ケガをした後、コウスケは泣きごとの一つも言わず、運命を受け入れていたかのように、泰然としていた。
『痛くない』とか『大丈夫』とか『気にしなくていいよ』とか『頑張る』とか、いつもポジティブな対応で我々に心配をかけないように、めちゃめちゃ頑張っていた。監督やコーチやチームメイトやチームメイトのお父さんやお母さんに声をかけらた時も、明るく受け応えをしていた。でも、実はコウスケの体の中には涙がいっぱい溜まっていた。
ちょっとしたきっかけで、右ヒザのケガの話になった。
本当にちょっとしたことだった。
我々両親は『腹をくくる』ことを要求するため、あるものを提示しようとした。
それを察したコウスケは涙を流しながら、大きな声で泣いた。今まで堪えていたものが、次々と言葉になって、泣きながら叫んだ。いや、叫びながら泣いた。
ケガをして2カ月、彼の中には、いろいろなものが、ごちゃ混ぜになっていたが、一生懸命に溢れることを堰き止めていたようだ。
そして、どれだけ我慢していたか、どんなに不安で、どれだけ怖いかを泣きながら訴えた。
コウスケは、大きな声で泣き続けた。今の境遇に押しつぶされそうな、普通の13歳の少年として泣き続けた。そして、思いのすべてをぶちまけた。
”我慢”と”不安”と”恐怖”は13歳のサッカー小僧をここまで追い詰めていた。
我々もコウスケに思い伝えた。
『主治医の先生や、リハビリの先生や、監督やコーチやいろいろな人が、君の情熱を何とか実現させてあげたいと思ってくれているんだよ。』
コウスケの情熱が伝わり、周りの人々を動かしていることを・・・・。
泣き止んだコウスケは、冷静に、いろいろな事を喋ってくれた。
コウスケは我々が思っているより、遥かに大人になっていた。
そして、絶対にコウスケを守り続けることを再度認識した。
ケガをした後初めて、彼は大きな声で泣いた。心を吐露してくれた。コウスケが泣いたことで、ある意味、我々も心にあった何かが軽くなった。
そして更なる”強い絆”になった。