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鳥の巣頭の世迷い言

読書音楽観劇、ハゲタカ廃人、そしてアラシックライフをエンジョイしている三十路のお気楽会社員・ガバ鳥のblog

この世界の片隅に:立川シネマシティ舞台挨拶れぽ(2016年12月10日)

2016年12月11日 12時22分59秒 | 舞台・コンサート感想
立川シネマシティで 行われた「この世界の片隅に」の舞台挨拶付きの上映に行って来ました。
映画の感想を語りたいのだけど、まだ上手く言語化できなくてモドカシイ限り。
とにかくすごい映画だったよ!とまずはレポートしたいところ。
(現在、重ーくなってる感想レポを削りまくり中です…)

さて、その舞台挨拶について記憶に残っている一部をレポート。
記憶力も皆無だし、帰りの電車の中でぽちぽち記憶のかぎりメモっていたのをまとめているので抜けが沢山あります(なんちゃってレポというやつです)。
公式スタッフさんもカメラも録音機も入っているとアナウンスがあったので、フルレポートは公式でお楽しみに下さいm(_ _)m ←やってくれると信じてる!

さてさて、レポートに戻ります。
黄色いワンピーツの「のん(能年玲奈)」さんと、ジャケットの片渕監督が入場。
のんさん、とにかく可憐で可愛かった。←語彙力0レベル
舞台挨拶は、のん+監督+司会(女性の方…すみません、名前を失念)の3人で進められた。

*挨拶
のん:みなさん、こんにちは。すずさんの声をやらせて頂きました、のんです。今日はよろしくお願いします。
監督:監督の片渕です。今日は沢山、席を埋めていだたいて(or 来ていただいて)ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

*横浜映画祭での受賞について
司会:嬉しいニュースが届いていると思いますが、横浜映画祭で作品賞の受賞、審査員特別賞の受賞、おめでとうございます。また、2016年の日本映画のベスト映画賞第1位も獲得されました。(2人の気持ちは)いかがですか?
のん:本当に素晴らしいことなので、びっくりしまして。作品に関わった全ての人のお陰で取れたのだと。監督が6年作り続け、監督の執念、本物だなあと(監督とのんさん、笑い合う)。審査員特別賞をいただけたのもびっくりしまして。それもキャストの皆さまのお陰で取れたのかなと感じていて。私が代表して賞を頂いたのだと思っていて。とても嬉しかったです。
監督:日本映画、まず、横浜映画祭なんですけども。本当に映画を愛する方々が集まって今年で38回という伝統ある映画祭で、そこでの審査で作品賞を頂いたこと、今年の日本映画の1位を頂いたのは本当に誇らしいことだと思っています。1位というのは実写映画、アニメの映画とか取り混ぜての1位なんですね。また、この映画をみた後の感想で頂くんですけども。アニメーションを見てる気がしなかった、実写な気がした。映画そのものじゃない気がした、すずさんが隣にいたような気がした。
そういう意味では、我々のやったことが実写/アニメの境を超えたところで評価して頂いたんじゃないかなあと思った。ありがたいと思っています。中でも、のんちゃんの演技が本来であれば主演女優賞のようなところで審査して頂いても僕は良かったじゃないかと思うんですけども、アニメーションの声優が賞をとるようなところに至ってないので。でもなんとかってことで、審査員の方々が評価してくださったんじゃないかと僕は想像しています。そういう想像するだけの演技を彼女はやってくれたと思っています。(のんさんに向かって)本当に、おめでとうございます。

*動員数の増加について
のん:すごく喜ばしいことですね。私は今年の8月からアフレコに参加して…。監督の6年に比べもにならないかもしれないのですが。そのお話をいただいた時に、すごい作品に参加させて頂けたと。このような作品に参加できるのは、これから役者をやって行く上でないんじゃないかっていうくらい。とても嬉しく思っていたので。そんなすごい作品が沢山の人に受け入れられて賞をいただけたりして、すごい嬉しいですね。監督やスタッフ、関わってくれたみんなで形にしていったものなので。(←のんさん、執念、6年という言葉がお好きなキーワードなのかな?結構、気に入って使用していたように感じた。監督も、それを聞いて笑っていた。)
監督:映画が始まってちょっと経って、層が違ってきたよ、親子連れが増えてきました。お子さん、どれくらいなの?お子さん40代です(会場、笑う。)40代の子供さんが誘って連れてきてくれている…そういうアニメーションは初めてだったのですが、昨日、知り合いが90代の知り合いを連れてきたと…2時間も大丈夫かと思ったのですが。僕らが思った以上にこの映画は、他の人にも見てもらいと思ってくれるような人たちが沢山いらっしゃって。僕らが宣伝できることって限りがあるんですけども。それ以上にお客さんたちがこの映画が自分の映画だと思ってくださって。この映画を沢山、自分の知ってる人や信頼する人たちに見てもらいたいと思ってくださっているのが本当にありがたいなと思います。そういう意味で、皆さんには感謝しております。

*極上音響、効果音などについて
のん:(立川シネマシティの極上音響上映は)すごかったですね。本当に気持ちよくって。自分の声が流れているのを忘れるほど。自然と心の中に入ってきて心地良かったです。
監督:音楽も素晴らしくて。効果音も特に生生しい音が沢山ついているんですけども。すずさんが料理をしているところは楽器は菜箸を使ってたりして。そんなものもあるんですけども、一番こだわったのは人の声でした。(のんさんに向かって)たいへんだったもんね?動いちゃダメだって言われたもんね?
のん:はい
監督:人の声を…喋ってる音だけでなく、息の音も全部録音できるように、普通のマイクじゃなくて、指向性の特に優れているガンマイクでもって、のんちゃんの口元を狙って録ったんです。それが上から…口のところを狙って録っている。最初、のんちゃんも動いて芝居をしようと思ったようなんですけども。
のん;こんな(左右に動いてみせるのんさん。ハムスターか!ってくらい可愛い)
監督:左右に動かないでください。そしたら…(のんさんをチラッとみる)
のん:(ジャンプをしながら)ジャンプはダメですか?
監督:上下もダメです
みんな:笑
監督:でも、本当にそうなんです。上にマイクがあるんですけども、俯くと台本に声が反射して音が反射でもう1回マイクに入ると音が変わっちゃうくらい鋭敏なマイクで録っているんですね。のんちゃんはじめ、みんなの声ってだけじゃなくて、呼吸の音もですね、丸ごと拾えるようにしてですね…。だから、僕は、この映画の中のすずさんたちがそういうようにして存在感を得たような気がします。

*監督を質問ぜめにした女優
のん:すずさんがどういう人かっていうのを掘り下げるために、いっぱい。あと、台本と原作と…映像のために変わっているところを監督がどうお考えなのか、箇条書きにして。①、②、③みたいにしてLINEで送りました。
監督:LINEは大体夜くらいにくるので。寝る前に半分送って。起きて半分を送って。明け方くらいに全部揃ったんじゃないかなと思うけど。
??:そういうサイクルで。
のん:アフレコの合間を使って。
監督:まだアフレコ自体が…のんちゃんは4日かけて録音したんだけども。4日といっても連続して4日じゃなくて。間に何日も空いていて。全体を通じると全部で1ヶ月くらいな気がする。その間、まだ画面が出来上がっていないところとか。せっかく録音いたセリフに合わせて人間の芝居を変えるとか(or アニメーションが作りなおす)。そんなことをしてた。それが夜終わって家に帰った頃くらいに返事を書いて。
のん:すみません(苦笑)ご迷惑かけて。現場の状況とかもすごいことになっていて。監督も食べ物も何も食されずに仕事に没頭しているっていう。集中されているのも聞いていたのですが。自分の思いが止められなくて。
監督:ちょうど仕事終わった頃なので。寝る前と起きた時と、布団の中で(返事を返した)。アフレコと絵を作る仕事をしていて。でも、ちょうどその頃には映画を完成した映画っていうのが自分でもわかった上でつめをしている状態で。のんちゃんは(そのときに)この部分は原作と違うけど聞いて来てくれるんですけどね。アフレコや絵コンテの段階でセリフをきる作業をしていたのって、4年ぐらい前なんですね。それを改めて返してくれることで、自分は4年前にこんなことを考えてやっていたなって、そのとき考えてたことと、今考えてることってちょっと違っていて。色々こう、整理する時間になってそれは良かったですね。結果的には、すずさんは本当の意味で大人になっていくっていうのが、そのやりとりの中で組み立てられていったという感じですね。
のん:良かったー(吐息)
会場:笑
司会:今、初めて明かされる思いですね。(監督と主演の間に)往復書簡があったと。

*忠実に再現された街並み、人たちについて
監督:こうの史代さんが生み出された「すず」さんっていう人が、自分では本当にいる人だなって捉えたかった。本当にいる人だとしたら、後ろにある町も本当にある町にしたかった。なので、そこにある建物は当時あった一軒一軒を再現しようと思った。町っていうのは建物だけじゃなくてそこに住んでる人も含めて町なので。原爆で亡くなった方の顔写真はできるだけ集めてあるわけです、広島で。このうちにはこういう人が住んでいらっしゃったんだなって、それを画面に引き写したりしてたんですが。何より、すずさんが迷子になってもたれていた窓辺があるんですけども、あれは広島の平和記念公園のレストハウスって建物で。今でも残っています。当時は大正屋呉服店っていうですけども。今でも…(のんさんに向かって)行きましたよね?
のん;はい、階段の高さがバラバラになってる….
監督:昭和4年に建てられた建物が原爆に耐えて残っていて。そういう建物を映画に描いていると、この映画を観た後にみなさんが広島に行かれた時に、「あ、ここですずさんがもたれていたのか」と実際にモタれられるんです。僕らが作れるのは画面の中だけなのでさわれないんですけども、この映画に出てくるいくつかは触れるんですね。それはだから、広島でもそうですし、呉でも、今での残っている建物を写し出そうと思いました。映画が終わってもみなさんの中で映画が広がっていくことができるじゃないかと思います。良かったら広島や呉にいっていただければと思います。

*最後に一言ずつ
のん:みなさん、今日はおこしいただいてありがとうございます。とても、嬉しいです。これからもっともっと、この映画が広がっていけばいいなと思うのですが。お友達などにオススメしていただけたら嬉しいなと思います。よろしくお願いします。
監督:本当に、ここの立川シネマシティは良い音で。僕らが録音した通りの音が映写していただいて、こんな大きな画面で写していただいて。多分、みなさんがご家庭でDVDで観てたら絶対聞こえないような音であったり、さっきいった人の声の細やかなところとか、画面の隅々にいるちっちゃな人でも動かしているんですけども、ひょっとしたら会えなくなってしまいます。すずさんがスクリーンの上で活躍できるのって実は限りがあって。映画はロングランしてくれたらうれしいですが、いつかは上映されるようになる。今なら僕らがこういう風に見て欲しいという万全の体制が映画館で再現できますので、繰り返しすずさんを見に来ていただけるとありがたいかなと思います。どうかよろしくお願いします。


+++

最後に記念撮影がありました。
私のアホ面が公式Twitterにのる日が来ようとは、ついぞ思いもしませんでした。(米粒みたいな大きさでしたがね。)
広島や平和公園には何度も足を運んでいる私ですが(修学旅行、家族旅行、個人旅行など)
、今度はすずさんの足跡をたどる旅をしたいと思いました。