金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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昨日今日明日あさって。(大乱)263

2022-04-10 10:38:33 | Weblog
 兵集めに難渋したのか、伯爵当人が当家を訪れた。
アポ取りしてから来訪だったので、俺は面会に応じるしかなかった。
刻限近くになったので三階から下を見下ろした。
几帳面かどうかは知らないが、ちょうど馬車が入って来た。
護衛騎士は四騎。
同時に玄関前に当家の執事と手空きのメイド達が整列した。
 あちらの馬車が馬車寄せに止まると、
護衛の女性騎士がエスコート役に早変わり。
一人二人三人と降りて来た。
一人目はあちらの執事。
それらしい恰好をしていた。
二人目はあれが当主なのだろう。
ハウザー松平伯爵は貫禄があった。
腹が出ていた。
三人目は見知った顔。
娘のセリナ松平だ。
夫人はいない。
亡くなったのか、離縁したのか、病なのか、それは知らない。
知りたくもない。

 執事のダンカンが俺を呼びに来た。
「皆様を応接室に案内致しました」
「それで、伯爵の様子は」
「面倒臭そうな方です」
「なら少し待たせてみるか」
「良いのですか、伯爵様ですよ」
「いいんじゃないか。
僕の寄親でも、お世話になった方でもないだろう」
 前に、こちらが領地の木曽大樹海で娘・セリナ一行を保護した。
なのに、その後に、挨拶に来たのは執事のみ。
伯爵からの感謝の言葉を伝えられ、御礼の金銭を渡された。
それは、それは、心の籠っていない謝意と金銭だった。
あれが伯爵にとっての、セリナの価値なのだろう。

 俺が応接室に入ると、セリナと執事は立ち上がって迎えてくれた。
だが、肝心の伯爵はジロッと俺を一瞥したのみ。
目が濁っていた。
目が病ではなく、心が病んでいるのだろう。
俺はユニークスキル、演技☆を起動した。
慇懃無礼。
俺が、「お待たせ致しました」と口にすると、伯爵はようやく腰を上げた。
そして言う。
「随分、待たせたな」
 廊下でメイドに聞いた話しによると、伯爵は珈琲を三杯もお代わりし、
お茶菓子の盆を空にした。
それで満腹の筈なのに、伯爵からは、ささくれ立つ感しか窺えない。
待たされて怒っているのか。
ああ、そうか。
格下である筈の子爵に待たされたからか。
それは悪かったね。

「それではお話をお伺いしましょうか」
 俺は伯爵の正面に腰を下ろした。
こんな奴の相手はしたくないのだが、そこが浮世の辛さ。
同じ貴族なのだ。
逃げる訳には行かない。
 メイド達が優雅に動き回った。
まず俺に珈琲を差し出した。
次に伯爵達の珈琲も入れ替えた。
お茶菓子の盆も入れ替えた。

 メイド達が壁際に退くと伯爵が口を開いた。
「知っての通りだ。
兵を供与してくれんか」
 供与ときた。
前回の奴の使いは、兵を貸してくれ、そう言っていた。
貸与から供与に。
貸与と供与では、随分と意味が異なる。
俺は即座に拒否した。
「お断りします」
 伯爵が表情を変え、身動ぎした。
少し前屈みになり、俺を見据えて横柄な物言い。
「断るだと、子爵風情が。
美濃の者は話しが通じぬ奴ばかりだな」
 美濃の他の貴族達にも声をかけた。
それで、何れからも断られた。
そういう事なんだろう。

 地方在住の下級貴族はその地方を治める伯爵の差配下にある。
所謂、寄親と寄子という関係になる。
俺にしてもそう。
王宮から国都に屋敷を賜るという特例的な叙爵陞爵となったが、
形としては美濃伯爵家の下に置かれた。
そんな下級貴族へは、中央からの指示は寄親を通して来る。
もっとも、俺の場合は、幾度か、伯爵を素通りして来た。
が、それは伯爵を慮ってノーカン扱いなのだろう。
まあ、それはそれとして、三河の寄親伯爵が美濃の寄親伯爵を無視して、
その寄子へ兵力の貸与や供与を迫る事は有り得ない。
俺はダンカンに声をかけた。
「お客様のお帰りだ。
ご案内して差し上げろ」

 伯爵は腰を上げない。
珈琲に手を伸ばした。
一口、口にして言う。
「若い奴は物を知らぬ。
よく考えろ、手柄を立てる機会ではないか。
兵を伴って東進すれば、手柄は立て放題ではないか」
 俺から視線を外して、残りを飲み干した。
はて、手柄の立て放題・・・。
それは兵を率いた伯爵の物ではないか。
「木曽の大樹海は大兵力では通れません。
それはご存知ですよね」
「織田殿はゴーレムを率いた大兵力で三河に入ったではないか」
 その辺りの事情を聞かされていないのか。
もしかすると、説明する程の者ではない、王宮にそう判断されたのだろう。
たぶん、そうだ。
当初から、蚊帳の外。

「織田様は随分前から小刻みに兵力を三河に送っておられました。
早朝に五十から百、昼にも五十から百。
大兵力を一度に投入された訳では御座いません。
手間をかけて兵を送られ、何処かへ隠され、機を見て出撃された、
そう漏れ聞いております」
 俺は詳細な説明は省いた。
王宮が省いているので問題はないだろう。
正解が知りたければ三河に戻り、寄子の貴族に尋ねればいい。
伯爵が目を泳がした。
「そう・・・、そうか。
であれば織田殿が通った道筋を知りたい。
教えてくれんか」
 多少は知恵が回るようだ。
その道筋が肝要なのだ。
が、教えん。
教える義理がない。
「申し訳ない、私は王都に居りましたので、何も知りません。
織田伯爵家に尋ねられて如何ですか」

 その日は妙な疲れが残った。
奴のせいだ。
三河の何とかいう伯爵様・・・。
名は知ってるけど、忘れよう。
早目にベッドに入った。
 こんな日でも呼吸法は忘れない。
丹田に気を集めて精錬した。
それにイメージを上乗せした。
無病息災、無病息災、無病息災。
千吉万来、千吉万来、千吉万来。
これ以上、健康になって、大吉が訪れると、どうなるのだろう。

『てえへんだ、てえへんだ』
 念話が飛び込んで来た。
眷属妖精のアリスだ。
このところ脳筋から脱したと思っていたが、違ったらしい。
『パー、親分、てえへんだっぺー』
 こちらは眷属ダンジョンスライム。
探知すると二人は屋敷の上空にいた。
俺は呼吸法を中断した。
『どうした』
『木曽が攻められてるわよ』アリスが答えた。


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