家族の物語。
55歳になった都の思い出。
心にはいつも死んだママがいる。
ママが死んでから同居をしないといって出て行ったパパがいる。弟の陵がいる。
パパと呼んでいるが実は叔父で子供の時からママと一緒にいるのでずっとパパと呼んでいる家族だ。
一緒に暮らしている陵は弟で生まれた時を知っている。
ママの心はいつも満たされていて、家族の中心だったが若いのに癌で死んでしまった。
最後のピクニックでママがいった。
「もうすぐあたし、死ぬのね」
「もうそれ,飽きたから、やめて」
「せっかくその気になっているのに」
「その気になってならなくていい」
「こんなにこの家で権力をふるえるのって,初めてのことなんですもの」
「あなたはいつだって、この家の一番だったでしょう」
パパは笑った。ママも私も、陵も。
「ねえ、後悔しちゃだめよ」
「何かを、してもしなくても、後悔はするんじゃない?」
陵がぽつりと言った。
「してもしなくても、後悔しちゃだめなの」
「それって、おなじようなものじゃないの」
「違うの。後悔なんかしないで、ただ生きていればいいの」
死んでいく人間の言うことはよく聞かなきゃ。ママはそう言って、おむすびを口に運んだ。
(意味を考えては、いけない)
(そこから何かがもれていってしまう、あるいは入り込んできてしまうから)
おれたちって、生まれてこのかたずっと、だだっぴろくて白っぽい野に投げ出されているみたいだよね。いつか陵が言ったことがある。
「たとえば荒野のように、雨風そのほかこっちにつきささってくる攻撃的なものから無防備な場所じゃなくて、なんだかぼんやりした抽象的な感じの場所」
この白い野のことを時折思うようになった。
その光景は次第に形を変えてきたが、やはり果てのない野だった。
陵と都が住んでいた家は古くなって取り壊された、今はマンションで隣り合わせに済むようになった。
お互いに訪ねあって暮らしている。
恋人を愛することと陵を愛することは、まったく違うことだった、けれど、その違いをわたしはうまく言葉にできない。誰かに聞かれる機会もないから、言葉にする必要もない。
パパとママの関係も陵と都の関係も世間から見るといびつな家族の形をしている。
その家族はそれでも、好きだといいあったり、同じベッドでねむっている。
しかし都はいつも白く広がっている野の風景を見ている。
陵は会社に行き都はうちでイラストを描く、世間の秩序に沿って暮らしているが、家族という絆とは違った結びつきの中で漂っている日々が、ママも思い出とともにたゆたうような言葉で読者を浮遊させる。
一気に読ませる不思議な魅力は相変わらず川上さんのものだ。