波佐見の狆

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易しいようで難しい

2008-12-28 18:12:34 | Classic Pooh

(プーとコブタのぬいぐるみ。25年くらい?前に銀座のソニープラザで買いました。)

アマゾンに書き込まれているレビューだったかと思うのですが、「クマのプーさんは易しい英語で書かれているので、楽しく読める」といったコメントがありました(日本人の一般読者のです)。

音楽でも文学でも、人それぞれに好きな理由があるのですから、Poohさんの本のどういうところがいいのか、ということについて他人がコメントするのをいちいちとやかく言うわけではないのですが。。。Classic Poohをそういうふうに一言で片付けるのは、かなり誤認識ではないかと私は思います。

Classic Poohにおけるミルンの英語は、確かに一見して平易そうに見えます。例えば、「プー横丁にイーヨーの家がたつお話」の冒頭はこんな感じです。


One day when Pooh Bear had nothing to do, he thought he would do something, so he went round to see what Piglet was doing.    

(ある、クマのプーは、なにもすることがなかったので、なにかしようと思いました。そこで、コブタはどんなことをしているか、見てこようと思って、コブタの家へ出かけました。<石井桃子訳>)

ですが、こういう英作文の教科書の例文みたいな書き方は少ないです。一見して易しい単語を用いていても、その使い方が凝っていて、一ひねり加えてあるというのか、、、また、駄洒落を含む巧みな言葉遊びが随所に盛り込まれていて、語法的にも相当難解な部分もあります。それに、内容としても、ミルン独特の深遠なユーモアや独特の思想に満ち溢れているのですが、それは、ミルンが、もともとはいわゆる子供向け童話作家ではなく、アッパーミドルの大人向けの風刺漫画雑誌(「パンチ」)の編集などをやっていて、きわめてハイレベルに言葉を操るテクニックを持っていたからでして、一連のPooh物を単なる子供の本と思って読もうとしても、本当の面白みはわからないのです。

「イーヨーが、しっぽをなくし、プーが、しっぽを見つけるお話」で、プーがイーヨーのお尻にしっぽがついていないことを発見し、びっくりする場面。イーヨーからAre you sure? (「ほんとか?」)と言われて、

Well, either a tail is there or it isn't there You can't make a mistake about it. And yours isn't there!

(だってね、しっぽってものは、あるか、ないか、どっちかでしょう。それにまちがいっこありゃしない。それで、あなたのはないんだ。<石井訳>)

やはり単語は易しいですが、ミルンの一ひねりが見えます。「あるかないかのどちらかだ」なんて、子供の言葉ではないと思うのです。結構論理学的な表現だと思いませんか。

そして、プーは、さっそくフクロ(Owl)に相談に行きます 。フクロウという動物は、西洋ではその風貌から「森の哲学者」などと言われ、賢い動物とみなされていますが、Classic Poohでも、しばしば難しい単語を使いながらインテリに見られようと頑張るキャラクターとして描かれています。

プーーとフクロのやりとりはこう始まります。石井訳での日本語から先にみてみましょう。

「さよう」と、フクロは言いました。「このような事態における慣習的処置はといえばですね・・・」「カシテキショウユって、なんのことですか?」と、プーはいいました。「というのも、ぼくは頭のわるいクマでして、むずかしい言葉になると、弱ってしまうんです。」「どうすればいいかということです」

プーは難しい言葉が理解できないため、フクロの「慣習的処置」を「カシテキショウユ」と聞き間違えてしまうというわけですが、この石井訳を読んで、面白いと思われるでしょうか?「カシテキショウユ」とはいったい?? 

原文をご覧下さい。

"the customary procedure in such cases is as follows." What does Crustimoney Proseedcake mean?  said Pooh. “For I am a Bear of Very Little Brain, and long words bother me. “It means The Thing To Do.”

プーには、customaryも prcedureも難しい単語なので、自分が知っている crusti (crusty 「皮の固い」), money, seed, cakeなどという易しい言葉と聞き違えてしまったわけですね。なので、「カシテキショウユ」というカタカナで石井さんが意図したところは「菓子的醤油」なのですね。お菓子はいいとして、お醤油とは、、石井さんの苦心の跡が見えます。日本に置き換えて、頭のよしあしに関係なく誰でも知っている言葉をもってきたのですね。

でも、うーん・・・ イギリス人、いやイギリス熊であるプーが「醤油」と言うのもどうなのでしょうか・・・。このところ、もっと他に訳し方がないものかと思っていました(私にはできないので・・)。

石井桃子さんの訳本以外には、Classic Poohの訳本は存在しないのですが、実は部分的には別訳を試みた本が2冊出ています。

そのあたりのことを含め、次回には上記のフクロとプーのやり取りの続きをお話したいと思います。現代のお笑いに通じるような、愉快な会話が続きます。

 

 

 

 



 


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7 コメント

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Unknown (Deo)
2008-12-29 12:26:50
仕事は無事に終わったようですね。私は12月に入って事故やぜんそく発作で仕事にならず、おまけに三枝さんがらみでドタバタ続いてダウン寸前まできたのですが、なんとかそれらも先週末でぎりぎり片がついて、やっとこれから一月末締め切りの原稿書きで、年末年始はずっと出勤です。
この話し、面白いですね。私には一番苦手なところですが、科学論文は、無味乾燥な客観的事実を、正確に記すだけで、著者の感情、情緒が入る余地はないなどととどこかの先生が言っていましたが、決してそんなことはありません。一度も引用されないような報告ならそれでいいのですが。Natureだって、7割くらいの論文は一度も引用されないそうですから。ここのところ、確かにおっしゃるとおりです。イギリスの熊さんが、醤油というのは変ですよね。私ならCustomary procedureを慣習的プロセスと訳し、聞き間違いを菓子的プロセスチーズとでも訳すかな?
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プロセスチーズ! (keiko)
2008-12-29 13:04:40
Deoさん、えっ、事故って??大丈夫ですか?? 三枝さんには私も年賀状は出しておきました・・

論文も特許も、無味乾燥だけの世界ではないですよね。著者(発明者)のいかにも人間くさいところが出ているような文を見かけることが確かにありますね!

慣習的プロセスと菓子的プロセスチーズ!!

さっすがDeoさん!素晴らしい・・・この英文を初めてご覧になったのですよね??それで即そういう素敵な訳をおもいつかれるとは・・・ 私なんて随分昔から見ているのに、procedureはprocedureという発想から全く抜け出せないですし。。。
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何も思いつきませんが。 (すい)
2008-12-30 00:25:53
 あ、難しいお話になってますね。困った。

 こういう外国語の言葉遊びを日本語に移すのはさぞかし難しいことだろうと思います。大人向けの小説なら潔く直訳してしまって、原文をルビにしておけば読者は「あ~なるほど」と納得しますが、児童文学ではそうもいきませんものね。この場面では特に「フクロは難しい言葉を使う」という設定が、さらに難度を上げているように思います。慣習的処置なんて言葉、使ったことありませんよ!

 いや~、Pooh話は来年に持ち越しか!? と一人でどきどきしていましたので、ほっとしました。
 明日ははるばる長崎へ、ですね。ずっとお忙しかったようですから、ゆっくりお正月をお過ごしください。恵之介さんも良いお年を!
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ほんとに難しいっ (keiko)
2008-12-30 01:16:57
すいさん、なんとか年内に1つ書けたのも、すいさんが励ましてくださったおかげですよーー

>「フクロは難しい言葉を使う」という設定が、さらに難度を上げているように思います

そうですねーー難しい言葉をつかってみんなを退屈させるキャラという設定なので、ボケ役のプーとのギャップが大きくて、そこに滑稽さが産まれるのですが、、日本語に置き換えるのは・・・石井さんも相当悩んだでしょうね。

すいさんも、お正月はゆっくりできるのでしょう? 来年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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カシテキショウユの会 (カメ吉)
2008-12-30 13:49:21
 ですね。 私も末席で頭をひねってみます。
慣習的処置、慣習的処置、customary procedure……、Crustimoney……

「かっちん的チョコ」なんて如何でしょうか。(既に原型をとどめていません)
なんだか「岩おこし」のようです。
翻訳家のご苦労が少しだけ偲ばれました。

 ちなみに翻訳ではありませんが、カメ吉は「こいくちしょうゆ」を「こんちくしょうゆ」と読みたくなってしまう派です。


 2008年最後のエントリーにすてきなプーさんの話題をありがとうございました。どうぞよいお年を!
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頷いて~ (桃太郎の母)
2008-12-30 20:39:17
へ~ は~ そうなんだ なるほど~
何も知らない私でも、そうなんだと頷いて読ませて頂きました。
知らない世界を垣間見せて頂くということは、うれしいことですね。
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ちょこ! (keiko)
2009-01-05 08:36:27
カメ吉さん、桃母さん、お返事遅くなってすみません!

「かっちん的ちょこ」!これも面白いですねえーーー いかにもプーが言いそうな。

カメ吉さんもDeoさんも、バリバリ理系エリートでいらっしゃって、しかもこの原文初めてなのでしょう?それでこの名訳・・・文学部出身の私は何も浮かばなくて、、お恥ずかしい  お2人とも、今年も御教示よろしくお願い致します。

桃母さんもいつも楽しんで読んでいただき、こういう記事のアップのし甲斐もあるというものです。今年も応援よろしくお願いします!
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