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鳥の巣頭の世迷い言

読書音楽観劇、ハゲタカ廃人、そしてアラシックライフをエンジョイしている三十路のお気楽会社員・ガバ鳥のblog

平山秀幸映画屋街道40年記念祭り トークショー(10月10日:ゲスト・竹野内豊)No.2

2016年10月12日 00時01分21秒 | 舞台・コンサート感想
~トークショーの始まり~

MCに促されて一言ずつの挨拶から。
平山監督「自分の映画にこんなに沢山女性が集まることって絶対ないと思います。ここに来る前にタイ料理を食ってきました平山です。よろしく」
MC「竹野内さん、トークショー珍しいですね?」
竹野内さん「実は初めてですね。皆さん、今日はありがとうございます。今、監督と裏で話をしていて...この映画館で『太平洋の奇跡』を見られるということは、本当に光栄なことで、本当に嬉しく思っております。僅かな時間ですけども、よろしくお願いします。あのー...(監督が)本を書かれたということで(机の上におかれた監督の本を観客に見えるように立てる)」
MC「自ら!」
監督「先に本の宣伝になると思わなかった!」
(この後、監督が著書にサインをする時間をとる旨がアナウンスされる)
竹野内さん「呑むか、撮るかって良いですよね」
←この声がやたらめったら凄くイケボだったため、脳内に深―く刷り込まれた。

監督「今まで撮った映画のこととか、今みていただいた太平洋の奇跡とか、竹野内さんのこととか、いっぱい書き込んでます。因みに、この前にあった『よい子と遊ぼう』という子供の映画があったと思うんですけど、竹野内さん目当てに今日こられた方は何の映画だか全然...どういう映画だという印象だったと思うんですけど。これ(よい子と遊ぼう)は、僕が今までやった映画の中で一番安い予算の映画だったんです。竹野内さんの出てた『太平洋の奇跡』は、おそらく一番金のかかった映画です。一番金のかかってない映画とかかった映画を二本立てで上映しようという...しょうもない試みです。」
MC「こだわってましたもんね。」
監督「この文芸座というスクリーンで、よい子と遊ぼうと太平洋の奇跡を(同時)上映するのは常識を越えてるなと思います。こういう機会があったので、ちょっとやってみたかった。」

(平山監督が話している最中、竹野内さんは基本的に監督の方を向いていた。この時、椅子にやや深く腰をかけていた。例えば、映画『シン・ゴジラ』における赤坂秀樹のように椅子に浅くチョコンと座るようなことはしていない。監督のように、足は組まない。途中で椅子を後ろにずらして調製していた(足が長いから…。)。檀上の2人とは旧知ということもあってか、緊張はされていないように(私には)見えた。)

MC「(竹野内さんの方に向って)(監督と会うのは)お久しぶりですか?」
竹野内さん「はい、そうですね。もう何年ぶり...」
(ここで、竹野内さんの話す声が小さいため、MCから声の大きさについて対応するように求められる)
MC「もうちょっと声...。」
竹野内さん「何年ぶりくらいですかね...」(マイクに口を先ほどより近づけて話し始め、監督を見る)
監督「オーストラリア?もう6年?」
竹野内さん「オーストラリアの映画祭の時以来」

竹野内さん「さんざん終わった後に夜な夜な(笑)」
監督「呑むか、呑むか」
竹野内さん「呑むか、呑むか(微笑)。けっこう、ベロンベロンに。楽しかったです。」
←竹野内さんは監督に向って微笑んだが、その延長線上にいた私、それを見て昇天(白目)

監督「オーストラリアの映画祭の時も、竹野内さんのトークというか舞台挨拶があるっていうので、もの凄く沢山の女性が現地に集まって。入るときには僕が竹野内さんの助監督をしてましたね。触るな、触るな!って、映画祭で。助監督してました!」(人員整理のスタッフのごとくの手振り身振りをしつつ)
竹野内さん「ビックリしましたよ、本当。裏側…入口の方からちょうとステージに向って降りていくような感じだったんですけど...どれ位人数いたかな。」
監督「ここくらい?」
竹野内さん「いやいや、もっといました。もう、大変なことが多かったんですけど、気付いたら監督が『よけなさい、よけなさいって』(笑)」←息を漏らして笑う(フフフって感じの…可愛い)
監督「あのー...(困ったように笑う)、やっぱり一応、大場大尉ですから。」
MC「守らねば!(笑)」
監督「守らないといけないですね!一兵士としては!」
竹野内さん「恐縮でした(笑)」
MC「それが、太平洋の奇跡の時?」
竹野内さん「え?はい、太平洋の奇跡の時ですね、はい。」


~映画『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』の撮影について~

MC「今日、太平洋の奇跡を皆さんご覧になった訳ですが、(この映画にあたって)最初にあった時のことを覚えてますか?この企画で。」
竹野内さん「ええと...ね。そうですね。」
監督「撮影所ですよね」
竹野内さん「東宝の撮影所でお会いしたのを覚えています。」
監督「なんか、こう、正直いって、ええ、こんな二枚目汚せるかなっていうのが第一印象でしたね。変な言い方ですけども。ええと、こう、余り奇麗奇麗でいられると困るというのがあったんですけども。たいてい二枚目ってあんまり汚れたくない方が多い中で、大丈夫かなって思って。」
竹野内さん「ああー。」(ちょっと納得な感じの声)
監督「見事にトコトン汚れて頂いて。感謝感激ですね。」
竹野内「あの...タイに行く前に、丁度ね...もうちょっと短いかな(自身の髪の毛をさしつつ)...切っていったんですよ。で、現地にいって監督に髪型見せたら、『駄目だな、シティーボーイの顔してる。』」
(三人とも笑う)
監督「いった?おれ、そんなこと?ええー。」
竹野内さん「はい。」←この時の『はい』が矢鱈と神妙で可愛かった。

竹野内さん「あのーそんなに奇麗にこう...床屋で切っていったんですね。今日から暫くほとんど帽子を被ってるから、もうボウボウにのばしっぱなしにしといてくれって。よく考えたらそうですよね。バリカンだって無かっただろうし、当然。そんな...自分のちょっと勉強不足で。そのまま…日本人の軍人役ってことで勝手にこう、五分刈りにしていっちゃったんで。」
MC「もうご自身でこうだろうと。」
竹野内さん「うーん、それがね、ちょっと浅はかでしたね。山に512日間も潜伏している兵士の役なんで、床屋で切るっていうのは間違ってましたね。」
監督(笑)

MC「映画を見ていたらどんどん絞られてるというか、痩せていって...。最初からそうしようと?」
竹野内さん「うーん。」
MC「それもそうしようと。」
竹野内さん「そうですね、途中から段々減らしていって。どうしても夜…とにかく6時以降とか7時以降とかは絶対何も口に入れないっていう。どうしても、辛いなと思った時には、梅干し。梅干しを持っていったりしたので、梅干しを食べたりして。とはいっても、体感温度40℃くらいあるんで、どんどん痩せていくんですよ。食べなければ。汗もそうですし。どんなに水を飲んでも、トイレ行かないんで...ぜんぶ汗で流れていっちゃうんで。それ位、暑かったですね。」
監督「あと、軍服じゃないですか。非常に厚いんですよ。丈夫だし。汗でるどころじゃないですし。僕ら(スタッフ)はTシャツ短パンなんですよ。僕らは暑くない暑くないって大丈夫よって言ってるけど。俳優さん達は、竹野内さん含めて、兵隊さんはシンドイだろうなと思ってはいました。思ってただけですが。」
竹野内さん「まる二ヶ月タイに行ってたんですけど、(戦闘シーンも含めて)1回も洗わなかったですね、軍服は。全員ですけど。衣装部は大変だったと思いますけど。」

(ここで監督、竹野内さんに『さっき話した、あの話をしなよ』とマイクを通さずに催促)
竹野内さん「総攻撃のシーンの時に、どこからともなく何か臭いが漂ってくるんですけど...なんか臭いぞって思って(笑)。みんな洗ってないんで。ある意味、本当にリアルですよね。現場に漂ってました。実際の戦地ではもっと凄い悪臭っていうか。当然、負傷して膿んでる兵士の方もいらっしゃったでしょうし。47士の兵士の中でアラクラさんっていう方がいらっしゃって。最年少の兵士でいらっしゃったんですけど。日本に帰還してから、その方にあって色々話しを伺って。実際は負傷して傷口が膿んで来たら蛆が湧くらしいんですね。蛆はとっちゃいけないらしんですね。取る絶妙なタイミングがあるらしくて。そのタイミングを逃すと良い肉まで蛆虫に食べられちゃうから、それがものすごく痛いらしくて。….ちょっと話が飛んじゃいましたけど(笑)。」
MC「それは撮影が始まる前にお会いできたんですか?」
監督「撮影前だよね?当然」
竹野内「大倉さん?」
監督「途中だったかな?」
(ここで記憶の混同が起こっていることが発覚。両者の間で記憶の確認が始まる。撮影前?撮影後?どのタイミング?)
竹野内さん「確か、タイにいた時に、そういう方が新聞かなにかを見て... ご家族の方が連絡を。」
監督「年取ってくると物忘れが激しくなって…記憶が薄れて申し訳ないです。」
MC「6年前のことですから。」
監督「撮影自体は、6年前の6,7,…いや、5、6、7(の)3ヶ月間、タイで撮影していて。結局、1回も帰らなかったよね?」
竹野内さん「帰りませんでした。」
監督「竹野内さんとか、所謂サンマル(30)隊、竹野内さんの部下達はずっと(タイに)3ヶ月いっぱなしでしたね。」
竹野内さん「いやー過酷なロケでしたね。」
監督「暑いんですよね...。僕が助監督の時、沖縄でロケをやったことがあるんですが。その時は『ハブが出るからここから入るなっ』てロープが張られていて。タイに最初にいった時に、そういうロープこそなかったですが、『ここから向こうに絶対入るな、コブラでますから』って」
竹野内さん「うん、うん」(話の合間に頷きつつ)←相槌がとても優しい。

竹野内さん「でも撮影中にヘビだ、ベビだって声が結構…。」
監督「あとサソリですね。」
竹野内さん「サソリ、はい。」
監督「(映画の)最後の投降する時の行進の時、足元全部、サソリですからね。小さな。後、ハエとか。」
竹野内さん「もうね、凄いんですよ。向こうの虫はデカイし、蚊も『本当に蚊か?!』ってくらい大きいんですよね。野営地で大場大尉がじっとしているシーンの時に、本番っていう時に『ふ〜ん』って。何気に視界に入ってるんですけど。でかいなあって。本番だし動けないし。頼むから刺さないでくれよって(笑)。虫は…毒虫は色んなのいましたね。」
←この時の『ふーん』というハエの飛ぶ音を言うときが少し楽しそうだった。
監督「スタッフが蠅をよけながら飯を食う技に長けていった。」
竹野内さん「凄いですよ。」
監督「それを避けながら、立って食べたり。」

竹野内さん「食事は基本的にケータリングだったんですよ。確実にお昼時間が何時って...ちょっと時間が前後することもあるし、蠅も凄いし40℃近くあるし。それであっという間に(食材が)悪くなっちゃって。それでお腹を壊しちゃったりして。現場には常にトイレ車が…水洗トイレですよ。便器が3つあって。大きなトラックで。」
監督「そこが冷房効いてるんですよ。だから入ったらナカナカ出てこなくて、ね!」
竹野内さん「そうですね(笑)。あの水洗トイレ車がなかったら本当に大変なことになってたと思いますよ。ジャングルですし。」
監督「(撮影場所はホテルから離れている。移動をしなければならない)カメラから器材から小道具からもってトロトロと歩いていく訳ですよ。途中でコウモリしかいない巨大な洞穴があるんですけども。鍾乳洞みたいなところで。」
竹野内さん「そうそうそう、そう」
監督「ライト当てるな、コウモリが動き出すからって。何百万匹もいるコウモリの巣を抜けて」
竹野内さん「そう。うん。」
監督「グルグルグルグル歩いてやっと撮影現場なんですよ。」

監督「ただ、ジャングルってこっちみてもあっちみても、あんまり変わらないじゃないですか。」
竹野内さん「うん、うん、うん(会話の合間に相づち)」
監督「緑の地獄みたいで。」
竹野内さん「うん。」
監督「もうちょっと頭良いやり方あったかなって。」
MC「決めたのは監督では…(ニュアンス)」
監督「僕だけの問題ではないので(ニュアンス)」

竹野内さん「でも、あのコウモリ洞窟を抜けてかないといけない場所だったんですよね。」
監督「そこだけが拘るだけの場所であったんですが、行く度に失敗したかなって」
竹野内さん「(俳優の)全員がそこを通っていかないと駄目だったんですよね。当然、下なんて土じゃないんですよ。もう全部フンですよね。そこでもう、集団感染というか。高熱が出るような。監督もあの時、タイに撮影に入る前に...ちょっと。(ちょっと気遣わしげに監督を見やる)」
監督「腹膜炎になって...衣装合わせは東宝の撮影所でベッドで横になりながらやった。それでタイに行って、2日目か3日目くらいに、スタッフとキャスト、サンマル隊の何人かが病院に搬送されて...僕も入ったんですよ。」
監督「風土病というか、そういうものじゃないか。原因は結局分りませんでしたが。7,8人、入院してましたもんね。」
MC「日本人だけですか?」
監督「そう。それでも撮影は中止にならないという地獄の撮影システム。(笑)」

竹野内さん「監督、知ってました?(少しおかしそうに笑う)サンマル隊の兵士とか、入院したじゃないですか。あまりにもロケが過酷なものだから...病院がもの凄く奇麗で。看護婦さんたちもすごい奇麗だから。本当に彼らにとったら天国で。仮病を使ってでも、ずっとここにいたいって。皆、そういう奴らが結構いたんですよね。うん―(語尾長め)。野犬がいたり。ライオーンという場所だったんですけどね。海側の方ですね。」
監督「タイってバンコクとかメコン川があってとか。自分のイメージの中でグリーンカレーとかあるしって(そういうイメージなのに)。ライオーンっていう場所と僕が思うタイのイメージがない。ひたすら東南アジアのジャングルの中っていうイメージ。タイにいったイメージがない。」
竹野内さん「うーん...。」
監督「バンコクにいたのはロケの時に空港で降りて一泊しただけ。衣装あわせもなくそのままライオーンに行った。」
竹野内さん「うん、うん。」
監督「タイで何が楽しかったってこと、何にもないですね。」
竹野内さん「ハハハ(息で笑う感じ)」
監督「ライオーンって軍港で、何にもないんですよ。」
竹野内さん「はい、そうですね。」
監督「撮影終わると時間はあるんですよ。でも何もなくて。フードマーケットはあって」
竹野内さん「屋台はあって。これくらいの広さの。色んな料理の、鳥が食べたい人はアソコとか。魚介系だったらとか。」
監督「後半になって撮影があと2週間とか見えてくると、東京についたら何食べようかとかそんなことしか考えてない。映画の中身に没頭しろよと。」
MC「日本に帰りたいと。」
監督「日本に戻りたいという気分はあったけど、映画に出てくるような人たちが言っていたような崇高な感じではない。」

~『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』のプロモーション活動について~

MC「宣伝稼働はすごかったですよね?」
竹野内さん「すごかったですよ。プロモーション活動で監督とずーっと日本全国行ったんですけど、310媒体…それ以上、全部で。もの凄いスケジュールが過酷だったんですけど、ホテルで分刻み、秒刻み。それ位ハードで。ずっと一緒に、ホテルの中とか。部屋を3つ位とって次々に部屋を移動して(インタビューを)ずっとやってました。監督も隣でこうウトウトとなってて(寝るジェスチャー)。監督に話をふる時になるとパッと起きて、すぐバーッと話てるんですよね。監督が話してる時に、今度は私がこう..(寝る仕草)。でも、もう何を聞かれても勝手にこう... (手で口がパクパク動くような仕草)…口が動いているというのがありましたね。東宝の宣伝部の人が『記録を持ってるのが哀川翔さんで。その記録にもうちょっとで届く。』」
監督「そんな記録に参加したくないよね(笑)」
竹野内さん「ええ、うん...」←断言も否定もせず。ニュアンスとしては相槌をうつだけの感じ。この時の番宣で日本テレビのニュース番組・News Zeroスピンオフにも出演し、それを私もリアタイしていた記憶がある。同番組で、大場大尉の家族の所へ訪問をしていた。因みに、戦争と平和はNews Zeroや月曜キャスター・櫻井翔(嵐)の追及するテーマの1つでもある。

③へ続く



 

平山秀幸映画屋街道40年記念祭り トークショー(10月10日:ゲスト・竹野内豊)No.1

2016年10月11日 23時55分10秒 | 舞台・コンサート感想



「呑むか撮るか 平山秀幸映画屋街道」刊行記念上映会 平山秀幸 映画屋40周年記念祭り 
2016年10月10日(月・祝日)14時05分からトークショー開始
場所:新文芸坐(東京・池袋)
出演者:平山秀幸さん(映画監督)、竹野内豊さん(俳優)、ミヤケハルエさん(MC)

++++

10月10日、平山秀幸監督と竹野内豊さんのトークショー付き映画上映に参加するべく、池袋・新文芸座(池袋)に行ってきました(完璧に勢いのままチケットを入手)。
竹野内さんは映画『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』で平山家督の作品に参加。今回は、その時の話を中心にトークが進みました。
因みに、竹野内さんは、トークショーに参加するのは初めてとのことです。

当日のスケジュールは以下の通り。
9時30分 開場(集合時間)
10時35分 平山監督作品 上映①『よい子と遊ぼう』
11時45分 平山監督作品 上映②『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』
14時05分 トークショー(平山監督+竹野内さん+MC)

正直な所、私は平山監督や竹野内さんを追っかけていた訳ではありません。
ただ、平山監督の作品を数本リアタイしていたこと(愛を乞うひと、太平洋の奇跡等)、竹野内さんの出演作を数本リアタイしていたこと(太平洋の奇跡、シン・ゴジラ等)、上映される『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』の基になった話をもともと知っていたこと等、様々な要因が重なってトークショーに参加することにいたしました。
(蛇足だが、日本テレビニュース番組・News Zeroがこの映画の宣伝協力をしたということもあり、嵐・櫻井翔(News Zero月曜キャスター)のファンである私も当時の放送(News Zeroスピンオフ)を視聴している。また、News Zeroの写真展に竹野内豊さんの写真があり、それを拝見した記憶もある。)
平山監督のファンの方、竹野内豊さんのファンの方が(もし)本レポートを見れば物足りない等の点が多々あるかと思いますが、そういうスタンスの人間がトークショーをレポートしているということでご理解を頂きたく思います。
また、このレポはトークショーが終わった直後から怒涛の勢いでtwitter上でメモ書きしたものを元にしております。トークショー中はメモをとっておりません。
よって、記憶違い勘違い聞き間違い聞き忘れ等など、多々あります。他の方のレポートを参考にしつつ読み進めて頂ければ幸いです(平山監督や竹野内さんのファンのアカウントを検索ください。)。

(閑話休題)

トークショーの檀上に上がった竹野内さんですが、かっこよくて目が潰れるかと思いました…びっくりしました。そして、とても良い人なんだろうなと思いました。言動の端々に気遣い、謙虚、優しさが漏れていました。こんなカッコ良い、良い人が現実にいるんだなあと。また同時に、彼は貪欲に色んな役(仕事)を求めているんじゃないかな…とも思いました。
今後やりたい仕事についての話(アクションや時代劇など、体を動かす役柄や悪役をしてみたい)を竹野内さんがしていた時ですが、竹野内さんの表情や言葉を観て聴いて「私が石油王だったら資金を今すぐにでも提供するのに..!!」と思いましたので。
竹野内さんご自身は器械体操も乗馬も経験があり、バク転もできるほどの運動神経ということなので、是非とも(体がまだ動く)今のうちに、そういった仕事が入ればいいなと思いました。
<研音さま、映画会社の皆さま、TV会社の皆さま、是非ぜひよろしくお願いします~。私の欲望のために(キリっ)。

また、平山監督もすごく気さくな感じがしました。
なんというか、有名な凄い監督なのに、愉快なオッサンな感じで。
ジャニオタ的にも注目の作品を監督されていますが(しゃべれども しゃれども、エヴェレスト)。

さて、トークショーに話を戻します。
監督、竹野内さんは穏やかな笑みと共に舞台そでから登場され、着席されました。
並び位置は、MC(左端)、竹野内さん(真ん中)、平山秀幸監督(右端)。

竹野内さんはイチローみたいな髪型(5分刈り坊主?)+スリーピースのスーツ(黒~濃紺←多分、黒)、平山監督は革ジャン+黒い帽子を着ていらっしゃいました。
竹野内さんの髪型は、恐らくは映画『麒麟の舌』(ニノ主演の映画(共演ばんざい!))の関係ではないかと思いますが。←帝国軍人役だから。
因みに、MCのミヤケさんは、平山監督と竹野内さん双方とお仕事をしたことがある縁で今回のMCをされたとのことでした(竹野内さんとはアットホームという映画で)。

まずは一言ずつ挨拶をとMCの方から促されます。
平山監督「自分の映画にこんなに沢山女性が集まることって絶対ないと思います。ここに来る前にタイ料理を食ってきました、平山です。よろしく」
MC「竹野内さん、トークショー珍しいですね?」
竹野内さん「実は初めてですね。皆さん、今日はありがとうございます。今、監督と裏で話をしていて...この映画館で『太平洋の奇跡』を見られるということは、本当に光栄なことで、本当に嬉しく思っております。僅かな時間ですけども、どうぞよろしくお願いします。」


トークショーの始まり始まり。(②へ続く)

初の平成中村座

2015年04月19日 16時02分38秒 | 舞台・コンサート感想



平成中村座 陽春大歌舞伎
(浅草寺 境内)

演目
・三笠山御殿
・高杯
・幡随長兵衛

出演
・中村橋之助
・中村勘九郎
・中村七の助
・波野七緒八
ほか


4/4に平成中村座 陽春大歌舞伎にツイ友さんに誘われて行って参りました!
中村座に行くのは初めてです。
いつか行きたい行きたいと思いつつも、なかなか時間やお金の都合が付かなかったりしたのですが、思い切ってえいや!と行ってきました。
(迷っているうちに中村勘三郎さんが亡くなってしまったこともありますしね、行きたいと思った時が行き時)

会場は浅草寺の境内に立てられた仮設会場。
お寺の中という、ナカナカの好立地な場所です。昔の江戸歌舞伎を感じられる、という意味で。



(会場入り口から五重塔が見える)

また、仮設とはいえ、凄く居心地の良い会場でした。
そこかしこに、勘三郎さんの拘りを感じることが出来るような、配慮の行き届いた会場でした。
勘三郎さんの性格は絶対’A型'的なものに違いない!!と思いました。
(実際の勘三郎さんの血液型は知りません。性格的に、というニュアンス的な。。。)

席も正直、歌舞伎座の席よりぜんぜん心地よかっ(げふんげふん)。
いえ、私が歌舞伎座に行く時はたいてい一番安い席だから比較にならないけど、それでも比較にならない位には良かったんだよね。。。



(会場内;幕の色が中村座の色)


演目は、
・三笠山御殿
・高杯
・幡随長兵衛
ですが、
三笠山御殿は恋する娘の美しさ、理不尽に耐える強さと愚かさ
高杯は狂言にも似た従者と商人のやり取りの面白み、軽妙な下駄のタップ舞踊
幡随長兵衛は名前に由来する切ないお話
など。
演目で背後のカベが開かれて本物の景色を見せる場面もあったのですが、あれには度肝を抜かれました。
ええ、歌舞伎で?!とも思いましたが、よく考えてみれば、歌舞伎は元はアバンギャルドなものだったしなと思いあたったり。
今に続く伝統芸能は常に大なり小なり革新を続けているという言葉をどっかで聞いたこともありますが、それと似たようなものかなと。
和菓子の虎屋さんもしかり。

とても面白かったです。
最安値のチケットが10000円という、決して安くない公演ですが、数年に一度の楽しみとしてまた公演を見てみたいとも思いました。







ブエノスアイレス午前零時@新国立劇場(12/6)

2014年12月10日 00時12分34秒 | 舞台・コンサート感想



ブエノスアイレス午前零時

原作:藤沢 周「ブエノスアイレス午前零時」
脚本:蓬莱竜太
音楽:coba
演出:行定 勲
出演:森田 剛/瀧本美織 橋本じゅん、千葉哲也、原田美枝子 他



12/6に舞台・ブエノスアイレス午前零時の観劇に行って参りました(新国立劇場)。
中劇場(1000席程度)ということもあって、演者の指先の動きまでじっくり味わう事が出来ました。
劇場特有の奥行きのある舞台を生かした場面展開が素敵な舞台でした。

日本の田舎のホテルで働く繊細な現代の青年と、ブエノスアイレスの売春宿で働くチンピラの2役を、V6の森田剛さんが演じておりました。
実のところ、森田君や他のキャスト方々がそれぞれ2役を演じると聞いて、観察力と集中力のない私は実はびくびくしていたのですが(区別がつくのかなとか)、なんの準備もなしにするりと2つの異なる世界(現代の日本とブエノスアイレス)に入りこむことが出来ました。

都会で挫折し、田舎に逃げてきた繊細な青年と、盲目の老女が出会ったことから始まるこの物語は、現代日本と一昔前のブエノスアイレスとが交差する不思議なもので。
孤独な魂、傷ついた魂とが触れ合うことで互いの欲するものが見えてくるような、、、仮令それがハッピーエンドでなくても。
そんな風に感じられる物語でした。

森田くんが演じた繊細な青年、挫折した青年、乱暴なチンピラが本当に良かった!
それに彼が踊るタンゴもまた良くて。
乱暴なチンピラの男の中に宿る繊細で弱く美しいものを表しているようで。
(森田くんの舞台は数年前に見た金閣寺が最初だったのですが、その時に演じた青年も弱くて屈折している鬱屈してたなあと思い出しました。。。)

他のキャストも良かった!橋本じゅんさんや千葉さん、原田さんたちが演じる人たちも。
音楽も素敵だったな、アコーディオンのタッチが素敵だなと思いましたが、音楽スタッフにcobaさんの名前が出ていて思わず納得した次第。


直前の思いつきで行く事を決めた舞台だったので(前日とかだったので)プレイガイドでチケットをとることが出来ずに当日券を求めて入ることになった公演だったのですが、これからの森田くんの舞台は前もってチケットを抑えておこうかなと思った舞台でございました。


目下の悩みは、DVD化される鉈切り丸(森田剛くん主演の舞台)を購入するかどうかということ。。。
むーん。
お金が飛んで行くぜい。

愛の讃歌@美輪明宏

2014年04月23日 23時50分04秒 | 舞台・コンサート感想
4月20日の日曜日に、新国立劇場にて舞台・愛の讃歌を鑑賞してきました。
主演、演出、衣装、音楽はおなじみ、美輪明宏さんです。

フランスの国民的歌手、エディット・ピアフの人生を、芝居と歌とで追っていくストーリー。
美輪さん自身がエディット・ピアフの歌ってきた「愛の讃歌」「バラ色の人生」を持ち歌としてきたこともあり、歌が芝居から「浮く」こともなく、しっくりと舞台になじんでおりました。

場面ごとに舞台~舞台の匂いも変えており、様々な舞台演出への拘り(美輪サンが舞台演出もしている)を感じました。
最初の場面、ピアフが街角で歌を歌っていた場面では埃っぽい匂い
中程の場面、ピアフがサロンや舞台で歌っていた場面では華やかな匂い
事故の場面、ピアフの最愛の恋人であるマルセル・セルダンが飛行機事故にあう場面ではガソリンのような匂い

味覚と触覚以外の様々な感覚を通して、舞台を味わうことが出来ました。
衣装も小道具もしっくりと馴染んでましたもん、舞台の設定である戦前~戦後のパリの場面に。

それに、ピアフが「芸術(歌)」という最大の恋人に人生を捧げてきた、という厳しい姿勢を見る事ができたのも良かったなと。
芸術家たちは芸術(芸術的な才能)の情婦である、という残酷な言葉を思い出した瞬間でありました。


そして、なによりも美輪さんの愛に溢れた舞台だったなあと。
与えっぱなしの愛、見返りを求めない愛、美輪さんがいつもいう、無償の愛が感じられました。

あんなにも愛に溢れ、愛を与えた人もいないだろうなあ、と思うくらい、
爆発的な愛をヒシヒシと感じました。
愛の讃歌という舞台に相応しいものでした。

また機会があれば味わいたいものです。