■国立大学事務職員は自分の国立大学が大好き
自分はかつて文部科学省管轄の独立行政法人に出向していたことがありました。そしてその時にその独立行政法人の人事担当の職員さんが度々言っていたことは、国立大学の職員は所属している国立大学からとにかく出たがらないので人材を確保するのが年々難しくなってきている、ということでした。このことは大学側としても悩みの種になっているようです。ある国立大学の事務職員がその国立大学で働き続けたいと思うことは一概に悪いことであるとは思いませんし、大学側としても年数を掛けて育成した人材が外部に流れていってしまうことを防げるというメリットもあるかと思います。しかし、国立大学に限らず組織というものは外部との人事交流を一定量行っていないと閉鎖的な構造になってしまうという欠点があります。そして大学の人事担当者はこの点を割と強く憂慮します。かつての国家公務員時代であれば命令一つで転勤を命じることもできましたが、独立行政法人化して労働法が適用されるようななって現在においては、労働者の同意なくしては雇用者を使用者の一存で変えることができないのです(興味のある人は労働法の「出向命令権」について調べてみてください)。
要するに、大学側は人事交流を行いたがっており、人事交流先の組織も国立大学からの人材を欲しているが、労働者の同意なくして人事交流を行うことができず、そして肝心の労働者である国立大学事務職員は所属する国立大学から出たがらないというのが人事担当者が頭を抱えている今の現状なのです。
■若年化する人事交流者
上に記したような現状においても、人事担当者は外部に出ることを承諾してくれる職員を探します。そしてその結果として、人事交流として外部機関に出向する職員はどんどん若年化していっているようです。この点に関して、なぜ若い人たちの方が外に出ることに抵抗が少ないのかはよく分かりませんが、少なくともマイホームを購入した年配の職員さんや家庭持ちの職員さんよりかは、若手のほうが身軽で出向するにあたって不利な条件がなかったり、環境が変わることにそこまで抵抗感がなかったりするという背景があるのだろうと思います。人事交流先に出向させる職員を探している人事担当の方にお話をお伺いしても、やはりターゲットとなる職員の年齢を下げない限り、出向に同意する職員がみつからないのだそうです。事実自分の大学では、最近は配属されて1年も経っていない職員ばかりが出向者として外に出て行きます。配属と同時に出向した職員さんもいたくらいですし、中には最初から出向させるためだけに採用したのではないかと思われる職員さんすらいる始末です。
■大学が求める新規採用者像にも影響が?
前文で記した「出向させるためだけに採用した」というのは極端な例ですが、現状において大学側が新規採用者に求めるものの一つに「国立大学という枠組みにこだわらずに意欲的に業務に打ち込める姿勢を持っていること」が挙げられると思います。特にこの問題は、新規採用者の面接などをつかさどる人事系の職員が常日頃から頭を抱えている問題なので、採用時の面接などにも少なからず影響を与えている気がします。実際、自分の時の採用面接においても転勤ができるかどうかは聞かれました。この時の同意が必ずしも就職した後の出向にも同意している訳ではないと思いますが、人事担当者としてはこのような質問をぶつけることで新規採用者の転勤や出向に対する考えをチェックしているのだと思います。そのため、これから採用面接を受ける方などはこのような質問に対してただ「はい」「いいえ」と答えるのではなく、「就職した後にはこれこれこういった機関にも行ってみたい」とか「どのような機関に人事交流で行けるのか」と尋ねることも強い自己PRとなりえるかと思います。
■出向に関する個人的見解
自分自身、出向を経験して一度自分の所属する国立大学を離れた経験を持っています。その上での出向に関する個人的見解を、出向のメリットとデメリットという面から述べてみたいと思います。
出向のメリットとして最大のものはやはり、国立大学という環境から離れた環境で業務にあたることにより、逆に国立大学というものを客観的に捉えることができるようになるということだと思います。言い方を変えると、ある業務に対してそれが国立大学特有のものか否かの判断がつくようになるということでしょうし、簡単にまとめるなら「知見が広がる」ということでもあります。実際自分の場合、文部科学省管轄の独立行政法人ではありましたが、出向先の組織では初等中等教育や地方自治体に接する業務、あるいは市民に直に接する業務が多かったため、国立大学における事務の業務がいかに閉鎖的であるか思い知らされた記憶があります。もちろん、出向して見えてきた国立大学の良さというものもありました。一つには情報の周知を徹底している姿勢です。必要なことは書類や文章を持って職員全体に知れ渡るようなシステムを持ち、大学の中枢部が情報発信に対しての責任をキチンと守っているという印象を持ちました。また職員数が多いという利点を生かして(あるいは職員数が多いがゆえにしなければならないので)、事務の効率化という面でも国立大学は出向先の組織と比べて頭一つ分進んでいるという印象でした。職員数が多いという点に関しては、それゆえに対応しなければならない業務のパターンも多いため、ある業務に対する「深い知識」(反面それは「狭い知識」になる嫌いもあるが)が身に付くというメリットもありました。
では出向のデメリットは何でしょうか。真っ先に思いつき、また出向を倦厭する人間もそれゆえに出向を避けるであろうものとして、引越や職場環境の変化に伴う金銭的・精神的負担が挙げられると思います。金銭的側面に注目すると、赴任手当(自分の場合行きと帰りで各9万円程出ました)は出るものの、住居を借りる際の敷金や仲介手数料、引越の料金を考えるなら出向そのものの作業は赤字になると思います。また出向先によっては通勤方法が自動車に限られるというところもあるようで、この場合は自動車の購入料金の他にも月々の保険料を負担する必要も出てくるわけです。職場環境の変化における精神的負担も人によっては嫌がるでしょう。特に地元の高校からそう遠くない国立大学に入学してそのままその国立大学職員になったような人間にしてみると、知り合いが一人もいない初めての土地に単身出て行くことはそれなりの覚悟が必要になるでしょう。まぁ経験談として言わせてもらえばこのあたりは「住めば都」というやつで、自分の過去を知らない人たちと働くのも知らない土地で暮らすというのもそれなりの新鮮さがあって良いのですが、経験の無い人たちにとってはつい二の足を踏んでしまう要因なのだと思います。
出向のデメリットとしてもう一つは、出向先での勤務経験が必ずしも大学に戻った時に生かされる訳ではないということです。総務係や会計係であれば、同じ文部科学省の傘下でそこまで変わることも無いのかもしれませんが、自分の場合は国立大学ではまず行わないような業務をする係に配属になったため、キャリアを積むという点からはあまり評価のできない期間だったかもしれません。しかしこの点について、確かに専門性からは評価できないかもしれませんが、出向においてはその点を補って余りある「見聞を広げる」というメリットがある点は強調しておかなければなりません。国立大学で身に付くのが「専門知識」であるのであれば、出向先で身に付くのは「教養」とでもいうようなものです。上の出向のメリットで挙げた通り、出向先においても業務を通して大学を理解することができます。「この業務は大学では行っていない。しかし大学においてもこのような業務は必要なのではないか。大学で行うためにはどのような資源が必要か」「この業務は大学においても行われている。双方がこの業務を行う共通の必要性とはなんだろうか」。このような疑問はここまで明確に浮かんでくるわけではありませんが、それでも出向を通してこのような観点を身につけることができます。これは出向ゆえに見に付くという意味ではとても貴重な経験ですし、また専門性に関して言うと、国立大学の中にいるからといって常に後々に役に立つ専門性が身につくという訳ではないと思います。人事系への配属を希望する人間にとって、専門性を身につけるという観点から考えて、大学内の学務系に配属されるのと小さな機関に出向して業務量は少ないけど人事系の業務を一通り任されるのとではどちらが有利かははっきりしているでしょう。
■おわりに
ナイフに刃と柄があるように、どのような物事にもメリットとデメリットがあります。ナイフは刃をつかめば手が切れますが、柄をつかめば有用な道具となりうるのです。このような前提を前にして、ナイフの刃の部分の危険性のみを強調することは偏った考え方であり、使い方によっては有利と不利、メリットとデメリットが変わることを強調するために、あえて自分はナイフの柄をつかむことの有用性を説きます。
なんだか例え話が長くなりましたが別に自分は最近の銃刀法改正に反対している訳ではありません。出向や人事交流にはメリットとデメリットがあるが、そのデメリットばかりが強調されて有用性が軽んじられる現状で、あえて自分は国立大学事務職員が国立大学から一度出てみることの有用性を強調したいということです。言葉で説得するなら上で記したように少し長くなってしまいますが、もう少しはっちゃけて言えば「長い人生の中で2年か3年くらい、離れた土地で暮らしてみるのもいいもんだぞ?」という感じです。土地が変われば業務に限らず生活や習慣も変わるものです。そういうことに少しでも好奇心を感じたなら、とりあえず今度の身上調書に「外部機関への出向も可能」と一文書いてみてください。その一文で即どこかに飛ばされることにはならないと思いますが、人事交流者に困っているようなら人事担当部署から「こういうところが空いているけどどうだ?」というお誘いがかかるでしょう。面白そうなら行くのも良し、戸惑うようなら断るのも良しですが、書いてみないことにはそのような機会も生まれません。特に若い人たち(自分も先輩面できるほど年食ってはいませんが)は20代のうちに広くあちこちを見ることが長期的に見てプラスになることもあるかと思います。自分の大学がどのような機関と人事交流をしているか、まずは調べて見られてはいかがでしょう?
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