<旅行6日目>
ウェイマス・スワネージの一日旅行の翌朝、いつもより遅く起床した私は、首相官邸や外務省の近くにある建物に入るための行列に並んでおりました。目的の施設は、入るまで3時間かかると言われた人気スポット、戦時執務室・チャーチル博物館です。
正直、入口までの長い列を見た瞬間、予約してくれば良かったと軽く後悔しました…orz(3時間待ちとか、どこのジャニーズのグッズ列なんだよなんて)
旅行前にon line予約をしようとも思ってはいたのですが、いつ見てもチケットはSold outになってなかったし、すぐに入れるだろうと踏んでいたんです。
とんだ勘違いでした。
1個人の1回経験からのコメントで恐縮ですが、これから博物館を訪れる人でこんなにも待ちたくない人は、朝早くに並ぶか、事前にオンライン チケットを買った方が良いかと…(開館30分前とかダメ、絶対に)。
さて、列に1人で待ってる私ができることと言えば、目に移る景色の写真をとったりすることなんですが、その景色がおもいきりRAFちっく?(というより、まさにRAF)なものでした。
今年でちょうど創立100周年になるイギリス空軍(RAF)ですが、その記念式典があるとのことで(この日の次の週にパレードがあった)、道にはイギリスの国旗とRAFの旗が並んではためいていました。
‘Where is the bloody air force?!’などと劇中でも現実でも言われていたRAFですが、首相官邸の前の通りにずらりと旗が並んでいるのを見ると、本当に報われた感がでてきます。(日本ではどうなんだろう?)
中央官庁が並ぶ通りにはためくユニオンジャックとRAF
ということで、オタクが心を無にして待つこと3時間。案内のおじさんが「予約がないと入るまでに最低3時間かかるよ!」と言った通りの時間分待った後に、入口に辿りつきました(へろへろ)。
3時間まった末に見えてきた入り口
戦時執務室・チャーチル博物館は、もともとは大蔵省であった建物の中にWW II中に設置された執務室になります(War room)。もとは旧大蔵省の建物と聞くと、なんとなく壁が分厚つそうなイメージが。日本でも、空襲があった市街地の写真を見る機会がありますが、その中で残ってる建物は大抵は分厚いコンクリ造りの○○銀行だったりしますもんね。大蔵省も銀行と同じつくりにしてるのかは知らんけど。
中央官庁がひしめく街中、大蔵省の隣に観光客に人気の博物館があるのも変な感じですが、イギリスだからなのか日本にそういう施設がないだけなのか。
まあ、いずれにせよ、長い列を突破した私は、その中央官庁の真っただ中にある博物館にヘロヘロになりつつ突入しました。もうね、へろへろでしたが待った分、風をきって歩きましたよ(ずんずん)。
しかし、ずんずん歩いていこうとした矢先、天井からぶら下がってた爆弾にいきなり遭遇して面食らう羽目になったのですが。なんでも、ロンドン空襲に関する展示だそう。なんでそんなものを展示するんだ、と思いましたが、ここはwar room(戦時執務室)なんだし当たり前といえば当たり前だった。
ちなみに、ここで私、爆弾とツーショットをとりました。自分からではありません。とあるイギリス人女性に、爆弾と一緒の私の写真を撮らせてくれと頼まれたからです。爆弾の大きさを比較するためとかで。
私があなたと爆弾の写真を撮るよ、と言いましたが、それはヤダと言われました。私だってヤダよ。結局は根負けして爆弾とのツーショットを撮りましたが、疲れ切った私のアホ面がFace bookとかにポストされてないことを祈ってます(恥ずかしい…)。
入り口すぐのところの天井にぶら下がってた爆弾。この爆弾とツーショットを取る羽目になった(恥)。
心のMP(マジックポイント)をツーショット撮影で使いつくした後は、うれしたのしの見学コースの始まりです。
まずは、閣議室(Cabinet room)から。映画Darkest hourで、チャーチル、アトリー、イーデン、ハリファックス、ダウディング等が協議をした場所だったか。鼻息あらくバシバシ撮影です。
Cabinet room。この当時の最高級の人材がそろってたんだろうなあなどと妄想した部屋←自分があたま悪いから、これ以上の想像ができない。
これ以降は、映画Darkest hourのシーンを頭に思い浮かべながら撮影です。
ダンケルクでトミーやアレックス、ボルトン中佐やウィナント大佐、フォーティス隊(ファリア、コリンズ)たちが足掻いたりなんだりすることとなったダイナモ作戦にいたるまで、あるいはそれ以後の政治的決定がここでなされる訳で。彼らはあんなにも現場で足掻いていましたが、ダンケルクから遠く離れたロンドンで、こんな風にあっさりと多くの人の運命は決まってしまうのかあと思ったくらいです。紙切れ一枚、あるいはそれすらなく決まる運命的な。カレーの部隊はこうして「見捨てられた」のか…とか。
ガードマン+ドア+緊急用ウォータースプレー。悪いことはしてなくても制服姿のものにはビビる。←小心者
Darkest hour劇中でチャーチルがルーズベルト大統領にアメリカ(New world)の参戦を頼んでいた電話。武器貸与などはしていたが、参戦についてはイギリスからの要請もフランスからの要請も断り続けた米国が第二次世界大戦に参戦をするのは、1941年12月パールハーバー(太平洋戦争)から。←ダンケルク撤退戦において、ほとんどの武器を失ったイギリス軍(フランスに置いてきた)は、不足した武器をアメリカがらの貸与で補った。
地図(ダンケルクやカレーが見える)とピン(地図上で部隊等の配置を表すためのもの)。館内にはMap roomという部屋があるくらい、重要なものとして位置づけられていたと思われる。
地図を見ながら、映画Darkest hourで、カレーのイギリス軍に増援を送らないことを決めたチャーチルが、タイピストの女性(彼女の兄はカレーにいた)に地図を見せていたシーンを思い出してました。あまりにも多くの人たちの運命が、ピン1つに省略化され、あるいは数値化されて、運命が決定されていくあっけなさ。
イギリス軍をあらわすピンが地名にぷすぷすと刺さっていたが、そこには何万人もの兵士たちがいて、奮闘していたことを、映画を通して、あるいは、墜落した飛行機や沈没した船、戦死した兵士の遺物を通して、私たちは知っているわけですが、おもわず、ぐっと来てしまいます。
ドーバー城のWW II地下トンネルにも同じのが。各地点、各項目ごとに情報をずらずらと並べていくためのもの
チャーチルのタイピストの使用してたタイプ。Darkest hourにも登場。躁うつ病だったというチャーチルのタイピストを務めるのは並大抵のことではなかった模様。複数の女性たちが従事していたが、彼女たちは当時の国の最高機密情報を取り扱うこととなる。博物館では、そんな彼女たちのインタビューVTRを見ることが可能。
当時のキッチン。スペースの問題とはいえ狭い。
チャーチル夫人の寝室。戦時中とはいえ、華やか。自分が無知なだけなんだろうが、首相夫人の部屋も設置されてることに驚いた。
チャーチルの寝室。地図がここにもある。ちゃんと眠れたのだろうか。Darkest hourでは、当時の英国国王ジョージ6世と語り合う場面に登場した部屋はここ...のかな?(記憶が曖昧。後日にでるブルーレイで要確認)。
War roomの脇には、チャーチル博物館が付設されており、様々な彼の演説を聞くことが出来ます。BBCを通じて全国放送されていることもあり、音源が今でも聴けるようになっています(けっこう不思議な感じが)。
ダンケルク劇中でトミーが読み上げた「We shall fight on the beaches.」もありました。実際に聞いてみると、想像よりもずっと、語尾は荒々しくもなく劇場的な感じでもなく、静かな平坦な感じでした。日本の政治家の演説、けっこう五月蠅いんだなあと思うくらいで。イギリスの政治家のスピーチには、ふんだんにギリシャ哲学やシェークスピア等の知識がちりばめられていると言いますが、そうなる理由が解るというか(こんな感じにフラットにたんたんと話すなら、たしかに必要になってくるよね…ごまかせない)。
ダウニング10番街、いわゆる首相官邸のドア(チャーチルの頃のもの)。思ったよりも小さい。
War roomの近くには、さすがに中央官庁街ということもあってか、たくさんの役所がひしめいてました。といっても、流石は沈まぬ太陽の帝国をつくった国の中央官庁、いちいち歴史+迫力を感じる建造物です。
外務省の門
(日本の役所は慎ましいですよね。あんまり豪華だと国民の怒りをかう..というのは解るんですが、伝統工芸を守りたい文化庁(いまの文科省)だけでも、そういう人たちに断続的に仕事を与えるような建物・仕様にした方がよかったんじゃあ..とか思います。当の昔にそうしてるわ!とか言われそうだけど。)
さて、大英帝国の威信にひれふしそうになった極東の田舎者の私は、ロンドンのランベス地区にある帝国戦争博物館に向かいました。スピットファイアとリトルシップに会いに行きます。
(ロンドン編5へ続く)
Ref)
1. ジョシュア・レヴィーン(2017年)『ダンケルク』(武藤陽生 翻訳)ハーパーコリンズ・ジャパン社
2. A.J.バーカー(1980年)『ダンケルクの奇跡 イギリスの大撤退作戦』(小城正 翻訳)、HAYAKAWA nonfiction
3. 地球の歩き方 ロンドン2017-2018(2017年)ダイヤモンド・ビッグ社
4. war room公式HP<https://www.iwm.org.uk/visits/churchill-war-rooms> (2018-04-23参照)
5. ジョン・コヴィル(1985年オリジナル初版、1990年日本語版初版)ダウニング街日記(都築忠七、見市雅俊、光永雅明 翻訳)、平凡社
6. ウィンストン・チャーチル(2001年)『第二次世界大戦』第1巻(佐藤亮一 翻訳)河出書房新社
7. ウィンストン・チャーチル(2001年)『第二次世界大戦』第2巻(佐藤亮一 翻訳)河出書房新社
8. Winston S. Churchill (1985) The second world war (volume II: Their finest hour), Penguin books
9. New York Times (ダグラス・ブランクリー編集)、ニューヨークタイムズが見た第二次世界大戦(2005年)原書房
10. 岩堂憲人(昭和57年)「機関銃・機関砲<近代戦の主力兵器総鑑>」サンケイ出版
ウェイマス・スワネージの一日旅行の翌朝、いつもより遅く起床した私は、首相官邸や外務省の近くにある建物に入るための行列に並んでおりました。目的の施設は、入るまで3時間かかると言われた人気スポット、戦時執務室・チャーチル博物館です。
正直、入口までの長い列を見た瞬間、予約してくれば良かったと軽く後悔しました…orz(3時間待ちとか、どこのジャニーズのグッズ列なんだよなんて)
旅行前にon line予約をしようとも思ってはいたのですが、いつ見てもチケットはSold outになってなかったし、すぐに入れるだろうと踏んでいたんです。
とんだ勘違いでした。
1個人の1回経験からのコメントで恐縮ですが、これから博物館を訪れる人でこんなにも待ちたくない人は、朝早くに並ぶか、事前にオンライン チケットを買った方が良いかと…(開館30分前とかダメ、絶対に)。
さて、列に1人で待ってる私ができることと言えば、目に移る景色の写真をとったりすることなんですが、その景色がおもいきりRAFちっく?(というより、まさにRAF)なものでした。
今年でちょうど創立100周年になるイギリス空軍(RAF)ですが、その記念式典があるとのことで(この日の次の週にパレードがあった)、道にはイギリスの国旗とRAFの旗が並んではためいていました。
‘Where is the bloody air force?!’などと劇中でも現実でも言われていたRAFですが、首相官邸の前の通りにずらりと旗が並んでいるのを見ると、本当に報われた感がでてきます。(日本ではどうなんだろう?)
中央官庁が並ぶ通りにはためくユニオンジャックとRAF
ということで、オタクが心を無にして待つこと3時間。案内のおじさんが「予約がないと入るまでに最低3時間かかるよ!」と言った通りの時間分待った後に、入口に辿りつきました(へろへろ)。
3時間まった末に見えてきた入り口
戦時執務室・チャーチル博物館は、もともとは大蔵省であった建物の中にWW II中に設置された執務室になります(War room)。もとは旧大蔵省の建物と聞くと、なんとなく壁が分厚つそうなイメージが。日本でも、空襲があった市街地の写真を見る機会がありますが、その中で残ってる建物は大抵は分厚いコンクリ造りの○○銀行だったりしますもんね。大蔵省も銀行と同じつくりにしてるのかは知らんけど。
中央官庁がひしめく街中、大蔵省の隣に観光客に人気の博物館があるのも変な感じですが、イギリスだからなのか日本にそういう施設がないだけなのか。
まあ、いずれにせよ、長い列を突破した私は、その中央官庁の真っただ中にある博物館にヘロヘロになりつつ突入しました。もうね、へろへろでしたが待った分、風をきって歩きましたよ(ずんずん)。
しかし、ずんずん歩いていこうとした矢先、天井からぶら下がってた爆弾にいきなり遭遇して面食らう羽目になったのですが。なんでも、ロンドン空襲に関する展示だそう。なんでそんなものを展示するんだ、と思いましたが、ここはwar room(戦時執務室)なんだし当たり前といえば当たり前だった。
ちなみに、ここで私、爆弾とツーショットをとりました。自分からではありません。とあるイギリス人女性に、爆弾と一緒の私の写真を撮らせてくれと頼まれたからです。爆弾の大きさを比較するためとかで。
私があなたと爆弾の写真を撮るよ、と言いましたが、それはヤダと言われました。私だってヤダよ。結局は根負けして爆弾とのツーショットを撮りましたが、疲れ切った私のアホ面がFace bookとかにポストされてないことを祈ってます(恥ずかしい…)。
入り口すぐのところの天井にぶら下がってた爆弾。この爆弾とツーショットを取る羽目になった(恥)。
心のMP(マジックポイント)をツーショット撮影で使いつくした後は、うれしたのしの見学コースの始まりです。
まずは、閣議室(Cabinet room)から。映画Darkest hourで、チャーチル、アトリー、イーデン、ハリファックス、ダウディング等が協議をした場所だったか。鼻息あらくバシバシ撮影です。
Cabinet room。この当時の最高級の人材がそろってたんだろうなあなどと妄想した部屋←自分があたま悪いから、これ以上の想像ができない。
これ以降は、映画Darkest hourのシーンを頭に思い浮かべながら撮影です。
ダンケルクでトミーやアレックス、ボルトン中佐やウィナント大佐、フォーティス隊(ファリア、コリンズ)たちが足掻いたりなんだりすることとなったダイナモ作戦にいたるまで、あるいはそれ以後の政治的決定がここでなされる訳で。彼らはあんなにも現場で足掻いていましたが、ダンケルクから遠く離れたロンドンで、こんな風にあっさりと多くの人の運命は決まってしまうのかあと思ったくらいです。紙切れ一枚、あるいはそれすらなく決まる運命的な。カレーの部隊はこうして「見捨てられた」のか…とか。
ガードマン+ドア+緊急用ウォータースプレー。悪いことはしてなくても制服姿のものにはビビる。←小心者
Darkest hour劇中でチャーチルがルーズベルト大統領にアメリカ(New world)の参戦を頼んでいた電話。武器貸与などはしていたが、参戦についてはイギリスからの要請もフランスからの要請も断り続けた米国が第二次世界大戦に参戦をするのは、1941年12月パールハーバー(太平洋戦争)から。←ダンケルク撤退戦において、ほとんどの武器を失ったイギリス軍(フランスに置いてきた)は、不足した武器をアメリカがらの貸与で補った。
地図(ダンケルクやカレーが見える)とピン(地図上で部隊等の配置を表すためのもの)。館内にはMap roomという部屋があるくらい、重要なものとして位置づけられていたと思われる。
地図を見ながら、映画Darkest hourで、カレーのイギリス軍に増援を送らないことを決めたチャーチルが、タイピストの女性(彼女の兄はカレーにいた)に地図を見せていたシーンを思い出してました。あまりにも多くの人たちの運命が、ピン1つに省略化され、あるいは数値化されて、運命が決定されていくあっけなさ。
イギリス軍をあらわすピンが地名にぷすぷすと刺さっていたが、そこには何万人もの兵士たちがいて、奮闘していたことを、映画を通して、あるいは、墜落した飛行機や沈没した船、戦死した兵士の遺物を通して、私たちは知っているわけですが、おもわず、ぐっと来てしまいます。
ドーバー城のWW II地下トンネルにも同じのが。各地点、各項目ごとに情報をずらずらと並べていくためのもの
チャーチルのタイピストの使用してたタイプ。Darkest hourにも登場。躁うつ病だったというチャーチルのタイピストを務めるのは並大抵のことではなかった模様。複数の女性たちが従事していたが、彼女たちは当時の国の最高機密情報を取り扱うこととなる。博物館では、そんな彼女たちのインタビューVTRを見ることが可能。
当時のキッチン。スペースの問題とはいえ狭い。
チャーチル夫人の寝室。戦時中とはいえ、華やか。自分が無知なだけなんだろうが、首相夫人の部屋も設置されてることに驚いた。
チャーチルの寝室。地図がここにもある。ちゃんと眠れたのだろうか。Darkest hourでは、当時の英国国王ジョージ6世と語り合う場面に登場した部屋はここ...のかな?(記憶が曖昧。後日にでるブルーレイで要確認)。
War roomの脇には、チャーチル博物館が付設されており、様々な彼の演説を聞くことが出来ます。BBCを通じて全国放送されていることもあり、音源が今でも聴けるようになっています(けっこう不思議な感じが)。
ダンケルク劇中でトミーが読み上げた「We shall fight on the beaches.」もありました。実際に聞いてみると、想像よりもずっと、語尾は荒々しくもなく劇場的な感じでもなく、静かな平坦な感じでした。日本の政治家の演説、けっこう五月蠅いんだなあと思うくらいで。イギリスの政治家のスピーチには、ふんだんにギリシャ哲学やシェークスピア等の知識がちりばめられていると言いますが、そうなる理由が解るというか(こんな感じにフラットにたんたんと話すなら、たしかに必要になってくるよね…ごまかせない)。
ダウニング10番街、いわゆる首相官邸のドア(チャーチルの頃のもの)。思ったよりも小さい。
War roomの近くには、さすがに中央官庁街ということもあってか、たくさんの役所がひしめいてました。といっても、流石は沈まぬ太陽の帝国をつくった国の中央官庁、いちいち歴史+迫力を感じる建造物です。
外務省の門
(日本の役所は慎ましいですよね。あんまり豪華だと国民の怒りをかう..というのは解るんですが、伝統工芸を守りたい文化庁(いまの文科省)だけでも、そういう人たちに断続的に仕事を与えるような建物・仕様にした方がよかったんじゃあ..とか思います。当の昔にそうしてるわ!とか言われそうだけど。)
さて、大英帝国の威信にひれふしそうになった極東の田舎者の私は、ロンドンのランベス地区にある帝国戦争博物館に向かいました。スピットファイアとリトルシップに会いに行きます。
(ロンドン編5へ続く)
Ref)
1. ジョシュア・レヴィーン(2017年)『ダンケルク』(武藤陽生 翻訳)ハーパーコリンズ・ジャパン社
2. A.J.バーカー(1980年)『ダンケルクの奇跡 イギリスの大撤退作戦』(小城正 翻訳)、HAYAKAWA nonfiction
3. 地球の歩き方 ロンドン2017-2018(2017年)ダイヤモンド・ビッグ社
4. war room公式HP<https://www.iwm.org.uk/visits/churchill-war-rooms> (2018-04-23参照)
5. ジョン・コヴィル(1985年オリジナル初版、1990年日本語版初版)ダウニング街日記(都築忠七、見市雅俊、光永雅明 翻訳)、平凡社
6. ウィンストン・チャーチル(2001年)『第二次世界大戦』第1巻(佐藤亮一 翻訳)河出書房新社
7. ウィンストン・チャーチル(2001年)『第二次世界大戦』第2巻(佐藤亮一 翻訳)河出書房新社
8. Winston S. Churchill (1985) The second world war (volume II: Their finest hour), Penguin books
9. New York Times (ダグラス・ブランクリー編集)、ニューヨークタイムズが見た第二次世界大戦(2005年)原書房
10. 岩堂憲人(昭和57年)「機関銃・機関砲<近代戦の主力兵器総鑑>」サンケイ出版