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「幽霊」

2022-01-12 | 日日是好日

 
拠り所のない生まれ育ちの男が主人公で、十二人を殺害してもその魂は静まり返って見える。死刑囚474番とは。

父を殺した姉(シン・ヘギョン、あとになって姉ではなく母親だと判ります)は、弟(シン・ヘジュン)にも同じ性癖を感じ困惑し悲しみに打ちひしがれ、愛憎のはざまで弟を捨てたのです。
一方捨てられた弟はまだ小さく(今では死刑囚)社会性、自己認識への成長過程は、霧の中にいるように、自分の存在さえきちんと掴むことができない年齢だったのです。

集団を作ってきた人類の歴史は、その社会の一員として依って立つ基盤である社会制度、住民番号や戸籍を持ってこそ受け入れられたのです、それに伴って血のつながりや血筋人生の縦横のどの位置にも存在しない者は、無教育で獣のように育つほかなかったのです。

そうして生物の命や痛みを実感できない病的な精神を持ち、肉体的には無痛症を抱えた男が出来上がったのです。生物を殺すことには罪の意識もなく、やすやすと殺すことができました、それを姉も弟も持って生まれた運命だと思ったのです。
こういった背景をもって成長し、罪の意識のない狩人の優秀な腕を、依頼されれば生きるために使うようになりました。
彼のように社会的な基盤もなく、指紋の記録もなければ生き延びることができました。


彼は高官を含む12人を殺害した時に逮捕され死刑判決を受けました。

徐々に生きる意欲を無くしていたのか、拘置所では大量殺人の犯人らしからぬ冷静さで異常な静けさを纏っていました。
これに興味を持ったのは刑務官のユンでした。
死刑囚474号が環境や運命という言葉を口にするようになった頃、平然と悪を実行してきたことに興味が湧いたのです。
鋭敏な474号はまたユンに興味を持ちました、彼の心に忍び寄って自分の半生を漏らし始めたのです。

その頃には面会に来た姉のことを拒否しつつも鎧った精神が崩れ始めたのかもしれません。
自分を捨てた姉を憎みながら恋しかったのかもしれません。


ついに面会に来た姉と会った後、彼は刑の執行を早めることを望みます。すぐ殺せと詰め寄ります。殺さなければ所内の人間を皆殺しだ。
それがマスコミに知られ世論は沸騰します。殺せ、いや人権擁護のために死刑は廃止すべきだ。

姉の存在は社会に開いた窓でした。生きる原点はそこにあって、それこそ生きてきたこと、生きることに繋がったのかもしれません。「幽霊」と呼ばれる意味にはじめて気付いたのかもしれません。人生の軌跡が新しくつながったのかもしれません。

突然嘆願書を書き方々に送り始めました。「死にたくない」
世論はそれを認めなかったのです。すぐにでも死刑の執行を求めたのです。

社会の中で生きるということ、自分を認知することと合わせて他人も認めることは今までの生き方と違った方向に精神を向けることでした。彼は最後に気がついたのかもしれません。生き直したかったのかもしれません。
面会した姉の愛情にふれたからかもしれませんそして犯した罪を再び思い知らされたのです。
遅くても生き直したかったのかもしれません。

自由な社会人という居所を持たないできた、拠り所のない囚人474号は、自分たちの運命がすべて自己に還元されるものではなく、持って生まれたもの環境などを基礎に作られるものであることに気づいたのかもしれません。

悪の芽を持って生まれ殺人を糧に生きてきた死刑囚は、いくらひどい環境で育っても犯した罪は許されることはないということ。社会的に認知されない人生であっても罪はもう取り返しがつかないということを知ったのかもしれません。これは不条理ではなく生まれはどうであっても人々は罪の償いを求めるのです。

この作者は特殊な悪の芽を摘み、人を裁くのは人であると結びます。どんな環境であっても生きるというのは人と人とのつながりかたや生き方で、違った向きを持つ者同士であってもお互いに影響しあい人が出来上がっていくことを書いています。
どちらがどう作用してどう影響しあっていくか、時として人のありかたは人の数ほど違っています、それでも社会の中に入れば、制度や法律や、信じる宗教など基盤はそれぞれ違った感じ方があって、お互いに受け入れて生きていくことの難しい悩ましいもののように書きます。

ストーリーを受け入れやすくするエピソードに、一般人だった刑務官の心の奥にもある密かな善と悪の心や、死刑囚の生き方を織り交ぜ、最後に何をもってしても贖わなくてはならない罪を死刑執行に持って行きます。
様々に読み方があり心に応える余韻を残す作品でした。
 
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