鳥の巣頭の世迷い言

読書音楽観劇、ハゲタカ廃人、そしてアラシックライフをエンジョイしている三十路のお気楽会社員・ガバ鳥のblog

人間失格の朗読を聞いて果たして正気でいられるか?

2010年05月03日 10時41分51秒 | アラシック
嵐の櫻井翔君が、人間失格の朗読をしていたそうな。
字面だけでも破壊力がある文章を、サイダー男子が朗読するのかと思うと、ちょっとドキドキ。
低音ボイスの櫻井君だから、きっと雰囲気があってすてきだろうなと思うけど。

地方に住んでるからラジオは無理だろうとは思うけど、可能であれば音源が欲しいと切に願う。
こればっかりはテキストだけでは満足できないだろうなあ・・・。

ぜひとも、駄目男の「キスをしてやる。」を聞いてみたい気がするな。
生田斗真君も映画でしてるみたいだけど、音声だけで聞くのも良いと思うのね・・・。



色気ムンムンな弟

2010年05月02日 08時49分48秒 | アラシック
嵐の松本君を見てると、上に女兄弟(つまりお姉さん)がいるんだな、というのがアリアリと解る。
概して、そういった男の子は可愛らしく映るものだ(と、思う)。たとえa*anで色気ムンムンなヌードを披露していようとなかろうと。
 
勿論、松本君がコンサート番長で、嵐のコンサートの構成・演出に関わっていることも知っているし、アイディアマンであることも知っているが(MJウォーク、ムービングステージなど)。滝沢君(ご存知、タッキーand 翼)のコンサート演出を間近で見てきた松本君にとって、コンサート演出をするのは自然だったのかな、って思うし。
<ジャニーズ最大の魅力であるコンサートの系譜はこうして脈々と引き継がれていってるのかしらん?ある意味、歌舞伎なんかに似てるかも。小さいころからごく自然に演者がステージ演出を身に着けていってる・関与している感じが、まさに。
 
でも一方で、松本君には嵐の末っ子ポジションである「可愛らしさ」「愛嬌さ」が透けて見えるのだ。
どSキャラ・道明寺キャラ(俺様キャラ)としてのパブリックイメージが強く残る一方で、でも本質?としては、松本君のキャラクターっていうのは、優しさ半分気遣い半分のしっかり者の弟キャラじゃないのかなって思う(にしては、色気ムンムンなセクシー過ぎる弟だわね・・・笑)。
 
特に、年上のゲストとの競演の際にそれが顕著に現れてると思う。

例えば、VS嵐・春のSPでの俳優・佐藤浩市さんとのやり取り(酔っ払った松本君にほっぺたを引っぱたかれた佐藤さんに、ゴメンナサイする松本君は可愛かった。)。同じ嵐の櫻井君に対する態度(二宮君と大野君ほどベタベタくっついてないけれど、松本君がお兄ちゃん(櫻井君)大好きな弟に見えて仕方がない場面がいたるところに有り過ぎる)とか。王様のブランチで中井貴一さん(ドラマ・スマイルで共演してましたつながりで)、いみじくも同じような感じだったと思う(そういえば、中井さんと佐藤さんは大の仲良し・戦友でしたね。鶴師匠のA-studioで佐藤・中井のトークが出てましたけど、凄くうらやましい男の友情でした)。

といっても、別段松本君が甘えきってる訳でもないんだけど。依存でもないほど良い距離感がそこにはただ寄っていると思う。つまりはそこに、互いの多分なリスペクトがあるからだけど(リスペクトと緊張のない友情というのは、友情ではないと個人的には思う。ただの仲間意識に過ぎない)。弟気質ってあまり歓迎されない場合もあるけれど、松本君が彼らから信用と信頼を得ていることで、戦友じみたシッカリ者の弟としてのポジションを得ているのかな、って思う。

可愛い、しっかりものの弟。気づいたら仕切られてる、でも悪くない気分。
それが松本君なのかなって思う。



太陽と向日葵、子供の絵

2010年05月02日 08時45分37秒 | アラシック

嵐・相葉雅紀君を見ていると、太陽と向日葵が直ぐに連想される。
相葉君が振りまく笑顔や楽しげな声を聞くと、日向を駆けてるワンコ(ゴールデンレトリーバーっぽい)を思い出す。
走って笑って転んで走って・・・そんな感じかな。
相葉君の笑顔や声で、どんなに沈んでいても元気になってしまうから不思議。心にビタミンが補充される感じがする。ビタミンカラー=相葉っていっても良いかも。
 
子供や動物に好かれて、癒し系って彼のための言葉(大野君もそうですが)と思わせる相葉君。
おバカな天然としてのキャラが確立されている相葉君(アイバード)。
その一方で、「おバカだ」とこちらがバカにしてると、誰も気づかない、気づきたくない深淵から心を突くような真実を、ポンと何気なく差し出してくる。
時々あるが、子供が大人に差し出してくるような真実に少し似てるかもしれない。<王様は裸だって言うのは、いつだって子供だよね。
 
いつもおバカなくせに、何気ない言葉だったりするくせに、その裏にはどれだけのものが含まれてるんだろうって思わせるときがある。
それがとても、油断ならない。
 
「嵐になったおかげで目標を持てるようになったし、それに向かって努力することも覚えられた。具体的な目標に具体的な努力をすることで、目に見えた変化がたとえ無くても…。自分の中でお守りのようなものになっていくんだ」
 
これって凄く奥深い感じ。
単純なラインに見えて、でもそれだけじゃない、何かがその中にはある。
何かに似てるなって思ったら、ミロの絵の雰囲気に似てるんだ、って解った。

ジョアン・ミロ(Joan Miró, 1893年4月20日 - 1983年12月25日)は20世紀のスペインの画家。
彼の絵は一見、子供が描く絵のように単純だったりするけれど(当然のことながら、基礎技術はしっかり持ってます)、決してそれだけではない何かを孕んでいた。
 
ミロの絵の他に思いつくのは、良寛の書。
良寛さんは、子供とよく遊んでたエピソードが有名なお坊さん(宝暦8年10月2日〔1758年11月2日〕 - 天保2年1月6日〔1831年2月18日〕)江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、書家。)だけど、彼の草書は凄く伸びやかで、特に「空」の字は絶品。力が入ってる感じがまったくない。
<予断ではあるが、書道を習っていた私にとって、良寛の「空」は臨書でいつも苦しむ厄介な「空」だった。あんな風に伸びやかに軽やかに書けることが羨ましかったり。
その癖、良寛の生き方はゴリゴリの修行道。自らに厳しい修行を課してストイックな生き方をしていながら一方で、子ども(他者)には優しくて手鞠で一緒に遊んでた。
 
相葉君を見てると、そういった人たちのことを何だか思い出す。
 
嵐のバライティー担当として、欠かせなくなってる相葉君。
おばかな天然に見えて、空気に敏感な相葉君。
可愛い天然系のくせに、弱音もはかずに頑張る男らしい一面を持つ相葉君(24時間TVでイルカと泳ぎたい少年の企画がありましたが、あれは彼のパーソナリティーを証明するのに非常に白眉な企画でしたね)。
 
相葉君は一筋縄では片付かない、子供の絵のような人だと思う。