですので専守防衛で最初の一発目を相手に撃ちこまさせることで、戦闘の意義を「幕府に仕掛けられたので、これを押し返します」としてしまいます。蔵六の中では勝つことは当然なことですが、このあたりも抜け目なくこなします。
荒らした農地は買い取ったりして、進軍していく先々で喝采を浴びる長州軍が描かれていました。

幕府では一線から外されていた勝海舟が、蕃書調所の教授をしていた村田の訳した兵学書を読み、訳し方や軍事の本質を気持ちよく捉えきっているその和文を目にして、「長州に村田ような者が居る以上、幕府は負ける」と予言していたそうです。


長州軍の増強、これは桂が幕府に勝つには?と聞いて蔵六が進言する、新式銃の話がでてきます。さらにはこの時期の最大の事項、薩長同盟です。
ここに新式の旋回銃四千挺の調達を行ってくれたものとして、坂本龍馬が登場します。大村益次郎=技術者、坂本龍馬=実務に疎い根っからの政治家という対比で書かれています。

蔵六は藩の組織を通じて長崎から手に入れようとするのですが、蔵六に対する妬みや嫉みなども加わって、なかなか手に入らない銃を、事も無げにというより、情報と人間関係に滅法強い龍馬が法螺と思わせるような軽さで請け負い、実現してしまうあたりが大村益次郎の目から、一種羨望のように写って描かれています。
そして薩長同盟が出来上がったとき、蔵六の中で軍略がパーフェクトになったのでしょう、開戦前に感激して、中岡慎太郎に手紙を書いています。

この新式の銃を新世界の士農工商の士の身分からすれば到底外れている身分の者に持たせて、常々作戦を与えていくのです。相手の出方への機微も大村益次郎は察知してしまいます。少数兵で進軍しているにも関わらず、堂々と要害を陥落させ、そこに居座り、睡眠も十分取らせ、敵が自壊するのを飄々と待ち続けているのです。

と、そんなあたりまでをしっかり読み終わり、最終巻の下巻に入りました。

あと文庫用の紙のカバーを使いまわしていたら、ボロッボロになってしまったので、仕方なしに文庫用の割としっかり目のカバーを購入してきました。

悠然と構えている大村益次郎、作戦を頭の中で全てシュミレートできてしまう偉人。実戦の経験のない軍略家の活躍は、その作戦がいちいち当ることから神格化していきます。
最後はどこまでなんだろ?この後戊辰戦争に入り、最後は暗殺だかで非業の死を遂げてしまうのです。五稜郭まで行くのかな?上野の彰義隊との決戦でアームストロング砲を繰り出すところまでは確実ですけど。明治維新はこの人の軍略で達成されるのです。

さぁ最終巻に辿り着きましたよ。

2月19日、やっと開催に漕ぎつけた所沢市の幼稚園児のサッカー大会。息子のチームはリーグ戦では惜しくも三試合とも引分けに終わり、一軍チームはトーナメント一回戦でPK戦の末、敗れてしまいました。残念。

決勝戦は近所の幼稚園を一緒に応援していましたが、破れて準優勝。ヘディングもこなし、空中戦も制するスタイルの子供達。ゴールの決ったシュートは弾き返されたボールを枠外の子がふわっとあげ返した芸術的なシュート。泣き止まない敗退チームの子供達、みんな良く頑張りました。

さぁ後は学芸会と卒園式。劇では息子が考えたセリフが採用されたそうですが、先日間違えて元のセリフを云ってしまったのだそう。。。。その日はどんどん声が小さくなっていってしまったのだとか。。。そんなに落ち込むな!

壊れまくって使い物にならないビデオカメラ。これをまずはなんとかしないと!と今思っています。もうすぐフル活用する時期にこれでは心許無い。。。。


サッカーでは応援に熱中しすぎてほとんど写せなかったけどね。。。


金曜日と土曜日は空を見上げることが多くありました。もうすぐ春ですね。
物凄い感傷に浸っています。。。。
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