空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「ささらさや」 加納明子 幻冬舎文庫

2021-03-02 | 読書

サヤに言わせれば、人生とはまだ語られていない物語だそうだ。俺とサヤが出会って恋をして、やがて二人が結婚してユウ坊が生まれたことも、すべて物語の正しい筋道に沿った流れなのだという。
 
俺の意見はかなり違っていた。
馬鹿だなぁ、サヤ。人生なんて、ほんのちょっとした弾みで、どんどん思いも寄らない方向に転がっていってしまうもんだよ。ごくささいな行き違いから、俺とサヤはそれぞれ別の人間と結ばれていたかもしれない、ユウ坊はこの世に居なかったかもしれないんだぞ……。


本音だか、からかいだか、夢だか、現実だか、生きてみなくては分からないが、日曜のうららかな散歩日和、ユウ坊の乳母車を押しながら散歩に出た。
ニンニクをきかせたカツオのたたきもいいな。
俺が上機嫌の時トラックが突っ込んできた。俺は吹っ飛んでサヤと世界が分かれた。

ところが、俺は魂になってしばらくこの世に止まることになった。何しろサヤは口下手で人づきあいが苦手で、要領が悪くて目が離せない。その上お人好しで、、死んでも死にきれないのだ。

ユウ坊は義兄夫婦に養子にと狙われる。サヤは亡くなった伯母が隠遁用に買っていた佐々良市の家をもらっていた。そこにこっそり逃げてくる。

俺の魂は、いざというときは人の姿を借りてサヤを助けることができた。葬式の時はとりついた親友の坊主に俺が見えたらしい。ユウ坊も気配は感じたらしい。サヤには気づかれていないが。

大きな箱型の古風な乳母車にユウ坊を乗せてサヤは佐々良市にやってきた。まだ何かにつけて涙が止まらない。それでもユウ坊を守らなければいけない。サヤは勇気を振り絞って伯母車を押していく。

泣き虫で頼りないサヤは、道に迷い、不動産屋に利用され、女学校の同級生だという活きのいいおばぁちゃんたちに目を付けられる。
彼女たちはとうとうもう辛抱できないと口を出し手を出し、ユウ坊ごとサヤまで面倒を見て、育て始める。

サヤは公園デビューに失敗し落ち込んでいるところに、子連れで強いエリカと知り合う。
エリカってのは荒れ野に咲く強い花だと胸を張り、息子のダイヤは大也と書くが、どうも言葉が遅くて、とそれなりに母の顔も持っている。なかなか生き強い。

様々あってサヤにも親友ができた。

おばぁちゃんたちだってそれなりに生活があり過去があり今は悩みもある。日常には小さなミステリもある。それでも無邪気なユウ坊と頼りないサヤの世話に夢中で、喜々として子育ての奥義を伝授してくれる。

と佐々良市に住むようになってユウ坊とサヤは少しずつ成長して、俺のこの世にいる時間は短くなっていく。

そう、やはり未来は、人生は語られていない物語だ。

サンキュ、サヤ。そして、バイバイ。
あと五,六十年も経って君がよぼよぼのおばぁちゃんになったらまた会おう。ゆっくり未来の話を聞かせてくれよ。君自身のことも、ユウスケのことも、細大漏らさず、時間はたっぷりあるだろうから、だからそれまではほんとうに、バイバイ。
 
 
 
 
2021-02-15 初
コメント
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