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「手のひらの音符」 藤岡陽子 新潮文庫

2020-01-07 | 読書




まず、新潮文庫100選を読んで抽選に当たった本です。ありがとうございます。前向きで暖かい、幸せな気持ちになれるこの本から新しい年を始めます。


服飾業界のデザイナーの夢を持ち続けて実現させてきた。実績もある35歳の水樹。突然会社が方向転換して業界から撤退することになった。中途採用で難関を切り抜けてきたがまだまだ愛着がある。仕事は好きだ。

落ち着かない将来の方向に、迷いに迷っていた時、京都の母校から連絡が来る。水樹の困難な夢の実現に後押しをしてくれた恩師が入院している、治癒の難しい病気で、命が残り少ないかもしれない。クラスで集まってお見舞いに行こう。

まだ30代半ばでまた将来の道に迷っている、才能を見つけてくれた。上京し好きな道に進むきっかけを与えてくれた美術の先生に、間に合ううちに会わなくてはならない。

そうして水樹の記憶の底から懐かしい時間が蘇ってくる。
集合住宅の真上、二階の家族とは特に親しかった。年が近い三人兄弟との思い出。中でもいつも気にかけてくれて、前向きで元気をくれた同級生の信也はどうしているだろう。
お見舞いの連絡が彼一人だけが取れないらしい。どこでどう暮らしているのか、心を寄せ音符を刺繍したシュース入れを渡した、淡い思い出恋しい心が蘇る。

多感な頃、経済的にも苦しかった。それでも頑張って服飾の道に進んだが。あのころ信也の家庭はより苦しかった、頼りになる秀才の兄が弟をかばって事故で死んだ。母親は入院していた。あの苦境からどうして暮らしているのか。

思い出の地で先生は重い病にやはり衰えも見えたが、秀才で将来を嘱望されていた同級生が地元に残って公務員になり先生に付き添っていた。二人の親密な様子に先生との絆が見えた。

水樹はそれぞれの苦悩と希望が織り込まれたあの時代、将来の進路に悩んだ時代を思い出し、信也を探すことにする。

節目を過ぎるとき同じ悩みを持つ、青春時代をどう生きたか、懐かしさと戻りたくない思いがある。その中からもう一度やり直せたらと思うことがある。あの時代をどう生きたか、埋もれていた時間に帰ってもう一度歩みだすことができるとしたら。今からでもまだ間に合う。

状況は違っても時間の流れは様々顔を変えながら過ぎていく。初心という言葉がある。
そういうこと。
そんな話だった。
迷いながら生きていくこと、埋もれてしまっていた時に還り、新たに希望を見つけた水樹の、過ぎてしまったと思っていたあの時代の思い出が、厳しく優しく、暖かく胸に迫る。
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