波佐見の狆

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乳がん手術の痛みというのはね・・・

2024-04-27 22:11:27 | 食べ物・健康

前にも書きましたように、わたしは、痛みとかしこりとか自覚症状が皆無だったので、乳がんになっているなんて、夢にも思わなかったわけですが、早期乳がんの場合、痛みがないのが普通らしいです。(乳房にがんができたから、痛くなるというわけではないそうです。痛い場合は、乳腺炎などほかの病気の場合が多い。)

とはいえ、全然痛くもないし、しかも自分では触ってもしこりも感じないのに、手術しなければならない、という感覚は、まことに不思議なものでした。

手術自体は、全身麻酔下なので、意識を失った次の瞬間には目覚めて、すべてが終わっており、痛み止めの薬剤のおかげで、麻酔が切れても傷口の痛みはあまり?ほとんど?感じません。麻酔が切れたらどんなに痛いだろうと想像していたので、意外と楽だなあとびっくりするほどです。

しかしです。乳がんで入院しますと、手術よりむしろ、いや、手術とは比べ物にならないくらい痛い時間があるのですよ・・・。

それは、「センチネルリンパ節生検」という検査のときです!

センチネルリンパ節生検とは、がんの発生している乳房側の脇の下(腋窩<えきか>)にあるリンパ節に、がんが転移していないか調べる検査です。乳がんが、もしこの腋窩リンパ節に転移していれば、これを経由して全身の臓器まで転移する可能性もあるそうで、検査の結果、リンパへの転移が分かった場合は、転移しているリンパ節を除去する手術(腋窩リンパ節郭清<えきかリンパせつかくせい>)を同時に行います。

ちなみに、センチネルリンパ節(sentinel lymph node)とは、「見張り役」とか「監視役」のリンパ節という意味で、センチネルリンパ節は、すべてのリンパ節の入り口に位置しています。なので、まずセンチネルリンパ節だけを調べて、ここにがん細胞がなければ、ほかのリンパ節にはまったく転移していないと判断することができるため、腋窩リンパ節郭清をする必要がないわけです。

全摘にせよ部分切除にせよ、腋窩リンパ節郭清もやらなければならなくなると、腕がむくんだりして、術後も結構辛いらしく、しかも、抗がん剤治療が必要になる場合もでてきますから、センチネルリンパ節生検で、正確な判断をすることが、重要なわけですね。

で、この検査の目的(意義)はいいとして、その方法は衝撃的です!

手術の前日または当日手術開始直後に行われるのですが、乳輪(乳首のとっぺんではないですが、その周囲の茶色い部分ですね)に注射をするもので、手術開始直後であれば、それはつまり麻酔下ですから、痛くないわけですが、前日に行う方法ですと、麻酔はかけないので、激痛を我慢しなければなりません。

前日にやる場合は、RI(radio isotope: 放射性同位元素)法という方法を用い、当日にやる場合、色素法という方法を用い(詳細はこちら)、併用する方法もあり、その選択は、病院や執刀医によりまちまちです。私の入院した病院では、RI法のほうが精度が高いということで、原則こちらを採用していました。

私も、前日の午後にやると決まりました。先生が説明してくれたとき、「これはねえ~脅かしときますけどねえ~マジで痛いですよぉ~」とか言うので、びびりまくりました。

私がRI室の検査台に仰向けになって待っていると、先生が研修医さんを二人連れてやってきて準備し、「では始めますね。2本打ちます。痛いですけど、頑張りますよ~~ 何かに捉まっときますか?」「え・・何に?」と私が言うと、台の左側にいた研修医さんが私の手を握ってくれました。

ぶすっ!

ここまで既に、うぎゃっていう感じだったんですが、「はーい、ここからお薬入りますから、もっと痛いですよ~~」と言われたとたんに、もう、右胸の中で火花がバチバチと炸裂したかのような激痛が!研修医さんの手をぎゅーーっと握り返しながら、体を震わせて泣いてしまいました。2本終わったときには、茫然自失。(痛みの感じ方は、差があるそうです。これは素人の憶測ですけど、胸が貧弱だと、痛みも一層強いんじゃないですかね。)

終わるやいなや、先生は、さっさと研修医さんたちを連れて行ってしまいました。私は、ぽつんと拷問台?!に残され、先生ったら、お疲れ様でした。頑張りましたね~くらい言ってくれよーーとか思いながら、ふらふらになってRI室を出て病室に戻りました。前の記事で力説した通り、本当に優しい先生ですけど、ときたま、このように、結構そっけないときもありましたっけねぇ。

もちろん、翌日、手術の開始時間となり、先生が迎えに来てくれたとき、「昨日は痛かったですね~~大丈夫でしたか?」とか優しくいたわってくれたし、手術だけでなくセンチネルもちゃんと主治医が責任もってやってくれたということに、感謝しています。

肝心の検査の結果はというと・・・リンパへの転移はゼロで、腋窩リンパ節郭清を行う必要はありませんでした!

割合からいえば、手術を受ける患者の3割くらいに転移がみつかるそうですから、私は運がよかったと言えます。

そして、手術から3か月近くが経つ今、傷口には、痛みはありません。ケガしたときの痕みたいな痛痒さもないです。

じゃあ、結局痛みからは解放されたのかといえば、そうではなく、ちょっとした後遺症がありまして、乳房自体に微妙な痛みがあり、以前着ていたユニクロとかの下着は痛くて着れません。これは徐々に落ち着くと先生からも言われていましたし、実際心配するような症状ではないのですが・・手術の前、なんの痛みもなかったのを思うと、ちょっと滅入ることもあるのも正直なところ。先生のおかげで予後良好であることを思えば、これくらい何だ!と自分に言い聞かせています。ホルモン治療が終わるころ・・・つまり2029年ころですねえ・・・には、完治して再発もなく、一切の痛みも嘘のように消えているよう願うばかりです。


先生、ありがとうございました。

2024-04-12 15:27:46 | 食べ物・健康

乳がんは、いろんながんの中でもとりわけ、治癒まで長くかかる病気です。いったん手術をしても、5年後、10年後に再発する可能性があるため、化学療法、放射線療法、ホルモン療法、免疫療法などといった治療を選択的に受けながら経過観察が必要です。そのため、大変長いスパンで病院のお世話になるわけです。

私は、昨日ようやく放射線治療が終わり、来週から5年にわたるホルモン療法が始まります。目に見えるレベルでは、がん細胞は完全に取りきれていることが、病理診断で確認されているので、「予後が良い」ケースではあるのですが、目に見えないところに潜んでいる可能性のあるがん細胞を放射線で叩き、再発の芽を摘んでおくため、時間をかけてじっくり治療してもらうというわけです。少なくとも化学療法(抗がん剤のことですね)の必要はなかったので、それだけでも安堵しています。

乳がん患者は、そういう長い期間、「乳腺外科」という一つの診療科で、最初から最後まで同じ医師に担当してもらうことが理想ですが、なにせ長いので、病院側の事情(配置換え、転勤、など)で担当医が交代しなければならないこともありますし、逆に患者側が、医師に不満を持ち、担当を変えてもらう、あるいは転院するということもけっこうあるようです。つまり、医師との相性の問題ですね。ただでさえ辛いがん治療。先生がちゃんとやってくれない、高飛車で話しづらい、どうも話がかみ合わない、わかってもらえない・・・と思うと、それだけで大きなストレスになり治るものも治らなくなってしまいますよね。医師にとっては、あまたいる患者の中の一人にすぎなくても、患者にとっては担当医がすべて。担当医の一つ一つの言動に一喜一憂してしまいますからね。

私の場合、主治医で執刀医でもあった先生とは、大変相性がよく、確かな信頼関係を築くことができたと思っています。昨年の11月の初診から告知、手術、退院後の診察までお世話になりましたが、転勤のため、3月いっぱいで、私の放射線治療が始まって間もなく去って行かれました。

先生の最後の診察になった3月上旬、病理診断の結果などいろいろ話したあと、私の目をしっかり見て僕、今月いっぱいでここからいなくなります。転勤なんです・・・と、突然言われた時の私のショックは、告知を受けたときと同じくらいだったかもしれません。「転勤になりましたので、来月からは別の先生の担当になります。」とかいうさらっとした言い方ではなかったから、おそらく、先生のほうだって、残念な気持ちだったのではないかと。自分が手術して間もない患者のことは、気がかりで心残りでしょうから…。

来週から私の担当医となる新しい先生も、ある確かな筋から、優しくて良い先生だとの情報を得ていまして、引き継いでもらうことにあまり不安はないのですが、でもやはり、これまでの主治医のことが大好きだったので、もう会えないのが寂しく、11月からのことを宝物のように懐かしく思い起こしています。

初診の日。呼ばれて入ってみると、白衣ではなく、紺色のスクラブ姿の男性医師がいました。若い先生だなあ。30代前半くらい?画像を見ながら、静かな声ですが、「乳がんの可能性がありますね。」とはっきり言いました。そして、詳しい検査を経て、12月末に二度目に会った時、「乳がんです…」。私が大きくため息をついて黙ってしまったので、「がんと聞いて今のお気持ちはどんなですか?」と気遣ってくれ、「ちょっと想定外で・・・この歳まで大きな病気とかしたことがなく、自分では健康だと思ってきたので・・・」と口ごもってしまうと、大きく頷いて、「ずーっとお元気でいらしたのですねぇ・・・」

おっとりとした話し方で、丁寧な言葉遣いの、優しい先生だな、と思いました。                                                                                                           

1月に入って、私のガンが今どのような状態か、そして、どのような手術をするかということなど詳しい説明があり、入院のジュールが決まりました。

全摘か部分切除か。これは、ステージ0~2の人なら、誰しも大変迷うところです。最終的には、自分自身の判断と希望を通す人もいるようですが、私はどうしても自分で決められず、先生の見解と判断に頼ることになりました。

がんのタイプによっては、0や1であっても全摘しか選択の余地がないケースもありますが、私の場合、先生は、「どちらでも選択可能ですが、部分切除で大丈夫だと思います。」ということで、部分切除を勧める理由をいろいろ分かりやすく(しかし簡潔に要点を無駄なく)説明してくれました。詳細を書くのは控えますが、とにかく、私がしつこく、ネットにこう書いてあるのを見て不安になっているのだけど本当に大丈夫でしょうか、という言い方をしても、ひとつひとつその不安を払拭してくれました。

私の不安要素のなかには、男性医師に聞くのは恥ずかしいこともありました。というのは・・胸が小さいと、部分切除した場合、変形の度合いが大きくいびつになるので、いっそ全摘してしまったほうがいいようなことを書いてあるサイトがいくつかあったのです。でもこれは大事なことなので、思い切ってそのことも確認したのですが、先生はしっかり「大丈夫です!」と言ってその理由を簡潔に説明してくれ、そんなことは全然心配いらないから任せてという自信がお顔にみなぎっていました。

(もし、「そんなにいろいろ心配なら、全摘しますかぁ?」みたいに、最後は私に丸投げするような医者だったら、一気に信頼感は下がっていたことでしょう。)

加えて、いったん部分切除で手術を開始しても、術中に迅速な病理診断をするので、その結果次第で全摘がいいと判断される場合には(断端陽性)、その場で速やかに全摘に移行することも可能、との説明もきいて、うわーなんかすごいなーとびっくり。

この先生の外科専門医としての腕と判断力を信じて、委ねることに決めました。

(もちろん、最近はどこの病院でも「チーム医療」なので、この先生がすべてを行うわけではないのですけどね。)

手術がついに行われ、先生がおっしゃったとおりに部分切除で万事上手くいきました。また、退院後の診察で、創部の処置をしてもらった際も、その見事な手際に驚嘆し、信頼感が増したものです。

ちなみに、私が、ネットにこう書いてあったとか、紙の書籍を実際にもってきて開き、ここにこう書いてあるんですが、とか言っても、うざいなという顔もせず、「ちゃんと勉強されてるんですね~。」と肯定してくれて、この患者は自分である程度調べるので、事細かに説明しなくてもだいじょうぶだな、というふうに良いほうに取ってくれたようでした。もし波長が合っていなければ、私は、めんどくさい患者と思われていたでしょう。

11月からの4か月の間、私と先生は、手術と治療について、必要なだけのコミュニケーションをしたにすぎず、雑談など一切ありませんでしたが、そんなやり取りの中でも、先生は、幾度となく、優しい笑顔を向けてくれ、私も笑顔で返し、このキャッチボールだけでもどんなにか安心できたかしれません。

私が「先生は腕がいいから!」とつい言ってしまったときの嬉しそうな笑顔、手術翌日土曜なのに出勤してきて診にきてくれたことについて「先生、今日はお休みなのに、わざわざ来てくださったそうで、ありがとうございます・・・」と言ったとき、「いいんですよ~~、患者さんにはお休みはありませんから。」とほっこり笑顔(土日含め、朝夕二回の回診に必ずきてくれました)。そして、退院後最初の外来での診察日、私が入ると迎えてくれた、はちきれんばかりの笑顔、などなど、医師の笑顔がいかに治療効果を上げるか、って論文書きたいくらい!

いろんな場面が思い起こされ、きゅんとなってしまいます私にとっては、この歳になるまで出会った中で一番の医師だったことは間違いありません。

転勤を告げられた日、あまりに突然のことで、頭が真っ白になってしまい、きちんと感謝の言葉も言えずじまいになになってしまいました。それが心残りだったので、お礼状を書きたかったのはやまやまなのですが、多忙をきわめる先生に手紙など読む時間をとらせてはいけないと思いましたので、片手間にでも目を通せるようにハガキ大くらいの小さなカードにして、先生の手術と術後の診察まで受けることができて本当に幸運だと思っていること、これまで支えてくださった先生への感謝を忘れず今後の治療もがんばりますということ、次の病院でもますますのご活躍をお祈りしますということをしたため、ごく短くまとめました。これを外科窓口のスタッフさんのところに持っていって渡していただけるか丁重に頼んだら、快く引き受けてくれました。

先生、読んでくださったでしょうか。

もしも5年後、10年後とかに、私が再発することがあれば(あるいは左胸に新たながんができることがあれば)、、その時はやっぱりまた先生のお世話になりたいです。

いろいろと、本当にありがとうございました。