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「大いなる不満」 セス・フリード 藤井光訳 新潮社 クレストブックス

2015-01-26 | 読書

あなたは絶対認知症にならないと、太鼓判を押してくれた人がいた。そんなこと解るものかと思ったが、最近海馬の底の方がモヤモヤしてきた。なにかを取り出そうとしても、おもちゃ箱のように雑多なものが見えるだけでなかなかな影が捕まえられない。”絶対”ほどあてにならないものは無いと思い当たる始末。その中に気になっていたこの本のかけらを見つけた、そうしたらずるずると付いてきたものがある。アメリカ文学最先端、セス・フリード。クレストブックスで面白かった「遁走状態」訳者の柴田元幸と言う名前。
この本に納められている話が奇怪だとしたら、それは人間そのものの奇怪さの反映なのだーー柴田元幸

ねじれたユーモアと奇想が爆発する鮮烈なデビュー短編集。

と紹介されている、実に見事なずれ感覚と溢れるような言葉の構築物と言うか、目にするものが一度脳に達した後、はきだすように書かれた文章が面白おかしく、ねじれたり変形して、刺激的で忘れられない読後感を残す。そして、読み終えた後は現実の平凡な日常の中ですっかり忘れてしまうような話だった。

11編の目次から

ロウカ発見
7千年前のミイラ(ロウカ)が発見されて科学者たちは狂喜乱舞、しかし二体目が発見され・・・

フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺(プッシュカート賞)
ピクニックは恒例の行事で、みんなして山のふもとに出かけるが、そこで必ず襲撃されて、死者や重軽傷者が出る。だが子供は楽しみにし、大人もワクワクする、もう今更やめることが出来ない。集団の不思議な心理。

ハーレムでの生活
王さまの美女たちの中に醜男が一人選ばれて加わった。呼び出しを畏れながら待っている間に、女性に関する美意識や新鮮だった欲望が次第に変化していく。

格子縞の僕たち
僕たちは火山に投げ込む猿をカプセルにつめる仕事をしていたが、猿に近親感を覚えてしまった。ついに猿が叛乱を起こす。

征服者のみじめさ
穏やかな生活を夢見てはいるが、隙を見せると部下に馬鹿にされる、進むしかない。黄金を盗り女を犯し人格は分裂していく。

大いなる不満
エデンの園の動物たちは襲うことも襲われることもない安寧と平安の中で、次第に膨らんでくる本能の黒い影を感じ始める

包囲戦
長い間敵に包囲され、町は崩れ、環境は劣悪で荒れ果てている。どうしたらいいか考えることはあるが、まだ完全に征服されたわけでないと思う。
だが起きてしまった事は仕方がないとも思っている。

フランス人
主役に選ばれた僕は図らずも頑張ってしまった。

諦めて死ね
父さんは生まれる前に死んだ、母さんは誘拐されて行方不明、様々な犯罪や凄惨な死に様や、自殺や、ありえないような事故の歴史を持つ血筋に生まれついた僕。

筆写僧の嘆き
「ベオウルフ」の写本作りをする僧たちは、修道士が演じる「ベオウルフの戦い」を見て書き留めることになるが、それぞれ違った記述になっていく。

微小生物(プッシュカート賞)
微小生物を観察し魅入られてしまう。名前をつけた固体はそれの持つ特性は奇妙でまた美しく、微小なせいで詳細が解明できなかったものたちも不思議な世界を見せてくれる。
「ケッセル」の寿命は一億分の四秒なので生まれたかと思うと死んでいるその生涯を見たものがない
「ミートライト」は対になって誕生する。細い巻きひげでつながっていて空に舞い上がり、切り離されると痙攣し身もだえし元に戻ろうとするそれが更に遠くに離されることになる。
「パートレット」は存在が肉眼では見えない、存在反応もない、だがパートレットに発見され認識されている。確認するには地上の存在が持つ特徴一つでも確認されればパートレットは存在するということである。
など発見されて名づけられた極微小な生物の特徴を正確な言葉でありえない現状をしっかりと表現している。
中でも「観察の原理」
遥か遠方の惑星が実在するばしょであり、諸君が踏みしめている大地と同じく現実のものであるとは考えにくいのと同様に、微小生物の多くを実在の生物だと考えることはしばしば困難である。望遠鏡を通して見る惑星と同様、顕微鏡越しに見える微小生物は、物というより物のイメージであると見なされがちである。どちらの器具も物体を近くに見せたり大きくしたりといった、ひどく初歩的なやり方で現実を操作するにすぎないが、それでも我々は自分が見ているものは虚偽なのだと思い込んでしまう。 

これは最高に面白い一編。


  
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