千鳥足こと博多のおいしゃんの独り言

大塚氏の葬儀に参列して(昔のおいしゃん)

日曜日朝急逝された前「すノ一町総代」大塚定男さんの
葬儀に参列してきました。

平成8年6番山笠では大黒流の総務も
務められました。



定男さんは米屋のおいしゃんです。
私が子供のころから、自転車に乗って、ランニングシャツに
半ズボン、肩に米袋ば担いで・・・

子供の私にも「こんにちは」て帽子ばとって
挨拶される、腰の低い柔和なおいしゃんでした。

お米屋さんこげな風景はどこの家もおんなしで
定男さんに対する印象はみな同じでしょう。

それが山になると表情がキリッとかわって
怖いおいしゃんに早変わりします。

神さんの飾り方の方向が違う。
大博通りば舁く時は「胡瓜舁き」は
「棒受けに肩あてて前さい前さい押すったい」
「大博は舁き手は多いっちゃけん押しゃあいいったい」


山のことについては普段の町のおいしゃんとは変わります。

これは定男さんに限らずです。

昨年から大黒流の各町の重鎮(おおおいしゃんたち)が
次々に逝ってしまいました。

せんぺえ屋の三野さん、鉄砲屋の内藤さん、
魚屋の牧尾さん、みんなみんな町の身近なおいしゃんたちです。

それぞれのお別れの弔辞でも皆さん
山への功労ば称えられました。
祭壇には歴々とした法被と手ぬぐい
手拭は博多の男の勲章です。

町の自治の力で運営する「博多祇園山笠」ならではです。

定男さんも同じく祭壇には旧町と新町の長法被
それに手拭。
遺影は長法被で笑いかけるお顔やったです。

最後の出棺も「博多手一本」で送り出しやったです。

今年のうちの大将同様、来年は追善山で定男さんのとこぃ
山持っていくことになります。

くしくも来年は定男さんの町内「すノ一」が
一番山笠の世話当番・・・・・

空の上から「しっかりしやい」て言う
声の聞こえてくるごたぁです。

またひとり博多のおいしゃんが減ってしまいました。

少しずつやバッテンこげなおいしゃんの思い出
知識ば後世に伝えるとがあたきたち今のおいしゃんの
役割です。

これの繰り返しで今の博多の伝統が守りぬかれてきたとですね。

今年の山は早かった、一秒負けた・・・・
そげなことで一喜一憂して1年ばそれに向けて
普段の自分の商売ば守り続けながら
精進する博多の「愛するおいしゃんたち」です。

中にはこ難しいおいしゃんもおりますばってん
それもこれもひっくるめて「博多のおいしゃん」

そこいらのおいしゃんとちいとばかし違う

「博多のおいしゃん」たちです・・

合掌

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コメント一覧

元古ノ二住民
なんと、大塚米穀店のおいしゃんですか。。。
いつも誰に対しても腰の低い方でしたね。
自分も子供の頃からおいしゃんがランニング姿で働いているのを
いつも見ていただけにショックです。

ご冥福をお祈りします。
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