はじめて気のつきました。
祇園駅こげんなっとります。
前からかいな?
昔、伝染病やらの防疫神は牛頭(ごず)天王であるて信仰され
もともとはインドの祇園精舎ば守っとってその化身が
スサノオノミコトになったげな。
やけん山笠は「祇園様」
中国で言うたら「孫悟空」に出てくる「牛魔王」ですね。
博多のごと人が一杯集まるところで高温多湿の疫病が多発することから
始まった祇園山笠です。
今からの時期、食中毒に気をつけましょう。
臭いかいで「まだ食わるう」は危なかですバイ・・・
ここから「ゆらりん」への話題に変わるばってん
前行の意味とはつながりません。念のため・・
ゆらりん、清潔ば心がけております。
今年は「みのしま夏祭り」にかつての土居流の人形飾り「風神雷神」が
飾られるごとなったらし・・・いやなりました。
前理事長で「夏祭り実行委員長」のジョニーと山台苦の話ですけん。
作者の「信喬君」も承諾したらしい。
そげな話しから、昨夜はゆらりんでは昔の山笠人形飾りの話題になりました。
あ~うまいやっぱあら炊きやね!
話途中やバッテン昨日に続きあら炊きで一杯やりながらです・・
おいしゃんとっても好きやったとが土居流の「福銀人形」
福岡市による悪名高い町名町境改正により流が無くなるか?
て言う危機ば乗り越えたとがこの人形です。
福銀さんから資金援助していただいたとでしょうね。
当時人気者やった「福岡銀行」のキャラクターで
おいしゃんも貯金箱もっとりました。
良うみてください。何番山笠て書いてありません。
流名も無く「保存会」で参加したとです。
うちの親父は庭にこれぶら下げて「空気銃」の的にして
これボコボコでした。
「貯金箱」こげな用途に使うたらいけません・・
土居流保存会はそれでもまだ人形です。
戦後のまだ資金が無い時代・・・・・・
今でこそ子供山笠でさえ立派な人形がのる時代
ベニヤに絵描いとります。
昭和32年(おいしゃん1歳)の大黒流です。
昭和38年でもまだ館(やかた)飾りです。
浅葱(あさぎ)の法被がいなせな「下す(下洲崎町)」の当番町の年です。
左から2番目、昨年までの青木町総代、まだ赤手拭です。
この年(38年)うち(古ノ一)で言えば、古門戸、三野さんの大将、上つ、宗吉っつぁん
東下新、提灯屋の門田さん、下つ、和田の親父さん、大下、黒岩の親父
麹屋、小路さんやらそうそうたるメンバーが取締されよったころやけん
大昔です。
※こげな記録は「大黒流総合サイト」でご覧ください。
オリンピックの年ならではの飾りも・・
そげな歴史ある山笠人形たち
役目ば終えて栄進の倉庫の天井で静かに眠る人形たちが
この夏「みのしま商店街」で再び光ば受けます。
山笠も近づいたことやし・・
今宵は山笠飾りの話題ばお送りいたしました。
ゆらりん、今夜は賑をうたかいな?
久しぶりに
チャンチャン!
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