
成田駅周辺に銭湯はない。1980年代、京成成田駅南側に健康ランドのようなものがあったが、いつしかなくなった。その施設は「イラン人の巣窟」という噂をボクは度々耳にした。イラン人が共同の風呂に入るか、非常に怪しい。だが、その健康ランドはそれからほどなくして姿を消した。
成田の門前町になら銭湯はありそうなものだが、いろいろと調べてみたもののやはり銭湯はないようである。
となると、成田で風呂に入る方法は2つ。
日赤病院の前にある「華の湯」、そして成田線の下総松崎駅近く「成田温泉」に行くしかない。
「成田温泉」は極めて立地が悪く、クルマで行くのがベスト。
幸いこの日はクルマがあったので、出かけてみることにした。
ボクが「成田温泉」だと思って認識していたところは、装いも新たに、「大和の湯」という名称に変わり、しかも今風の瀟洒なお風呂に変貌を遂げていた。
ラッカースプレーで大きな板に「成田温泉」と手書きされていたかつての田舎温泉ではなかった。
もう20年以上も前になるが、ボクは仕事を辞めて、当時まだ実家があった成田に引っ込んだことがある。仕事もなく、毎日夕方になると、15万円で購入したMTBに乗ってツーリングに出かけた。行先は成田の風土記の丘。この丘に登って帰ってくるのがボクの日課になった。その道中で「成田温泉」の手書きの看板を見かけるのである。だが、噂によると、この温泉施設は清潔でないというのを聞いた。もし、そんな噂を聞いていなければ、ボクは真っ先に浸かりにいったと思う。
ともあれ、20年の歳月を経て、ボクが「成田温泉」に行ってみると、そこは「大和の湯」という清潔な温泉に変わっており、ボクを少し驚いたのだった。
入湯料1,000円(土日祝日の料金)は決して安価ではない。
タオルがなかったので200円で購入した。
温泉と謳うくらいだから、本物の温泉ではあるのだろう。
だが、この田んぼのど真ん中で果たして温泉が出るのか。
源泉温度 19℃。
なるほど、加温しているわけだね。
毎分120リットルの吐出量。なるほど、かけ流しというわけね。
でも、次の説明書きにボクは疑問を持った。
「浴槽内のお湯の温度を一定に保ちながら汚れを除去するために循環濾過装置も導入している」。
結局、循環風呂じゃねえか。
風呂は大浴場と露天で構成されている。両方ともかなり広い。
浴室は奇抜なデザインで、スーパー銭湯と呼ぶ類のものではない。
これはなかなかいい感じだ。
土曜日の朝10時すぎ。
あまりお客がいないのも気持ちいい。
露天風呂から眺める風景は抜群だった。
青々と育った田んぼの稲が夏の風に揺れている。視界は全て田園風景だ。
こんなロケ―ションの温泉もなかなかあるまい。これだけでもうゆったりとした気持ちにさせてくれる。
名湯の条件のひとつに風呂から見える風景というものがある。都会ではできないものが、田舎ではそれが大きな武器になる。田園風景は本当に心を落ち着かせてくれた。また、時折吹き抜ける心地よい風。都会に吹く、ヒートアイランドウインドではなく天然の風が躰をなぶってくれる。
最上の時間だ。
何もかも忘れてしまい、頭を空っぽにしてくれる。
そのまま眠ってしまいたいほどの昂揚感に包まれた。
さわさわと稲の葉擦れの音で目が覚めた。時間はお昼に近くなるにつれ、人も徐々にだが増えてきた。
それでもまだ都会の銭湯よりは人が少ない。
ボクはたっぷり2時間も風呂に入っていたことになる。
リラックス。
心も躰も同時に解放されたような気がする。開放感のある抜群の風呂だった。
まず、湧出量毎分120Lでは、ダバダバと浴槽から溢れ出るかけ流しは難しい。
更にその貴重な温泉(鉱泉)を適温まで加温し、その大変コストのかかっているお湯をかけ流すということは、お金を排水口に流しているも同然の行為で、経営的に非常に厳しい。
そこで、自ずとお湯を浄化して再利用する循環風呂の流れになるわけだけど、そうすると温泉の成分が、どうしても循環することで徐々に薄れてしまうことになってしまうんだよね。
でも、日本の温泉(鉱泉)の成分については、そんなに濃いものは非常に少なく、また、温泉の成分を十分に体に染み込ませるには、昔の湯治レベルで数週間に渡ってじっくり温泉に滞在し、症状が治癒するまでしっかり浸からないと効果はないらしい。
という事で、清潔で気持ちの良い風呂だったり、ロケーションや居心地が自分にとって良い風呂であれば、それはいい温泉なんだと最近俺も強く思うようになってきたよ。
そう考えるとこの温泉は、師にとって素晴らしい温泉だったんだろうね。
とても気持ちよさそうな感じが、読んでいても伝わってくるよ。
確かに加温しているコストは安くないだろうな。
そのコストをみすみす捨てられるものでもないだろう。
しかしどうしても日本人はかけ流しという言葉に弱いようだ。でも、かけ流しと謳うほとんどのケースは実に眉唾だということも承知の上だよ。
でも、なんだかんだ言っていい風呂だったよ。
そういえば、成田の風呂といえば、いつだったか「華の湯」に師と一緒に行ったな。
塩を体にもみ込むサウナをしきりに師はやっていた覚えがあるよ。
泉質を損なうことなく、また、常に新鮮な湯を楽しめる。これができる温泉は日本でもそう多くはないよ。
なんとかかけ流しにできても、湧出量が少なければ、多くの人が入ると、湯が汚れてむしろ良くなくなるということもあったりするからね。
ちなみに、浴槽からお湯がダバダバ溢れてるけど、そのあふれたやつを排水口に流すことなく、循環させて再利用するというところもあったりする。
これらの仕組みを一度覚えてしまうと、本当のかけ流しかどうかとか、すぐ分かるよ、師よ。
でも、そこまで厳密に温泉を吟味する必要があるのかということは、既に前述した通りでもあるよ。
さて、華の湯。懐かしいね。風呂の名前は忘れちゃってたけど、成田で師と風呂に行ったのは覚えてる。
俺、確かに塩サウナ大好きだから、珍しく塩サウナがあって興奮して、塩もみ込みまくった記憶もちゃんとあるよ。
前に蕎麦の真贋について議論したけど、温泉についても同じことが言えるかもしれないね。
しかし、自分ら、いろいろ風呂に行ってるね。
下呂、石岡、成田、京都。
また今年も京都で、いい風呂に浸かりたいよ。