倉野立人のブログです。

日々の思いを、訥々と。

差別に勝つ

2019-08-28 | 日記

8/27 Tue.

 

ラジオニュースのスポーツコーナーで、来月開幕する「ラグビーワールドカップ日本大会」に向け、3大会ぶりの優勝を目指す南アフリカチームが かつての人種差別の歴史を乗り越え、初めて黒人のキャプテン、シヤ・コリシ選手を選出したことが報じられました。

 

 

南アフリカではかつてのアパルトヘイト=人種隔離政策の影響で、ラグビーは長く白人のスポーツと見なされていましたが、コリシ選手は黒人として初めて、ワールドカップでチームを率いるキャプテンとなります。

コリシ選手は会見で「私のような背景を持つ子どもたちのためにも一生懸命プレーする。彼らには希望を持ち、やればできることを信じてほしい。」と述べたことが伝えられていました。

このニュースに触れた私は、遠い異国の〝快挙〟ながら、何ともいえない達成感を共有したところです。

 

その 私の「達成感」の陰(かげ)には、遠く小学校の頃の思い出があるのです。

 

小学校(6年生)の頃、私のクラスには「いじめ」があった時期がありました。

特定の男子が起爆となって ある女子(N子ちゃん)を標的にし、あからさまな暴言や仲間入れの拒否など、今思えば非常に幼稚な手段で彼女を差別していたのです。

クラスの中ではその連中が幅をきかせていたため 彼らの言動を咎(とが)める者もなく、彼女はクラスで孤立しかけていました。

そんな中、クラス内で「班」の再編成がありました。その折りにも 案の定、くだんの男子たちが 彼女の「受け入れ拒否」の声を挙げ、またぞろ彼女の孤立の流れができかけたのでしたが、たまたま班長になった私が班の仲間と相談し、彼女の受け入れを表明したのです。

すると今度は、私たちの班そのものが標的になり「N子のいる班」として中傷を受けるはめになってしまいました。

私たちの班には、気の弱い子もおり クラスで孤立することを嘆くなど、何だか険悪な雰囲気になってきてしまいました。

 

そんなある日、当時 担任だったS先生が、私たちの班を呼び 一つの伝記を紹介してくれたのです。

 

それは、南アフリカの「ネルソン・マンデラ」の「差別との戦い」を伝えるものでした。

白人至上主義の南アフリカに生まれたマンデラ氏は、黒人を徹底的に蔑(さげず)む南ア社会にあって 人権活動家として人種差別を無くすべく「反アパルトヘイト活動」を展開、言われ無き罪により幾度も投獄されるも、それに屈することなく 苦節を経たのち「アフリカ民族会議」の議長に選出されました。その功績が認められ ノーベル平和賞を受賞した後、南アフリカ初の大統領に就任、社会正義の象徴的存在となったのでした。

 

 

 

マンデラ氏の秀でたところは「差別との戦い」とは申せ、それは決して言い争いや暴力などの「対抗」を手段とせず、融和と協調をもって差別と向き合い、その粘り強い活動によって相手(差別加害者=白人)をも納得させて、最終的に差別の撲滅を実現したことでした。

 

首都ケープタウンを走るバスが「黒人の乗車拒否」を謳(うた)えば、それに反発することなく「乗せたくないなら乗せなければいい。私たちは自由のために歩こう。」と、バスの傍らを堂々と歩いて目的地に向かったそうです。

そして、本来は自らの権利を主張し、ならば相手を論破せんとする法廷の場でも、対峙する白人に対し「肌の色や育ち、信仰の違いを理由に他人を憎むように生まれつく人などいない。人は憎むことを学ぶのだ。もし憎むことを学べるなら、愛することも学べる。愛は憎しみより自然に人の心に届くはずだ。」と述べ、黒人を牛耳(ぎゅうじ)ろうとする白人の心をも動かしたと伝えられていました。

 

私たちは、子供心に マンデラ氏の偉業に感じ入り、差別の罪深さ、もっと言えば、差別の無意味さを実感したものでした。

 

マンデラ氏の伝記を紹介してくれた後、S先生は 私たち班の生徒を前に「みんなで相談してN子ちゃんを受け入れてくれてありがとう。そのうえで みんなは、決してクラスの他の友だちのことを悪く言わないでほしい。君たちが自然体でN子ちゃんと友だち付き合いをしてくれることが、一番の「対抗策」になるハズだよ。」と説(と)いてくださり、私たちは一様に大きくうなずいたのでした。

 

その数日後、S先生は 今度はクラス全体の生徒を相手に、マンデラ氏の伝記を紹介し、しかして 差別の無意味さを伝えてくれたのでした。

それを聞いたクラスのみんなは 共感と感銘を新たにし、一人の、N子ちゃんのいじめに荷担していた男子は泣いてN子ちゃんに侘びてくれました。

その直後から ウチのクラスにいじめは存在しなくなったのでした。

 

 

今回の南アチームの黒人キャプテン誕生は、ラグビーW杯日本大会にとっても大きなエポックになることと思います。

差別に明け暮れた社会(南ア)に、マンデラ氏に引き続き イイ意味で風穴を開けた好ニュースは、ゲームの勝敗以上に 私たちの心に響く出来事となりました。

 

 

この朗報に触れ、同時に 遠い昔に経験した「差別」の問題、それを解決する重要なスキルを思い出し、人が暮らす社会はかくあるべきということを再認識することができました。

 

あれから年月を経て現在に至り、改めて 差別の無い融和社会の実現に向け、取り組む決意を新たにいたしたところです。