電気羊に旅を

「東南アジア一人旅32日」からブログタイトルを変更。東南アジア・中国・ネパール・インドの旅日記あり。南米ネタを公開中

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2006年3月8日(水) レンタカーでイースター島一周とモアイ三昧

2011年03月08日 | '06南米旅行記
イースター島モアイ 15体のモアイ
5:20AM、ジュンちゃんに起こしてもらう形で起床。もうほとんど準備はしてあるのですぐに出かける状態に。

昨日えりりんとトシが握ってくれたおにぎりは案の定 どうやって持っていこうか迷ったようでそのまま。自分の米が入っていたタッパーと こういうことがあろうと量り売りのパンのビニールを余分に取っておいたのでそれで強引に包む。

昨日おばさんが朝食用ととして用意してくれていたパンが机の上にあったはずなのに、無くなっている。なぜか娘がおきていたので確認すると出してくれた。しかし、昨日はジャムやスナックなどが入った袋だったはずだが、ただのパンだけ。これって普通の宿泊客に出す用の物じゃないか・・・?

パンをもらって外へ。ジュンちゃんが待ちわびているが、まだ二人は来ない・・・。
ジムニーに乗りこみ待つ、ようやくそろったと思ったら、トシがちょっとトイレといって出て行った。なぜかえりりんもついていく。後で聞くとトシはここ数日お腹の調子が悪かったらしい。ずるずると出発が遅れる・・・。

真っ暗な中、自分が運転で出発。
助手席にはジュンちゃんがナビゲーション。彼女に地図を渡し、指示通り進む。真っ暗だが、車がいないのでなんとかなる。ライトで照らされた場所しか見えない道を延々走る。

右側に波の音が聞こえる。たまに道の横で草を食べている馬などが進行を邪魔してきたり。
免許を取って以来のマニュアル車、徐行などがまだうまくいかずエンスト数回。

数十分走ったところで行き止まり。トイレかなにかの建物があるところで進めなくなる。
どこだ?とりあえず引き返し、左に入れる未舗装の道路を走ったりするが再び行き止まり。辺りが徐々に明るくなってくるなか、何度か行き来していると、どうやら最初に走ってきた道は海沿いの道ではなく、島の中央の道を走っていたんじゃないかと判明。最初にたどり着いた行き止まりもアナケナのビーチであったことがわかり、なんとなく周りの道の様子が分かってきた。

マニュアル操作のコツも思い出してきて、ギアチェンジもスムーズに。朝日に間に合わすために急いでいるのもあって、未舗装道路を跳ねながら進む。車内の3人も妙なテンションに。

イースター島モアイ 15体のモアイ
迷いまくって到着したのは8:05AM。一台車が停まっていた。横につけ、遠くに見える15体のモアイに向かって歩く。そこにガイド付の外国人と日本人のツアーの人たちが5人ほどいた。もうすっかり明るくなっていたので日の出は済んだものだとおもっていたら、8:13AMモアイの背後の海の向こうから赤い太陽が昇ってきた。
おいおい、昨日レンタカー屋のALEXと宿のおばちゃんはサンライズは7時だといっていたじゃないか!だからその一時間前に宿を出発したんだ。でも結果的には迷ったあげく、その嘘情報のおかげで間に合うことに。
もう朝日を見るタイミングは今回のようにレンタカーを借りてしか見ることが出来ないので、ドライバーとして道に迷って朝日が見れなかったことに責任を感じていたところだった。結果オーライ。

イースター島モアイ 15体のモアイ
いろんなバージョンでモアイを撮りまくり。
その間、えりりんがモアイの土台にのぼりポーズを撮り写真を撮っていた(そこに登ることは禁止)。僕が降りるように言おうと近寄っていくと背後からガイド付の日本人に僕が注意される。降りるように彼女に伝えると「分かってるぅ」という返事。よく考えたら、僕がモアイの写真を撮りたいから邪魔だからどいてくれと言ったと思われてんじゃないかなと思い、えりりんさんにあそこは登ってはダメなんだよ
ということを伝えると、「ちょっとだけのつもりだった」とのこと。時間の問題じゃないぞ。

イースター島モアイ

イースター島モアイ
近くにある横に仰向けになっているモアイなどをみたり、みんなで記念写真を撮るなどして、時間は9:30AMに。ここは朝日を見るのに有名なポイントのはずなのだが、自分達ともう一組のツアー客がいただけ。

車に戻り、みんなお腹が空いたということでパンを食べる。自分はかじりながら運転。だいぶ運転にも余裕が出てきた。近くにラノララクというモアイの石切り場があるのだが順序を考えまずはアナケナ海岸へ向かう。すっかり明るくなり海が美しい。朝通った同じ道とは思えない。

イースター島モアイ アナケナ海岸
9:50AM、やしの木が生い茂る美しいビーチに到着。そのすぐ前にプカオを頭に載せた5体のモアイが立ち並ぶ。なんだかこんなビーチとモアイの組み合わせがなんとも違和感、面白いともいえるが。砂浜を歩き撮影。

イースター島モアイ アナケナ海岸
ミニバンが2台やってきて、ビーチで何人かがボールで遊び。水着で海の中へ入っていっていったものがいた。このビーチの存在は知っていたのだが、水着を持っていくのをすっかり忘れていた。無性に海に入りたくなったので、トランクス一丁になり海へ。トランクスギリギリまで入る。なかなか気持ちが良かった。

えりりんとトシがペアで日陰で座ってしゃべっている。自分とジュンちゃんも海を眺めながらいろいろ会話。30分くらい まったりして車に戻る。出発しようとしたところ、もう一度トシがトイレタイム。

次はテピトクラ(←だったかな?)に行こうとするが入るところが見つからず通り過ぎる。舗装道路を調子よく走っていたらラノララクもいつの間にか通り越す。看板があり明らかにおかしいと思い引き返すと、丘の上にモアイがあるとこに。そこにいたおっさんに尋ねるとそこはアフ・ハンガ・テーAhu Hanga Teeというところらしい。完全に行き過ぎてる。どうやら島の大きさを見誤っていたらしい。思ったよりもずっと小さい。

ラノララク方面に進んで、遠くの海沿いに倒れたモアイがあったところで再び停車、アフ・ハンガ・テテンガAhu Hanga Tetenga。ここの海もやばいくらい青くて美しかった。天気が良くて本当に良かった。名前がわからないが道の左側にぽつんとさびしげにうつぶせに倒れたモアイがいたのでそれも撮る。

イースター島モアイ ラノ・ララク
1:00PM、ラノ・ララクに到着。ここの入口に机があったので、とっておきのおにぎりの時間に。カラファテの藤旅館で仕入れた海苔に包んで食べる。昨日炊いたご飯も美味く炊けたようだ。日本から持ってきた米・カラファテの海苔(これも日本産だと思う)・、ペルーのマラスの塩のフュージョン。美味かった。

イースター島モアイ ラノ・ララク
待ち合わせの時間を決め、中へ。さすがに観光客がたくさん要るだけあってすごいところだ。

イースター島モアイ ラノ・ララク

イースター島モアイ ラノ・ララク

イースター島モアイ ラノ・ララク
モアイが岩から切り出され途中で放置されている。完成したモアイは、いくつかは立ったまま海岸線まで近づいたところで止まってる、伝説にある「石切り場から歩いて移動した」というのが本当であるかのように。

イースター島モアイ ラノ・ララク
ランダムな場所に埋もれるようにして立っているモアイがなんともいい感じ。切り出し途中のモアイも頭が逆さになっていたり横になっていたりさまざま。歩いていて非常におもしろい。

イースター島モアイ ラノ・ララク
なぜか道が作ってるのにそっちは入ってはいけないとガイドのような男に注意される。ついでに日本語で「サワルナ」などとも言っていた。とりあえずツアー客が上のほうに登っていくその方向に歩いていくと大きな湖が。それから上に上って山の頂上へ。どんどん人が降りていき、頂上でえりりんとトシが二人で話していた。「世界の中心で愛をさけんでみて」とか僕に言っているが、こっちは冷めるちゅーの・・・。なんともバツがわるので、少し離れた場所で絶景を楽しむ。二人は何も言わずに降りていったあとも、ボーと眺める。

イースター島モアイラノ・ララク
3:30PM入口のところに集合。ジュンちゃんを待たせてしまった。みんなぐったり、もう帰りたいモードに入っている。
しかし、その前にすぐ近くのアフ・トンガリキAhu Tongarikiにもう一度行きたい。朝日をバックにシルエット状態で撮ったが、まだ順光では撮っていない。それとさっき岩絵がここにあるとは知らなかったからそれも見ておきたい。
そう言うと、トシが呆れたように、「じゃぁ、早くして戻ってきてくださいね」とボソッと。「いいよ、車で待っててよ」と答えておいたが、えりりんはやる気があり、彼女が降りていくと彼も付いてきた。なんだよぉ。

イースター島モアイ アフ・トンガリキ

イースター島モアイ アフ・トンガリキ

イースター島モアイ アフ・トンガリキ
そこにいたガイドのおっさんがいたので「地球の歩き方」の岩絵の写真を見せて場所を確認。そんなところわからねーよという場所だった。しかも消えかかっているのか見難い。普通に人が乗れるようになっているので、そりゃ消えるわなぁ。
15体のモアイはやはり壮観、朝 ただの岩がころがっていたと思っていたものがプカオだった、朝とは全く違う顔を見せてくれる。やはりもう一度きてよかった。

4:00PM車に戻ると、三人ともぐったり、冷たいジュースが買いたいと言うので一端町に戻ることに。スーパーの前にガソリンを入れる。満タンに入れて返すというのが日本のレンタカーの基本だと思うし、分かりやすい方法なのだが、借りたときのメモリが半分より少し下の状態でその時の量に調節して入れなきゃいけない。ガソリンスタンドの兄ちゃんにその旨をイラストで伝えるとぴったりいれてくれ、親指を立てる。GJ(グッジョブ)兄ちゃん。5000Cペソ。

町に入り、突然トシが止まってという。よく分からないまま止まると昨日預けたクリーニングをえりりんと回収しにいった。ジュンちゃんと自分は呆れ顔。
戻るのをまって数メートル走らせスーパーへ。スーパーはシエスタで休み。隣の売店でジンジャーエールのペットボトルを1500Cペソで購入。外に出てみんなジュースをがぶ飲み。お金が全然ないし、ついでなのですぐ近くのATMに行くと他の三人に伝える。するとトシが「僕達はどうすればいいんすか?ここで待ってろっていうんですか?10分だけだよ、あのぉトイレ行きたい・・・。」
さっきお前のためにクリーニング屋で待ったじゃないか。一瞬キレそうになるが、相手にもこちらが不快に思ったことがわかるくらいにすかさず「じゃあホテル戻ろうか(言い方は普通)」と言い、すぐに車に乗り込みエンジンをすぐにかける。

えりりんがちょうどタバコに火をつけたところ。何か微妙な空気が流れる。宿に帰る。1時間ほど休憩して、海を見ているモアイ アフ・アキビにもうそろそろ行こうよとジュンちゃんが外で話している二人に声をかける。そしたらえりりんが「行くぅ?」という反応。なんだか二人とももうぐったりしている。
観光する気がない人と一緒に行動してもしょうがないので、適当に明日あさってまだ時間あるからいいじゃんと言って誘導尋問。ジュンちゃんとふたりで行くことに。

車に乗り向かっていると、追い抜くバイクの兄ちゃんが後輪のタイヤが揺れていて気をつけろという。さっきスーパーの近くでも車のおっちゃんに言われてコレで二回目だ。
走りながら左の後輪をのぞくとぐらぐらとゆれている。降りてチェックするが空気は問題なさそう。でもなんか悪路を走っているといつでもタイヤがはずれそうだ。

不安になりながらもアフ・アキビへの未舗装道路をゆっくり進む。ゆっくり神経を使いながら走っているせいかやたら長く感じてきた。道を間違えたか不安になり、途中の道端で写真撮影していたスキンヘッドのおっさんに道を聞くと「I think so.」とのあやふやな返事。

イースター島モアイ アフ・アキビ
到着すると、そこには家族連れ(すぐに帰った)と日本人のカップルふたりだけ。着いた早々そのうちの女性がジュンちゃんに話しかけてきた、僕も近寄って話を聞くと夫婦で今ワンワールドのチケットで新婚旅行中とのこと。すごく感じの良い二人で話が弾む。ジュンちゃんも最初 サンティアゴのユースで会ったばかりのときのような明るい表情で饒舌に話しまくる。

なんというか今日他の二人の行動のせいで普通の明るいジュンちゃんではなくなっていたようだったのが、ここで復活。夕日が始まってきているのに延々話し続ける。途中で僕は切り上げ、モアイの撮影。
さっきのスキンヘッドのI think soおじさんもマウンテンバイクで到着。すごいデジカメでレンズも5本ほど持っている、フォトグラファーか?と聞くとYESと答えた。今まで話しかけるきっかけでこう質問することはあったがYESという答えは始めてだった。彼はモニタを撮るたびに覗きながら、一人で自画自賛の声をあげる。自分も真似して同じ構図で撮ってみたり。

イースター島モアイ アフ・アキビ
夫婦二人はここまで歩いてきたらしく、帰りはヒッチハイクで戻るつもりだったようだ。ちょうど二つ分席が空いているし、僕の下手な運転でいいのかという了承を得てから出発。
車内でも楽しく会話、なんだか本当にいい感じの二人。こんな楽しい雰囲気で4人で一周したかったなぁ。

レンタカー屋のALEXの事務所に9:00PMに返さなければいけないが、少し道を迷う。ジュンちゃんがそっせんして車を降りて道を聞く。だれかに促され彼女が歩いていくのをついていくとそこがALEXの事務所だった。それに気づかずまだその家の人に場所を聞こうとするジュンちゃん、ここだよここ。ようやくエンジンを切り終了。
もう今日一日事故でもおこしたらどうしようかと思っていた、これで一安心。時間はぴったし9:00PM。

イースター島 宿で作ったパスタ
ALEXが出てきてタクシーで宿へ。お願いして夫婦を彼女達が泊まっているテントサイトで降ろし、明日の朝また会う約束をしてお別れ。宿に帰り、ジャガイモ入りのクリームパスタ。今日は赤ワイン。(注;ここでこの日の日記終了、どうやら力尽きたようだ・・・)

※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年3月7日(火) 憧れのイースター島

2011年03月07日 | '06南米旅行記
イースター島へ

7:00AMに待ち合わせをしている。同室の一人がまだ寝ているので暗いまま廊下に荷物を出してパッキング。

ロビーに行きチェックアウト。えりりんさんが少し遅れて到着。

7:10AM頃、出発。昨日 利用したLosHeroes駅近くのCentropuertoのバス停へ。
7:25AM発があるはずだが、最初に停まっているバスに確認するが別のバスが来るのでそれに乗れと言われる。
待っていると、すぐにバスがバス停に入ってきた。それに乗って1100Cペソを払い、乗客が自分達しかいない状態で発車。

30分ほどで空港に到着。3人ばらばらにチェックイン。
自分は散々今まで翼の上の席だったので、翼の上でない場所の窓側の席のオーダーを試みる。
「分かった、スペシャルな席よ」と冗談半分で言われたが、実際に搭乗したら、翼の付け根・・・。ばかやろう、分かってないじゃないか。
しぶしぶ座る。隣の席には結局誰も座らなかった。

9:45AMにフライト。
しばらくして機内食が運ばれてくるが、自分の席は機内のほぼ中間。最前列からと自分の後ろの席の並びからサービス開始。後ろのおばさんが食べ終わった頃、ようやく自分の機内食。なんか最近ついてないなぁこういうの。

食べ終わってから機内で初めてノートパソコンを広げる。なかなか快適で筆が進むが、悲しいかなバッテリーが二時間程度しかもたない(本当はもう30分くらい持つが、昨日充電しきっていなかった)。
しかも、昨日のプンタアレーナスからのフライトで読んでいた「何でも見てやろう」の文庫本を機内に置き忘れてしまった。空しか見るものがない。といっても雲をぼーと眺めるのは、結構好きだからいいや。

イースター島 飛行場 LAN
機内のモニタで世界地図で飛行機の現在位置が記され、イスラデパスクアの文字が出たときさすがにドキドキしてきた。
およそ5時間のフライト。現地時間は本土のチリより2時間遅い。デジカメの時計を2時間バックさせ、1:20AMに空港に到着。

イースター島 飛行場
タラップが前方と後方の二つがあったようだが、中途半端な位置なので外に出るのが遅れる。
タラップを降り、えりりんさんを探すがなにか日本人の男と一緒にいて飛行機をバックに記念撮影などをしていた。ワインなどが入っていて重たい荷物を彼女が持っているのでもちに行こうかと思ったが、二人の仲を割ってはいるのも癪なので、軽く目を合わすだけで一人で建物の中へ。

イースター島 飛行場
バックを回収。ネットなどの情報ではここに宿のブースがずらっと並ぶということを聞いていたが意外に選択肢が少ない。いくつか聞きディスカウント交渉するが7000ペソが最安(今 思うと勝手にレンタカー屋と思っていたカウンターも宿のカウンターだった。そちらは値段を確認していない)。情報ノートなどでは10USDが最安と聞いていたので納得行かない。
ほとんどの観光客がいなくなる状態まで残ってしまう。
結局目つきが悪く感じが悪いおばさんの宿で一応車で連れて行ってもらって見てから決定するということに。
さっきえりりんさんと一緒にいた男も一緒に来るらしい。
おばさんが止めた車で宿に行くことに。ちゃんとこの車がフリーかどうか確認し乗り込む。

宿に到着。別に問題はない。価格とおばちゃんの横柄な態度が気に食わないがここに決める。というか女の子二人はもうどこでもいい様子だし、男はえりりんさんと一緒の宿のつもりなのだろう。
シングルを主張するが空き部屋は二つしかないという理由(本当かどうか知らないが)で、男同士・女同士 同室に。

今日中にレンタカー屋を見つけ契約をしなかればいけないが、それぞれのペースがあり、なかなか外に出かけられない。

イースター島 モアイ
2:50PM頃、ようやく4人そろって出発。
町に向かって歩く。少し歩いたところで第一モアイ発見。「地球の歩き方」の地図にも載っていないので、まさかこんな近くでモアイに出会えるとは思わなかった。これから数日たくさんのモアイを見ることになるのは分かっているわけだが、イマイチな形状なモアイだがみんなで興奮して写真を取り捲る。

レンタカー屋の場所が分からないが、とりあえず歩いて郵便局の前くらいにきたところで、タクシーがゆっくりとそばを通り、こちらを見ながら「RENT A CAR」と書かれた紙を見せてくる。
話しかけると一台2500チリペソだという。

イースター島
探すのが面倒なので彼の車に乗り事務所へ行ってみることに。
町から相当離れる。
この時はどこかは分からなかったが空港の西南の場所。ついたところは一件普通の家。家の隣に青と黒いスズキ・ジムニーが二つ。
話していると黒い方の車が良いらしい。数日借りると安くなるが皆と話し合い、一日だけレンタルすることに。
もう一人の男はトシという、そこの家にいた5歳くらいの女の子とじゃれあって全然一緒に交渉する気がない。一台25000Cペソ。もっと値段交渉を粘れば少しは安くなるかもしれなかったが4人で割るので減額しても大して影響ないし、やめ。

イースター島 女の子
免許は自分しか持っていない。トシは免許は持っているがバイクしか乗っていないらしい。明日、朝日を見るため早朝の暗い中、町から反対側のアフロンガリキまで自分が運転することになるのだが、8年ぶり(?)のマニュアル車、不安だ。
今日の9:00PMに借りて、24時間レンタルとなる。

イースター島
車でホテルまで送って貰う。
4:20PM、宿に戻り、みんなでまったりしていると、宿のおばちゃんが庭にいた男に指示してスイカを出してくれた。切ってくれたのはうれしいが切り方が適当・・・。結局刺さったまんまのナイフで自分が切り分け皆で食べる。甘くておいしかった。
外は雨が降ってきた。イースター島は雨が少ないと聞いていたのに、もしここの島にいる短い間に雨の日が続くと思ったら不安になってきた。

イースター島 お土産屋
5:20PM、雨がやんだので再び4人で外に出て、教会近くの民芸品売場へ。絵葉書を二枚購入(合計1USD)。エントランスのところで他の3人が会話。聞くとお腹が空いたのでレストランで軽食をとりたいとのこと。物価の高いイースターで何も買うつもりはなかったし、他の人のペースに縛られるのが嫌だったのでここで別行動に。
3人と別れて、町から近いモアイ、アフ・タハイへ向かう。歩き始めてすぐにスコール。木の下で3分ほど雨宿り。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
墓地を通り、5:30PMアフ・タハイに到着。5体のモアイと「地球の歩き方」に書かれているのだが、不恰好な3体・顔が半分斜めに欠けたもの・胴体だけのモアイの全部で5体、その向かって左端には土台(?)だけが残っている。もともと6体だったのだろう。夕日とまではいかないが完全に逆光、シルエットを見せるような写真を撮る。
すぐそばに顔がはっきりしないアフ・パイ・フリ、プカオ(茶色い帽子状のもの)を乗せ目をはめ込まれたアフ・コテリクがある。

イースター島

イースター島
撮っていると突然スコール。モアイから50メートルほど離れた場所にある石垣に四角い入口があるのでそこに雨宿りしようと駆け寄る。しかし近づいてみると意外に小さい・・・。身をかがめて雨宿り。

イースター島
これでは辛いのですぐに近くの岩が庇状に突き出しているところへ避難。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
5分ほど待ち、雨がやんだので外に出てモアイのそばで再び撮影。ふと振り返ると見事に半円形の虹が広がっていた。雨にぬれてまで来た甲斐があったなぁ。辺りには自分以外に3人しかいなかった。すごく得した気分。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
しばらくして虹は消え、モアイを撮りまくる。モアイしかないし、レンズも一本しかないわけで、次第に構図が単調になってくる。影だけを撮ったりいろいろ工夫してみたり。

これから夕日が始まるので一端宿に帰ろうとしたときに、ジュンちゃんが到着。カメラを忘れてさぁなどと言うので彼女を説得し、一緒に宿まで行こうということに。しかし、考えが甘かった、宿から近いと思ったが意外に遠い。
ふとヒッチハイクが出来ないかと思ったところに後ろにエンジン音が。手を上げると子供連れの夫婦の車で停まってくれた。ラッキー。二人で大喜びして乗り込む。

イースター島 女の子
後部座席にいた二人の女の子がかわいくて、ボニート(←確認 かわいい)とグラシアスの繰り返し。
最後に宿の前で降ろしてもらい、二人同時に「ムーチョ・グラシアス!」。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
宿でカメラを回収。自分はデジカメのデータをノーパソへ。すぐに出て、早歩きで再びアフ・タハイへ、8:35PM到着。しかし、夕日は厚い雲に覆われほとんど見えず、サンセット写真は不発に終わった。といっても34枚も撮ったけど。到着したらえりりんさんとトシがいたがすぐに帰って行った。今日レンタカーが9:00PM引渡しなので、それをてっきり取りに行ってくれているものだと思ったら、後でそうではないことが判明する。ジュンちゃんと歩いて宿に向かっていると、ちょうどレンタカーの契約した男ALEXがTaxiに乗ってすれ違う。宿に行きしばらく待ったが誰もいないので帰るところだったようだ。うーん、あの二人は何をやっているんだ・・・?

ジュンちゃんと二人で彼の車に乗り、事務所へ。契約書を書き、事務所の場所やガソリンのことなどを確認。車に乗る。ひさびさのマニュアル。しかもギアが入りづらい。というかクラッチを思いっきり踏み込まなきゃいけないということに気づくまであたふたあたふた。ジュンちゃんのナビゲーションにしたがい、何度もエンストを繰り返し、真っ暗の中走って宿へ。たった1.5kmほどの道のり・・・途中、あまりに進まなすぎるのでかえって笑えてきた。妙なテンションでむちゃくちゃ神経使ってクタクタで到着。

宿に帰ると二人がのんきにシャワー。レンタカーのことなどお構いなしご様子。ふーん・・・。

夕飯は皆でシェア。もともとえりりんさんと二人で回る予定でサンティアゴで買い物(えりりんさんに頼んだ)したので食材が心配だ。ジュンちゃんは米が少し、トシは全く食材はもっていない。自分の個人のストックをあわせてギリギリというところか。トシ以外の三人で手際よく料理。たまねぎ・ジャガイモの入ったトマトソースのパスタ。完成したのは10:50PM。
赤ワインでいただく。

イースター島
食べ終わった頃に宿のそばに住んでいる(働いている?)男が裸でペインティングをした格好でトイレに入ってきた。突然、撮影会状態。宿の庭を挟んだそばに来るように言われ行ってみると、他にも同様の格好をした男達が。ここは楽器などを置いてある倉庫兼練習場?のようだ。なんだか状況がわからないが楽しめた。

先ほどのパスタを作っている間、明日のレンタカーで一周のための昼ご飯用として自分が日本から持ってきて、まだ一度だけ玉子丼にして食べた以外つかわずに温存していた米を全部使い洗って水につけておいた。このイースター島4泊の間の夕食のうち一食はご飯ものと考えていたが、予想に反して4人で行動する結果と成ったのでここですべての米を投入。

夜、えりりんとトシが外のテーブルで話し込み、自分はノーパソで日記を書き、もう寝ようかという頃、ジュンちゃんがそういえばご飯炊いてない・・・ということに気が付く。もう寝てしまおうかなどと考えたが、炊くことに決める。なぜかキッチンの電気がつかなくて暗い中、自分のミニ懐中電灯で湯気の出方などをチェックしながら火加減を調節。透明なふたがあったのでばっちり炊き上げることに成功。途中、建物の中に入ってきたえりりんに米を炊いて今蒸らしていることを伝えるが、あぁそうだったねという反応だけ。ジュンちゃんは役目を終えて就寝。

しばらく待っていたがえりりんとトシがくる気配がないので、外に行きおにぎりを握っておいてねと言い残し寝る。
役割分担な訳だが、何か自分は嫌な役回りだなコレ、すこし気分が悪いが就寝。


※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年3月6日(月) 「やっと会えたね」

2011年03月06日 | '06南米旅行記
南米チリ・プエルト・ナタレス
6:50AM起床、早速着替えて、昨日閉まっていてチケットを買えなかったバス会社PACHECOへ。
プンタアレーナス行きの10:00AM発のチケットを購入(3000Cペソ)。帰れるかどうか不安だったが、これで安心。宿に戻る。

南米チリ・プエルト・ナタレス
朝食をとり、部屋でまったり過ごす。

9:45AM、チェックアウト。おじいちゃんが対応、無骨な感じの人だが、ちゃんと出るときドアを開けてくれたし、少しだけ笑顔を見せてくれて「チャオ」と言ってくれた。なかなか感じのいい宿だったな。

バスの質は、良くもなく悪くもなく。景色が単調で退屈なので、ずっと「何でも見てやろう」を読み続ける。
今回もプンタアレーナスの町に行くことなく直接空港へ行く。それほど見るものもない町だから、一端町に降りて散策し再び空港行きのバスを探して・・・なんてのはメンドクサイから別に行かなくていいのだ。

南米チリ
9:20AM空港に到着。
ほとんど人気のない空港の待合ロビーでノーパソで日記を書いたりして過ごす。

南米チリ

南米チリ
毎度思うことだが、南米ではフライト時間ギリギリに搭乗を開始する。本当にこのゲートで待っていて良かったんだろうかなどと途中で心配になる。同じようにそわそわしている人の手に持っているチケットをチラ見して安心する。

南米チリ
4:25PMフライト。
さっそくサンドイッチの機内食。隣のおばあちゃんが、ドリンクとかの受け渡しを手伝ってくれたり。
機内食を食べ始めようとしたときに、乱気流(?)に巻き込まれ、機体がむちゃくちゃ揺れる。慌ててドリンクを飲み半分以下に減らしたのだが、それでも思いっきりこぼれた(机の上に広がっただけ)。機内食を配っていたアテンダントも慌てて退却。結構長い時間ゆれまくり。これだけのは初めてで結構ドキドキした。
サンドイッチはよいのだが、デザートのケーキ(?)が微妙な味。

6:30PM、プエルトモンに到着。
ここで数人の乗客が降りたり乗り込んだり。前の席に座っていた女の子がむちゃくちゃかわいかった。加藤ローサをさらに外人顔にした感じ。しばらく目で追ってしまう。

南米チリ
7:00PMフライト。
行きにパタゴニアに向かったときと同様、もう一度機内食が出る、同様にまたサンドイッチ。デザートはスポンジに生クリームがはさんであって上面にチョコレートが塗ってあるようなケーキ。しかしチョコが日本のこしあんを少し混ぜたような味。どうやったらこんなイマイチなケーキを作れるのだろうか。やはりケーキは日本のものが美味いなぁ。

南米チリ・サンチアゴ
夕日がちょうど沈んだ8:30PM頃、サンティアゴの空港に到着。日が少しパタゴニアより短くなっているのを実感する。
荷物を回収しロビーに出ると、出口にTAXの札を持った男がわんさか声をかけてくる。早歩きで無視して突き抜ける。
明日からのイースター島のためにドルの現金を作るため両替所へ。ペルーではドルキャッシュの引き出しが可能だったのに、ここチリでは出来なかったので(旅も終わりなのでお金を余らすならドルが良かったので)T/C100ドル分を現金化するつもりだった。
しかし両替所に行くと、チリペソにしか交換できないという。1USD=500Cペソと言う。むちゃくちゃレート悪い。これからイースター島行くから現金が必要なんだとしつこくアピールする。

そうこうしていたら、なにやら男が隣に来て、流暢な英語で話しかけてきた。状況を把握しカウンターの男にスペイン語でなにやら説明。カウンターの男はわかったという顔で計算をしだした。
その間 男は「どこから来た?日本か?」「名前は?」「どこのホテルに行くのか?」などと質問してくる。
空港の出口で親切に話しかけてくる男は信用できないというのは今までの旅で学んでいた。笑顔は優しげで親切な印象だがこのパターンは怪しい。名前を聞かれても「シークレットだ」と言っておく、ホテルは決まっていないと言うのも変なので、LosHeroes駅のそばと適当に答えた。
両替のカウンターの男が出した紙には100USD(T/C)=91USD(現金)だと。ばかばかしい。これならATMで直接好きなだけ引き出したほうがましだろう(実際ATMがどれくらいの変換率かは分からないが・・・)。両替は諦める。

カバンにT/Cを仕舞っている間、男は「俺には日本人の友達がいる、彼の名前はユウタ・カリヤだ」、うーん、日本人の友達がいるということで安心感をもたせようということだな、典型的な詐欺師のパターンではないか。どうせそのユウタ・カリヤという名前も今回のように「名前は?」という質問に正直に答えた日本人なのだろう。

適当にあしらって足早に出口に向かうと、案の定男が後ろからついてきて「どうやって町まで行くのか」など質問してくる。バスだと答えながら早歩きで外へ。
ちなみに空港から市内には3つの交通手段がある。タクシー(セントロまでUS19ドル程度、多分 選択を失敗するともっと高くなるだろう)・ミニバス(セントロまで3700Cペソ、ホテルの前まで行ってくれる)・空港バス(1100CペソLosHeroes駅まで運行のCentropuerto 1300Cペソ モネダ宮殿まで運行のTurBUS)。
さっき両替所に行く前に空港の外をチラッと見たときにCentropuertoの文字が書かれたバスを見つけていたので、確信を持って外へでる。

出口を出ると目の前にTurBUSが止まっていた。すかさず後ろから男が「これは○○(←なにか市の中心地っぽいことを言っていた様な気がする)に行ってしまうのでこれじゃ駅に行けないぞ」と言っている。やはりなんとか自分のタクシーか何かに乗せようと試みているのが分かる。
しかしばっちりのタイミングでそのバスの後ろにCentropuertoと書かれたバスが到着。助手が降りてきたので、すかさず近寄り彼にLosHeroes駅に行くか確認し乗り込む。いつのまにかさっきの男はいなくなっていた。

初めての東南アジアの旅のインドネシア・ジャカルタで、白タクにボラれた授業料が役に立っている。まぁ、今回のように、自分がある程度元気な時(夜行や長時間移動の時は冷静に判断できないが)で しかもサンチアゴの町を歩いたことがあるのでなんとなくシステムが把握しているので、冷静に判断できる・・・そういう場合、こういうやり取りはかえって楽しかったりする。

10分ほど車内で待っただろうか、座席が7割ほど埋まった状態で9:20PMバスが出発。
地下鉄の駅の通りを走っていくので、目立つ地下鉄の入口の看板で自分の位置が把握しやすい。やはり先進国は移動に関しては分かりやすくて安心、なんの問題も起きない。

LosHeroes駅で終点。
地理は把握しているので、ミニスーパーで水1.5リットルと缶ビール350mlを購入(910Cペソ)。ユースホステルに向かう。

チェックインして部屋に荷物を置き、すぐにTVルームへ。
実は、まったくの偶然でワンワールドのチケットで世界一周中のブログ友達のえりりんさんと同じイースター島のフライトが一緒だったのが、南米に旅立つ直前に発覚したので、前回にここのユースに泊まり、パタゴニアのチケットを購入した後「今日の10:00PM このホテルのTVルームで待ち合わせをしよう」というメールを送っていた。しかも、ほぼ予定通りの10:05PM宿に到着したのだが・・・。
しかし、行ってみるが彼女はいない。一階のインターネットルームやBARスペースにもいない。ヘッドホンをしてやる気のないフロントの兄ちゃんにえりりんさんの名前をいうとしぶしぶパソコンで確認してくれる。
201号室に泊まっていることが分かったので、そこに行ってみるがいない。部屋にいたヨーロピアンの女性にメモを渡しておく。

しょうがないのでシャワーを浴び、TVルームでノーパソで写真整理などをしながら待つ。

11:20PM頃だったか、日本人女性が部屋に入ってきた。こちらは彼女の顔を分かっていたし、こっちもアジア人はこの部屋に自分しかいなかったのですぐにお互いが名前をいいあう。
自分の第一声が「やっと会えたね」、俺は辻仁成か。
実は1階のBARで外国人と一緒に飲んでいたらしいが、僕がその一団全員外国人だと思ったのか気づかなかった。まあいいや。

いろいろ会話。彼女は南米のペルー・ボリビア・チリとずっとある高いツアーに参加していたのだが、スイス人の彼氏ができたらしい。ブログの文から受ける彼女の印象を考えれば、そういうことになるのだろうなぁということは予想していたが案の定。

ここの部屋が12:00PMに閉まるので廊下へ。そこで話していると階段を上がってくる日本人の女の子が。ジュンちゃんといってえりりんさんとメキシコで会っていたらしい。ジェスチャーを交えて会話する子で見ているだけで面白い。彼女は現地で安いイースター島のチケットを購入したようでちょうど明日同じフライト。3人で行くことに、楽しくなりそうだ。
ここで1時間くらい話し続け、遅いので明日の朝の待ち合わせの時間を確認し、就寝。



※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年3月5日(日) 単なる移動日 ~再びチリ入国~

2011年03月05日 | '06南米旅行記
南米アルゼンチン・エル・カラファテ
よくわからないが、暑かったのだろうか、4:30AM頃一度目が覚める。
キッチンに行き冷蔵庫のワイン残っている分すべて飲み干す。しばらくリビングのソファでうだうだして再び就寝。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
6:45AM起床。
スープ・パン・ヨーグルト。山田(仮名)さんも起きてきた。私達8:00にでますが一緒に行きます?といわれたが、男女のカップル(?)と一緒に歩くのは癪だし、昨日7:45AMに宿を出発すると言った手前、その通りの時間に出発。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
ちょうど朝日が顔を出す時間、バスターミナルに到着するまで、町の写真を撮りながら歩く。プエルトナタレス行きのCootra社のバスは二つ停まっていた。バッグを積み込むおっさんにチケットを渡し、片方のバスへ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
そのころ山田さん二人が到着。どうやら別のバスのようだ。そのほうがいっそ変な気遣いをしなくすむ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
10分遅れた8:40AM出発。
なぜかこのバスの乗客老人率が非常に高いのだが、なんでだろう。後ろから乗客の頭を眺めると禿げた人や白髪の人が多い。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
自分の隣に座った男が明るさを気になるのだろうかウィンドブレーカーを反対に被って寝ている姿が面白かった。

延々同じような退屈な風景が続く。雨も激しく降っていた。移動日の雨はむしろうれしくなるくらいだ。
おなかが空いたので11時頃、朝 バターを塗っておいたパンを食べる。昼頃、アルゼンチンのイミグレに到着する間際になって、バスの助手の男がチリ入国用の用紙(食物などを持っていないか などの質問書)を配る。
隣の寝てばかりいた男が慌てて持参のサンドイッチを食べていた。食べ終わる前にイミグレに到着。その男はイミグレにいた飼い犬にえさとして残ったパンなどをあげていた。その男はイミグレの列で自分が並んだすぐ前、彼女といちゃいちゃしてカメラを自分達にむかって撮りまくっていた。なんでそんなテンション高いんだよ。
おばちゃんがリンゴをかじっていた、食物(生のフルーツなど)を持ち込めないって知らなかったのだろうか。食べ物を持ったまま国境を越えるイミグレでの人々の行動が興味深い。
自分のバスより10分先に出発した山田さん達の乗ったバスがようやく到着していた。いつの間に抜かしたんだろ。

バスに乗って今度は入国カードを渡され記入。
すぐにチリのイミグレに到着。乗ったり降りたりメンドクサイ。ボーダーを隔てて二つの国のイミグレを隣り合うように造って欲しいところだが、そういうわけには行かないのだろうな。

自分が乗ったのはバスの後ろの方の座席でバスを降りるのが必然的に最後の方になってしまう。隣の男はチリ人だったようで、別の窓口で審査。だからこのバスで自分が入国審査最後の人間となり、窓口まであと一人というところでバスの助手が来て、受付の男に口利きし、順番抜かしさせてくれた。というかバスのメンバーのすぐ後ろに並んでいたのに、いつの間にか自家用車か何か出来た男が数人割り込んできていたのだ。

ボリビアとチリの国境では非常に念入りにバッグの中身をチェックされたが、ここはあっさり。
バスの下に預けたバックパックは出さないし、自分が荷物の検査官に二つの手荷物を出したとき、同様にバスの助手がプッシュしたのもあったのだろうか、サブバックは自分で開けただけ、チャックを閉めている間に、カメラが入っているほうの小さいバックを指差し「No Food?」と聞いて「No」と自己申告するだけ。
生の食べ物などは虫や感染症などの媒介になるために禁止しているのだろうが、こんな形式上の検査 時間の無駄としか思えない。

再びバス乗り10分ほどの1:30PM、プエルトナタレスに到着。
客引きが来ていたが、前回泊まったGeminisに泊まるつもりだったので、そそくさと宿へ。中に入るとおばあちゃんとおじいちゃんがでてきた。おじいちゃんは忘れていたようだが、おばあちゃんは僕の顔を見てすぐに数日前に泊まったことを思い出したようで、笑顔で鍵を渡してくれた。

今回は7番の部屋で窓も何もないベッドが一つだけの部屋。狭いけど別にいいや。荷物を降ろし、部屋の外に出ると、宿の子供が階段を上がってきた、僕の顔を見るなり、笑顔で「オーラ!」、ちゃんと僕のことを覚えてくれている反応でうれしかった。

さっそくスーパーへ。
量り売りのパン6つくらいとジュースとベーコン・お菓子(全部で1800Cペソ)。

一端宿に帰り、まったりしようかとしたが、そういえばプンタアレーナスへのバスチケットを取っていなかったことを思い出し、外へ。

前回EVELYNのオフィスで聞いておいたPACHECOというバス会社(プンタアレーナス行き10:00AM発で3000Cペソ)へ。しかしオフィスが閉まっている。すぐ近くのFERNANDEのオフィス(9:00AM発で4000cペソ)のオフィスも閉まっていた。バスの発着が午前中だからなのだろうか、やる気ないなぁ。

南米チリ・プエルトナタレス

南米チリ・プエルトナタレス
宿に帰り、DVDの「義経」などを何本か見て、5:30PM頃、キッチンへ。
パスタのためにお湯を沸かしていると、宿の子供二人が遊びに来た。ネコが二匹いて白い方が「ランキータ」、小さい三毛猫が「GATO」。チリワインの名前と一緒でイラストを描いて説明するが分かってもらえなかった(子供はワインをしらなくて当然か)。そういえばネコの名前を聞いておきながら女の子の名前を聞いていないや。

南米チリ・プエルトナタレスで作ったパスタ
前回に宿泊したときに宿の冷蔵庫に忘れていたバターと卵(3つ)。卵を使おうとしたら、凍っていた。冷蔵庫が二部屋でなくひとつの部屋の中で上部が冷蔵エリアになっていてそのそばだった為だ。割った卵は捨てて、しょうがないのでゆで卵ならどうかとおもい茹でてみる。一つは殻がわれ失敗。一つはOK。湯で時間が適当だったのだが良く出来た。
パスタはさっきスーパーで買ったベーコンを具に。パスタソースが余っていたが、一応イースター島のために温存しておきたいのでコンソメで味付け。1ブロック丸ごと使ったので味が濃くなってしまったが、まあ悪くない。

シャワーを浴びた後、この旅初の髭剃り。
部屋でのんびりしているとノック。別の部屋に泊まっている日本人が話がしたいとわざわざ声をかけてくれた。自分の部屋は狭いので彼の部屋で一時間くらい会話。コースと期間が自分とほとんど同じだった。

部屋に戻り日記を書き1:00AMころ就寝。



※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年3月4日(土) ウプサラ氷河ツアー

2011年03月04日 | '06南米旅行記
南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
6:30AM起床。トイレを済ませすぐに外へ。

歩いて10分くらいのところにLINDA VISTAというホテルへ。ここでツアーのピックアップすることになっている。ピックアップの時間まで朝食のサービスがあるというので、張り切ってきた。
宿のオーナーが6:45AM頃に行って、ゆっくり朝食をとればいいんじゃないかという話だったので、6:55AMに到着し、中に入る。

コーヒーカップなどがテーブルに並べられているので、そこに座ればいいかときくと、フロントの女性がまだ時間が早いというジェスチャー。7:00AMから何かだしてくれるのかなぁと思っていたが、なかなかその気配がない。
ある男がやってきて今日のツアーのチケットを渡され、もうバスがきたのかと思ったらすぐに立ち去った。アジア系のおばさんが入ってきた後、朝食を出してくれた。
焼いたフランスパンとジャム・コーヒー。出してくれると時間がないよというようなことを言っている。案の定3分ほどした7:15AM頃、バスが到着。まともに食べれなかった・・・。
大型バスで、もうすでにほとんど席が埋まっている。

8:30AM頃、プンタバーバラと思われる港に到着。全員降りるかと思ったが、何人かバスに残っている。しばらく様子を見ているとチケットを購入した人達(の一部)がバスに戻ってきている。ここはロスグラシアレス国立公園の入園料を払うだけのところなのかなと思い、サブバックを残しチケット売場へ。しかし、何か妙な不安が残ったのでチケットの列に並ぶ前にバスに戻りカバンを回収。
30Aペソの入園料を払いバスに戻ろうとすると、バスが動き出してしまう。えー、行っちゃうのぉ?と思っていたら、バスが止まり助手の女性が降りてきて、行け行けという合図。バスに戻る必要はなくそのまま船に乗るようだ。バッグを回収しておいて良かった。それにしてもバスに残った人たちはなんだったんだろう。

ツアーのチケットを見せ、船へ。思っていたより大きいクルーズ船だ。乗客はなんだか金持ち風な人たちが多い。結構年配の人の比率も高いようで、自分のような貧乏バックパッカーはパッと見たところいないように思われた。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
9:00AMちょうど出航。乗ってしばらくは天気が良かったが、最初の氷山が見えた9:40AM頃には空は曇ってきていた。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
小さな氷山をみても昨日でっかいペリトモレノ氷河を見てしまった後なので、たいした驚きはない。乗客は最初の小さな氷山にも我先にと写真を撮ったり、記念写真を撮ったりしていた。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
だんだん大きな氷山が増え始めそれが当たり前になったころ、ほとんどの人は寒いということもあっただろうが船内に入ってしまった。中には寝ている人もいるし、カップルでずっといちゃついている人たちもいる。何しに来たんだよ。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、スペガッツィーニ氷河
11:00AM頃、大きな氷河に到着。船内のアナウンス(スペイン語・英語両方)でここがスペガッツィーニ氷河だとわかる。昨日このツアーを申し込んだときウプサラ氷河のほかにスペガッツィーニ氷河に行くかどうか聞いたのだが、分からないとのことだった。「地球の歩き方」に載っていた写真を見てから是非きたかったので、うれしかった。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、スペガッツィーニ氷河

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、スペガッツィーニ氷河
昨日のペリトモレノと同じような感じと言ってしまえばそれまでだが、ここまで結構時間がかかったのもあって、実物を目の前にして感動だった。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー ウイスキー
40分ほど停船し。そこで船の従業員が浮いている氷を海から引き上げそれを船上で細かく砕く。これは氷河の氷を浮かべた船内で販売されているウィスキーの為だ。ひとかけらもらって食べた。

そんな写真などを逐一撮っている自分を見て、あるフランス人家族(アメリカに家を持っていて今はブラジルに住んでいて休暇できている)の一人が「あなたは日本人ね」と聞いてくる、写真を撮りまくっているからか?と聞くと案の定それで質問したようだった。
彼女は「以前会った日本人に尋ねたら休暇が5日しか取れないと言っていたわ」とか家族に話し、自分には「あなたは日本に帰ったら長期休暇を取れるように法律をかえさせなさい」とか言っていた。ヨーロピアンの長期休暇が取れる社会システムというのは本当にうらやましい。
おなかが空いたので昨日の晩に作っておいたハンバーガー二つを食べる。やはり肉がうまいなぁ。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
1:00PM頃、ウプサラ氷河到着。ここがこのツアーの主役のはずなのだが、さっきのスペガッツィーニ氷河の方が良かったなぁ。氷河の(上空から見たときの)表面積は大きいのかもしれないが(ロスグラシアレス国立公園内で最大 表面積595km2 長さ60km 先端部の幅5~7km 高さ80~100m)、船上という低いレベルからではイマイチすごさが分かりづらい。表面がごつごつしてかつ山肌にも氷河が張り付いているのが見えたスペガッツィーニ氷河の方が見ごたえがある。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー。オネージ湖
そこを離れ、ウトウトとしていたら、2:20PM頃 甲板で会話を数回交わした男に起こされる。窓の外には林が見え、何人かが上陸し始めていた。オネージ湖に到着したようだ。船を降り上陸。なかなか美しい林の中を20分ほど歩き、湖へ。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、オネージ湖
水面にはたくさんの氷が浮いて、遠くの山には谷間から流れ出すような形でへばりついている氷河が見える。なかなか美しい。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアーmオネージ湖
ガイドの簡単な説明のあと自由時間。カバンに入っていたお菓子などを食べたりしてまったり過ごす。
途中、ある歓声が聞こえてきたので見てみると、一人パンツ一丁になって湖の中に入っていく男が。数枚写真を撮ったり氷河を持ち上げたり・・・。陸に上がって何人かが彼のそばに行き一緒に記念写真。一種のヒーローのようになっていた。

3:50PM頃、集合の合図で各自 林を歩き船へ戻る。船に戻ってからは爆睡してしまう。

6:10PM頃、目を覚ますとあたりはものすごくいい天気。慌てて甲板へ。氷河がないところで天気が良くなる・・・。でも後に聞くところによると、曇りのほうが氷河が青く見えるそうで、まぁ良かったかな。船内ではペリトモレノ氷河の大崩落のビデオが流されていた。トンネル状の氷河が徐々に落ちていく映像は興奮物だった。

6:30PM港に到着。他に違うバスが来ていたが自分のバスが一番豪華だった。バスには船でアナウンスしていた女性がいて乗客のチェック。ホテルではなく町で降ろしてもらうように伝える。

ちょうど一時間後町に到着。昨日宿のオーナーさんに運が悪いと遅い船に乗せられ町に戻るのが8:00PM過ぎになることもあると聞いていてドキドキだったが無事早い時間についてよかった。というのも宿に払うアルゼンチンペソがもうないので8:00PM閉店の両替屋に寄る必要があったからだ。USDのT/Cをドルの現金にしてもらおうかと思ったらダメといわれる。しかたがないので変換率が悪いがチリペソ1600を80Aペソに返金。

スーパーで飲み物を買いたかったが、持ち金の余裕がないので我慢。歩いて宿へ。
宿に着く寸前で雨が降ってきた。船に乗っているときも雨が降っていたので、外に昨日の夕方から干しっぱなしだった洗濯物が心配だった。パタゴニア独特の強風のため昨日の夜中にチェックしたときにはほとんど乾いていたのだが、太陽を浴びさせたかったのでそのままにしておいた。しかし、宿の人が取り込んでくれ、しかも畳んである!有難いぃ。

帰ると日本人の老夫婦が新たにきていた。シャワーを浴び、昨日の残りのステーキとパスタを食べる。明日朝が比較的早いので宿泊代などを支払い。財布に2Aペソ二枚だけが残った。一枚は記念として持ち帰りたいので、残りの2Aペソで海苔を購入。この宿は出前や弁当で寿司を売っている。海苔は一帖0.6Aペソで販売しているのだ。イースター島のおにぎり弁当として使えるかな。

部屋に戻って、ノーパソで日記を書く。部屋の暖房が暑くてぼーとしてきたので外のリビングでまったりした後、1:00AM頃、就寝。



※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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