~トークショーの始まり~
MCに促されて一言ずつの挨拶から。
平山監督「自分の映画にこんなに沢山女性が集まることって絶対ないと思います。ここに来る前にタイ料理を食ってきました平山です。よろしく」
MC「竹野内さん、トークショー珍しいですね?」
竹野内さん「実は初めてですね。皆さん、今日はありがとうございます。今、監督と裏で話をしていて...この映画館で『太平洋の奇跡』を見られるということは、本当に光栄なことで、本当に嬉しく思っております。僅かな時間ですけども、よろしくお願いします。あのー...(監督が)本を書かれたということで(机の上におかれた監督の本を観客に見えるように立てる)」
MC「自ら!」
監督「先に本の宣伝になると思わなかった!」
(この後、監督が著書にサインをする時間をとる旨がアナウンスされる)
竹野内さん「呑むか、撮るかって良いですよね」
←この声がやたらめったら凄くイケボだったため、脳内に深―く刷り込まれた。
監督「今まで撮った映画のこととか、今みていただいた太平洋の奇跡とか、竹野内さんのこととか、いっぱい書き込んでます。因みに、この前にあった『よい子と遊ぼう』という子供の映画があったと思うんですけど、竹野内さん目当てに今日こられた方は何の映画だか全然...どういう映画だという印象だったと思うんですけど。これ(よい子と遊ぼう)は、僕が今までやった映画の中で一番安い予算の映画だったんです。竹野内さんの出てた『太平洋の奇跡』は、おそらく一番金のかかった映画です。一番金のかかってない映画とかかった映画を二本立てで上映しようという...しょうもない試みです。」
MC「こだわってましたもんね。」
監督「この文芸座というスクリーンで、よい子と遊ぼうと太平洋の奇跡を(同時)上映するのは常識を越えてるなと思います。こういう機会があったので、ちょっとやってみたかった。」
(平山監督が話している最中、竹野内さんは基本的に監督の方を向いていた。この時、椅子にやや深く腰をかけていた。例えば、映画『シン・ゴジラ』における赤坂秀樹のように椅子に浅くチョコンと座るようなことはしていない。監督のように、足は組まない。途中で椅子を後ろにずらして調製していた(足が長いから…。)。檀上の2人とは旧知ということもあってか、緊張はされていないように(私には)見えた。)
MC「(竹野内さんの方に向って)(監督と会うのは)お久しぶりですか?」
竹野内さん「はい、そうですね。もう何年ぶり...」
(ここで、竹野内さんの話す声が小さいため、MCから声の大きさについて対応するように求められる)
MC「もうちょっと声...。」
竹野内さん「何年ぶりくらいですかね...」(マイクに口を先ほどより近づけて話し始め、監督を見る)
監督「オーストラリア?もう6年?」
竹野内さん「オーストラリアの映画祭の時以来」
竹野内さん「さんざん終わった後に夜な夜な(笑)」
監督「呑むか、呑むか」
竹野内さん「呑むか、呑むか(微笑)。けっこう、ベロンベロンに。楽しかったです。」
←竹野内さんは監督に向って微笑んだが、その延長線上にいた私、それを見て昇天(白目)
監督「オーストラリアの映画祭の時も、竹野内さんのトークというか舞台挨拶があるっていうので、もの凄く沢山の女性が現地に集まって。入るときには僕が竹野内さんの助監督をしてましたね。触るな、触るな!って、映画祭で。助監督してました!」(人員整理のスタッフのごとくの手振り身振りをしつつ)
竹野内さん「ビックリしましたよ、本当。裏側…入口の方からちょうとステージに向って降りていくような感じだったんですけど...どれ位人数いたかな。」
監督「ここくらい?」
竹野内さん「いやいや、もっといました。もう、大変なことが多かったんですけど、気付いたら監督が『よけなさい、よけなさいって』(笑)」←息を漏らして笑う(フフフって感じの…可愛い)
監督「あのー...(困ったように笑う)、やっぱり一応、大場大尉ですから。」
MC「守らねば!(笑)」
監督「守らないといけないですね!一兵士としては!」
竹野内さん「恐縮でした(笑)」
MC「それが、太平洋の奇跡の時?」
竹野内さん「え?はい、太平洋の奇跡の時ですね、はい。」
~映画『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』の撮影について~
MC「今日、太平洋の奇跡を皆さんご覧になった訳ですが、(この映画にあたって)最初にあった時のことを覚えてますか?この企画で。」
竹野内さん「ええと...ね。そうですね。」
監督「撮影所ですよね」
竹野内さん「東宝の撮影所でお会いしたのを覚えています。」
監督「なんか、こう、正直いって、ええ、こんな二枚目汚せるかなっていうのが第一印象でしたね。変な言い方ですけども。ええと、こう、余り奇麗奇麗でいられると困るというのがあったんですけども。たいてい二枚目ってあんまり汚れたくない方が多い中で、大丈夫かなって思って。」
竹野内さん「ああー。」(ちょっと納得な感じの声)
監督「見事にトコトン汚れて頂いて。感謝感激ですね。」
竹野内「あの...タイに行く前に、丁度ね...もうちょっと短いかな(自身の髪の毛をさしつつ)...切っていったんですよ。で、現地にいって監督に髪型見せたら、『駄目だな、シティーボーイの顔してる。』」
(三人とも笑う)
監督「いった?おれ、そんなこと?ええー。」
竹野内さん「はい。」←この時の『はい』が矢鱈と神妙で可愛かった。
竹野内さん「あのーそんなに奇麗にこう...床屋で切っていったんですね。今日から暫くほとんど帽子を被ってるから、もうボウボウにのばしっぱなしにしといてくれって。よく考えたらそうですよね。バリカンだって無かっただろうし、当然。そんな...自分のちょっと勉強不足で。そのまま…日本人の軍人役ってことで勝手にこう、五分刈りにしていっちゃったんで。」
MC「もうご自身でこうだろうと。」
竹野内さん「うーん、それがね、ちょっと浅はかでしたね。山に512日間も潜伏している兵士の役なんで、床屋で切るっていうのは間違ってましたね。」
監督(笑)
MC「映画を見ていたらどんどん絞られてるというか、痩せていって...。最初からそうしようと?」
竹野内さん「うーん。」
MC「それもそうしようと。」
竹野内さん「そうですね、途中から段々減らしていって。どうしても夜…とにかく6時以降とか7時以降とかは絶対何も口に入れないっていう。どうしても、辛いなと思った時には、梅干し。梅干しを持っていったりしたので、梅干しを食べたりして。とはいっても、体感温度40℃くらいあるんで、どんどん痩せていくんですよ。食べなければ。汗もそうですし。どんなに水を飲んでも、トイレ行かないんで...ぜんぶ汗で流れていっちゃうんで。それ位、暑かったですね。」
監督「あと、軍服じゃないですか。非常に厚いんですよ。丈夫だし。汗でるどころじゃないですし。僕ら(スタッフ)はTシャツ短パンなんですよ。僕らは暑くない暑くないって大丈夫よって言ってるけど。俳優さん達は、竹野内さん含めて、兵隊さんはシンドイだろうなと思ってはいました。思ってただけですが。」
竹野内さん「まる二ヶ月タイに行ってたんですけど、(戦闘シーンも含めて)1回も洗わなかったですね、軍服は。全員ですけど。衣装部は大変だったと思いますけど。」
(ここで監督、竹野内さんに『さっき話した、あの話をしなよ』とマイクを通さずに催促)
竹野内さん「総攻撃のシーンの時に、どこからともなく何か臭いが漂ってくるんですけど...なんか臭いぞって思って(笑)。みんな洗ってないんで。ある意味、本当にリアルですよね。現場に漂ってました。実際の戦地ではもっと凄い悪臭っていうか。当然、負傷して膿んでる兵士の方もいらっしゃったでしょうし。47士の兵士の中でアラクラさんっていう方がいらっしゃって。最年少の兵士でいらっしゃったんですけど。日本に帰還してから、その方にあって色々話しを伺って。実際は負傷して傷口が膿んで来たら蛆が湧くらしいんですね。蛆はとっちゃいけないらしんですね。取る絶妙なタイミングがあるらしくて。そのタイミングを逃すと良い肉まで蛆虫に食べられちゃうから、それがものすごく痛いらしくて。….ちょっと話が飛んじゃいましたけど(笑)。」
MC「それは撮影が始まる前にお会いできたんですか?」
監督「撮影前だよね?当然」
竹野内「大倉さん?」
監督「途中だったかな?」
(ここで記憶の混同が起こっていることが発覚。両者の間で記憶の確認が始まる。撮影前?撮影後?どのタイミング?)
竹野内さん「確か、タイにいた時に、そういう方が新聞かなにかを見て... ご家族の方が連絡を。」
監督「年取ってくると物忘れが激しくなって…記憶が薄れて申し訳ないです。」
MC「6年前のことですから。」
監督「撮影自体は、6年前の6,7,…いや、5、6、7(の)3ヶ月間、タイで撮影していて。結局、1回も帰らなかったよね?」
竹野内さん「帰りませんでした。」
監督「竹野内さんとか、所謂サンマル(30)隊、竹野内さんの部下達はずっと(タイに)3ヶ月いっぱなしでしたね。」
竹野内さん「いやー過酷なロケでしたね。」
監督「暑いんですよね...。僕が助監督の時、沖縄でロケをやったことがあるんですが。その時は『ハブが出るからここから入るなっ』てロープが張られていて。タイに最初にいった時に、そういうロープこそなかったですが、『ここから向こうに絶対入るな、コブラでますから』って」
竹野内さん「うん、うん」(話の合間に頷きつつ)←相槌がとても優しい。
竹野内さん「でも撮影中にヘビだ、ベビだって声が結構…。」
監督「あとサソリですね。」
竹野内さん「サソリ、はい。」
監督「(映画の)最後の投降する時の行進の時、足元全部、サソリですからね。小さな。後、ハエとか。」
竹野内さん「もうね、凄いんですよ。向こうの虫はデカイし、蚊も『本当に蚊か?!』ってくらい大きいんですよね。野営地で大場大尉がじっとしているシーンの時に、本番っていう時に『ふ〜ん』って。何気に視界に入ってるんですけど。でかいなあって。本番だし動けないし。頼むから刺さないでくれよって(笑)。虫は…毒虫は色んなのいましたね。」
←この時の『ふーん』というハエの飛ぶ音を言うときが少し楽しそうだった。
監督「スタッフが蠅をよけながら飯を食う技に長けていった。」
竹野内さん「凄いですよ。」
監督「それを避けながら、立って食べたり。」
竹野内さん「食事は基本的にケータリングだったんですよ。確実にお昼時間が何時って...ちょっと時間が前後することもあるし、蠅も凄いし40℃近くあるし。それであっという間に(食材が)悪くなっちゃって。それでお腹を壊しちゃったりして。現場には常にトイレ車が…水洗トイレですよ。便器が3つあって。大きなトラックで。」
監督「そこが冷房効いてるんですよ。だから入ったらナカナカ出てこなくて、ね!」
竹野内さん「そうですね(笑)。あの水洗トイレ車がなかったら本当に大変なことになってたと思いますよ。ジャングルですし。」
監督「(撮影場所はホテルから離れている。移動をしなければならない)カメラから器材から小道具からもってトロトロと歩いていく訳ですよ。途中でコウモリしかいない巨大な洞穴があるんですけども。鍾乳洞みたいなところで。」
竹野内さん「そうそうそう、そう」
監督「ライト当てるな、コウモリが動き出すからって。何百万匹もいるコウモリの巣を抜けて」
竹野内さん「そう。うん。」
監督「グルグルグルグル歩いてやっと撮影現場なんですよ。」
監督「ただ、ジャングルってこっちみてもあっちみても、あんまり変わらないじゃないですか。」
竹野内さん「うん、うん、うん(会話の合間に相づち)」
監督「緑の地獄みたいで。」
竹野内さん「うん。」
監督「もうちょっと頭良いやり方あったかなって。」
MC「決めたのは監督では…(ニュアンス)」
監督「僕だけの問題ではないので(ニュアンス)」
竹野内さん「でも、あのコウモリ洞窟を抜けてかないといけない場所だったんですよね。」
監督「そこだけが拘るだけの場所であったんですが、行く度に失敗したかなって」
竹野内さん「(俳優の)全員がそこを通っていかないと駄目だったんですよね。当然、下なんて土じゃないんですよ。もう全部フンですよね。そこでもう、集団感染というか。高熱が出るような。監督もあの時、タイに撮影に入る前に...ちょっと。(ちょっと気遣わしげに監督を見やる)」
監督「腹膜炎になって...衣装合わせは東宝の撮影所でベッドで横になりながらやった。それでタイに行って、2日目か3日目くらいに、スタッフとキャスト、サンマル隊の何人かが病院に搬送されて...僕も入ったんですよ。」
監督「風土病というか、そういうものじゃないか。原因は結局分りませんでしたが。7,8人、入院してましたもんね。」
MC「日本人だけですか?」
監督「そう。それでも撮影は中止にならないという地獄の撮影システム。(笑)」
竹野内さん「監督、知ってました?(少しおかしそうに笑う)サンマル隊の兵士とか、入院したじゃないですか。あまりにもロケが過酷なものだから...病院がもの凄く奇麗で。看護婦さんたちもすごい奇麗だから。本当に彼らにとったら天国で。仮病を使ってでも、ずっとここにいたいって。皆、そういう奴らが結構いたんですよね。うん―(語尾長め)。野犬がいたり。ライオーンという場所だったんですけどね。海側の方ですね。」
監督「タイってバンコクとかメコン川があってとか。自分のイメージの中でグリーンカレーとかあるしって(そういうイメージなのに)。ライオーンっていう場所と僕が思うタイのイメージがない。ひたすら東南アジアのジャングルの中っていうイメージ。タイにいったイメージがない。」
竹野内さん「うーん...。」
監督「バンコクにいたのはロケの時に空港で降りて一泊しただけ。衣装あわせもなくそのままライオーンに行った。」
竹野内さん「うん、うん。」
監督「タイで何が楽しかったってこと、何にもないですね。」
竹野内さん「ハハハ(息で笑う感じ)」
監督「ライオーンって軍港で、何にもないんですよ。」
竹野内さん「はい、そうですね。」
監督「撮影終わると時間はあるんですよ。でも何もなくて。フードマーケットはあって」
竹野内さん「屋台はあって。これくらいの広さの。色んな料理の、鳥が食べたい人はアソコとか。魚介系だったらとか。」
監督「後半になって撮影があと2週間とか見えてくると、東京についたら何食べようかとかそんなことしか考えてない。映画の中身に没頭しろよと。」
MC「日本に帰りたいと。」
監督「日本に戻りたいという気分はあったけど、映画に出てくるような人たちが言っていたような崇高な感じではない。」
~『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』のプロモーション活動について~
MC「宣伝稼働はすごかったですよね?」
竹野内さん「すごかったですよ。プロモーション活動で監督とずーっと日本全国行ったんですけど、310媒体…それ以上、全部で。もの凄いスケジュールが過酷だったんですけど、ホテルで分刻み、秒刻み。それ位ハードで。ずっと一緒に、ホテルの中とか。部屋を3つ位とって次々に部屋を移動して(インタビューを)ずっとやってました。監督も隣でこうウトウトとなってて(寝るジェスチャー)。監督に話をふる時になるとパッと起きて、すぐバーッと話てるんですよね。監督が話してる時に、今度は私がこう..(寝る仕草)。でも、もう何を聞かれても勝手にこう... (手で口がパクパク動くような仕草)…口が動いているというのがありましたね。東宝の宣伝部の人が『記録を持ってるのが哀川翔さんで。その記録にもうちょっとで届く。』」
監督「そんな記録に参加したくないよね(笑)」
竹野内さん「ええ、うん...」←断言も否定もせず。ニュアンスとしては相槌をうつだけの感じ。この時の番宣で日本テレビのニュース番組・News Zeroスピンオフにも出演し、それを私もリアタイしていた記憶がある。同番組で、大場大尉の家族の所へ訪問をしていた。因みに、戦争と平和はNews Zeroや月曜キャスター・櫻井翔(嵐)の追及するテーマの1つでもある。
③へ続く
MCに促されて一言ずつの挨拶から。
平山監督「自分の映画にこんなに沢山女性が集まることって絶対ないと思います。ここに来る前にタイ料理を食ってきました平山です。よろしく」
MC「竹野内さん、トークショー珍しいですね?」
竹野内さん「実は初めてですね。皆さん、今日はありがとうございます。今、監督と裏で話をしていて...この映画館で『太平洋の奇跡』を見られるということは、本当に光栄なことで、本当に嬉しく思っております。僅かな時間ですけども、よろしくお願いします。あのー...(監督が)本を書かれたということで(机の上におかれた監督の本を観客に見えるように立てる)」
MC「自ら!」
監督「先に本の宣伝になると思わなかった!」
(この後、監督が著書にサインをする時間をとる旨がアナウンスされる)
竹野内さん「呑むか、撮るかって良いですよね」
←この声がやたらめったら凄くイケボだったため、脳内に深―く刷り込まれた。
監督「今まで撮った映画のこととか、今みていただいた太平洋の奇跡とか、竹野内さんのこととか、いっぱい書き込んでます。因みに、この前にあった『よい子と遊ぼう』という子供の映画があったと思うんですけど、竹野内さん目当てに今日こられた方は何の映画だか全然...どういう映画だという印象だったと思うんですけど。これ(よい子と遊ぼう)は、僕が今までやった映画の中で一番安い予算の映画だったんです。竹野内さんの出てた『太平洋の奇跡』は、おそらく一番金のかかった映画です。一番金のかかってない映画とかかった映画を二本立てで上映しようという...しょうもない試みです。」
MC「こだわってましたもんね。」
監督「この文芸座というスクリーンで、よい子と遊ぼうと太平洋の奇跡を(同時)上映するのは常識を越えてるなと思います。こういう機会があったので、ちょっとやってみたかった。」
(平山監督が話している最中、竹野内さんは基本的に監督の方を向いていた。この時、椅子にやや深く腰をかけていた。例えば、映画『シン・ゴジラ』における赤坂秀樹のように椅子に浅くチョコンと座るようなことはしていない。監督のように、足は組まない。途中で椅子を後ろにずらして調製していた(足が長いから…。)。檀上の2人とは旧知ということもあってか、緊張はされていないように(私には)見えた。)
MC「(竹野内さんの方に向って)(監督と会うのは)お久しぶりですか?」
竹野内さん「はい、そうですね。もう何年ぶり...」
(ここで、竹野内さんの話す声が小さいため、MCから声の大きさについて対応するように求められる)
MC「もうちょっと声...。」
竹野内さん「何年ぶりくらいですかね...」(マイクに口を先ほどより近づけて話し始め、監督を見る)
監督「オーストラリア?もう6年?」
竹野内さん「オーストラリアの映画祭の時以来」
竹野内さん「さんざん終わった後に夜な夜な(笑)」
監督「呑むか、呑むか」
竹野内さん「呑むか、呑むか(微笑)。けっこう、ベロンベロンに。楽しかったです。」
←竹野内さんは監督に向って微笑んだが、その延長線上にいた私、それを見て昇天(白目)
監督「オーストラリアの映画祭の時も、竹野内さんのトークというか舞台挨拶があるっていうので、もの凄く沢山の女性が現地に集まって。入るときには僕が竹野内さんの助監督をしてましたね。触るな、触るな!って、映画祭で。助監督してました!」(人員整理のスタッフのごとくの手振り身振りをしつつ)
竹野内さん「ビックリしましたよ、本当。裏側…入口の方からちょうとステージに向って降りていくような感じだったんですけど...どれ位人数いたかな。」
監督「ここくらい?」
竹野内さん「いやいや、もっといました。もう、大変なことが多かったんですけど、気付いたら監督が『よけなさい、よけなさいって』(笑)」←息を漏らして笑う(フフフって感じの…可愛い)
監督「あのー...(困ったように笑う)、やっぱり一応、大場大尉ですから。」
MC「守らねば!(笑)」
監督「守らないといけないですね!一兵士としては!」
竹野内さん「恐縮でした(笑)」
MC「それが、太平洋の奇跡の時?」
竹野内さん「え?はい、太平洋の奇跡の時ですね、はい。」
~映画『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』の撮影について~
MC「今日、太平洋の奇跡を皆さんご覧になった訳ですが、(この映画にあたって)最初にあった時のことを覚えてますか?この企画で。」
竹野内さん「ええと...ね。そうですね。」
監督「撮影所ですよね」
竹野内さん「東宝の撮影所でお会いしたのを覚えています。」
監督「なんか、こう、正直いって、ええ、こんな二枚目汚せるかなっていうのが第一印象でしたね。変な言い方ですけども。ええと、こう、余り奇麗奇麗でいられると困るというのがあったんですけども。たいてい二枚目ってあんまり汚れたくない方が多い中で、大丈夫かなって思って。」
竹野内さん「ああー。」(ちょっと納得な感じの声)
監督「見事にトコトン汚れて頂いて。感謝感激ですね。」
竹野内「あの...タイに行く前に、丁度ね...もうちょっと短いかな(自身の髪の毛をさしつつ)...切っていったんですよ。で、現地にいって監督に髪型見せたら、『駄目だな、シティーボーイの顔してる。』」
(三人とも笑う)
監督「いった?おれ、そんなこと?ええー。」
竹野内さん「はい。」←この時の『はい』が矢鱈と神妙で可愛かった。
竹野内さん「あのーそんなに奇麗にこう...床屋で切っていったんですね。今日から暫くほとんど帽子を被ってるから、もうボウボウにのばしっぱなしにしといてくれって。よく考えたらそうですよね。バリカンだって無かっただろうし、当然。そんな...自分のちょっと勉強不足で。そのまま…日本人の軍人役ってことで勝手にこう、五分刈りにしていっちゃったんで。」
MC「もうご自身でこうだろうと。」
竹野内さん「うーん、それがね、ちょっと浅はかでしたね。山に512日間も潜伏している兵士の役なんで、床屋で切るっていうのは間違ってましたね。」
監督(笑)
MC「映画を見ていたらどんどん絞られてるというか、痩せていって...。最初からそうしようと?」
竹野内さん「うーん。」
MC「それもそうしようと。」
竹野内さん「そうですね、途中から段々減らしていって。どうしても夜…とにかく6時以降とか7時以降とかは絶対何も口に入れないっていう。どうしても、辛いなと思った時には、梅干し。梅干しを持っていったりしたので、梅干しを食べたりして。とはいっても、体感温度40℃くらいあるんで、どんどん痩せていくんですよ。食べなければ。汗もそうですし。どんなに水を飲んでも、トイレ行かないんで...ぜんぶ汗で流れていっちゃうんで。それ位、暑かったですね。」
監督「あと、軍服じゃないですか。非常に厚いんですよ。丈夫だし。汗でるどころじゃないですし。僕ら(スタッフ)はTシャツ短パンなんですよ。僕らは暑くない暑くないって大丈夫よって言ってるけど。俳優さん達は、竹野内さん含めて、兵隊さんはシンドイだろうなと思ってはいました。思ってただけですが。」
竹野内さん「まる二ヶ月タイに行ってたんですけど、(戦闘シーンも含めて)1回も洗わなかったですね、軍服は。全員ですけど。衣装部は大変だったと思いますけど。」
(ここで監督、竹野内さんに『さっき話した、あの話をしなよ』とマイクを通さずに催促)
竹野内さん「総攻撃のシーンの時に、どこからともなく何か臭いが漂ってくるんですけど...なんか臭いぞって思って(笑)。みんな洗ってないんで。ある意味、本当にリアルですよね。現場に漂ってました。実際の戦地ではもっと凄い悪臭っていうか。当然、負傷して膿んでる兵士の方もいらっしゃったでしょうし。47士の兵士の中でアラクラさんっていう方がいらっしゃって。最年少の兵士でいらっしゃったんですけど。日本に帰還してから、その方にあって色々話しを伺って。実際は負傷して傷口が膿んで来たら蛆が湧くらしいんですね。蛆はとっちゃいけないらしんですね。取る絶妙なタイミングがあるらしくて。そのタイミングを逃すと良い肉まで蛆虫に食べられちゃうから、それがものすごく痛いらしくて。….ちょっと話が飛んじゃいましたけど(笑)。」
MC「それは撮影が始まる前にお会いできたんですか?」
監督「撮影前だよね?当然」
竹野内「大倉さん?」
監督「途中だったかな?」
(ここで記憶の混同が起こっていることが発覚。両者の間で記憶の確認が始まる。撮影前?撮影後?どのタイミング?)
竹野内さん「確か、タイにいた時に、そういう方が新聞かなにかを見て... ご家族の方が連絡を。」
監督「年取ってくると物忘れが激しくなって…記憶が薄れて申し訳ないです。」
MC「6年前のことですから。」
監督「撮影自体は、6年前の6,7,…いや、5、6、7(の)3ヶ月間、タイで撮影していて。結局、1回も帰らなかったよね?」
竹野内さん「帰りませんでした。」
監督「竹野内さんとか、所謂サンマル(30)隊、竹野内さんの部下達はずっと(タイに)3ヶ月いっぱなしでしたね。」
竹野内さん「いやー過酷なロケでしたね。」
監督「暑いんですよね...。僕が助監督の時、沖縄でロケをやったことがあるんですが。その時は『ハブが出るからここから入るなっ』てロープが張られていて。タイに最初にいった時に、そういうロープこそなかったですが、『ここから向こうに絶対入るな、コブラでますから』って」
竹野内さん「うん、うん」(話の合間に頷きつつ)←相槌がとても優しい。
竹野内さん「でも撮影中にヘビだ、ベビだって声が結構…。」
監督「あとサソリですね。」
竹野内さん「サソリ、はい。」
監督「(映画の)最後の投降する時の行進の時、足元全部、サソリですからね。小さな。後、ハエとか。」
竹野内さん「もうね、凄いんですよ。向こうの虫はデカイし、蚊も『本当に蚊か?!』ってくらい大きいんですよね。野営地で大場大尉がじっとしているシーンの時に、本番っていう時に『ふ〜ん』って。何気に視界に入ってるんですけど。でかいなあって。本番だし動けないし。頼むから刺さないでくれよって(笑)。虫は…毒虫は色んなのいましたね。」
←この時の『ふーん』というハエの飛ぶ音を言うときが少し楽しそうだった。
監督「スタッフが蠅をよけながら飯を食う技に長けていった。」
竹野内さん「凄いですよ。」
監督「それを避けながら、立って食べたり。」
竹野内さん「食事は基本的にケータリングだったんですよ。確実にお昼時間が何時って...ちょっと時間が前後することもあるし、蠅も凄いし40℃近くあるし。それであっという間に(食材が)悪くなっちゃって。それでお腹を壊しちゃったりして。現場には常にトイレ車が…水洗トイレですよ。便器が3つあって。大きなトラックで。」
監督「そこが冷房効いてるんですよ。だから入ったらナカナカ出てこなくて、ね!」
竹野内さん「そうですね(笑)。あの水洗トイレ車がなかったら本当に大変なことになってたと思いますよ。ジャングルですし。」
監督「(撮影場所はホテルから離れている。移動をしなければならない)カメラから器材から小道具からもってトロトロと歩いていく訳ですよ。途中でコウモリしかいない巨大な洞穴があるんですけども。鍾乳洞みたいなところで。」
竹野内さん「そうそうそう、そう」
監督「ライト当てるな、コウモリが動き出すからって。何百万匹もいるコウモリの巣を抜けて」
竹野内さん「そう。うん。」
監督「グルグルグルグル歩いてやっと撮影現場なんですよ。」
監督「ただ、ジャングルってこっちみてもあっちみても、あんまり変わらないじゃないですか。」
竹野内さん「うん、うん、うん(会話の合間に相づち)」
監督「緑の地獄みたいで。」
竹野内さん「うん。」
監督「もうちょっと頭良いやり方あったかなって。」
MC「決めたのは監督では…(ニュアンス)」
監督「僕だけの問題ではないので(ニュアンス)」
竹野内さん「でも、あのコウモリ洞窟を抜けてかないといけない場所だったんですよね。」
監督「そこだけが拘るだけの場所であったんですが、行く度に失敗したかなって」
竹野内さん「(俳優の)全員がそこを通っていかないと駄目だったんですよね。当然、下なんて土じゃないんですよ。もう全部フンですよね。そこでもう、集団感染というか。高熱が出るような。監督もあの時、タイに撮影に入る前に...ちょっと。(ちょっと気遣わしげに監督を見やる)」
監督「腹膜炎になって...衣装合わせは東宝の撮影所でベッドで横になりながらやった。それでタイに行って、2日目か3日目くらいに、スタッフとキャスト、サンマル隊の何人かが病院に搬送されて...僕も入ったんですよ。」
監督「風土病というか、そういうものじゃないか。原因は結局分りませんでしたが。7,8人、入院してましたもんね。」
MC「日本人だけですか?」
監督「そう。それでも撮影は中止にならないという地獄の撮影システム。(笑)」
竹野内さん「監督、知ってました?(少しおかしそうに笑う)サンマル隊の兵士とか、入院したじゃないですか。あまりにもロケが過酷なものだから...病院がもの凄く奇麗で。看護婦さんたちもすごい奇麗だから。本当に彼らにとったら天国で。仮病を使ってでも、ずっとここにいたいって。皆、そういう奴らが結構いたんですよね。うん―(語尾長め)。野犬がいたり。ライオーンという場所だったんですけどね。海側の方ですね。」
監督「タイってバンコクとかメコン川があってとか。自分のイメージの中でグリーンカレーとかあるしって(そういうイメージなのに)。ライオーンっていう場所と僕が思うタイのイメージがない。ひたすら東南アジアのジャングルの中っていうイメージ。タイにいったイメージがない。」
竹野内さん「うーん...。」
監督「バンコクにいたのはロケの時に空港で降りて一泊しただけ。衣装あわせもなくそのままライオーンに行った。」
竹野内さん「うん、うん。」
監督「タイで何が楽しかったってこと、何にもないですね。」
竹野内さん「ハハハ(息で笑う感じ)」
監督「ライオーンって軍港で、何にもないんですよ。」
竹野内さん「はい、そうですね。」
監督「撮影終わると時間はあるんですよ。でも何もなくて。フードマーケットはあって」
竹野内さん「屋台はあって。これくらいの広さの。色んな料理の、鳥が食べたい人はアソコとか。魚介系だったらとか。」
監督「後半になって撮影があと2週間とか見えてくると、東京についたら何食べようかとかそんなことしか考えてない。映画の中身に没頭しろよと。」
MC「日本に帰りたいと。」
監督「日本に戻りたいという気分はあったけど、映画に出てくるような人たちが言っていたような崇高な感じではない。」
~『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』のプロモーション活動について~
MC「宣伝稼働はすごかったですよね?」
竹野内さん「すごかったですよ。プロモーション活動で監督とずーっと日本全国行ったんですけど、310媒体…それ以上、全部で。もの凄いスケジュールが過酷だったんですけど、ホテルで分刻み、秒刻み。それ位ハードで。ずっと一緒に、ホテルの中とか。部屋を3つ位とって次々に部屋を移動して(インタビューを)ずっとやってました。監督も隣でこうウトウトとなってて(寝るジェスチャー)。監督に話をふる時になるとパッと起きて、すぐバーッと話てるんですよね。監督が話してる時に、今度は私がこう..(寝る仕草)。でも、もう何を聞かれても勝手にこう... (手で口がパクパク動くような仕草)…口が動いているというのがありましたね。東宝の宣伝部の人が『記録を持ってるのが哀川翔さんで。その記録にもうちょっとで届く。』」
監督「そんな記録に参加したくないよね(笑)」
竹野内さん「ええ、うん...」←断言も否定もせず。ニュアンスとしては相槌をうつだけの感じ。この時の番宣で日本テレビのニュース番組・News Zeroスピンオフにも出演し、それを私もリアタイしていた記憶がある。同番組で、大場大尉の家族の所へ訪問をしていた。因みに、戦争と平和はNews Zeroや月曜キャスター・櫻井翔(嵐)の追及するテーマの1つでもある。
③へ続く

