
店頭のガラス越しに見える美術品のようなコーヒーカップたち。
整然と並ばれた、それはまさにアートである。
大きな看板がえげつなくも感じるが、コーヒーカップのディスプレイとその向こうに目をやれば、瀟洒な内装の喫茶店が見える。
この「ボナール」というお店、日本橋で60余年の歴史を持つ喫茶店。日本橋再開発に伴い、上野広小路に移転してきたのだという。
その内装は黒木を基調とした重厚さ。古木の柱は以前の店で使用していたものか。オブジェと化した柱が、その歴史をまさに肌で感じさせてくれる。
椅子もテーブルもそつがない。革張りのベンチシートがその豪華さを一層引き立てている。
一見して高そうな喫茶店であることが分かる。
「ボナールブレンド」、1杯が750円。
これは大きく出た。よほどの品質と自信がなければ、この値段は出せない。
果たして、その価値はあるのだろうか。
ケーキセットは+450円。ということは、コーヒーとケーキで、1200円ということになる。
この金額を出せば、麻布十番でも、いいランチが食べられる。
そんな価格設定にたじろぎながらも、ボクは店員に「ボナールブレンド」と「ミルクレープ」のケーキセットをオーダーした。
豪荘な空間が、すべてハッピーな時間に変わるとは限らない。ウィークデーの昼下がり、豪華な喫茶店には、複数のおばちゃんが詰めかけていた。銀座とかによくいる人々。時間と金をもて余す人々はたいていが騒がしい。ご多分に漏れず、この場もおおいに盛り上がっていた。
ボクの時間は、瞬く間に散漫で、ありきたりな時間に変わった。
ブルーベリーのジャムがアクセントの「ミルクレープ」。
そして、ブレンドコーヒー。
コーヒーは酸味が強く、ボクの好みではなかった。ミルクレープもおいしかったが、特別な感情が湧いてこない。
1200円あれば、もう少し違うお金の使い方があったのではないかと考えてしまう。
「いきなりステーキ」に行って、ワインにステーキとか。
とにかく、ボクは満足できなかった。
金額の高さに比例して、期待値は当然高くなる。恐らく、他店のものより、コーヒーもケーキもおいしいのだろう。だが、高くなった期待値はそう容易く満足のパラメータを振り切らない。
ケーキを食べ終え、ボクはこう思った。
「1500円のサンドウィッチを頼まなくてよかった」と。
何故、この老舗の名店がこの上野広小路に移転してきたのか。
この問は、恐らく多くの人が抱く事柄だろう。
この広小路のすぐ近くには日本の喫茶店発祥の地がある。日本のコーヒーシーンにとって、重要な、ある意味聖なる場所を新たな出発地に選んだと考えるのはうがちすぎだろうか。
豪華であれば、落ち着くというわけではなさそうだ。ボクの場合、かえって落ち着かない。カフェって、一体なんだろうか。
この店に入って、そんなことを考えた。
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