萌えてばかりもいられない!

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ニチイの地下で寿がきやラーメンだった頃の思い出

2014-11-18 06:45:53 | 懐かしい思い出
近所の薬局には食品や飲料の売り場が併設されているんで、ちょっとしたスーパーみたいになっているんですけど、そこに寿がきやのラーメンのインスタントが売っていた。懐かしいとの思い出に一つ購入してみたのだが、128円という値段を考えると、寿がきやそのもののラーメンよりは安いが、袋麺の中では中華三昧と同じ値付けという、ジャンクが本格にがっぷり四つの値段だった。ちょっと笑える…



寿がきやは、安い、子供のお小遣いでいけるラーメン屋だった。

食事というよりもおやつという感覚で、友達どうしで食べに行った場所だった。


多分、私よりも年齢が低い世代か近い世代では、あさひや→ニチイが小学生時代以降であったため、寿がきやが幼少時代の自己裁量で行ける食事の場所というイメージが強い。

お小遣いは一体いくらもらっていたんだろう?すごい節約とすごい裁量を発揮せざるを得ない状況が続いたが(と思い続けているが)、ある意味様々な素養を磨いていたんだろう。耐える・貯める・遣う・止める…はあっても、余裕があって育った感じはなかったので、奢るというのはあまり芽生えなかったのかも…。
この辺に各々の育ちからくる金銭感覚がにじむんだろうなぁ。としみじみ。お互い貧乏人だったから奢られるのも苦手なのかも。


あぁニチイの地下のフードコートの話だった…。


ソフトクリームのミックスやホットドック(本当はアメリカンドックというホットケーキ生地でソーセイジを揚げたものをホットドッグと呼んでいた…ような気がする)を売っていたコーナーの対面の一隅に座席数がある程度確保していた。


ニチイが出来て、しばらくしてから寿がきやはオープンしたと思う。記憶違いなら申し訳ないが初めはなかったのでは?
逆にいつまであったか、、、高校時代まではあったと思うけど、いつ撤退したかは思い出そうと思っても思い出せない。

白濁した見慣れないスープ、味わったことのない独特の味。

鶏がらベースのラーメン→出前というのがラーメンの位置づけで自分の家の常識だったから、外食の極端に少ない時代でラーメンのバリエーションの話はそこかしこから聞こえてはくるけど、それほど重要なイメージがなかったし、多くの経験がなかった。

今こそお店の個性として様々な盛り付けや味やトッピングという話題についていけるが、子供の頃の自分にはそれこそ食事はどうでもいい感じだったのだろう。

それでも寿がきやは、一定以上の回数を食べれる値段(240円くらい)という子供向けの値付けだったから、記憶に残る味となった。


店舗の出店は、中部に限られ、浜松では多くの店舗があるようだが、関東から一切撤退してしまっている状況のようだ。

それこそ何かの目玉で小田原あたりで復活となれば、それなりの集客が望めないのだろうか?イベントなら行くけど常用するかはというのであろうか?浜松の現状を確認したい。確かにフードコートの形式は様変わりした。イートインの形式に古さが漂うものから、新しいと店舗や店名を目で確認することまでがデパートやモール形式の一つのバロメータになりつつある。


私自身が何故ここまで寿がきやの出店戦略を考えているのか?まるで分からなくなってきたので、もう止めるが、その店舗のなりがDOMDOMバーガーのようなちょっと悲しいものなのか?他の行列が出来るような何かを(もちろん基本は値段だと思っているが)もたらすことができないものかを是非とも再考していただき、懐かしいものと再会させてもらえないか?と想い募るばかりである。




一個のインスタントラーメンで何熱くなってんだか…。





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