波佐見の狆

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フォーカルジストニアとKeith

2016-05-09 11:50:50 | Keith Emerson他プログレ

Keith Emersonさんの突然すぎる訃報が世界中を駆け巡って、2か月半が過ぎました・・・・

こちらは、この4月に予定されていた日本公演に向けて、日本のファンのために撮影されていたビデオメッセージです。

(ほんの2分ですので、どうぞ終わりまでご覧ください。Keithの手元に注目です・・・)

Keith Emerson Band Message for Billboard Live Tour 2016

 

私は、Keithがもういないということを未だ信じられない気持ちで、毎日のように、Keithの音楽を聴き返しては、ポロリと涙したりしているのですが・・・YumikoさんやYukoさんら友人たちが、私の深い悲しみをシェアしてくれて、いろいろ語り合ううちに、少しずつですが、Keithの自死という重い、重い選択を、私なりに受け止めることができるようになってきたところです。毎朝、父、義父母、栗恵たちにお線香をあげるとき、Keithのたましいよ、どうか安らかに・・・と祈りを続けています。

ネット上で伝えられるところによれば、Keithは、もう数年前から病気で思うようにキーボードが弾けなくなっていて、深刻な鬱になっていた・・・とのことですが、その病気は、「フォーカルジストニア(局所性ジストニア)focal dystonia」です。

dystoniaとは、不随意運動、つまり、自分の意志とは関係なく、筋肉が異常な動きを繰り返す疾患で、focal はfocus の形容詞ですから、一点集中的に、つまり局所性に、特定の部位に症状が出るのが、フォーカルジストニアです。体の特定の部分を細かく動かして酷使する演奏家の職業病と考えられています。鍵盤楽器奏者の場合、弾こうとすると指先が硬直・麻痺したり、くるりと巻き込んで鍵盤を押せなくなったり、逆に、押してはいけない鍵盤に指が行ってしまったり・・痛みは無いそうで、日常生活には何の支障もなく、自分の担当楽器を演奏しようとするときのみ現れるという、実に厄介な難病です(Keithは、右手に発症していました)。(注1

過度な練習を長年続けていくうちに、筋肉が極度に緊張して、それが脳にも大きな負荷となる結果、脳(大脳基底核)が、誤作動を起こしてしまい、筋肉を動かす重要な指令を正常に送ることができなくなる・・・つまり、筋肉と神経だけの問題ではなく、脳のメカニズムが大きく絡んでいるのです詳しくは、こちらのサイトなどを)。

さらに、完璧主義者とか、不安でパニックになりやすい人とか、あがり症とか、メンタルな要因もあるわけですその他に遺伝的要因なども関係していると言われていますが、フォーカルジストニアの原因は、はっきりとは解明されておらず、それゆえ治療も難しいのですね・・

日本では、フォーカルジストニアの認知度はまだ低くて、海外と比べると治療できる専門家も少ないようです。私はと言えば・・・ピアニストである娘さんがこの病気と闘っている、という親しい方がいまして、数年前からこの病名についてお話を聞いていたので、たまたま知っていました。Keithがフォーカルジストニアだと知ったとき、ああ、これだったのかと、今更ながらに驚いたのでした。

その親しい方というのが・・ハナミミのママさんです。ハナミミ家のお姉さんは、パリの音楽院を優秀な成績で卒業した後すっと現地で活躍されていたのですが、すでに10代でフォーカルジストニアを発症され、以来20年にわたって治療を受けながら前向きに演奏活動を続け、この病気についての理解をもっと広めようと啓蒙活動にも積極的です。昨年には、パリから来日したジストニア専門の療法士さんと組んで、講座を開いたりしておられます(こちら)。ママさんから、「娘は、ピアノを弾こうとするときだけ、指が思うように動かなくなるんですよ・・・」と伺ったとき、へえ、、そんな奇病があるんだなぁ・・大変だなぁとは思いましたが、そのときは正直いって、まったく他人事でした。しかし、私も、この病気が主な原因で、大切な人を失った今、この病気についてきちんと知りたいのです。ハナミミお姉さんのような若い将来ある音楽家さんたちには、どうかKeithの分まで果敢に闘い、啓蒙を続けてほしいと切に願います。

ハナミミお姉さんの素晴らしい演奏が聴けるCDです(詳しくはこちらを)。

(左側の女性がHMお姉さんです)

 さて、Keithのことに話を戻しますが、彼の場合、この病気を発症した原因がどこにあったのか、私などが想像しても分かるはずはないですし、もちろん、これからは、Keithの「死」ではなく、「生」を・・その偉大なる生き様を語ろうと思っています。そうすることが、遺されたファンにできるせめてものKeithへの恩返しですしね

ただ、Keithの全盛期の演奏をじっくり聴き直していると、ああ、このKeithにきわめて特徴的な演奏の仕方(指の使い方)が、発症を誘発したのでは・・・と感じられるところが大きいので、本当にいたたまれなくなるのです。その特徴的な演奏の仕方というのは・・・専門的にはどう表現するのかわからないのですが、簡単に言えば、キーボードを打楽器のように強く叩く激しいタッチと、そして驚異的な速弾きです私が心から大好きだったこの弾き方が、年齢を経るにつれ、Keithの体に大きな負担となっていたのではと・・・もっと言えば、Keithは自らの命を削って(まさに、自分の羽根で美しい織物を織った鶴のように)、どこまでも、どこまでも音楽の高みを求め続けていた・・・。それと、公の場では、いつも陽気でパワフルに見えていましたが、実はきわめて繊細な人で、18歳ころから世界中で数知れずライブを行ってきたにもかかわらず、本番前には大変緊張していたそうなので、メンタルな面でも、深い苦悩があったのでしょう。

冒頭に紹介したビデオメッセージ・・・手元をよく見ると、右手が全体的にひどくこわばっている感じがありませんか?!こちらのサイト(コンチェルトはりきゅう院)でも、専門家の方が「キースエマーソンさんの症状としては、ピアノを演奏する際に、右手の薬指と小指がかなり巻き込んでいたので、演奏はかなりつらかったのではないかと思われます。」と、分析しておられるように、右手は相当重篤な症状だったことがうかがわれます。 

<追記>こちらのライブ録画を、冒頭の1分でいいのでご覧ください。右手薬指・小指の巻き込みがよくわかりますね!(1年以上も前に録画されたものだと思いますが・・・。→ 2008年モスクワ録画ですね!) それで、この音の完成度の高さ!まさに綱渡りのような、極限の状態だったと思うのです・・
 
Keith Emerson Band - Tarkus
 
 
 
こんな状態になってまで、この4月に来日公演を行おうと前向きに頑張っていたKeithです。決して病気に負けたのではないと私は思います。サポートのキーボードプレイヤーを雇っていたそうで(もちろん、そんなことは初めて!)、今回を最後に引退しようと考えていた、との話もあります。

公演を計画したときまでは、「今回だけサポートしてもらって、頑張ろう。」だったのが、本番が近づくにつれ、「1回だけであっても、サポートにまで頼らねばならないなんて、プライドが許さない。それはKeith Emersonではない。潔く幕を引こう。」と、心境が急に変化したのでしょうか。

そもそも、右手でのプレイがだめなら、左手があるだろうとか、弾けないなら作曲のみでやっていけるじゃない、、とか、傍からはどうでも言えますが、何よりライブでのプレイを一番大切にしていたKeithですから、強いこだわりがあったのですね・・・。一度たりとも、Keith Emersonではないステージなんて、したくなかったのだと思います。それが彼のプロとしての矜持だった・・本人にしかわからない複雑な苦悩が、孤高の決断をさせたのだと思います。

フォーカルジストニア患者は、ともかく、自分の楽器から一定期間離れるのが、リハビリになるらしいのですが・・・日本のミュージシャンにも、ほかの楽器に転向するなどして、じっくり治療している方もいます。(米米クラブの金子隆弘さん・・こちら)Keithも、1年くらい何も弾かないで、(ご家族と日本の温泉でゆっくり骨休めするとかして!)心身をリセットしてみるということはできなかったのか、とも思いますが・・・70代に入り、若い世代の音楽家と比べると、余裕がなく、悲観の程度が大きかったのでしょうね。

Keithのことを知って、ハナミミのママさんが、「娘は、パリに住んでいたことが幸いで専門家の診断&治療を受けることが出来ました。この病気は、以前は完治することはないと言われてましたが、今は研究も進み的確なリハビリ治療によってステージに復帰することも充分可能になっています。キースさん、イギリスで良い治療が受けられなかったのでしょうか?メンタルケアも併せて受けることが大事ですよね。」と書いてくださいました。そうなんですよね・・・キースの公式サイトでも、「プライバシーに配慮」との理由で経過などは何も明かされておらず、最も親密だったミュージシャンたちも、敢えて?詳細は語ろうとしません。私も、決して、エマーソンさん(および近親者)のプライバシーを詮索するつもりはなく、自分自身の気持ちの整理のため、そしてフォーカルジストニアについて知ったことを書き留めておきたかったのです。(にわかリサーチですので、何か間違いがありましたら、どうぞご教示くださいね)。

Keith、あなたは、それまでになかった素晴らしいロックを世界中にプレゼントするために、神様からこの地上に遣わされた天使だったのですね。その指が衰えたとき、あなたの役目は終わった、戻りなさい~~~と天から連れ戻された。これからは、天界で永遠のセカンドステージですね!!

次回の記事からは、Keithの音楽や、その魅力的な人物像について、具体的に明るく書いていきたいと思っています。

注1) こちらのサイトなどにも詳しい通り、フォーカルジストニアは、担当する楽器により、例えば、管楽器奏者なら、口唇や舌、弦楽器奏者なら、腕、首、ドラマーなら、手や足に…という具合に、集中して使う部位に症状がでるわけです。歌手が、頸部に異常をきたして特定の音域が出にくくなるということも(コブクロの小渕健太郎さんの例)。また、特定の部位を過度に繰り返し酷使する職業なら、音楽家に限らないわけで、漫画家、スポーツ選手、職人さんなどにも発症しますが、きわめて精密な動き(巧緻運動)やスピードを集中的に鍛錬する演奏家は、とりわけ発症率が高いのです。そのため、focal dystoniaはmusician's dystonia (音楽家のジストニア)とも呼ばれます。

こちらのサイト(広済鍼灸院)によれば、音楽家の10人に1人は、フォーカルジストニアに罹患しているとの報告があるそうです。このページを下の方にスクロールすると、「来院者楽器別の内訳」という円グラフがありますね。これは実に興味深いデータです。フォーカルジストニアでこの鍼灸院に来院した音楽関係者について、2011年から約2年間統計をとったもので、167名中、なんとピアノが54%、ギター20%、管楽器15%、バイオリン9%、打楽器1%。この調査からみても、鍵盤楽器奏者にとっては格別に深刻な問題であることがわかりますね。

ちなみに、打楽器といえば、RADWIMPSのドラマー山口智史さんは、活動休止だそうですが、バンドの公式サイトにおける発表を読むと、その苦渋の決断の経緯に胸が詰まります。「ファンと音楽に対して常に誠実でいようとしていた」・・・ 

誠実で才能あふれる世界中の音楽家たちを、フォーカルジストニアの闇から救う研究が加速することを、心から願ってやみません!