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鳥の巣頭の世迷い言

読書音楽観劇、ハゲタカ廃人、そしてアラシックライフをエンジョイしている三十路のお気楽会社員・ガバ鳥のblog

地獄の門にて

2011年05月24日 23時59分22秒 | アラシックなロケ地巡り
とーとつに、静岡県立美術館に行ってきました。
思い立ったときが吉日であります。

思い立ったときにやらないと、基本的にとり頭なワタクシは、直ぐに忘れてしまうのであります。
ええ、なんつったってガバ鳥ですんで。

というわけで行ってやったぜ県美。
しかしビックリ、行ったら本館が閉まってたぜ。
若冲に会えずに茫然自失、残念無念なガバ鳥だYO!!
会いたかったよ~、「ひたすら描くことのみ;BY 大典顕常」の人生と評された若冲に。

半泣き状態のままでありましたが、そこはアラシック(オタク)。
大野さんが魔王のロケで訪れたという、ロダン館(県美の別館)を全力で楽しんでやりました。
眼鏡を忘れたせいで距離感をつかめずに、彫刻に近づき過ぎて、何度も係員の人をハラハラさせてしまった位には・・・。
<大変申し訳ないと反省しておりますm(_ _)m


地獄の門が圧巻でございましたよ、ええ。
その門の前に敷かれていた絨毯に書かれていたダンテの神曲・地獄編の言葉も、ステキでございました・・・。
トスカーナ語(統一イタリア語は、ダンテが執筆した当時には存在しなかった)、英語、日本語(森鴎外、夏目漱石、などなど)。
それぞれの言葉のもつ奇麗な響きにうっとりしておりました。

近づいても良し、遠くから見ても良し、側面から見ても良し。
レリーフの一つ一つに込められたエピソードや寓意に心躍らせて行けば、魔王の世界にひとっ飛び、てなものです。





Lasciate ogini speranza, voi chentrate.
Leave all hope, ya that enter.

第三曲 
我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり 一―三
義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛我を造れり 四―六
永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ 七―九
(ダンテ、神曲・地獄編; Inferno)




そういうわけで、侮りがたし!静岡県立美術館!!ってことで、次こそはリベンジだ~!!!!!
<そんなわけで、ただ今、神曲にハマリ中。青空文庫で邦訳を楽しみ、伊⇄英の対訳サイトで原文(トスカーナ語)を解読して楽しんでおります。。。上司は熱心だねと感心してくれますが、友人はワタクシを阿呆と罵り、妹はため息をついております。

Beautiful World

2011年05月19日 20時37分52秒 | アラシック
ついに発表されました、嵐コン!!
「嵐の見せたい光景がここにある」ライブツアー。
きっとあるって信じてました。

コンサート番長がどんな演出をするのか、どんな演目を選ぶのか。
とても楽しみです。

公演スケジュールは、

2011年
7月24日(日)京セラドーム大阪

7月30日(土)札幌ドーム
7月31日(日)札幌ドーム

9月2日(金)国立霞ヶ丘競技場
9月3日(土)国立霞ヶ丘競技場

2012年
1月3日(火)京セラドーム大阪
1月4日(水)京セラドーム大阪

1月7日(土)ナゴヤドーム
1月8日(日)ナゴヤドーム

1月14日(土)福岡ドーム
1月15日(日)福岡ドーム


になるそうな。
ワクワクします、ドキドキします
それ以上に、嬉しいです。


そしてジャニーズ事務所といったら忘れちゃいけないチャリティーイベント。<J-friendsは息の長い支援でしたなあ・・・。

チャリティーイベント
6月24日(金)17:00
6月25日(土)11:00/17:00
6月26日(日)11:00/17:00

東京ドームであるそうな。
各メンバーが考えた企画を全員が楽しむイベント形式で、イベント全体の監修は放送作家の小山薫堂さん。
昨年のNHK紅白歌合戦で嵐が歌った「ふるさと」の作詞を手掛けた方、だそうです。


そんで、「ニッポンの嵐」が発売(6月30日 1050円)!!
昨年全国の学校4万校に配布した書籍「ニッポンの嵐」を完全収録した書籍だそう。収益のすべてを被災地へ寄付するみたいで、これは是非とも買いまっせ!!


コンサート情報は、朝も早よからツイッターで手に入れましたが、本当に本当に嬉しい知らせですなあ~。
あげぽよです。

よし、静岡にいこう。

2011年05月16日 21時43分22秒 | 日常
というわけで、次の日曜日は静岡に行こうと思います。
若冲熱がどうにもこうにも止まらないので。

静岡の美術館に、若冲の絵があるそうな。
会いたいぜ、若冲。
バスでびゅびゅーいと行ってしまいたい。

来週の木曜日には福岡に行くし、帰りに広島(宮島)にも寄るつもりだから、正直迷うところだけども。

でも行きたいときに行かないと、気持ちが萎えてしまうから。
そして後から悔やむことにもなるから。
億劫に思っていても、行ったら行ったで「やっぱり行って良かった」と思うに違いないから。


ま、そういう訳で。
土曜日は授業をとってるので、日曜日の朝っぱらからバスでぴゅぴゅーいと行く事にしよう。
・・・出来れば。

愛の塊な人

2011年05月14日 20時50分04秒 | 舞台・コンサート感想


5/14(土)
愛知県芸術劇場
美輪明宏 脚本/主演/監督
「愛の讃歌」

舞台へ行ってきました。
2006年に続いての再演になります。

フランスの国民的シャンソン歌手、エディット・ピアフの物語。
歌うために生きて、愛するために生きて、愛されて死んだ稀代の歌手であるピアフの愛の物語。





ピアフの「愛の讃歌」を歌う人は数多けれど、美輪明宏のピアフほど、愛に素直な彼女は描かれてないのではないかな。
素晴らしく愛の塊な彼女を舞台で見ることが出来た。

ピアフを演じる美輪さん自身が、もともとシャンソン歌手だったことからこそ生まれたようなこの演目。
演じる事で、歌う事で、ピアフのことをより深く理解していったのかもしれない。

ピアフ「与えなさい。与えて、与えて、与えっぱなし・・・。それが愛なのよ。」

なのに、歌手としてはとても冷静で情熱的で理性的で感情的。
ルプレやレイモン・アッソーに見いだされたピアフが、やがて若いイヴ・モンタンやシャルル・アズナブールを見いだして羽ばたかせていく過程も素晴らしかった。

アッソー「一流の歌い手は、涙を流して悲しみや苦しみの唄を歌っても、それは皆な頭で、理性と知性で計算された結果でなければならない。」
ピアフ「もっと愛をこめて・・・。そう、もっと愛を!愛を!」


イブ・モンタンとの愛の結晶である「バラ色の人生」
マルセル・セルダンとの愛が結実された「愛の讃歌」
テオ・サラポとの包まれた愛を歌った「愛する権利」



愛の塊であるピアフ、それを歌い演じる美輪さんも愛の塊。
何とも、愛の塊を感じた舞台でありました。
また行きたい。また会いたい。また聞きたい感じたい。
そう願う舞台だった。

♪あたしの体が愛にふるえている 毎朝が愛に満たされている あたしにはそれだけで充分(愛の讃歌;美輪明宏 訳詞)

一平、かの子、太郎

2011年05月08日 21時23分47秒 | 日常
実は、本日5/8まで、国立博物館で生誕100周年を記念した「岡本太郎展」をしていたそうな。
おおおう・・・。
行き損ねた・・・。

実はこれまた岡本太郎ファンな私。
5-6年前くらいには、南青山にある岡本太郎記念館に行ったなあ。
「明日の神話」の修復のためのコインが売ってあった。
エネルギーが凄過ぎて、あてられた感じになった記憶がある。始原の生物そのもののような感じ。
熱と血がハンパないのね・・・。
↓(岡本太郎記念館にあるオブジェの一部;私が撮影してるからブレとボケはご容赦を)





まさに、「凡人の努力の先に天才はいない」というような感じ。
理不尽なまでの不平等を感じさせることったら半端ない!!

私が岡本太郎に興味を持ったきっかけは、実は瀬戸内寂聴のエッセイと小説から。
寂聴が執筆した、岡本太郎の母親である岡本かの子(作家、歌人)を主人公とした「かの子撩乱」を見た時には、芸術を第一の夫とした彼女の執念めいたエネルギーを感じて愕然としたのを覚えている。

かの子は、人気漫画家だった岡本一平と恋愛結婚した。しかし売れっ子だった彼は芸者遊びをして家に帰ってこなくなる。
裕福な家の出を振り捨てて一緒になった彼女は、そのショックで心を病んでしまうが、後に夫の改心と圧倒的な献身とによって圧倒的なまでのパワーを小説や歌に発揮する。<かの子の代表作は、『老妓抄』、『生々流転』など。
彼女が死ぬまで若い男の恋人を侍らせていたことはツトに有名だ。
(一平や太郎がそれを許していたのが凄すぎるが。家族公認の「清らかな家族の形」by 岡本太郎 だったそうな。)

そんな圧倒的な母親のパワーにさらされた息子の太郎が、「爆発」した芸術を出さない訳がない。
裕福だった彼はパリへ渡り、ピカソやコルビジュと交流を深めたが、その中でも、常に母親は太郎の中に居続けた。
でなければ、かの子が死んだという知らせを聞いてから1日中、パリの街を彷徨うようなことはしないだろう。

川崎の二子新地には、かの子の文学碑「誇り」がある。
推薦文は川端康成が書いている(一平がデビュー間もない頃の川端を公私ともに支援していた。つまりは家族ぐるみのオツキアイ)。
母への愛が大き過ぎて、当初予定していた大きさを遥かに凌駕してしまったという(ついでに予算もオーバー;で、世話人の住職がひっくり返りそうになったとか)。

川崎市にある美術館とともに、太郎のエネルギーが満載している所と思われる。
記念展は逃してしまったが、いつかは何処かで作品を拝見したい。