(プーとコブタのぬいぐるみ。25年くらい?前に銀座のソニープラザで買いました。)
アマゾンに書き込まれているレビューだったかと思うのですが、「クマのプーさんは易しい英語で書かれているので、楽しく読める」といったコメントがありました(日本人の一般読者のです)。
音楽でも文学でも、人それぞれに好きな理由があるのですから、Poohさんの本のどういうところがいいのか、ということについて他人がコメントするのをいちいちとやかく言うわけではないのですが。。。Classic Poohをそういうふうに一言で片付けるのは、かなり誤認識ではないかと私は思います。
Classic Poohにおけるミルンの英語は、確かに一見して平易そうに見えます。例えば、「プー横丁にイーヨーの家がたつお話」の冒頭はこんな感じです。
One day when Pooh Bear had nothing to do, he thought he would do something, so he went round to see what Piglet was doing.
(ある、クマのプーは、なにもすることがなかったので、なにかしようと思いました。そこで、コブタはどんなことをしているか、見てこようと思って、コブタの家へ出かけました。<石井桃子訳>)
ですが、こういう英作文の教科書の例文みたいな書き方は少ないです。一見して易しい単語を用いていても、その使い方が凝っていて、一ひねり加えてあるというのか、、、また、駄洒落を含む巧みな言葉遊びが随所に盛り込まれていて、語法的にも相当難解な部分もあります。それに、内容としても、ミルン独特の深遠なユーモアや独特の思想に満ち溢れているのですが、それは、ミルンが、もともとはいわゆる子供向け童話作家ではなく、アッパーミドルの大人向けの風刺漫画雑誌(「パンチ」)の編集などをやっていて、きわめてハイレベルに言葉を操るテクニックを持っていたからでして、一連のPooh物を単なる子供の本と思って読もうとしても、本当の面白みはわからないのです。
「イーヨーが、しっぽをなくし、プーが、しっぽを見つけるお話」で、プーがイーヨーのお尻にしっぽがついていないことを発見し、びっくりする場面。イーヨーからAre you sure? (「ほんとか?」)と言われて、
Well, either a tail is there or it isn't there You can't make a mistake about it. And yours isn't there!
(だってね、しっぽってものは、あるか、ないか、どっちかでしょう。それにまちがいっこありゃしない。それで、あなたのはないんだ。<石井訳>)
やはり単語は易しいですが、ミルンの一ひねりが見えます。「あるかないかのどちらかだ」なんて、子供の言葉ではないと思うのです。結構論理学的な表現だと思いませんか。
そして、プーは、さっそくフクロ(Owl)に相談に行きます 。フクロウという動物は、西洋ではその風貌から「森の哲学者」などと言われ、賢い動物とみなされていますが、Classic Poohでも、しばしば難しい単語を使いながらインテリに見られようと頑張るキャラクターとして描かれています。
プーーとフクロのやりとりはこう始まります。石井訳での日本語から先にみてみましょう。
「さよう」と、フクロは言いました。「このような事態における慣習的処置はといえばですね・・・」「カシテキショウユって、なんのことですか?」と、プーはいいました。「というのも、ぼくは頭のわるいクマでして、むずかしい言葉になると、弱ってしまうんです。」「どうすればいいかということです」
プーは難しい言葉が理解できないため、フクロの「慣習的処置」を「カシテキショウユ」と聞き間違えてしまうというわけですが、この石井訳を読んで、面白いと思われるでしょうか?「カシテキショウユ」とはいったい??
原文をご覧下さい。
"the customary procedure in such cases is as follows." What does Crustimoney Proseedcake mean? said Pooh. “For I am a Bear of Very Little Brain, and long words bother me. “It means The Thing To Do.”
プーには、customaryも prcedureも難しい単語なので、自分が知っている crusti (crusty 「皮の固い」), money, seed, cakeなどという易しい言葉と聞き違えてしまったわけですね。なので、「カシテキショウユ」というカタカナで石井さんが意図したところは「菓子的醤油」なのですね。お菓子はいいとして、お醤油とは、、石井さんの苦心の跡が見えます。日本に置き換えて、頭のよしあしに関係なく誰でも知っている言葉をもってきたのですね。
でも、うーん・・・ イギリス人、いやイギリス熊であるプーが「醤油」と言うのもどうなのでしょうか・・・。このところ、もっと他に訳し方がないものかと思っていました(私にはできないので・・)。
石井桃子さんの訳本以外には、Classic Poohの訳本は存在しないのですが、実は部分的には別訳を試みた本が2冊出ています。
そのあたりのことを含め、次回には上記のフクロとプーのやり取りの続きをお話したいと思います。現代のお笑いに通じるような、愉快な会話が続きます。





>、あれこれ構想段階からなかなか進まないわけです。。
)
なのですが、録音当時13歳で、innocenceの真只中であったHarryが、まるで人生の終盤に近づいて遠く少年時代を振り返るかのような、静かな達観した歌い方をしていることに驚かされます。
の余韻にいつまでも浸ってしまいます。心に染みるいい曲ですね・・・

この時期風邪などで体調を崩すことが予想されるので、仕事を先に済ませてしまわないと、不安なので・・・
