熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

鎌倉便り・・・久しぶりの江の島

2016年12月09日 | 鎌倉日記
   かなり、晴天が続いているので、富士山が見えるであろうと思って、江の島行きのバスに乗った。
   江の島は、鎌倉市ではなくて藤沢市なので、観光情報などはすべて藤沢発だが、一般的には鎌倉と一体の観光地であろう。
   江の島に入ってしまえば、ワンセット整った観光スポットなので、鎌倉の古社寺散策とは、大分、雰囲気が違ってくる。

   バスで、江の島弁天橋を渡ると、前方島の中腹に、中国風の瑞心門が見えてくるので、弁天さんの江島神社の島であることが分かる。
   バスを下りると、真っ先に目に入るのは、弁財天を真ん中にした女性像。
   広隆寺や中宮寺の弥勒菩薩像を意識したような半跏の弁財天、ミロのビーナスタッチのこれだけブロンズのヌード像、インドの寺院そっくりの腰をくねらせた肉感的な女神像、・・・とにかく、何が何だかわからない様な女性の群像だが、真っ青な海をバックにして、結構絵になっているのが面白い。
   
   
   
   
   

   弁天橋を少し下がって、橋の欄干に立つと、富士山が良く見える。
   まだ、冬が厳しくないので、空気がクリアでないので、富士山の姿は、やや、霞んでいるが、少し、雲を被っているが、良く見える。
   
   

   参道の商店街の路地を右に折れると、一か所だけ、海岸に出ることが出来る。
   ここから見る富士山も、岩礁に鵜が休んでいて点景になって、結構、面白い。
   
   
   
   

   参道を登って行くと、いつも思うのは、この神社と言うか、江の島の雰囲気は、何処か国籍不明の不思議な感じがすることである。
   秋の気配は、門の側から、上りの紅葉くらいで、それ程感じられない。
   
   
   
   
   
   

   殆ど散ってしまっていたが、二股に分かれた銀杏の木:結びの樹が立っていて、商魂たくましく、「良縁成就 結び絵馬 500円」と銘打った絵馬が、鈴なりであった。
   
   

   途中、中津宮公園の高台から、湘南港とヨットハーバーが見下ろせる。
   オリンピック準備だろうか、工事のクレーンなどが動いている。
   
   
   
   

   島の上にあるコッキング苑には、椿園の椿が如何ばかりか、咲き具合にを観に入ったのだが、殆ど咲いておらず、失望した。
   初雁、限り、加茂本阿弥、荒獅子などが、一二輪、その程度だった。
   寒椿やサザンカは、かなり咲いていたが、パラパラ葉が散るので、私の好みではない。
   この庭園で興味深いのは、ソテツの大木などの途中に、椿やほかの植物が、根を張って規制していることである。
   南洋の島から移植したと言うクックアロウカリアやシマナンヨウスギと言った巨木が、聳え立っているのも面白い。
   
   
   
   
   
   

   ここの展望台からも、四周が良く展望出来て、富士山も見えるが、大分、霞み始めた。
   対岸の藤沢市の街が良く見える。
   
   
   

   
   
   
   
   
   
   

   コッキング苑を出て、時計回りで一周して下山することにした。
   途中、山ふたつの渓谷を見下ろして、小さな商店街に入ったが、このあたりは、かなり、風情があって良い。
   この谷間から、大島が見える。
   今回は、奥津宮などへは行かずに、途中の下山道を下って帰った。
   
   
   
   
   
   
   
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十二月大歌舞伎・・・玉三郎の「二人椀久」「五人道成寺」

2016年12月08日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   十二月大歌舞伎は、若手の意欲的な演目が並んでいたが、玉三郎の舞台を観たいために歌舞伎座へ出かけた。
   私自身は、舞踊にはそれ程興味があるわけではないし良く分からないのだが、玉三郎のあの至芸とも言うべき素晴らしい舞台姿は、そうそう、鑑賞できるわけではないので、日本の舞台芸術の極地として、出来るだけ、見ておきたいと思っている。

   METの記念公演ビデオで玉三郎の「鷺娘」を見て感激し、その後、期せずして、ロンドンで、ジャパンフェスティバルの公演で、同じその「鷺娘」を鑑賞する機会を得て、日本の芸術の凄さ素晴らしさ、その美意識の崇高さに感じ入って、欧米で観て感激し続けてきたオペラやシェイクスピアの舞台とは違った感動を覚えたのである。
   それから、二十数年、この歌舞伎座に通い続けて、そのほかの舞台も加えれば、随分、玉三郎の舞台を観ているが、女性美の美しさ素晴らしさに魅せてもらっている。
   先代の雀右衛門が、この世にないような女性を演じるから歌舞伎の女形は美しいのだと言っていたが、簑助の人形の後振りを観れば、感動の極みだが、玉三郎の後振りの流れるように艶やかなフォルムは勿論のこと、その姿かたちの美しさを観て、いつも、女性の理想像を観た思いで感激している。

   「二人椀久」は、次のような話。
   大坂新町の豪商椀屋久兵衛が、新町の遊女松山となじみ、豪遊を尽くしたために、親から勘当され座敷牢に閉じ込められたが、松山恋しさのあまりに彷徨い歩いているうちに微睡む。
   夢枕に、どこからともなく松山が姿を現し、椀久に語りかけ、二人は昔懐かしい楽しい思い出に浸り、仲良く酒を酌み交わし、往時を偲んで舞い続ける。
   華やかな廓遊びに酔いしれているうちに、松山の姿が次第に遠ざかり掻き消えていく。   目覚めて夢と知った椀久は寂しさに打ちのめされて倒れ伏す。

   椀久は勘九郎だが、私は、松山の玉三郎の舞姿に見入っていた。
   華麗な長唄をバックに、素晴らしい幻想的な舞踊の世界を現出する美しい舞台である。

   「京鹿子娘五人道成寺」は、娘道成寺の一つのバリエーションの舞台で、今回は、白拍子花子が、玉三郎以外に、勘九郎、七之助、梅枝、児太郎の5人で演じると言う面白い趣向の舞台である。
   若い歌舞伎俳優たちへの芸の継承と言うこともあっての玉三郎の登場と言うことであろうが、如何せん、同じ衣装を身につけて踊っていても、その芸の落差は、隠しようがない。
   特に、群舞と言うか連れ舞と言うか、そうなれば、華麗で艶やかな舞踊で、舞台は華やかだが、品一つにしても、風格なり優雅さなりリズム感等々に 微妙な差が出るのは、仕方がないのであろう。
   しかし、釣鐘に花子が上って魅せるラストシーンは、一番高みに玉三郎が立ち、順番に、勘九郎、七之助、梅枝、児太郎と、大蛇の姿に左下がりに弧を描いたフォルムは、絵になっていた。

   玉三郎は、重要な舞踊では、登場して、至芸を見せてくれていたので、楽しませてもらった。
   篠山紀信の玉三郎の写真アルバムも素晴らしいのだが、やはり、玉三郎はライブで鑑賞すべきである。
   
   
   

   最後に、歌舞伎座のポスターを借用するが、やはり、この第三部は、玉三郎の舞台なのである。
   
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鎌倉便り・・・報国寺竹林の紅葉

2016年12月07日 | 鎌倉日記
   東慶寺と並んで、鎌倉でもう一つのミシュランの三ツ星寺院が、報国寺だが、そのチャームポイントは、竹林・竹の庭の美であろう。
   京都嵯峨野の竹林よりは、スケールは小さいが、一寺院の竹林としては、立派で美しい。
   すぐ近くの浄妙寺と比べて、この報国寺は、いつも観光客で賑わっている。
   私が入山したのは、浄妙寺でゆっくりしたために、3時半を回っていて、閉園間近であり、竹林は、既に薄暗くなっていた。
   山門を潜ると、左手の参道を歩くと、銀杏の大木の影で女神像(?)が迎えてくれ、右手の石段を本堂に向かって上るとトンネルのような木陰からもみじが明るく光って見える。
   
   
   
   
   
   

   本堂前の黄色いもみじが、豪快である。
   本堂を右に見て、奥へ向かうと鐘楼があって、その背後に裏門があり、垣根越しのサザンカが咲き乱れていて、後の真っ盛りに黄変した銀杏とのコントラストが美しい。
   苔むした檜皮葺の門の屋根に草が生えていて、銀杏の枯れ葉が彩を添えている。
   
   
   
   
   

   竹の庭へ入ると、真っ先に、黄色い紅葉が出迎えてくれて、そこを回り込むと、すぐに、竹林が広がっているのだが、まず、右側に回り込んで、本堂裏の庭園に入る。
   この庭では、万両や千両が、美しくて目を引く。
   
   
   
   
   
   
   

   竹林は、陽が照っていると、木漏れ日が美しいのだが、もう、大分薄暗くなっていて、茶室の明かりが目立つほどになってきている。
   ぎっしりと竹が生えているようだが、地面を見ると、結構空間があって面白い。
   竹林の合間から、紅葉が垣間見えて奇麗である。
   
   
   
   
   
   
   
   
      竹林を通り抜けると、山際に向かって、もみじの大木が紅葉している。
   仏像などが安置された洞窟の岩壁に、もみじが覆いかぶさっている。
   
   
   
   
   
   
   

   境内の印象的なもみじのショットを掲載する。
   
   
   
   
   

   境内を出る頃には、山門が閉められていて、裏口から出たのだが、その通用門近くの紅葉も中々奇麗であった。
   閉門時間が過ぎても追い出されるわけではないので、人が去った閑散とした庭園でしばらく憩ってから門を出た。
   
   
   
   
   
   
   
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鎌倉便り・・・浄妙寺の華麗な紅葉

2016年12月06日 | 鎌倉日記


   昨日は、金沢街道沿いの古社寺を歩いた。
   十二所神社を皮切りに、光触寺、明王院、浄妙寺、報国寺である。
   浄妙寺と報国寺で、非常に素晴らしい秋色を堪能したので、今回は、浄妙寺について書く。

   浄妙寺は、鎌倉五山の第五位に列せられる格式の高い寺で、境内は、非常に広くて、本堂の背後に、墓地や庭園が広がっており、立派なレストランもある。
   境内もそうだが、接続する山際にも巨大なもみじの大木があって、今を盛りに紅葉して輝いている。
   山門を潜ると、本堂の左手に、真っ黄色の銀杏、右側に赤く紅葉したもみじが、迎えてくれる。
   それだけでも、もう、絵になる素晴らしいアプローチである。
   
   
   

   とにかく、まず、本堂の左側から、背後にかけてもみじが群植されていて、綺麗に紅葉している。
   その一部を近づいて撮ったのが、次のショットである。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
    
   

   背後の山際に、沢山のもみじの大木が植わっていて、綺麗に紅葉しているのだが、それに加えて、斜面の雑木の紅葉も、カラフルで、一幅の西洋画である。
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   この浄妙寺には、美しい庭園が付属した茶室・喜泉庵がある。
   中に入って、抹茶と菓子を頂きながら、しばらく、庭園越しに美しい紅葉を鑑賞していた。
   アプローチの茶室横の黄色い紅葉が、非常に美しい。
   
   
   
   
   
   
   
   
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鎌倉便り・・・建長寺:半僧坊の紅葉

2016年12月05日 | 鎌倉日記
   私の天園ハイキングコースの終着地は、建長寺の半僧坊の山側の入り口。
   とにかく、泥濘の難路を歩いてのハイキングであったので、煙の立つ建長寺の塔頭を見下ろした時には、ほっとした。
   夕日に映えた半僧坊の参道脇あたりの紅葉が美しかった。
   
   

   急峻な石段を下りると、すぐに、半僧坊の境内に入る。
   富士見台から見ると、微かに富士が見える。
   背後の山側の高みから見下ろすので、紅葉が美しい。
   
   
   
   
   

   この半僧坊だが、何度も建長寺を訪れているのだが、今まで、全く意識がなくて、今回が初めてである。
   建長寺の鎌倉半僧坊大権現縁起によると、
   明治中期の建長寺住職 おおぞら霄 かん貫どう道和尚は、ある夜お坊さんのような、また俗人とも見える白髪の老人と山中で出会い、その翁が「私を関東のいずれか清浄な処に招いてくださるなら、その処いよいよ栄え、ありがたいことが絶える事がない。」と告げ、フッと姿を消してしまった霊夢を見られました。
このお姿こそ半僧坊の眞姿で、建長寺の鎮守に相応しいと、自ら奥山の方廣寺(静岡県浜松市引佐町奥山 臨済宗方廣寺派大本山)にお出向きになりご分身を願われ、明治二十三年五月、建長寺の内で最も景色の勝れた勝上?に安置され、直ちに堂宇を創建して現在の鎌倉半僧坊本殿の礎を築きました。と言うことで、
   半僧坊大権現は、建長寺の鎮守なのだが、
   鎌倉時代の建長5年(1253年)に、開基は鎌倉幕府第5代執権北条時頼、開山は南宋の禅僧蘭渓道隆で創建された鎌倉五山の第一位の建長寺とは、直接関係はないようである。
   天狗のブロンズ像などが沢山立っていて、全く、雰囲気の違った境内である。
   
   
   

   いずれにしろ、塔中や銅像は高台にあるので、鳥居のある平坦な参道を通って階段を上ることになるのだが、私は、今回は、山の方から反対に歩いて、建長寺境内に入って行ったのである。
   
   
   
   

   この半僧坊の境内の紅葉は、今盛りで、非常に美しい。
   山間深くの立地が幸いしたのか、もみじの痛みやちじれが少なくて、色づきも非常に繊細で錦色に紅葉していて、非常に美しい。
   銀杏も、一本だけ植わっているのだが、真っ黄色に輝いていて、もみじとのコントラストが美しい。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   半僧坊から、建長寺本来の塔頭までには、かなりの距離があり、その間にもところどころ紅葉が見られる。
   方丈から三門にかけては、殆ど、オープンスペースなので、紅葉は、山側にある程度で、半蔵坊ほどの華やかさはない。
   半蔵坊に入ったのが、もう、4時ころだったので、仏殿に着いた時には、殆ど、薄暗くなってしまっていた。
   私には、紅葉よりも、堂々とした豪快な塔頭の建物の姿の方が印象的であった。
   外に出ている国宝は、鐘楼だけだが、これだけが、創建当時のものだと言う。
   暗くなって来たので、総門を後にした。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
  
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鎌倉便り・・・瑞泉寺から天園ハイキングコースの秋

2016年12月04日 | 鎌倉日記
   先日、明月院を書いたので、後先になってしまったのだが、これは2日の鎌倉宮からの延長の鎌倉歩きで、この日は、その後、瑞泉寺に行き、天園ハイキングコースを歩いて、北鎌倉の建長寺に出た。
   
   瑞泉寺へは、何度も通っているのだが、この道を歩いていると、京都の大原の田舎を歩いている感じがするのが不思議である。
   瑞泉寺は、山門までの参道が、かなり長くて、梅林を経て、鬱蒼と茂った杉林を上って行き、山門を潜ると、やっと、境内に出るのだが、花の寺と言うだけあって、色々な花木が、びっしりと植えられている。
   吉田松陰も歩いた苔むした古い階段で、写真家が、可愛い人形をセットして写真を写していた。
   
   
   
   
   

   もみじの紅葉を期待して、瑞泉寺を訪れたのだが、少し早かったのか、本堂裏庭園側のもみじが、少し色づいているくらいで、山門際の鬱蒼としたもみじの大木も、まだ、緑色の葉を保っていた。
   境内の皇帝ダリヤや万両、南天などの方が、目を引いた。
   背後の山の落葉樹は紅葉していた。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   瑞泉寺を出て、少し引き返すと、右手に路地があって、天園ハイキングコースの登山口のカンバンがある。
   その左手に真っ暗な小路があって、コースが、簡単ではないと言う雰囲気を醸し出している。
   出てきた婦人の二人組に聞くと、随分歩いた、泥濘が大変だ、と言う。
   もみじはどうだったかと聞くと、よく覚えていない、銀杏が足元に落ちていたが歩くのが精いっぱいだったと言う。
   とにかく、鬱蒼と茂った山道を登り続けて、何の面白みもないと言うのが、最初の印象だった。
   時々、天園からくるハイカーと出会うくらいであり、林間から、わずかに風景がのぞく。
   やっと、天園近くまで来て、幼稚園の子供たちにあった。
   
   
   
   
   
   
   
   

   この、いわば、頂上の天園には、いくらかの上り口があって、もみじを見るためには、鎌倉宮からすぐ近くの登山口から、獅子舞(紅葉谷)を上って来なければならないことを知った。
   この幼稚園児たちも上って来たと言うので、下ろうとしたら、先日の雨でコースは、泥濘で、ウォーキングシューズではめり込んでとても駄目で、下りは危険だと言う。
   別なハイカーが、もみじは、少し色づいているくらいで、まだ、時期が早いと言う。
   老骨に鞭を打ってけがをしても、と思って諦めて、予定通りに、建長寺経由で北鎌倉に抜けることにした。

   天園休憩所に着いたが、私の趣味でもなかったので、通り越した。
   その山の手に、古い車が放置されている。
   なぜ、こんな山奥に車があるのか、不思議に思ったのだが、天園の頂上の六国峠のすぐそばに鎌倉カントリークラブがあって、何のことはない、立派な道路がついていて、苦労するのはハイカーだけだと言うことなのである。
   ハイキングコースで、紅葉を楽しめるのではないかと、よくも知らずに歩いてきたのだが、ここに来て、初めて、もみじらしき、もみじの紅葉を見た。
   側の絶壁状の展望所から、鎌倉の街が遠望できた。
   
   
   
   
   
   
   

   少し、建長寺方向に歩くと、オープンスペースの六国峠、天園公園に出た。
   ここには、何本かのもみじの大木が植わっていて、紅葉していた。
   ここからも、鎌倉の街並みが良く見えていた。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   鎌倉カントリーからは、横浜の街が一望できる。
   みなとみらいの高層ビルやホテルが良く見える。
   裏手は、オープンスペースになっていて、ススキが風に靡いて光っていた。
   
   
   
   

   これから下りであろうから、少しは楽になるだろうと期待したが、前から上ってきた老夫婦が、これからまだ随分ありますよ、ぬかるんで大変ですよ、と嫌なことを言う。
   この時気付いたのだが、厳しい山道では、1.4キロだとか、700メートルだとか、地図や案内書に書いてあっても、その3倍くらいは覚悟しておかなければならないと言うことである。
   私も一人旅だが、途中で、綺麗なお嬢さんの一人旅に出合って、寂しいでしょうと聞いたら、一寸寂しいですと言っていたが、余程、意志のしっかりした好奇心の強いヤングレディなのであろう、気をつけてと言ったら、にっこり有難うございますと言って、瑞泉寺口へ下って行った。
   
   
   
   
   
   
   
   

   建長寺の立て看板を見た時には、正直ほっとした。
   恥ずかしいけれど、歳の所為か、泥濘に足を取られてつんのめって、右手に持っていたデジタル一眼を地面について、体を支えたので、カメラは、3分の1くらい、泥に突っ込んで泥まみれ。
   とにかく、水分が侵入するとダメになるので、すぐにハンカチで拭ったが、何の用意もないので、カメラは哀れな状態。
   シャッターと操作ボタンは、助かったが、ズームのリングなり、焦点が機動できるのかどうか、いざという時には、レンズ固定で、手動で焦点を合わせるかと思ったのだが、とにかく、ズームレンズ廃却のつもりで、動き難くなってしまったカメラを操作して、写真を撮り続けた。
   建長寺が眼下に見下ろせて、遠く、鎌倉の街が見える。
   薄い夕日を浴びて輝く眼下の景色にしばらく見とれていた。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
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鎌倉便り・・・明月院:紅葉が美しい

2016年12月03日 | 鎌倉日記
   昨日、天園から建長寺に下って見た紅葉が絶頂期で美しかったので、土曜日で混むのが嫌だったが、午後、思い立って明月院に向かった。
   残念ながら、いつもミスっているので、花菖蒲と紅葉の見ごろの時には、明月院では、本堂後庭園を特別公開しており、この機会に、この庭園を見ようと思ったのである。
   期待にたがわず、素晴らしい庭園で、綺麗な紅葉を鑑賞することが出来た。
   JRの踏切を越えたところから、門前までのアプローチも、秋色が豊かであった。
   
   
   


   アジサイの頃ほどではなかったが、やはり、明月院を訪れる人は多く、混んでいた。
   一番、驚いたのは、有名な方丈の円窓越しに臨む庭園を写すために、沢山の人が列をなしていることであった。
   普段なら、奥の庭園が非公開で、庭園の風景だけを写せるのだが、今は、奥の庭園に人がいるので邪魔だと思うのだが、辛抱強く順番を待っている。
   いつもは、円窓から、写真を撮っているのだが、今回は、庭から逆にしか写せなかった。
   この窓のある本堂の裏には、小さな池があって、綺麗な日本庭園が設けられている。
   
   
   
   
   
   
   
   

   明月院には、かなり、もみじが植えられていて、紅葉が美しいのだが、大半、イロハモミジやヤマモミジなのであろう。
   後庭園には、他のもみじも植わっているが、山門までの庭には、真っ赤なもみじは一本もなく、かなり、単調である。
   しかし、幸いにも、急に陽が射し始めて、もみじが、錦色に輝いてきた。
   この明月院の背後の山も、殆ど、落葉樹なのであろう、紅葉して美しい。
   
   
   
   
   
   
   

   本堂を回り込んで、後庭園に入る。
   総門を入って本堂までの、本来の明月院の境内よりも、はるかに広くて、バックの山を背負って、中々、豪快な庭園であり、白砂庭もあり、真ん中には、花菖蒲の花床が整備されている。
   
   
   
   
   
   
   

   後庭園には、三面の山が迫っているので、陽が射していなかったが、紅葉は美しかった。
   一本、大杯であろうか、真っ赤なもみじが植わっていて、点描として、彩を添えていて人々を集めていた。
   真っ黄色な小さい葉のもみじが、綺麗に輝いていて、珍しかった。
   京都の永観堂や東福寺、宇治川河畔や平等院などと比べれば、話は別だが、今までの私の経験では、この明月院の紅葉が、鎌倉では、一番美しいと思っている。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   この明月院の竹林は、いつ見ても美しい。
   シーズンには、銀座以上に混雑するアジサイロードは、今は、閑散として寂しい。
   
   
   

   帰途、東慶寺に向かったが、閉門の4時前に着いたので、諦めてバスに乗って帰った。
   
   
   

   
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鎌倉便り・・・荏柄天神社の大銀杏、鎌倉宮の紅葉

2016年12月02日 | 鎌倉日記
   荏柄天神社は、鎌倉の天神さん。
   鳥居を潜ると、大銀杏が見える。
   今回は、この銀杏を見たくて、訪れたのである。
   荏柄天神社のHPによると、
   大銀杏・・・御神木の大銀杏です。古い史料によりますと、御由緒にある
     「天神画像」が天降った地を里人が畏れ、踏まれないように
     「いちょう」を植えたと記されておりますので樹齢は神社と同じく
     900年程度と思われます。実際、樹齢1000年といわれる
     「大いちょう」とほぼおなじで高さが25メートル、胴回りが
     10メートルの大木です。

   鶴岡八幡宮の大銀杏が倒壊したので、今では、この銀杏が、鎌倉最大の大銀杏だと言う。
   この銀杏は、真ん中の主柱が、何らかの形で既存したのか、背丈はそれ程でもなくて、横に大きく広がっており、胴回りの大きさは、目を見張るほどの迫力である。
   正面から順光で見ると、まだ、緑色のかった黄緑色に見えているのだが、境内に入って、背後から見ると、殆どは逆光で真っ黄色に輝いている。
   順光でも黄色く紅葉すれば、葉が散り始めるのだが、この大銀杏は、まだ、しっかりと葉を維持していて、美しい。
   
   
   
   
   
   
   
   
   普通、街路樹などの銀杏の木は、モミの木のように、すっきりした形で立っているのだが、この大銀杏の木を透かして見ると、やはり、年輪の所為もあろうか、入り組んで、錯綜していて古木の風格があって、中々面白い。
   余談だが、この神社に、絵筆塚が立っていて、漫画家たちの河童の絵が描かれているのだが、何となく、小島功の絵が面白いので、見ている。
   
   
   
   

   鎌倉宮は荏柄神宮社からはすぐの距離で、バスがこの大塔宮(鎌倉宮)終点で来ているので、ここから、覚園寺や瑞泉寺、天園へと足を延ばす。
   鳥居から拝殿まで、境内のオープンスペースはかなり広く、石段までの左右に、もみじは植わっていて、今、丁度最盛期である。
   
   
   

   右側の社務所前の方に、もみじが多く植わっていて、丁度、日が当たっていて、錦に照り映えて美しい。
   
   
   
   
   
   
   

   今、一番美しく咲いていて、それに、葉が綺麗に残っているので、もみじの本来の形と、赤や黄色や橙や緑の色彩の微妙なコントラストが醸し出す造形美が、非常に美しいので、どうしても、その方にレンズを向けてズームアップしてしまう。
   ファインダーから覗くもみじの姿と写った写真とは、かなり、印象は違うのだが、頭に残った残像はすぐに消えてしまうので、やはり、残しておいた方が良いと思いながら、シャッターを切っている。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
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鎌倉便り・・・フラワーセンター大船植物園:美しい紅葉

2016年12月01日 | 鎌倉日記
   雨が上がって、急に青空が顔をのぞかせたので、フラワーセンターに出かけた。
   植物園全体は、既に、冬支度を始めた感じで、少しずつ寂しくなっていく雰囲気だが、最後の化粧であろうか、期待通り、色づいた落葉樹が陽を浴びて美しく輝いていて、綺麗であった。
   
   
   
   
   
   

   フラワーセンターを入って、左折れして、真っすぐ柏尾川に向かって進むと、椿園があるのだが、その上に銀杏の大木がそそり立っていて、その南東隅から柏尾川の道路沿い塀際に、もみじが植わっていて、今、並木路を覆って紅葉が非常に美しい。
   銀杏は、大分散り始めているのだが、この通りの一本だけは、まだ、黄金色に輝いていて、やや、茶色ずんだメタセコイヤの巨木と、もみじのコントラストが絵になる。
   
   
   
   
   

   通りに立って、もみじの覆いかぶさる姿を見上げると、紅葉が透けて輝いている。
   もみじの良さは、葉が薄くて、逆光にも光に透けて輝いてより美しくなることで、この公園に、「ふう」と「もみじばふう」と言う紅葉の美しい大木が何本か植わっているのだが、この木の葉は肉厚で光を通さないので、順光の方が美しい。
   
   
   
   
   
   

   もみじの木の下に潜り込んで見る、木漏れ日に浮かび上がるもみじの風情もなかなかである。
   この公園のもみじは、ほんの少し、タイミングが早い感じで、赤く色づく直前の葉が多いのだが、その分、ちじれた葉や枯れ葉が殆どないところが良い。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   もみじの下草に、ツワブキの群生が連なっていて、時折、黄色い花が陽を浴びて、黄色く光っていて美しい。
   しばらく、この奇麗に紅葉したもみじの下で、佇みながら、シャッターを切っていたが、殆ど、訪れる人はいなかった。
   
   
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新宿御苑・・・秋たけなわ:紅葉が美しい

2016年11月30日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   機会がなかったので、国立能楽堂の定期公演が終了した後、新宿御苑を訪れた。
   3時15分に終演なので、大通りを越えれば目と鼻の先に、千駄ヶ谷門があるので、造作もないのだが、日暮れ前なので、3~40分くらいしか、時間がない。
   結局、芝生広場を抜けて、中の池に出て、 日本庭園に向かって歩き、殆ど、通り抜けるだけで、新宿門へ向かうことになった。
   それでも、艶やかに色づく紅葉の美しさを感じることが出来たのは幸いであった。
   (写真は、曇り空の夕暮れなので、多少、コントラストと彩度調整して掲載している。)

   芝生広場は、イギリス風景式庭園よりは、大分小規模なオープンスペースだが、まわりの巨木が接近していて、雰囲気があって良い。
    
   
   

   中の池の池畔の紅葉は、今、丁度、錦色のグラジュエーションが美しく、鬱蒼とした木陰から見上げると奇麗である。
   陽が照っているともっと面白いと思うのだが、池畔に映る紅葉も、なかなかのものである。
   
   
   
   
   
   
   
   

   中の池の端を渡って、日本庭園の入り口にある銀杏の巨木が、黄色く色づいている。
   中国ムードの旧御涼亭や翔天亭の周りの紅葉もなかなか美しい。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   旧御涼亭から神の池までにも、池や小川があって、まわりにもこじんまりとして林間の雰囲気の庭園が続いている。
   
   
   
   
   

   上の池に出ると、一気に明るくなり、展望が開ける。
   真ん中にかかった橋のたもとのススキが白く光っていて、秋の風情を濃厚に醸し出している。
   
   
   
   
   
   
   
   

   新宿門に出た頃には、殆ど薄暗くなっていたのだが、昼に新宿門を潜れば、黄色く輝く大銀杏が迎えてくれて、温室に向かうメインロードは、何百メートルか、綺麗に色づいた紅葉が楽しめたはずだったが、残念ながら、少し入園が遅かった。
   尤も、閉園間近なら、人が少なくて、夕日の美しい時刻なら、逆光の紅葉の美しさは抜群であろう。
   
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鎌倉便り・・・鎖大師青蓮院の紅葉

2016年11月29日 | 鎌倉日記
   この鎖大師は、鎌倉の中心から少し離れて、大船から腰越、江の島へ抜ける街道沿いの切通に面した弘法大師の創建と言われている古刹なのだが、非常にこじんまりした塔中で、結構、季節の花々が咲き、境内のあっちこっちに、不動明王からドラえもんまで、いろいろな石仏があって面白い。
   鎌倉山へ向かうハイカーたちが、時々、中継地で立ち寄っているのだが、檀家以外は、殆ど訪ねる人はないのであろう、いつも、ひっそりとしている。
   境内の外れに、秋咲きの桜やコスモスが咲いていて、風に揺れていて、風情があって良い。
   
   
   

   銀杏が、二本植わっていて、一本は殆ど散っているのだが、もう一本は、まだ、殆ど緑色であり、もみじが、何本か紅葉していて、秋の気配が濃厚である。
   一本ある枝垂れもみじは、殆ど散ってしまっていたが、ヤマモミジなのであろうか、ほかのもみじは、少し早い感じだが、錦に紅葉していて、グラジュエーションが、美しい。
   
   
   
   
   
   
   
   

   本堂横に、小さな心字池があって、綺麗な錦鯉が回遊している。
   一匹だけ、金魚のように鰭が発達した金色の鯉が泳いでいて、気になった。
   
   

   鎌倉のどこのお寺でも、ホトトギスが咲き乱れているのを見かけるのだが、この寺でも、結構、あっちこっちで咲いている。
   散ってしまったもみじの幹にツタが絡みついて、紅葉しているのが面白い。
   
   
   
   

   陽だまりでもあり、道路に面して温かいのであろうか、綺麗に、久留米ツツジが咲いていた。
   
   
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ジョセフ・E・スティグリッツ著「.ユーロから始まる世界経済の大崩壊」(2)年金減額は「賃金窃盗」

2016年11月28日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「年金法案、衆院委で可決」のニュースがメディアを走った。
   年金支給額の上昇を抑える「マクロ経済スライド」を強化する国民年金法改正案なのだが、安倍晋三首相は、年金法改正案を「将来の年金水準確保のための法案であり、世代間の公平性を確保するものだ」と強調している。
   しかし、年金法改正案は、現役世代の将来の年金受給水準を維持するため、賃金の変動に合わせて年金額を改定する仕組みを盛り込んでおり、物価が上昇しても賃金が下がることもありうるため、民進党など野党は「年金カット法案」だと批判している。

   この法案が、年金カット、すなわち、年金支給者に、これまでの規定のように支払わずに、減額を意図する法案で、これを政府が強行するとなると、この本で、スティグリッツが説く「賃金窃盗」だと言うことになる。
   ギリシャ危機について論じていて、ドイツが、ギリシャ債務の再編の必然性が明白になっても、契約は契約であるから、再編すべきではないと主張し続けたのだが、この契約の神聖性を、年金には敷衍されず、約束した年金を全額支払わないのは、事実上、契約の破棄に等しい。と批判している。
   年金減額は、社会の最も脆弱な成員に影響を与え、貸し手側が金融の知識に通じ、債務不履行のリスクを理解している債務契約と同列に論じるべきではない。と言うのである。

   今日、世界中で、「賃金窃盗」--労働者が仕事を成し遂げたのに、雇用者が約束に賃金を支払わないことーーの懸念が高まっているのだが、労働者は時間を返してもらうことが出来ないので、「賃金窃盗」は言語道断の犯罪と見做される。
   未来の年金は、適正な報酬パッケージの一部とみなすべきで、約束した水準から年金を削減するのも、異なる形態の「賃金窃盗」なのである。と言うことである。

   有能な人材を惹きつけるためには、適正な報酬パッケージが必要であり、公共セクターの労働者が適正な報酬を受けていなければ、公共セクターは必要な責務を果たすことが出来なくなり、公共サービスの質の低下が、国民の納税意識を殺ぐなど悪循環が始まるのだが、そのようなことさえ、トロイカは顧慮しなかったと非難する。  
   尤も、ギリシャの年金制度なり、その支給額など、そのシステムが、適正であったかどうかは、ともかく、労働協約、特に、年金をも含めた報酬契約は厳正であるべきであって、理由の如何に拘わらず、一方的に減額してはならない、すれば、賃金窃盗だと言うのである。

   スティグリッツの見解は、理解できるが、正しいのかどうかは、私には分からないが、そのような認識は必要であろう。
   安倍政権に、その意識があるかどうかは、大いに疑問だが、良かれ悪しかれ、戦後の政治経済社会のかじ取りを、殆ど一切取り仕切ってきた自民党なり国家官僚のなせる技が導いた失政の結果が、この日本の深刻な国家財政の赤字であり、社会福祉制度なり、年金問題だと言えないとすれば、結局は、国民が無能であって、花見酒の経済に酔いしれていた結果だと言うことであろう。
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わが庭・・・椿ハイ・フレグランス咲く

2016年11月27日 | わが庭の歳時記
   椿の花が、一輪でも咲き始めると嬉しくなる。
   前の千葉の庭のように、30年近くかかって、50種類以上の椿を育てると、大きくなって沢山の椿が一斉に咲くので、どうしても、マスとしての鑑賞になってしまうのだが、この鎌倉の庭には、3年弱の間に、少しづつ庭植えして、まだ、木も小さくて、20種類もない椿になると、一本一本の椿が愛しくなり、一輪一輪の花が、咲いたり散ったりするのが、無性に気にかかる。

   イギリスから帰って来て、近くの園芸店で、真っ先に買ったのが、薩摩紅と天賜(てんし)。
   40センチくらいの苗木で、綺麗な花が数輪咲いていて、窓辺で楽しみ、その後、庭植えにした。
   大きくなって毎年咲き乱れていたのだが、そのまま千葉の庭に残して、鎌倉に移転してきた。

   ハイ・フレグランスが、まず、一輪咲いた。
   インターネットで調べると、何となく、花の姿なり色合いが、夫々まちまちで、良く分からないのだが、タキイ種苗から直接に買った苗木なので、これが、正真正銘のニュージーランド生まれの匂いツバキに間違いなかろうと思っている。
   一本の木で、全く同じ色や姿かたちの花が咲く椿が普通だが、尾張五色椿などのように、成木になると、赤・白・絞りなど多彩に咲き分ける椿もあるので、バリエーションがあるのであろう。

   私は、花の写真を撮り続けて、もう、何十年にもなるが、三脚を使わずに、殆ど手持ちで、マクロレンズも使っている。
   昔はフィルターなども使って微調整しながら写していたが、根が不精の所為か、それ程、写真に拘りがないのか、最近では、絞りやシャッター速度なども含めて、殆ど考えずにシャッターを切っているので、どんな写り方をするのか、パソコンに取り込むまで分からない。
   今は、殆ど、デジタル一眼レフに、18~200ミリのズームレンズを付けて、絞り優先開放で、写しており、時々、マクロ100ミリ1.8を使うことにしている。
   尤も、外出する時には、大体、機動性に欠けるので、小型のミラーレス一眼や高級デジカメを使っており、これで、十分である。
    
   
   
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国立演芸場・・・「正蔵 正蔵を語る」

2016年11月26日 | 落語
   今日は、国立演芸場で、「正蔵 正蔵を語る」を聞いた。
   私には、二度目だが、この高座での正蔵は、山田洋次監督の「東京家族」のような軽妙なタッチの若作りではなく、非常に老成した噺家の雰囲気で、しみじみとした語り口が良い。

   プログラムは、次の通り。
落 語「松竹梅」林家はな平
俗 曲 柳家 小菊
落 語「蛸坊主」 林家正蔵
落 語「ちりとてちん」柳家さん喬
―仲入り―
紙切り  林家正楽
落 語「鰍沢」 林家正蔵

   中入り前の「蛸坊主」は、元上方落語だと言うのだが、先代の正蔵が得意とした落語で、YouTubeで、その語りが聞ける。
   先代は、やはり、一昔前の穏やかな語り口だが、当代は、現代的でてらいのない語り口が良い。

   まず、まくらが面白かった。
   高座で会場に行く途中、出迎えの人の案内で、テレビなどでよく出てくる石原慎太郎ロードを通ったと言って、あの人は、非常に分かり易い。嘘をつく時には、必ず、目を瞬かせる。と言って   
   先日、高座に上がったら、前列の客が近づいてきて、「私はファンです。」と言って目を瞬かせたので、嘘だと思ったと。
   また、名所の話を切り出して、
   奈良の大仏が、大地震で、片目が腹の中に落ちたので、皆困ったのだが、一人の男が、直せると言って、目から大仏の腹の中に潜り込んで、落ちた目を嵌め込んだのは良いが、出口をふさいでしまったので皆が心配した。ところが、鼻から出てきたので、利口な人は、目から鼻に抜けるのだと語って、笑わせていた。
   トリの「鰍沢」は、まくらなしに、一気に圓朝噺を語り始めた。

   この落語「蛸坊主」は、次のような話。
景色よし味よし、器もサービスも満点で大評判の不忍池のほとりにある料理屋に、高野一山の修業僧だと称する4人の坊さんがやって来て、幼少の折から戒律堅固に過ごしているから、なまぐさものは食らわない、精進料理を出してくれと言って椀物を注文する。
   だし汁は何からだと聞くので、主人は、土佐の鰹節だと答えたので、四人は戒律堅固に暮らしていたのが、この碗を食べたので戒律を破り修業が台なしになってしまったので、最早高野山には帰れないから、この店で一生養ってもらうおうと強請り始める。
   それを、隣の座敷で聞いていた歌丸のように痩せた老僧が、仲裁に入ると言って、四人に対面し、高野一山の者と言うが、貴僧たちはこの愚僧の面体をご存じかと問い詰めて、諸国の雲水一同高野に登って修業するなら、この真覚院の印鑑なくして足を止めことができない。高野の名をかたって庶民を苦しめるにせ坊主、いつわり坊主、なまぐさ坊主、蛸坊主
と言って罵倒する。
   4人は、蛸坊主の証拠を示せと老僧に襲い掛かるが、何処から力が湧き出るのか、老僧に不忍池に投げ込まれて、8本の足を出して頭から池にずぶり。「蛸坊主!」

   さて、「鰍沢」だが、青空文庫を見ても、圓朝噺としては、非常に短い。
   正蔵も、25分で語り切った。

   身延山へ父の遺骨を納めた新助が、帰途、大雪に遭って闇夜の山中で道に迷い、偶然見つけた一軒家に飛び込むと、妙齢の美人・お熊が現れて、宿を貸すと言う。このお熊は、かつては吉原は熊蔵丸屋の月の戸花魁で、一夜を共にしたことがあり、心中を図って江戸を離れて猟師となった夫の妻であることが分かる。新助は宿の礼として、お熊に、財布の大金の封を切って3両渡し、お熊に勧められた卵酒を飲んで寝込んでしまう。
   お熊は、客に酒を供してなくなったので、夫のために酒を買いに行くため外出する。そこへお熊の夫が帰ってきて、新助が残した卵酒を飲み苦しみ始める。帰ってきたお熊は夫に、新助にしびれ薬入りの酒を飲ませて殺し、大金を持っているのでそれを奪い取るのだと語る。それを聞いた新助は、毒消しを飲んで雪でかき込んで、嵐の中を外へ飛び出し、必死に逃げる。気付いたお熊は鉄砲を持って追いかけてくる。
  新助は、川岸の崖まで追い詰められる。そこへ雪崩が起こり、新助は突き落とされ、岸につないであったいかだに落ち、その弾みで、いかだが流れ出す。お熊の放った鉄砲の弾が飛んでくるが、それて近くの岩に当たる。急流を下るうち、綱が切れていかだはバラバラになり、残った1本の材木につかまり、懸命に南無妙法蓮華経と題目をとなえながら川を流れていく。窮地を脱した旅人は、父のご加護。お材木(=お題目)で助かった。

   歌丸の圓朝噺とは、大分、年季の差もあって、しみじみした語り口とは違って、語り口調は普通の落語調だが、身振り手振り、顔の表情などにメリハリが利いて面白く、中々、聴かせてくれた。

   中トリの柳家さん喬の「ちりとてちん」は、流石に絶品。
   何度か、他の噺家で聞いているのだが、年季の入った語り口と言い、話術の冴えと言い、ベテランとはこういうものかと思わせる正にそんな噺家。
   最後の「ちりとてちん」を、見栄を張って食す仕草など、実際に、腐った豆腐に唐辛子を混ぜたゲテモノを食べて実験したとしか思えない様な臨場感たっぷりの語り口など秀逸である。
   
   

   帰りに、永田町駅に行く途中、何人かの外人たちが、オープンな小型車で走っているのに出くわした。
   
   
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第20回 相曽賢一朗ヴァイオリン・リサイタル2016

2016年11月25日 | クラシック音楽・オペラ
   恒例の相曽賢一朗ヴァイオリン・リサイタル2016は、第20回記念となり、昨年同様に、全曲、バッハの無伴奏ヴァイオリン演奏でプログラムを組んだ非常に意欲的な演奏会であった。

   プログラムは、次の通り。
   J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番 イ短調 BWV1003
        無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番 ホ長調 BWV1006
        無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011(ヴィオラ)
        無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番 ハ長調 BWV1005

   2時間、休憩を挟むものの、休むことなく無伴奏で、一糸乱れることなく、ダイナミックに緩急強弱自在に相曾独特の美音を奏で続けたのは、流石で、アンコールには、ボーイングを長く保ちながら天国からのような美しいG線上のアリアを演奏し、喝采を浴びていた。

   バッハと言えば、若い頃に、良く分からにままに、カール・リヒターのマタイ受難曲やミサ曲ロ短調などのコンサートを無理して聴きに入ったり、欧米に行ってからは、教会でのバッハのオルガン演奏や、コンサートでのブランデンブルク協奏曲を聴くくらいで、私には、非常にハードルの高い音楽家であって、聴く機会が少なかった。
   まして、器楽曲の無伴奏作品と言えば、NHKで放映されたロストロポーヴィッチの無伴奏チェロ組曲を録画して聴いた以外は、パルティータをヴァイオリニストのアンコールで聴くのがやっとで、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを、今回の相曾リサイタルのように、本格的に聴くなど想像もできなかった。

   相曽君が、ロンドンのアカデミー・オブ・ミュージックに留学で訪英してきた時に、キューガーデンの我が家に滞在して、聴かせてくれた一曲が、宮城道雄の「春の海」の尺八パートで、それまでに、宮城道雄とシュメーの演奏を聴いていたので、かすれた正に尺八そのものの音色を聴いて、強烈な印象を持った。
   あれから、もう24年。
   今回の20回のリサイタルの全記録を見ても、相曽賢一朗の大変なヴァイオリン行脚の凄さが分かるのだが、ロンドンで鍛えに鍛えて、今や、最初の留学先アメリカにも活躍の場を広げており、更に、バーミンガム音楽院や英国王立音楽アカデミーなど各地で教鞭をとるなど、八面六臂の活躍をする著名なヴァイオリニスト。

   ロンドンの頃に、相曽ファンになった我々オールド・ファンは、この日本でのコンサートに同窓会を兼ねながら駆けつけているのだが、10年振りかで訪れた元ビジネス戦士が、相曽さんの音色に随分豊かな艶が出てきたなあと言ったら、当たり前ですよと奥方が相槌を打っていた。

   今回のリサイタルは、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータだけのプログラムを組んで、日本の音楽ファンに対峙する相曽賢一朗の並々ならぬ自信と誇りが炸裂した演奏会であった。
   遠い遠い存在であったバッハに、改めて、音楽の楽しさ素晴らしさを感じさせてくれた一夜で、感謝している。

   口絵写真は、東京文化会館でのリサイタルの終演後、ファンへのDVDのサイン中に、こっちを向いてもらって撮影したもの。
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