熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

山口への旅・・・津和野:安野光雅、森鴎外の故郷

2016年05月24日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   日本海側に近い山間の街津和野は、萩・石見空港からの方がアクセスは良いのであろうが、今回は山口での仕事なので、山口・宇部空港から入った。
   いずれにしても、新山口経由で津和野に向かわなければならず、9時35分に着いて、新山口発の特急おき4号(12.53発―13.55着)に乗るまでに、3時間以上もある。後の航空便では、この特急には乗れない。
   空港バスでは飽き足らないので、徒歩10分のJR宇部線の草江駅から、ローカル線の雰囲気を味わいながらゆっくりと新山口に向かうことにした。車両1両で、1〜2時間に1本。駅員などいなくて、時にはワンマンカー・・・寅さんの世界である。
   それでも、新山口駅で2時間以上も無駄な時間を過ごさなければならず、困ったのだが、地方の観光なり移動は車に限ると言うことであろう。

   残念ながら、歳の所為で車を止められているので、レンターカーを使えない。
   かっては、アムステルダムから、コペンハーゲンやウィーン、そして、ブレンナー峠を越えてイタリアへ、等々、ヨーロッパを走り回ったり、ロンドンからイギリス中を、サンパウロからブラジル国内各地をドライブし続けていたベテラン(?)だと思っているのだが、娘たちの指示に従わざるを得ないのである。
   
   

   これまで、津和野を2度訪れながら、立ち寄るチャンスを失していたので、真っ先に、駅前にある安野光雅美術館に入った。
   展示されていたのは、「御所の花」。
   安野光雅が、天皇、皇后両陛下の本の装丁をした縁から、平成23年1月から1年余り、数十回にわたって御所の庭に通って、四季折々の草花約100種類を写生し、淡い色彩で描いた水彩画130点が展示されている。
   
   
     

   安野光雅は、文章がない絵本「ふしぎなえ」で絵本界にデビューして、天性の好奇心と想像力の豊かさで次々と独創性豊かな絵本や児童書、そして、淡い色調の水彩画でやさしい雰囲気漂うヨーロッパや奈良・京都など多くの詩情豊かな風景を描いた作品、それに、ストーリー展開豊かなシェイクスピアの世界から、ダイナミックな三国志や平家物語等々、非常に多岐に亘った数多くの素晴らしい作品を発表し続けている。

   このブログで、安野光雅著「絵のある自伝」〜ダイアナ妃のこと、安野光雅:嗚椹姐饂崚検ΑΑζ本橋タカシマヤ、「安野光雅の世界」展 などの記事を書いており、この写真は、10年前に、「安野光雅の世界」展で、本にサインを頂いた時に撮らせて頂いたものである。
   シェイクスピアと平家物語は、私の最大の愛読書であったので、安野画伯の絵のイメージと物語と重ね合わせながら、楽しませてもらったし、それに、多くのヨーロッパの絵は、オランダやイギリスはじめ、住んでいたり訪れたところが多かったので、懐かしく興味深かった。
   

   この美術館には、私が子供だった頃に残っていた田舎の小学校の昔の教室や安野画伯のアトリエなどが設営されていて興味深かったし、
   プラネタリウム室は、四季折々の星座を見られるのみならず、芸術と科学をこよなく愛する安野画伯の強い希望で設置されたと言うことで、独自の番組を通して安野画伯自身が、自分の言葉で、芸術と科学の融合コラボレーション、そして、空想や夢が、いかに、創造性を育み命の輝きを豊かにするために大切かを、津和野の煌々と美しく輝く星空に託して、静かに、淡々とした滋味深い安野節で語りかけていて、感動的である。
  創造性豊かで実に優しくて温かく、生きる喜びを謳歌している安野光雅の芸術の原点を、美しい故郷津和野の満天に煌めく星空をテーマにして、語り掛けようとしているのだと思っている。
   
   
   

   さて、本町通の入り口に、「日本遺産センター」と言う幟の立った新しい観光センター様の展示場のような不思議な場所があったので、何の気なしに入った。
   日本遺産登録を記念して昨年できたと言う新しい事務所で、幕末のお数寄屋番で狩野派の絵を学んだと言う栗本里治が、最後の藩主の依頼で、100年前に記録や記憶を便りに描いた「津和野百景図」を展示して、歴史や自然の景を楽しむ「津和野今昔〜百景を歩く〜」キャンパーンをしていた。
   どこからともなく館員が現れて、興味深い話を、丁寧に説明してくれた。
   時間があれば、それぞれテーマ別に作成された町歩きコースを辿れば面白いと思ったのだが、時間がない。
   狩野派なので、北斎や広重の街道絵とは違った雰囲気の絵だが、今でも、殆ど描かれた街のイメージが、そのまま残っていると言う。
   何となく、安野光雅の絵と交錯するような感じがして興味深かった。
   ついでながら、本町通りのイメージ風景を残しておきたい。
   
   
   

   本町通りと殿町通りを歩いて、津和野川にかかっている大橋を越えて、2キロ近く歩くと、森鴎外記念館と旧宅、そして、津和野川を挟んで、西周旧宅がある。
   前回、西周旧宅まで行ったのに、手前の森鴎外の方をミスってしまっている。
   大体、地図やガイドを用意する割には、良くチェックせずに、徒然草の石清水を拝まざりけりと同じで、肝心の場所をミスることが私の多い悪い癖である。
   凄い人だ思うのだが、作品を殆ど読んでいないので、まして、ロンドンに5年間も住みながら、夏目漱石の下宿先も訪れたことのない文学には縁の遠い人間なので、さらりと、記念館の展示と旧宅を見て、もう一度、西周の旧宅に立ち寄って、駅に向かった。
   幸いにも、1時間に2本あるかないかの田舎のバスが来たので、殿町通りまで乗った。
   天気に恵まれて、無茶苦茶暑かったし、タクシーなど走っていないので、助かった。
   
   
   
   
   
   

(追記)山口宇部空港から、素晴らしい日本の観光名所津和野へのアクセスの悪さについて書いたが、新山口から鳥取へ向かう2〜3両連結の一日往復3便の特急とき号でさえ、トップシーズン(?)の平日では、空席が目立ち、名だたる観光地この津和野でさえ、夕刻5時には殆ど店が閉まって閑古鳥が鳴くと言う現実を考えれば、仕方がないのであろうか。(休日1往復のSL山口号の運行は、趣味のファン対応で、交通手段ではなさそうである。)
   この地方の過疎化と経済活動の格差の現実をどう考えるべきか。
   このままでは、津和野でさえ経済的に苦しくなって立ち行き難くなってくるであろうし、観光立国と言う国是の在り方も、総花的にではなく、もう少し、緻密に考えて対応すべきであろうと思う。 
   久しぶりの1日訪問で、極論かも知れないが、一極集中の東京都との地域格差の深刻さを、地方への旅毎に、益々、甚く感じている。
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山口への旅・・・緑滴る津和野

2016年05月23日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   山口で私用があったので、それを挟んで、二泊三日の山口旅に出た。
   丁度、新緑の季節で、緑萌ゆる美しい旅を楽しむことが出来た。
   何回かの山口の旅で、観光スポットは殆ど訪れているので、今回は、シンプルに、久しぶりに、津和野、萩に行くことにし、初めてなので、山口では瑠璃光寺の国宝五重塔を見たいと思った。
   

   羽田を早朝に発っても、山口宇部からでは、新山口経由で、津和野へは、特急おき号1本だけで、午後の2時前にしか着かない。
   幸いにもこの日は、良い天気に恵まれて、山口を越えて山間部に入ったあたりから、車窓の景色は一変して、豊かな日本の田舎風景が展開されて、緑のコントラストとグラデュエーションが美しかった。
   首都圏の郊外とは全く様変わりで、お粗末な広告塔や看板など人工的な不純物がなくて自然そのもの。
   もう何十年も前に、解放以前の中国に、香港から封印列車に乗って入国した時に、貧しい中国でありながら、綺麗に手入れされた美しい田舎の風景を見て感激したことを思い出した。
   
   
   
   

   気になったのは、日本屈指の美しい津和野でありながら、夕方5時には、殆どの店が閉まって、太陽が照りつける観光歩道から人影が消えてしまう寂しさで、このシックで美しい津和野の旅の情趣は特別なのかも知れないと言うことである。
   便利な首都圏生活に慣れてしまっているので、夕方、落ち着いて旅情を醸し出してくれそうなレストランに入って夕食でも楽しんで、ゆっくり夜の列車にに乗って山口へ帰ろうと思ったのだが、土曜日でありながら思っていた店も閉まっていて、寂しい限り。
   それでも、歩いていれば何か良い店でも見つかるであろうと思ったのだが、そのような雰囲気は全くなくて、駅に着いてしまった。

   丁度、幸いと言うか、駅のアナウンスで、新山口行きの特急おき号が到着すると伝えている。
   駅の時刻表を見たら、この17時50分発の特急おきを逃したら、次の19時35分発の山口行き最終便の鈍行1本しかなく、こんな寂しい駅で2時間近くも放り出されてしまえば干上がってしまう。
   急いでチケットを手配しようと思ったら駅員一人。
   すべてを一人で熟しているのだが、幸いにも他に乗る人がいなくて間に合って、ホームに辿りついたのだが、悪いことは二重に起こるもので、駅のロッカーに預けてあったバッグを忘れているのに気付いた。
   幸いも重なるもので、駅が極めてコンパクトなので、バッグの回収も数分で済み、丁度到着した特急に滑り込んだ。
   この鳥取と新山口を結ぶ特急だが、たったの2両連結で、空席が目立ち、地方の過疎化と沈滞を感じながら、お粗末な日本の観光行政を思った。
   ヨーロッパの田舎を随分歩いてきたが、面白かったし楽しかった。

   この日は、安野光雅美術館、日本遺産センター、森鴎外と西周の旧宅くらいを訪れて時間を過ごし、綺麗な本町通りと殿町通りを歩いただけだが、新緑萌ゆる美しい津和野を味わうことが出来て、満足であった。

   清流の津和野川に沿って、美しい山々に囲まれた津和野の町は、本当に素晴らしく、喧騒からかけ離れた日本の懐かしい故郷を感じさせて、素晴らしい散策のひと時を楽しませてくれた。
   
   
   
   

   津和野の魅力的な街並みは、駅から2〜3分南に歩いたところにある郵便局の角から、1.5キロくらいの大橋までの一直線の街路で、手前は酒屋や老舗のある商業地区の本町通りで、カトリック教会のところで空間が広がり、左手には奇麗な緋鯉など錦鯉が泳ぐ掘割が道路に沿って繋がっており、石畳となまこ壁が続く城下町風と武家屋敷風がミックスしたシックな銀杏並木が続く殿町通りであり、流石に旅情を誘う奇麗な遊歩道である。
   今回は、雨の所為か、掘割の水が濁っていて、緋鯉もビアダルポルカのように大きく肥えていて、やや、風情に欠けていたが、これもご愛嬌かも知れない。
   やはり、萌出ずる新緑の季節で、掘割の菖蒲や並木のイチョウが緑に輝き、背景の山々に映えて清々しい。
   人通りが殆どなく、全く静かで、津和野の美しさを独り占めしている雰囲気であった。
   
   
   
   

   水上勉が、金沢旅情か何かの本で、ふっと前を横切って、幻のように消えて行った美しい女性のことを書いていたのを思い出した。
   こんなにムードたっぷりの美しい空間に、空想ながら、マドンナを佇ませて思いを馳せるのも、旅の楽しみであろうか。
   和服の良く似合う女(ヒト)で、竹久夢二のイメージとは少し違って知的な香りを漂わせた優雅な感じの女が、津和野には、良く似合う。

   いや、この街で、ヨーロッパの素晴らしい詩情豊かな絵を描き続けて感動を与え続けてくれている安野光雅画伯が誕生したのであるから、モダンでシックなスラックスやパンタロン姿の颯爽とした女が、現れても、絵になるかも知れない。

   津和野は、ミシュラン・グリーン・ガイドでは、一つ星だが、残念ながら、半ページの記述しかない。
   特急を下りた一組のハイクスタイルの若い白人のカップルが、街に消えて行った。
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ウィーン・フォルクス・オーパー・・・喜歌劇「こうもり」

2016年05月19日 | クラシック音楽・オペラ
   舞台芸術で、これほど、華やかで美しく陽気で楽しい舞台はないと言う極め付き絶品の喜歌劇が、このヨハン・シュトラウスの「こうもり」。
   もう、40年も以上前に、ウィーン国立劇場の大晦日恒例の「こうもり」を観てから、何回も通っているこのオペレッタ。
   オーストリア人夫婦の恋のアバンチュールが、貴族の大邸宅で繰り広げらる華やかな大舞踏会を舞台にさく裂するハチャメチャな人間ドラマが、あの華麗かつ壮大なハプスブル大帝国の爛熟した文化の香りを濃厚に醸し出していて楽しい。

   最初から最後まで、あのヨハンシュトラウスのウィーン訛りのワルツのメロディが、歌い踊り、緩急自在に舞台に流れ続けて、お祭り気分を高揚させ続ける。
   第二場のオルロフスキー公爵邸の大舞踏会では、ウィーン恒例のニューイヤーコンサートを彷彿とさせるのウィーン国立バレエ団の華麗なバレエが披露されて素晴らしい。

   このブログでは、小澤征爾の「こうもり」公演について書いているが、あの時、ロザリンデを謡ったのが、その前に、ウィーン国立歌劇場で「ファルスタッフ」の舞台を観てぞっこん惚れ込んだハンガリー出身のアンドレア・ロスト、それも、益々妖艶に色香漂うレィディになっての登場であるから、楽しかった。

    この「こうもり」については、ロンドンのロイヤル・オペラで、カウンターテナーのヨッヘン・コヴァルスキー(Jochen Kowalski)が、 オルロフスキー公爵を歌った楽しい舞台や、ストックホルムの夏の祭典の野外劇場でのコンサート形式の舞台など、海外で、何度か楽しんでいる。
    ウィーンの舞台では、何故か、オルロフスキー公爵を歌ったビルギッテ・ファスベンダーのパンチの利いた素晴らしい姿だけを鮮明に覚えている。
   何年か後で、ロイヤル・オペラで、「ファルスタッフ」のクイックリーで登場した時には懐かしかった。

   このオルロフスキー公爵は、第二場の大舞踏会を主催するロシア人貴族なのだが、この舞台で、一番、脚光を浴びる役柄であろう。
   普通は、メゾ・ソプラノのズボン歌手が歌うのだが、ヨッヘン・コヴァルスキーのケースは、それだけに楽しい。

   さて、ロザリンデだが、これは、色香漂う女性の魅力を濃厚に振りまく素晴らしい美人と言う設定で、これまで、随分、魅力的な美人歌手の舞台を観ており、このレディなら、くらくらよろめいても仕方がないなあと言うほど、重要な役。
   今回ロザリンデを歌ったのは、プエルトリコ生まれで、METのオーディションで入賞して、コシ・ファン・トッテでデスピーナでデビューしたと言う名ソプラノ・ メルバ・ラモス 。
   このフォルクス・オーパーで、30年近いキャリア―を持ち、トスカやトーランドットのリュ、蝶々夫人、トロバトーレのレオノーラなどを謡うベテランで、このロザリンデは、持ち役だと言う。
   一寸、私のロザリンデイメージとは、違ったが、芸達者で素晴らしいソプラノ歌手である。

   アイゼンシュタインのイェルク・シュナイダー は、ウィーン少年合唱団の出身だと言うドイツを筆頭にヨーロッパで活躍するベテラン歌手、浪々とした魅力的な歌声に加えて、一寸、太めの実に愛嬌のある童顔で、豊かな体をくねらせてのコミカルタッチの演技は秀逸である。

   オルロフスキー公爵のアンゲリカ・キルヒシュラーガー も、20年以上もキャリアーのあるフォルクス・オーパーのベテラン歌手で、ザルツブルグやウィーンで教育を受けて、ステージデビューは、ガンツで、ばらの騎士のオクタヴィアンだったと言うから、この舞台も良く似合って素晴らしい。

   今回、代演となったアデーレのベアーテ・リッターは、 ウィーンで学びデビューした生粋のオーストリア歌手であろうか。
   とにかく、可愛くて芸達者で歌が上手いと言うことで、観客の拍手が一番多かった歌手である。
   ベート―ヴェンのミサ・ソレムニスや、ヘンデルやモーツアルトの歌曲も良くすると言うから凄い。
   
   
   今回の大舞踏会を、公爵と語らって、アイゼンシュタインへの復讐の場にして、笑い飛ばしたこうもり博士ファルケのマルコ・ディ・サピア、アデーレの恋人のアルフレートのライナー・トロスト、刑務所長フランクのクルト・シュライプマイヤー 、看守フロッシュの ロベルト・マイヤー等々、芸達者な歌手や役者たちの活躍が素晴らしい。

   舞台を楽しませてくれた人々は、

指揮:ゲーリット・プリースニッツ

アイゼンシュタイン:イェルク・シュナイダー
ロザリンデ: メルバ・ラモス
アデーレ:ベアーテ・リッター
イーダ: マルティナ・ドラーク
ファルケ:マルコ・ディ・サピア
オルロフスキー公爵: アンゲリカ・キルヒシュラーガー
アルフレート:ライナー・トロスト
イワン:ハインツ・フィツカ
フランク:クルト・シュライプマイヤー
ブリント博士:ボリス・エダー
フロッシュ: ロベルト・マイヤー

   華麗なウィンナ・ワルツで鏤められた底抜けに明るくて楽しい舞台は、実際に観てみないとその楽しさ素晴らしさは分からない。
   
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国立小劇場・・・文楽「曽根崎心中」

2016年05月18日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   文楽でも歌舞伎でも、心中物は嫌いだと言う人が結構多い。
   近松門左衛門の「冥途の飛脚」や「心中天の網島」などもそうだが、おそらく、この「曽根崎心中」は、その典型的な物語であろう。

   初めて、この文楽「曽根崎心中」を鑑賞したのは、もう、25年も前に、ロンドンでのジャパンフェスティバルで、初代玉男の徳兵衛と文雀のお初の舞台であった。
   この時、歌舞伎ハムレットバージョンである「葉武列土倭錦絵」を、染五郎のハムレットとオフェーリアを観て感激したので、日本に帰ったら、文楽と歌舞伎に通えると喜んだのを覚えている。 
   それまで、ロイヤルオペラやクラシック・コンサート、それに、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどへ通い詰めていたので、日本へ帰ったら、そのような機会は、少なくなると寂しく思っていたので、嬉しくなったのである。

   これまで、このブログで、文楽や歌舞伎の曽根崎心中や、関係本などについて、何回も、書いて来た。
   そして、年初めに、その舞台となった曽根崎のお初天神や生玉神社の文楽旅についても書いた。
   歌舞伎では、藤十郎のお初が余人を持って代え難き国宝級の舞台だと思うが、文楽では、このロンドンの舞台の国宝コンビと、玉男と簑助の舞台が、忘れられない。
   その後、簑助のお初と勘十郎の徳兵衛の素晴らしい感動的な舞台を何度か鑑賞しており、心中ものと言うよりは、近松門左衛門の浄瑠璃作者、文学者としての素晴らしさに圧倒され続けてきたと言う思いである。

   住大夫は、「字余りやさかい、近松は嫌いでんねん」と言っているが、私など、「曽根崎心中 徳兵衛お初 道行」の冒頭の、
此の世のなごり夜もなごり。   
死にゝゆく身をたとふれば。
あだしが原の道の霜。
一足づゝに消えてゆく。
夢の夢こそあはれなれ。

ふと暁の。
七つの時が六つなりて
残る一つが今生の。
鐘の響のきゝおさめ。
寂滅為楽と響ひゞくなり・・・を聴くだけでも、涙がこぼれるほど感動する。
   心中を描きながら、門左衛門は、生きると言うことは、死ぬと言うことはどう言うことか、男女の愛と言う永遠のテーマを横糸にして、人間の尊厳を、万感の思いを込めて語りかけているのだ思いながら、私は舞台を観ている。

   何回も書いているので、蛇足は避けるが、今回の舞台は、師匠の至高の舞台を観続けていた二代目玉男が、近松をやりたいと言っていた徳兵衛の晴れ舞台であるから、素晴らしくない筈がない。
   それに、女形を遣わせれば最高峰の清十郎のお初を何と言うべきか、健気で崇高でさえあるお初の瑞々しさ。
   父母への思いにくれて悶えていたお初が、意を決して、手を合わせて目を閉じて徳兵衛を見上げて、「早う殺して」と言う覚悟の顔の美しさ・・・二人が向き合い、徳兵衛の刀が光り、お初を刺した後、自分の喉を突いて倒れ込み、二人が抱き合って崩れ折れるラストシーン。
   初代玉男は、好きな女を殺せるか・・・、と言って、お初に止めを刺す時には正視出来なくて顔を背けるのだと言っていたが、
   藤十郎の歌舞伎では、お初が手を合わせて目を閉じて、ラストを暗示したところで幕が下りる。
   
   初めて鑑賞する玉男の徳兵衛と清十郎のお初の舞台であったが、感動の一言である。
   九平治を遣った勘彌の上手さも格別で、三人の人形が躍動し踊っている。
   天満屋の段の、浄瑠璃の千歳大夫と三味線の富助をはじめ、浄瑠璃と三味線の名調子は言うまでもない。
   文楽の魅力を語った希大夫、三味線の龍爾、人形の玉誉の芸達者ぶりもたいしたもので、学生たちが上手く反応して楽しんでいた。

   もう一つの舞台である和生の徳兵衛と勘十郎のお初を観たかったが文楽鑑賞教室なので、チケットがソールドアウトで、ダメであった。
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ヘンリー・ミンツバーグ著「私たちはどこまで資本主義に従うのか」

2016年05月17日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本の原題は、Rebalancing Society: Radical Renewal Beyond Left, Right, and Center。
   我々の政治経済社会にとって、最も大切なことは、バランスの取れたソサエティを構築することであるとして、冒頭、ミンツバーグは、東欧の共産社会が崩壊した時に、資本主義の勝利だと喧伝されたが、これは誤りで、バランスの勝利であったと説き起こしている。
   すなわち、西側諸国は、政府セクター、民間セクター、多元セクターの間のバランスが十分に取れていたが、共産主義体制は、政府セクターに権力が過度に集中して、このバランスが欠けていた故に、崩壊したのだと言うのである。

   ところが、その西側の資本主義が、民間セクター、特に、法人の台頭によって強力となった企業の暴走によって、大きくバランスを崩して、リベラルな民主主義を、社会的にも、政治的にも、経済的にも、危機的な状態に追い込んでしまっている。
   このバランスを取り戻して、ソサエティを健全化するためには、政府セクターでも、民間セクターでもない、「非営利セクター」「第三のセクター」「市民社会」などと呼称されてきた「多元セクター」を活性化して、バランスの取れた民主主義へ回帰しなければならない。
   しからばどうすれば良いのか、
   その提言を、ミンツバーグは説いている。

   私は、翻訳本の場合、何度か、翻訳本のタイトルを問題にしているのだが、この本も、リベラルな民主主義への回帰のために、党派を超えた抜本的な刷新によって、バランスの取れたソサエティを取り戻そうと言う趣旨であるから、「私たちはどこまで資本主義に従うのか」では、意味をなさないと思っている。

   ところで、問題のミンツバーグの説く「多元セクター」であるが、様々な財団や宗教団体、労働組合、協同組合、多くの一流大学や一流病院、グリーンピースや赤十字のようなNGO等々色々な組織、、そして、アラブの春の民主化デモ、再生可能エネルギー推進活動と言った政府セクターにも民間セクターにも分類できない多くの団体や活動などを意図している。
   ミンツバーグは、この書物の殆ど半分を割いて、抜本的刷新以下、健全なバランスの取れたリベラル民主主義の回帰への道を説いている。
   実態の掴み難い「多元セクター」への期待であるから、分かり難い点も多いのだが、感動的な文明論だと思って読んだ。
   

   ミンツバーグは、純理論的な経営理論の信奉者ではなく、実際の経営とその実践を重視しており、経営者の資質でも、芸術的要素や右脳的要素を重視するなど、ドラッカーのように、非常に実際的な経営学者であり、私など、20世紀最高峰の経済学者であったガルブレイスを彷彿とさせる学者魂が好きである。
   このブログでも、レビューしたが、『MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方』(日経BP社、2006年)などは、そのあたりのミンツバーグの考え方や生きざまが良く出ていて興味深い。
   『戦略サファリ』や『H. ミンツバーグ経営論』や論文などでしか、ミンツバーグの経営学に触れる機会がなかったのだが、この本では、経営学者であるだけに、私企業の暴走や行き過ぎなど資本主義の病根については、舌鋒鋭く切り込んでいて面白い。
   もう、半世紀も前に、ガルブレイスが、
   先進国における過剰な私的生産財の供給と,貧弱な公共的財やサービスの供給との間の格差によるソーシャルバランス【social balance】の欠如が、資本主義社会を危うくすると説いていたのを思うと、偉大な学者の警世論が符合していて、興味深い。
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アルビン・E・ロス著「フー・ゲット・ホワット」

2016年05月16日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   経済学で、最初に学んだのは、商品の価格は、その商品に対する需要と供給によって、すなわち、右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線の受給曲線の交点で、価格が決まり、その動きによって需給が決定されると言う理論であり、確かに、多くの商品やサービス市場において、この理論が成り立っている。
   しかし、現実の市場は、もっと複雑であり、モノやサービスの配分が、価格だけでは需給のバランスが取れないことがあって、その調整のためには、マッチング(組み合わせ)の側面から解決しなければならないことが沢山ある。

   この本(Who Gets What and Why: The New Economics of Matchmaking and Market Design)は、このマッチメイキング理論(「安定配分理論と市場設計の実践に関する功績を称えて」)でノーベル経済学賞を受賞したアルビン・E・ロス教授の非常に興味深い本である。
   学校選び、就活、婚活、臓器移植等々、最適な「組み合わせ」が世界を変える。と言う、これまでの経済学とは全く毛色の違ったマーケット理論であって、現実に多くの問題を解決しており、実生活の役に立つ経済学であるところが面白い。

   A Nobel laureate reveals the often surprising rules that govern a vast array of activities — both mundane and life-changing — in which money may play little or no role.

   まず、マッチング理論とは、ロス教授の学生であり同僚である解説者の小島武仁准教授によると、
   様々な好みを持つ経済主体をどのように引き合わせるかや、限られた資源をどのように人々に配分するかを研究する理論である。
   人と人、人とモノ・サービスをマッチさせるマッチメイキング理論を応用して実際の制度をどのように設計すれば、最適な「組み合わせ」が実現できるのか、この「マーケットデザイン」が重要であり、その制度設計について、この数十年で得られた理論や実地の経験を踏まえたその提案や実装について、興味深いケースを取り上げて論じている。

   面白いのは、このマッチング理論の発祥は、ノーベル賞学者シャープレーとゲールによる、不倫や離婚の危険をなくす組み合わせ、不満の出ない結婚相手を探し出す数学理論によって編み出された「受け入れ保留方式」だと言うことである。
   この数学的なパズルの経済的価値が、ロス教授が立ち上げた米国の「研修医マッチング制度」のアルゴリズムと殆ど同じで、象牙の塔で研究者が抽象的な数学理論を駆使して導いた結論が、単なる空想ではなくて、現実に本当に使えるものであることが発見された。
   デジタル革命の後押しもあって、マッチメイキングと言う複雑な問題が、数学モデルで分析できると言うことが分かってくると、現実の制度の理解に加えて、より良いマーケットの制度のデザインが可能になってきたのである。

   さて、冒頭で、ロスは、ユダヤ教のラビが、万物の創造主は天地創造の後、一体何をしているのかと聞かれて、マッチメイキング(縁結び)を続けていると答えていて、円満な結婚が、如何に重要で難しいか、「紅海を割るのと同じほど難しい」のだと述べている。
   私も、最初に覚えたのは、結婚の仲人; 結婚斡旋人を意味するmatchmakerと言う単語で、あの「屋根の上のヴァイオリン弾き」でも登場する。
   このような求愛とベターハーフの選別は勿論、誰が最高の大学に入るのか、誰が最高の職に就くのか、どの末期腎不全患者が希少な移植用臓器を提供されるのか等々、人生においては、マッチングによって決められる重要なことが結構多くて、それが殆ど、マネーが絡まない組み合わせであると言うのが面白い。
   需要と供給が一致する価格で売り買いされるコモディティの市場にばかり焦点を当てていた経済学者が、金銭など全く絡まない様な腎臓提供や名門幼稚園への入学など、マッチングプロセスをデザインして希少資源の最適配分を追及すると言う画期的な道へ踏み込んだのであるから、実益のみならず、非常に興味深い。
   私など、男女の愛については、いくら精緻なコンピューターによる数学モデルの結果よりも、成功不成功は別として、一目惚れ・直覚の愛の方を信じたいのだが、この本を読んでいると、マッチメイキングによるマーケットデザインが、如何に、有効で効果的かが良く分かる。

   ロス教授は、ボストンやニューヨークの高校選択プロセスで、医学生の「マッチング」同様の「受け入れ保留アルゴリズム」を基本としたコンピュータ化されたクリアリングハウスの設置による制度を提案して成功している。
   ニューヨークの公立高校では、9万人の生徒の出願に対して、十分枠があるにも拘らず、三回の選考ラウンド終了時にも、3万人もの生徒が志望校への入学が決まらずに、最後には事務局によって適当に学校が割り当てられると言う状態であったのを、集中管理で解決したのである。
   日本もアメリカも同じで、生徒は良い志望校に入りたいし、学校は良い成績の生徒を取りたいので、成績の良い生徒は、複数の高校に合格する。最善の両者のマッチングプロセスを進めて決めて行ったので、抜け駆けも、裏口ルートも消えたと言う。

   余談だが、興味深いと思ったのは、日本同様にアメリカでも、地方の病院に、若いインターンや研修医が集まらない、地方の医師不足のことが問題となっているようだが、この問題については、いくら試みても、安定マッチングは得られないと匙を投げている。ことである。
   最新の診断・治療用機器を駆使して、さまざまな病気を持つ多くの患者の治療に関わりながら仕事を覚えられる大都市の病院を好む傾向があり、医師の将来のキャリアを大きく左右する最初の仕事としては、給与は望ましさの最も重要な基準には程遠いので、いくら給与を上げてみてもダメである。
   地方の病院にとっては、キャリアがすでにある程度固まった中堅の医師を雇う方が良い。と言うのである。
   日本でも、赤ひげのような人格高潔な人を探し出さないとダメだと言うことであろうか。
   マッチメイキングでも、マーケットデザインできない世界もあると言うことが興味深い。

   この本だが、良きマッチメイキングについて、色々な切り口からアプローチしていて、シグナリングでは、クジャクの羽から恋愛のシグナリングの話や、オークションでは、オランダの生花のオークションは、スキポールから即時空輸されるので時間が命であるから、取引時間短縮のために、下げオークションであるなど、興味深い話が随所に展開されていて、とにかく、面白い。
   この「ダッチオークション」だが、私自身、スキポール近郊のアールスメール花市場 のオークションを見たので知っているが、針が高い金額から急速に下がって行くので、瞬時に落札が決まり、流石に、オランダだと思ったことがある。

   この本は、タイトル通り「マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学」で、私の学生の頃の経済学とは様変わりの経済学の本である。
   ケインズやフリードマン、シュンペーターやガルブレイスなどに没頭していたあの頃にはなかった、行動経済学や複雑系経済学などの新しい分野も面白そうだし、老骨に鞭を打って、もう一度学校に帰りたくなっている。
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国立能楽堂・・・能「鉄輪」の鬼について

2016年05月15日 | 能・狂言
   今月2回目の国立能楽堂主催公演で、「普及公演」。上演前に、浅見和彦教授の能楽案内「京都から読み解く鉄輪の世界」と言う解説があり、面白い。

   この「鉄輪」については、先月訪れたので、、京都での能舞台の旅紀行で「貴船神社」について書いた。
   今回は、公演のことではなく、鉄輪の鬼の不思議について考えてみたいと思う。

   この能は、
   下京あたり(浅見さんは五条あたりだと言う)に住む女が、夫の心変わりに怒って、恨みを晴らすべく思い知らせてやろうと、貴船神社に丑刻参りをしている。明神に霊夢を授けられた社人が、女に、鉄輪の3本の足に松明を灯して頭に頂き、顔に丹を塗り赤い着物を着て怒りの心を保ったなら鬼になると、お告げを伝える。
   夢見が悪くて悩んだ下京あたりの男が、安倍清明に会って命は今夜限りと言われたので、恐怖に慄いて救命すべく祈祷を頼み、祭壇を整え調伏を試みてもらう。
   霊夢を信じて鬼と化して生霊となった女が現れて、夫と後妻の命を奪おうと祭壇に襲い掛かるのだが、清明の祈祷によって現れた三十番神に阻まれて殺せず、「時節を待つ」と言って退散する。
   と言ったストーリー展開である。

   浅見さんが語っていたので調べたら、京都市下京区堺町通松原下る鍛冶屋町に命婦稲荷社(鉄輪社 鉄輪の井戸)があって、ここに、”「鉄輪塚」と呼ばれる塚と井戸があり、これは或る女が自分を捨てた亭主を祈り殺そうと、貴船へ丑の刻詣りをしたが満願を前に志を遂げず、この辺りで亡くなったのを葬った塚で身投げをした井戸だといわれている。”と言うことで、能「鉄輪」と同じである。

   さて、これが実話となると、五条から貴船神社までは、ほぼ、15〜6キロだと言うとかなり遠い山道を、深夜に女が通ったことになる。
   この能の詞章の道行を辿ると、下鴨神社のある糺の森から、深泥池、市原野を通って歩いているので、今の40号線から38号線を経て361号線あたりを真っすぐに北上して、鞍馬川の支流貴船川に沿って貴船神社に達している。
   今、鞍馬へ通じている叡電は、深泥池よりもずっと八瀬・比叡山に近い宝ヶ池の方へ大きく東に迂回しており、バスルートがないので、私は、このルートしか知らない。

   京都観光naviによると、鞍馬街道は、
   北区鞍馬口町から賀茂川の出雲路橋を渡り、下鴨中通を北上、鞍馬川の谷をさかのぼって鞍馬寺門前に至る12キロの道。今も消費物資の重要ルート。貴船神社・鞍馬寺への参詣道として平安期から利用され、室町期には軍事街道の一つでもあった。と言うので、女は、この道を辿ったのであろうか。
   しかし、下京から糺の森まででも、歩けば1時間で行けるかどうか分からないし、街道と言っても、おそらく、当時の貴船神社への道は、殆ど道なき山道であった筈で、女性の足で、一日で、簡単に往復できるとは、一寸、思えないのである。
   
   さて、それよりも、もっと、気になるのは、これほどまでの難行苦行を重ねてまで、貴船神社への丑刻参りを続けようと言う、この主人公の女の怨念と言うか執念と言うか、その強烈さである。
   女性の強さ逞しさは、随所で、経験していて知っているつもりだが、恐らく、男には、あり得ない様な激しい精神状態ではないかと思う。

   しかし、馬場あき子さんは、「能・よみがえる情念」で、「鉄輪」は、女が一つの情念、念力によって鬼になると言う話であり、鬼になれば、生殺与奪の権を全部手中に収めていながら、元夫を殺せなかったのは、夫にまだ愛の未練を残していたからだと言う。
   激しい怒りによって、女を捨て、人間を捨て、この世を捨てて鬼の世界に入ったのだが、人間的な悲しみ、夫に対する愛を土壇場になっても捨てきれなかった形だけの鬼であった。「鉄輪」の鬼の特質は、未練な愛を残した哀れさ、悲しさにあると言うのである。
   殺そうと息巻いて二人の閨に乗り込んでおきながら、枕上に立って、「いかに殿御よ、珍しや(お久しぶり)」などと言って、愛を交わした日々をかき口説くのであるから、さもあろう。
   安倍清明の祈祷調伏の結果だけではなく、作者の意図だったのであろうか、先の「鉄輪塚」の満願を果たせず入水したとの言い伝えとはニュアンスが違っていて面白い。

   貴船神社のHPによると、
   貴船神社が「恋を祈る神社」として知られるようになったのは、今から千年もの昔、宮廷の女流歌人として名高い和泉式部が、夫の心変わりに悩んだ末に貴船神社に参詣し、夫との復縁を祈願したところ、願いが叶えられたという話に始まる。
   ウィキペディアによると、和泉式部は、”恋愛遍歴が多く、道長から「浮かれ女」と評された。また同僚女房であった紫式部には「恋文や和歌は素晴らしいが、素行には感心できない」と批評された(『紫式部日記』)。”と言うことであるから、どこまで、真面目に考えれば良いのか分からないが、愛に悶え恋に悩む平安女性たちが、賀茂川を遡って、貴船神社へ参っていたことは、確かなようである。

   当時は、男がほかの女性に心変わりをした場合、同性の恋敵に恨みの矛先を向けるのが普通で、後妻打ち(うらなりうち)と言う風習があって、日本の中世から江戸時代にかけて、夫が妻を離縁して後妻と結婚すると、先妻が予告した上で後妻の家を襲ったと言う。
  能の「葵上」や「夕顔」などで、六条御息所が生霊として現れて、葵上や夕顔に祟って、問題の浮気男(?)の源氏に、恨みをぶっつけないのだが、この能「鉄輪」は、珍しく、元夫を標的にして苦しめるところが面白い。

   尤も、この能では、後シテの女の生霊が、祭壇に形代として載せた後妻を示す鬘を手に巻き付けて打ち据えて、放り捨てると言う激しくも鬼気迫るシーンが展開されて、怒りの激しさを示す。
   
   この日の能・金春流「鉄輪」は、
   前シテ/女(泥眼)、 後シテ/女の生霊(橋姫) 本田光洋
   ワキ/安倍清明 大日方寛、ワキツレ/男 御厨誠吾、アイ/社人 松本薫
   
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わが庭・・・私のピンクのばらたち

2016年05月14日 | わが庭の歳時記
   ピンクは、やはり、典型的なばらの色である。
   La Vie en rose、エディット・ピアフが歌った『ばら色の人生』
   私には、縁のない世界だが、ほのぼのとした明るい美しさが魅力である。

   イングリッシュローズのアブラハム・ダービーだが、咲きかけと最盛期はアプリコットピンクだが、咲き切って散る寸前には、淡いピンク色に変わる。
   
        

   ベルサイユの薔薇の系統のフェルゼン伯爵だが、京成バラ園のHPでは、淡いブルーのばらだと思ったのだが、タキイの苗を育てたら、株の個性にもよるであろうが、ブルーがかった微妙なピンクの色合いであった。
   
   

   プリンセス・アンは、非常に繊細な花と言った感じで、咲き始めは清楚な感じで、非常に大人しいのだが、咲き切ると、蕊からのグラデュエーションが面白い。
   最後には、ポンポンダリアのような毬状の花になるのだが、かなり花持ちが良い。 
   
   
   
   
   私の庭では、花房も大きくて豊かなプリンセス・アレクサンドラ・オブ・ケントが、一番風格があって豪華なのではなかろうか。
   アブラハム・ダービーと同じで、オレンジが少し乗っていた花びらが、咲き切るとカップ咲きが鮮明となりピンクが強くなって、一番外側の花びらから更に外側に巻き上がって行く。
   
   

   一番は花付きが良くて、典型的な房状に咲いて、ブーケのように豪華なのは、「あおい」。
   京都の雅を感じさせる微妙な赤紫の花色で、私には、一番育てやすいばらである。
   
   

   実に優雅で美しいのは、ハンスゲーネバイン
   この何とも言えないにおい立つような淡いピンクの美しさは格別で、昨年、初めて咲いた時には、非常に感激したのを覚えている。
   
   

   さて、ついでながら、ピンク以外のばらについて。 
   まだ、蕾がかたくて咲いていないばらもあるのだが、咲き始めたのは、白いイングリッシュローズのレッチフィールド・エンジェル、そして、京成バラ園の淡い黄色の快挙。
   
   

   アプリコットピンクのイングリッシュローズのグレイスは、名前通りに、中輪ながら丸く毬のように形を変えてドーム状のロゼット咲きになる、優雅なばらである。
   

   ミニばらでは、名前は分からなくなったのだが、ドリフトローズなど、少しずつ咲き始めていて面白い。
   
   

   まだ、咲きそろっていないのだが、わが庭のショットを、
   
   
   
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国立小劇場・・・文楽「絵本太閤記」

2016年05月13日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の国立劇場の文楽は、文楽鑑賞教室「解説・文楽の魅力/曽根崎心中」(他に社会人/外国人)が主体のような感じで、私が観た恒例の5月文楽公演の方は、「絵本太功記」ながら、少し寂しい感じであった。
   しかし、初日の舞台を観て、改めて、文楽の「絵本太閤記」の良さを実感し、補助金問題や人間国宝の引退等で弱体化が危惧されていた文楽界の層の厚さとその素晴らしい実力に感じ入ったのである。
   本来なら15日に行く予定が、私用でダメになり、両プログラムとも、早くから、チケットがソールドアウトで諦めていたのだが、直前に、国立劇場チケットセンターのHPを叩いていたら、いくらかチケットが出て、幸いにも、鑑賞の機会を得たのである。

   さて、「太閤記」の主人公は、本来なら当然太閤豊臣秀吉だが、文楽「絵本太功記」の主人公は、悲劇の智将明智光秀となっている。
   我々が、良く観る舞台は、歌舞伎で言う太十、十段目「尼ヶ崎の段」で、逆賊の汚名を着た光秀が、秀吉だと見誤って自分の母親を刺し殺し、戦場で深手を負って瀕死の状態で帰還してきた息子から、味方の敗北を伝え聞き、最愛の二人に先立たれると言う切羽詰まった悲壮感に満ちたシーンなので、余計に、光秀の悲劇が強調されてくる。

   平成15(2003)年4月と5月の桐竹勘十郎の「襲名披露狂言」で、この「絵本太閤記」の夕顔棚と尼崎の段が上演された。
   武智光秀は、当然、桐竹勘十郎だが、武智十次郎に吉田玉男、嫁初菊に吉田簑助、妻操に吉田文雀、母さつきに桐竹紋壽、
   そして、尼ケ崎の段の浄瑠璃と三味線は、切 豊竹嶋大夫 鶴澤清介 奥 豊竹咲大夫 豊澤富助、
   と言う文楽界挙げての錚々たる演者による舞台が実現している。
   その後、平成19(2007)年 5月に、この国立劇場で、通し狂言が実現しているので、私は、2度、素晴らしい文楽「絵本太閤記」の舞台を鑑賞したことになる。
   平成12(2000)年5月の公演にも、行っている筈だが、全く記憶にないのだが、歌舞伎でも、太十は、何回か観ているので、この夕顔棚と尼ケ崎の段は、かなり、印象に残っている。

   この舞台を鑑賞しながら、いつも思うのだが、母さつき(玉也)が言うように、光秀(玉志)を、主に弓引いた悪逆な謀反人として糾弾するのが正しいのか、光秀の説くように、天命を失った暴虐な独りよがりの天下人を討って革命を起こすのが正しいのか、と言う疑問で、この段では、当然ながら、その両者の主張がかみ合わずに、「また、改めて、山崎の天王山で」で終わっていることである。
   史実とは異なっているので、何とも言えないのだが、そう言う疑問を感じて舞台を観ていると、私など、明智光秀謀叛の理由はともかく、どちらかと言えば、光秀の方が正しいと思っているので、母さつきや妻操(簑二郎)の言い分の方が、女の短慮と言うか理不尽のように思えて、悲劇の本質が全く変わってしまうのである。
   親子の愛情を身に染みて感じながら慟哭する光秀の思いは、それを越えた正義の貫徹への挫折、天命に見放された苦悶苦痛の方が色濃い筈であろうと思う。
   そう思えば、この舞台の主役は、母さつきと言うよりも、光秀の方にもっと比重が行くのだが、この太十に関しては、母さつきの立場と、光秀の立場になったつもりで、思いを切り替えながら観ている。

   さて、大詰は「大徳寺焼香の段」で、武智光秀が、天王山の戦いで真柴久吉に敗れて逝った後、春永の法要が営まれて、春長の孫・三法師丸を伴って現れた久吉が、柴田勝家に屈辱を味わわせて、後日の対決を意図して終わっている。ので、一応、「太閤記」なのであろう。

   失礼な話だとは思っているのだが、私など未熟者は、どうしても素人考えが先に立って、人形についても、スター人形遣いの舞台に注目が行くのだが、今回、さつきを遣っている玉也を筆頭に、人形遣いの人々は、素晴らしい舞台を演出していて、感激の一言であった。
   珍しくも、早々に、チケットが完売するのも、当然と言うことであろう。

   ところで、いつも、どうしても人形にばかり集中するのだが、今回は、席が上手側にあって床が斜め正面に見えていた所為もあって、特に、浄瑠璃と三味線に、注目して鑑賞させてもらった。
   シェイクスピア戯曲を聴くと言うのと同じで、本来は、浄瑠璃を聴くと言うのが本筋であろうが、いつも、演劇や歌舞伎を見るのと同じ感覚で、芝居を観ると言う姿勢になってしまうのである。
   客席後方で、引退された嶋大夫が観劇されていたのだが、浄瑠璃と三味線は、妙心寺の段の奥の、呂勢大夫と錦糸、尼ケ崎の段の、文字久大夫と藤蔵、津駒大夫と清介をはじめ、素晴らしい熱演で、改めて、浄瑠璃を、三業でパーフォーマンス・アーツとして創り上げた日本芸術の素晴らしさに感じ入っていた。
   
   
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わが庭・・・私の庭の赤いばらたち

2016年05月12日 | わが庭の歳時記
   私の庭には、今、5種類の赤いばらの花が咲き始めている。
   赤いバラ(Red Rose)の花言葉は、タキイのHPによると、
   「I love you(あなたを愛してます)」「love(愛情)」「beauty(美)」「passion(情熱)」「romance(ロマンス)」
   赤いバラのつぼみ(Red Rose Bud)は、
   「pure and lovely(純粋と愛らしさ)」「innocent love(純粋な愛)」「young and beautiful(若く美しい)」
   と言うことである。
   私には、passionと言うのが、一番あっているように思うのだが、素晴らしい花ことばである。

   さて、私のばらだが、同じ赤いばらと言っても、この5株だけでも、かなりの違いがある。
   一番深紅と言うか、色の濃いのは、イングリッシュローズのダッシー・バッセルである。
   

   赤いばらで、大きくて風格のあるのは、やはり、HTのベルサイユの薔薇であろう。
   発表された直後に、京成バラ園で大苗を買って植えたのが、活着しなかったので、新苗を改めて植えたのが、今、大きくなって開花している。
   14〜5センチの剣弁高芯咲で、ばららしいばらと言えばよいのであろうか、とにかく、一輪挿しにもよく似合う。
   

   もう一つのHTは、これもメイアンのばらだが、ルージュ・ロワイヤルで、花はやや小ぶりながら、照葉が美しく、かすかに、芳香がして良い。
   
   
   
   私が、2本も枯らしてダメにしたのが、イングリッシュローズのファルスタッフで、なぜか、この花は気に入っている。
   ロンドンで、最初に見たRSCのシェイクスピア戯曲が、ヘンリー4世で、ハル王子を放蕩三昧に引きずり込んだ無頼漢の飲んだくれのファルスタッフに、強烈な印象を持ったのだが、その後、「ウインザーの陽気な女房たち」、そして、そのオペラ版ヴェルディの「ファスタッフ」を見て、その泣き笑いの生きざまに、興味を感じた。
   エリザベス一世女王が、シェイクスピアに、ファルスタッフを主人公にした恋の物語を書いて欲しいと言ったので生まれたのが、「ウインザーの陽気な女房たち」だとか。
   ストラトフォード・アポン・エイヴォンの大劇場前の公園に、ファルスタッフの銅像が立っているのだが、このファルスタッフは、英国でも、最も人気の高いキャラクターの一人だと言うことである。
   この写真は、咲き始めなので、雰囲気は分からないのだが、堂々としたカップ咲きの花で、デビッド・オースティンは、気品のある姿と性格を持った大輪だと言う。
   これが、何故、ファルスタッフなのか、分からない。
   

  もう一つのイングリッシュローズの赤い花は、ウィリアム・シェイクスピア2000。
  ファルスタッフの生みの親と言う訳ではないが、綺麗な花である。
  
  

  赤い花ではないが、表はビロードのような奇麗な深紅で、裏が淡いオレンジ色のキャプリス・ド・メイアンも、私にとっては、長い付き合いで、毎年、綺麗な花を咲かせてくれると嬉しい。
  まだ、蕾がかたくて咲いていないのは、レッド・レオナルド・ダヴィンチ。
   ばらは、バラ色と言って、ピンクのばらが美しいが、愛の象徴のような赤いばらの魅力も、捨てがたいと思う。
  

   (追記)
   13日現在のファルスタッフとシェイクスピアは次の通り。
   
   
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わが庭・・・イングリッシュ・ローズ咲く

2016年05月10日 | わが庭の歳時記
   もう、15年くらいになるであろうか、イングリッシュ・ローズに興味を持って、栽培を始めたのは。
   イギリスにかなり長く住んでおりながら、仕事一途であった所為もあって、イングリッシュ・ローズを知らなかったので、イギリスへの望郷の思いもあって、これまでに、20種以上は苗や鉢花を買って育ててきたであろうか。
   枯らしてしまったり、鎌倉への移転で上げてしまったりして、今、手元にあるのは、9鉢だけ。
   庭植えするには、花木がいっぱいで、ばら用の場所を取れないので、とりあえず、鉢植えで育てている。
   イングリッシュ・ローズは、オールド・ローズとモダン・ローズの交配種で、両方の良さを併せ持つのが魅力と言うのだが、独特な雰囲気を持っていて、面白い。

   最初からあるイングリッシュ・ローズは、アブラハム・ダービーだけだが、特に選んで残したと言うことではなく、何となく、相性があって残っていると言うことであろうか。
   アプリコットとイエローの色合いにカップ咲きの大輪ばらで、花が重いのだが、これだけ、花びらがびっしりとつまっているのは驚きである。  
   殿堂入りのこのばら、私の庭では、一番最初に咲く。
   
   
   

   この花によく似た大輪のカップ咲きのばらは、プリンセス・アレキサンドラ・オブ・ケント。
   実に優雅で、ソフトなピンクの色合いがシックで風格があり、茎がしっかりとしているので、すっくと立って美しい。
   
   

   2011年度の英国の最優秀新種のプリンセス・アンは、この春、タキイから大苗を買って植え付けたのだが、根付いてしっかりと開花した。
   咲きかけは、濃いピンクだが、少しずつ、花色が淡くなって行くのが面白い。
   まだ、植えたところなので、まずまずの開花だが、来年には、綺麗な房咲きを楽しめるであろう。
   ところで、同時にタキイから買った苗のうち、フェルゼン伯爵は根付いて綺麗に咲いているが、残念ながら、王妃アントワネットは、代替品も2本とも、活着せずに枯れてしまった。
   
   

   ダーシー・バッセルは、オールドローズの雰囲気を色濃く残した深紅のばら。
   ロイヤル・バレエのプリマ・ダッシー・バッセルに因んだと言うのだが、彼女が現役の頃に、何度か、ロンドンでロイヤル・バレエに行っていたので、観る機会があったかもしれない。
   
   

   非常に鮮やかなオレンジレッドのふんわりとした、華奢な感じで風にも微かに靡くレディ・オブ・シャーロットは、中々、粋な花ながら、病虫害にも強くて花付きも生育も良くて、私には重宝なばらである。
   
   

   さて、まだ、一寸、蕾がかたくて咲いていないのは、ウイリアム・シェイクスピア2000、レッチフィールド・エンジェル、ファルスタッフ、そして、グレイス。
   咲きそろうと、ほかの種類のばらと競い合って華やかになる。
   
   
   
   
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エドワード・ルトワック著「中国4.0」(4)中国は軍事的に米国を越えられない? 

2016年05月09日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本では、中国の国家戦略の変化やその問題点などについて、多岐にわたって論じていて非常に興味深い。
   その中で、新興国の中国が、どうしても、先進国であり覇権国家であるアメリカが築き上げてきたエスタブリッシュメントとしての強みを凌駕できない諸点について論じており、非常に面白い。
   それらの点について、何点か考えてみたいと思う。

   まず、始めは、「アメリカの潜在的勧告」と言う議論。
   中国の国民が等しく知っているのは、「アメリカ人は自分たちでリーダーを選べ、問題があればクビにできる。」と言うことで、このことが意味するのは、オバマ大統領やアメリカ政府の政策とは無関係に、アメリカが毎日、中国の統治システムに対する破壊活動を続けている。と言う。
   ルトワックは、あの壮大な姫路城が、謀反防止、内戦阻止のための潜在的な抑止効果を発揮する勧告装置だったと言っており、戦略的世界においては、意識的な政策よりも、「アメリカが存在する」こと自体から生じる「潜在的効果」の方が、重要だと言うのである。
   これは、ともかく、敷衍すれば、豊かで民主的な西欧諸国の存在が、鉄のカーテンを破壊し、ベルリンの壁の崩壊を誘発したことは事実である。

   次に興味深いのは、「戦略文化の差」。
   国家の性質は、二つの要素が考えられ、一つは、人口、経済規模、テクノロジー、軍事力、兵器など物質的な計測可能な要素で、もう一つは、その国の精神や文化であり、「戦略文化」である。
   「戦略文化」の重要性は、殆ど経済力も国力も同じくらいでありながら、イタリアよりもイギリスの方が国際政治においてはるかに大きな影響力を持っている。ことや、
   ドイツは素晴らしい軍隊を持ち、すべての「戦闘」に勝ってきたにも拘らず、「戦争」には負け続けて勝ったことがない。ことなどを考えれば明瞭である。
   ロシアやアメリカやイギリスの「戦略文化」は、「勝利的 Victorious」だが、中国は、イタリアやドイツと同様に、戦争に負ける文化を持っている。
   その原因は、中国の場合、内的なコンセンサスの欠如、外的な理解の欠如にあると言うのである。

   もう一つは、中国の、「海洋パワー」と「シーパワー」に対する戦略の誤り。
   「シーパワー sea power」は、「海における軍事力」、戦艦の数や性能、その乗組員の能力や規律などで、装備や訓練で増強でき、経済力やその配分で獲得できる。
   ところが、「海洋パワー maritaime power」は、もう一つ上の概念で、「シーパワー」だけで決まるのではなく、自国以外の国との関係性から生まれるものである。
   代表的な海洋国家であるイギリスの圧倒的な影響力は、狭義の軍事力だけではなく、友好国との軍事的、外交的、経済的、文化的な関係などに基づくもので、これらが組み合わさって「海洋パワー」と言う総合力を形成している。
   これに対比して、最近の中国の南沙、西沙諸島へのアグレッシブな対応は、周辺国に、恐怖を与えると同時に、戦艦の建造等海軍力の増強に強い拒否反応を引き起こし、「シーパワー」の増強とは逆に、「海洋パワー」を失いつつある。
   ベトナムを訪問した空母ロナルド・レーガンは、アメリカの「海洋パワー」の象徴で、良好な関係を保つ国の海軍は歓迎され、帰港して欲しいと要求される。
   中国海軍の戦艦が、日本、フィリピン、ベトナム、インドネシア、マレーシアなどの港に寄港するなど考えられない。
   「海洋パワー」は「シーパワー」を破壊でき、中国は、この「海洋パワー」を欠いているために、海軍力の増強が国力の増強に繋がらない。と言うのである。

   この問題は、海の問題だけではなく、国際政治は勿論、ハードパワーやソフトパワーを統合してのスマートパワーなど、文化文明等、あらゆる面で、欧米日の民主主義先進国の、中国に対する優位は、疑うべくもなく、戦力以前の課題であろう。
  いずれにしろ、これらルトワックが説いている中国に対するアメリカ優位は、この2〜3世紀における西洋世界の歴史の蓄積による成果であって、軍事力一つにしても、一朝一夕には、中国と言えども、達しえない高いハードルだと言うことであろう。

   ところで、一つだけ気になったのは、先日の記事で触れたのだが、ルトワックが、推薦する(?)中国の戦略チャイナ4.0で、カネの無駄遣いであるから、空母の建造を中止することで、これによってアメリカの警戒感を解消できると言っていたことである。
   逆に考えれば、空母建造はアメリカが気にしていると言うことであるから、空母建造こそが、中国のアメリカに対抗する有力な手段になると言うことではないかと言うことである。
   中曽根総理が、かって、日本は、アメリカの不沈空母だと言って物議をかもしたが、空母は、公海なら自由に航行できる移動基地であって、海洋パワーの欠如で、海外に基地や寄港可能な港を持たない中国にとっては、一つの「海洋パワー」強化の一環となるのではなかろうか。

   さて、先にレビューしたジョセフ・S・ナイの「アメリカの世紀は終わらない」での論点と重ね合わせて、もう一度、アメリカの存在とそのパワー、そして、国際秩序の維持と平和に与えるその影響などを考えてみると、非常に面白いと思う。

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鎌倉便り・・・鎌倉文学館:ばらが綺麗に咲いている

2016年05月08日 | 鎌倉日記
   土曜日も強風だったが、フラワーセンター大船植物園のばらが咲いて居れば、当然、鎌倉文学館のばらも奇麗であろうと思って、午後遅く、鎌倉文学館に向かった。
   鎌倉山からは、長谷寺の隣、海岸通りでバスを降りて山側へ歩けば、鬱蒼とした静かな林間の歩道が迎えてくれる。
   何故か、このアプローチを歩いていると、文化の香りがするのが面白い。
   その所為でもなかろうが、この文学館へは、鎌倉のほかの観光名所とは違って、若い男女のカップルの訪問者が多く、ぴったり寄り添って歩いているのを見ると、文学を、そして、詩情を感じているのであろうか。
   川端康成の「古都」の一節でも、語り合っているのであろうか、何故か、教室から抜け出してよく歩いた京都の哲学の道を思い出していた。

   通い慣れた文学館の庭園なので、私は、改札門の裏を抜けて、直接、ばら園に入った。
   この文学館は、一番高台に、山を背負って、ブルー屋根の鮮やかな旧前田侯爵の大きな洋館が建っていて、広い芝庭が海に向かって緩やかにスローダウンしており、その一番下にばら園が広がっている。
   本館からは、ばら園は見えないが、ばら園からは、洋館のブルー屋根が見えて、色彩のコントラストが美しい。
   
   
   

   ばら園に入って、真っ先に目に入ったのは、ばらの上で舞っている綺麗なブルーの蝶であったが、カメラを向けたものの、すぐに飛び去ってしまって、写せたのはワンショットのみ。
   風が強くて、蝶の動きが敏捷なので、私の腕では無理なのである。
   

   さて、ばら園の咲き具合を、まず、一通り歩いて見てから、綺麗に咲いている花を探して、写真を撮るのが私の日頃である。
   このばら園は、芝庭との境界線にフェンスが設けられており、つるばらなど、クライミング種のばらが這いあがっており、その下の畑には、4列のばらの植え込みがあって、199種244株のばらが植えられていると言う。
   黄色いばら「鎌倉」をはじめとして、鎌倉にゆかりのばらが何種類か植えられているのは、流石に、文学館で、興味深いところである。
   ばらと言う花の性格上、ここで植えられているばらの大半は、欧米で作出されたばらで、それも、殆どは古い種類のばらであり、イングリッシュローズやフレンチローズなどの新しいバラはない。
   しかし、HTが主体のようで、一番古いHTのラ・フランスが、最も巨大な花を咲かせており、その分、園内一体に華やかさが増していて、良い。
   まず、やや広角で撮った写真を示すと、次の通りである。
   
   
   
   
   
   

   とにかく、私の場合には、私が植えているばらやイングリッシュローズ、それに、殿堂入りしたばらや世界的名花など良く知られているばらなどは別だが、あまりにも種類が多くて覚えられないので、ああ、きれいだなあ、で終わってしまうことが多い。
   ラ・フランスを筆頭に、写した写真を、アトランダムに掲載しておきたい。
   
   
   
   
   
   
   
      
   
      
   
   
   
      
   
   

    文学館の本館に入って、いつも、何となく、目的もなしに展示を見て回っているのだけれど、回数を重ねると、少しは、親しみが増してくる。
   風が強いので、2回のベランダへのドアが閉鎖されていたために、外に出て午後のひと時を楽しめなかったので、庭のベンチでしばらく小休止していた。小鳥が、足元を走る。
   本館のアプローチに、レトロ調のコーヒーワゴンが止まっていて、レコードが懐かしい洋楽を奏でていた。
   ばら園を出る時、緑陰に、アジサイの新芽が蕾を溜めて光っていた。もうすぐ、咲き始めて、また、庭園が華やかになる。
     
   
   
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エドワード・ルトワック著「中国4.0」(3)中国軍が尖閣に上陸したら  

2016年05月07日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   中国軍が尖閣に上陸したら、日本はどうするのか?
   ルトワックは、最も効果的な日本の対処法は、「封じ込め」だと言う。
   極めて受動的な政策だが、意図的な計画を持たずに、ひたすら「反応する」ことに主眼を置くべきである。
   そのためには、幅広い多元的な能力を早急に整備すべきで、受動的であるがゆえに、一層事前の準備が重要になってくる。と言うのである。

   アメリカと同盟を組みながら中国に対しているので、中国が、軍の舞台を上陸させ、尖閣諸島をいきなり占領した時、尖閣から中国を追い出すために、アメリカの支援を必要とする。
   しかし、公式には、アメリカは、「領土紛争では中立の立場を守る」としているので、すべては大統領の決断にかかっており、その決断は、その時のアメリカ国民のムードや感情に左右される。
   ルトワックは、日本政府および日本国民は、このことを肝に銘じておかなければならない。と言っている。

   したがって、日本政府は、アメリカの支援を求めつつも、まず、これに依存せず、独力で島を奪還する能力を備える必要がある。
   具体的には、まず、海上保安庁、次に、海上自衛隊に、主要な任務を与えるべきだが、夫々、独自の能力と優先的な任務があるので、個別に独立した任務を与え、陸上自衛隊にも、占領された尖閣に特殊部隊を送り込むことを含めて、独自の任務を与えるべきである。
   外務省も、尖閣から中国を追い出すために、アメリカ、インドネシア、ベトナム、EUなどへの外交的対応を予め用意しておく必要がある。
   中国からの貨物を行政的手段で止める方策を実施し、EUなどに、中国からの入管や貨物の通関スピードを遅らせ、あるいは、貨物の積み下ろしが出来なくなるようにするとか、中国を、グローバルな規模で実質的に「貿易取引禁止状態」に追い込むことである。
   外務省は、これらの措置がいざという時に、確実に実行されるように、予め備えておくことで、公式に宣戦布告することもなく、単なる行政手続きとして実施することである。と言う。

   日本側からは、何も仕掛けることはないし、戦略を持つべきではないし、大きな計画を作るべきではないし、対応はすべて「反応的 reactive」なものにすべきである。
   巨大で不安定で予測不可能な中国に対し、何が起こるか分からないので、あえて積極的な計画を持って対抗しようとするのは、馬鹿げたことであり、それぞれ独立した多岐にわたる能力に支えられた「受動的な封じ込め政策」を行うべきである。と、これが結論だとルトワックは説いている。

   この点に関しては、問題点はいくらかあるのだが、まず、ルトワックも、欧米の識者たちの多くも、おおかたは、中国が、尖閣諸島を占領する可能性があると考えているであろうと言うことである。
   そして、その際、日米安保条約が締結されていても、完全に、アメリカが日本側に立って中国と戦い、日本を助けてくれると考えるべきではなく、日本自身が、応分の軍事力や外交力を行使して、尖閣から中国を排除する努力をしなければならないと言うことである。
   これが、現実なら、日本は、安倍内閣が考えている以上に、強力な対応体制を準備しなければならなくなると考えざるを得ない。

   日本人の多くは、特に、憲法9条を死守すべきと考えている平和主義者の人々たちは、このような心の準備はなく、
   「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」ておれば、これまでのように、「われらの安全と生存」が維持されると考えていると思う。
   これまで、幸いにも平和日本を維持できたのは、この9条を守り抜いて平和日本を死守してきたことによる世界中からの信頼故かも知れないし、アメリカの核の傘のもとでの日米安保のお陰かもしれないし、あるいは、日本が文化と伝統を守って経済大国としてのステータスを築き得た所為かも知れないし、色々な偶然が重なったのかも知れないし、いずれにしろ、定かには分かり難い。
   しかし、極論すれば、日本人が、日本を守り日本国民を守り抜くためには、どうあるべきかという深刻な問題を避けて、平和が続いて当然と言う、一種の平和ボケに陥っているのではないかと考えられないこともない。
   安倍内閣の施政については、私なりに考えがあるが、ここでは、議論すべき重要な課題であると言う見解だけに止めておく。

   私自身は、独立国である以上、日本は、色々なやり方があると思うが、自分自身で、自分の国を守らなければならないし、その能力を持つべきは当然だと思っている。
   21世紀に入って、これまで以上に、深刻な国際紛争が世界各地で勃発しており、益々、悪化の度と激しさを加えており、更に、地球環境の破壊等も加わって、地球船宇宙号のみならず、人類社会の命運さえも、危機に瀕してきている。
   それに、現実にも、仮想敵国やならず者国家が暗躍する危険極まりない国際情勢にあって、日本だけ紛争に巻き込まれないし、混乱に陥らないと言う保障などある筈がないので、果たして、このままの日本で良いのかどうかと言うのは、大きな問題である。
 
   安保関連法案や憲法改正問題などで、安倍内閣の右傾化が疑問視されているのだが、世界の警察として治安と秩序の維持に努めてきた超大国アメリカが、凋落一途を辿って弱体化し、最早、Gゼロで覇権国家がなくなって、世界が多極化して来てしまった以上、日本が、自分自身で自分の国の将来を神剣に考えるべきは、当然の趨勢であろうと思われる。

   共和党の大統領候補として躍り出たトランプが、
   「大統領に就任すれば、日米安全保障条約に基づき米軍が日本防衛のために支出している国防費の全額負担を日本に要求する考えを表明し、全額負担に応じなければ駐留米軍を撤収する」と言ったと言われているが、アメリカが、日米安保条約を必要とし、日本に基地を持って駐留すると言うのは、日本のためと言うよりは、むしろ、アメリカの国益のために必要であると言う厳粛なる事実を認識できないためであろう。
   しかし、最早、アメリカは、経済的にも、弱体化著しく、ない袖は振れなくなったと言うことも事実であろう、
   もし、アメリカの支出分を日本が負担せよと言うのなら、それと同額の応分の基地賃貸料を要求して、チャラにしてしまい、もし、米軍を撤収すると言うのなら撤収させればよいが、その時は、日米安保が消滅するので、日本は、再軍備をしなければならなくなり、歴史がひっくり返ってしまうことになる。

   いずれにしても、今や、これまでのように、アメリカの属国と揶揄されながらも、日米安保で維持されてきたアメリカ頼みの平和維持政策は、十分に機能しなくなってしまったと言うことを、日本人は肝に銘ずべきだと思う。
   大統領選挙運動で、はからずも、馬脚を現した危険な(?)トランプ現象は、一時の気まぐれではなく、政治不信と深刻な格差社会に嫌気をさしたアメリカ国民のフラストレーションの発露であり、怒りの表現だと考えられないこともない。
   超大国アメリカの民主主義と資本主義、言い換えれば、アメリカの政治経済社会が、危機に直面して足掻き始めていると言うことでもあろう。

   横道にそれてしまったが、中国が尖閣に上陸したら、どうなるのか、
   安保条約から言っても、ルトワックの言う通り、日本が自分自身で尖閣奪還を果たさなければならないであろう。
   その用意が、全くない日本は、どうするのか。
   日本政府も、日本国民も、何を考えているのであろうか。
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鎌倉便り・・・フラワーセンター大船植物園・芍薬バラ満開(2)

2016年05月06日 | 鎌倉日記
   ばらは、咲き始めたと言う時期だが、このフラワーセンターでは、今年は、かなり、早く咲いている。
   皇室の名前を冠したばらのところに行ってみたら、相変わらず、元気な京成バラ園作出のピンクの四季咲き中輪フロリバンダのプリンセスアイコは、勢いよく咲きだしている。
   濃いオレンジ色のイギリスのディクソン社作出のフロリバンダのプリンセスミチコは、やっと、蕾が色づき始めたところで、ピンクのイングリッシュローズで デイビッド・オースチン作出のプリンセスマサコ(Eglantyne)は、まだ、蕾がかたい。
   
   

   殆ど知られていないのだが、このフラワーセンターでは、重要な位置を占めている地元の黄色いばら「鎌倉」が、綺麗に咲いている。
   それに、やはり、真っ先に私の目に付くのは、濃いショッキングピンクの鮮やかなFLの「うらら」で、華やかに咲いていてきれいである。
   このこじんまりした鮮やかな花色が好きで、何度か鉢植えで育ててみたのだが、枯らせてしまっている。
   
   
   
   


   個々の花ではなく、ばら園を、多少、広角で写しても、結構、沢山の花が咲いているのが分かる。
   まわりのフェンスや垣根に這い上るツルばらを除けば、ここのばらの過半は、四季咲き大輪系 ハイブリッド・ティーで、続いて、フロリバンダやオールドローズが多いようである。
   したがって、比較的新しいイングリッシュローズやフレンチローズなどは、少ない。
   京成バラ園は、新種の作出は勿論、栽培販売等一切を業としている専門のばらの会社なので、あらゆる種類のばらを扱い、新種に対する入れ替えも頻繁なので、絶えず、ばら園が変化して動いているのだが、その点は、この大船のフラワーセンターと違っていて面白いのである。
   
   
   
   
   
   

   
   私は、京成バラ園に行った時には、必ず、真っ先に、イングリッシュローズの丘に行くのだが、このフラワーセンターで良く咲いていると思うイングリッシュローズは、パット・オースチンで、この日は、まだ、開花前であった。
   綺麗な花を探して、一輪ずつシャッターを切ることが多いのだが、ばらに思うように近寄れないので、光や影の影響もあって、中々難しい。
   しかし、ファインダーを覗き見ながら、よくもこれだけ、繊細で美しい花を創り出したものだと、神の造形に感激してる。
   
   
   
   
   
   
    
     

   池やプールに、睡蓮が、綺麗に咲きだして、時々、大きな鯉が水面に体を持ち上げる。
   風がなければ、カワセミが水面をかすめるかも知れないし、鷺が水際に立って小魚を狙っているであろう。
   反対側の小山の斜面には、紫蘭や苧環の花が、咲いていた。
   
   
   
   

   園内の展示場で、湘南のクレマチス展示をやっていた。
   本来なら、高く這い上がるのであろうが、展示であるから、小さな株の行燈仕立ての鉢花である。
   結構、場所を選ぶので、わが庭には、一株しか植わっていないが、沢山の種類があって、花姿もまちまちで、好きな人にとっては、たまらないのであろうと思う。
   
   
   
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