鳥の巣頭の世迷い言

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万葉集を俄かに読むミーハーの記録

2019年04月16日 12時22分57秒 | 日常
新しい元号「令和」が発表されてから、その元となった万葉集に触れてみる機会がぐっと多くなったと思う(ミーハーだから、すぐ図書館で借りちゃうのよ)。

図書館で借りた岩波新書の「英語で読む万葉集」(リービ英雄 著)の中に、令和の元となった梅花の歌の序が載っていた。
大陸との交易地点である大宰府にて、輸入されたばかりの大陸文化の言語を用いて日本人が書いた散文…というのに新しい領域を切り開くぞという当時の人たちの気概を感じるところ。
そもそも、梅花というのも、中国からの輸入された花なのだし。
天平2年正月13日に大友旅人の家に集まって行われた宴会で詠われた梅花の歌の序は次の通り。
「初春の令月、気淑しく風和らぐ。梅は鏡前の粉に被き…(The air was clear, the wind was soft. The plum blossoms opened like a spray of powder before a dressing mirror….)…詩に落梅の篇を紀す。古今それ何ぞ異ならむ(In Chinese poetry are recorded works on the falling plum blossoms. What difference between ancient and modern times?)」

肝心の、大友旅人のうたった歌は次の通り。
「わが園に 梅の花散る 久方の 天より雪の 流れ来る(Plum blossoms fall and scatter in my garden; is this snow come streaming from the distant heavens?;私の庭に梅の花が散る。それとも、はるか遠い空から雪が流れてきているのだろうか?」

大陸文化の影響…といえば、大友旅人や山上憶良らは王羲之らによる蘭亭序を学んで序を書いたと言いますし、張衡の帰田賦(きでんのふ)から元文は来ている模様。
「仲春令月 時和気清(仲春の令月、時和し気清み)」

古今東西、自分たちの言葉で自分たちの感情を表現しようという気概は変わらないんだなあと思うなど。
そして、古文に親しむ機会を原文、書き下し文、現代語訳、英語訳等で様々な角度で得られることが出来るのは良いなあと思う。いろいろ楽しい。


Ref)
リービ英雄(2004年)「英語で読む万葉集」岩波新書
きょうのまなざし(2019年4月1日付)「帰田賦と万葉集に見る「令和」新元号」(https://www.kyotocity.net/diary/2019/0401-reiwa/)(参照2019-04-16)


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