1月25日は翔さんの誕生日!
祝、33才!ということで。
このごろ、ブログの記事を更新することがない私も翔胆らしいことを。
生田斗真くんが夜会に出演した時のこと。
沢山のJr(いわゆる、黄金期といわれた時代のJr)から5人が集まって嵐が結成された時のことを話してくれていました。
今までテレビに出れる部活の延長だと思っていた、皆で横一列で楽しんでいた時間だったのに、嵐がデビューしたことにより急に上下を感じて溝を感じてしまったと。
嵐の記念すべきファーストライブで嵐5人のバックで踊ることに戸惑っていた斗真。
嵐のデビュー曲のARASHIのPVを撮る際も腐っていた斗真。
だけど、そんな斗真は翔さんから言われた言葉で救われたとのコメントを出しておりましたね。
「全てのジャニーズJrにありがとう」@ファーストライブ
「斗真、本当にありがとうね」@PV撮影時
これに救われたと。
これを聞いた時、翔さんのファンで良かった!と思いましたね。
私はジャニーズJrの黄金期を知りません。
ジャニーズJrだけで番組を持つ事が出来たり、レギュラーをすることが出来たりしてた時代を知る事がない私は、嵐がデビューするこによってもたらされた、内外の「なんで?あの5人が?」という空気を知る事が出来ません。
当時を知る方のブログには、『ジャニーズジュニア黄金期と言われて、ジュニア全体があり得ないほどの大人気で、本当にたくさんの人気ジュニアたちがいた中で、なんでお前ら5人なんだって空気があって』『嵐は決して歓迎をされていたグループではなかった』『学業を優先していた翔さんがデビューするのか?知名度がない(京都にいたから)智がデビューするのか?ありえない!』とあり、翔さんたち(嵐のメンバー)は、イロイロなものをデビュー当時から背負っていたんだなと伺いしることが出来ます。
学業優先で大学に入るときにはJrを辞めようと決めていた慶応ボーイの少年は、何故かアイドルとしてデビューし、そして脱退する事無く続けている。
この理由は、嵐がハワイ特別番組で言っていたように、「俺らよりもっとデビューしたい奴らはいた」「だけど俺たちがデビューしてしまった」ことへ対するもの(責任をとるとか、ケツをとるとか、そういう表現では足りないなにか)と思うのですが、その姿を見るとぐっと込み上げてくるものがあります。
翔さんの進んできた道は、「与えられた道を自分のものに変えてきた道である」と勝手に思っているのですが、きっと、人一倍、二倍、三倍も「他人の可能性や期待も背負ってきた道」でもあるんだろうなあとボンヤリ思いました。
「全てのジャニーズJrにありがとう」、これで(嵐に向っていた悪意にも似た戸惑いの)流れが全てが変わったのよ!だから翔くんは誇りなのよ。
熱く語っていた古株のファンのお姉さんの言葉がじんわりと暖かくしていく寒い1月25日なのでした。
33才、誕生日おめでとうございます。
これからもイロイロなものを背負いつつ道なき道を進んでいくんだろうな。好奇心で目をキラキラさせてさ。
その姿を追い掛けつつ、私も仕事に向いたいと思います。
昨日も今日もこれからも、よろしくどうぞ。
祝、33才!ということで。
このごろ、ブログの記事を更新することがない私も翔胆らしいことを。
生田斗真くんが夜会に出演した時のこと。
沢山のJr(いわゆる、黄金期といわれた時代のJr)から5人が集まって嵐が結成された時のことを話してくれていました。
今までテレビに出れる部活の延長だと思っていた、皆で横一列で楽しんでいた時間だったのに、嵐がデビューしたことにより急に上下を感じて溝を感じてしまったと。
嵐の記念すべきファーストライブで嵐5人のバックで踊ることに戸惑っていた斗真。
嵐のデビュー曲のARASHIのPVを撮る際も腐っていた斗真。
だけど、そんな斗真は翔さんから言われた言葉で救われたとのコメントを出しておりましたね。
「全てのジャニーズJrにありがとう」@ファーストライブ
「斗真、本当にありがとうね」@PV撮影時
これに救われたと。
これを聞いた時、翔さんのファンで良かった!と思いましたね。
私はジャニーズJrの黄金期を知りません。
ジャニーズJrだけで番組を持つ事が出来たり、レギュラーをすることが出来たりしてた時代を知る事がない私は、嵐がデビューするこによってもたらされた、内外の「なんで?あの5人が?」という空気を知る事が出来ません。
当時を知る方のブログには、『ジャニーズジュニア黄金期と言われて、ジュニア全体があり得ないほどの大人気で、本当にたくさんの人気ジュニアたちがいた中で、なんでお前ら5人なんだって空気があって』『嵐は決して歓迎をされていたグループではなかった』『学業を優先していた翔さんがデビューするのか?知名度がない(京都にいたから)智がデビューするのか?ありえない!』とあり、翔さんたち(嵐のメンバー)は、イロイロなものをデビュー当時から背負っていたんだなと伺いしることが出来ます。
学業優先で大学に入るときにはJrを辞めようと決めていた慶応ボーイの少年は、何故かアイドルとしてデビューし、そして脱退する事無く続けている。
この理由は、嵐がハワイ特別番組で言っていたように、「俺らよりもっとデビューしたい奴らはいた」「だけど俺たちがデビューしてしまった」ことへ対するもの(責任をとるとか、ケツをとるとか、そういう表現では足りないなにか)と思うのですが、その姿を見るとぐっと込み上げてくるものがあります。
翔さんの進んできた道は、「与えられた道を自分のものに変えてきた道である」と勝手に思っているのですが、きっと、人一倍、二倍、三倍も「他人の可能性や期待も背負ってきた道」でもあるんだろうなあとボンヤリ思いました。
「全てのジャニーズJrにありがとう」、これで(嵐に向っていた悪意にも似た戸惑いの)流れが全てが変わったのよ!だから翔くんは誇りなのよ。
熱く語っていた古株のファンのお姉さんの言葉がじんわりと暖かくしていく寒い1月25日なのでした。
33才、誕生日おめでとうございます。
これからもイロイロなものを背負いつつ道なき道を進んでいくんだろうな。好奇心で目をキラキラさせてさ。
その姿を追い掛けつつ、私も仕事に向いたいと思います。
昨日も今日もこれからも、よろしくどうぞ。