兵集めに難渋したのか、伯爵当人が当家を訪れた。
アポ取りしてから来訪だったので、俺は面会に応じるしかなかった。
刻限近くになったので三階から下を見下ろした。
几帳面かどうかは知らないが、ちょうど馬車が入って来た。
護衛騎士は四騎。
同時に玄関前に当家の執事と手空きのメイド達が整列した。
あちらの馬車が馬車寄せに止まると、
護衛の女性騎士がエスコート役に早変わり。
一人二人三人と降りて来た。
一人目はあちらの執事。
それらしい恰好をしていた。
二人目はあれが当主なのだろう。
ハウザー松平伯爵は貫禄があった。
腹が出ていた。
三人目は見知った顔。
娘のセリナ松平だ。
夫人はいない。
亡くなったのか、離縁したのか、病なのか、それは知らない。
知りたくもない。
執事のダンカンが俺を呼びに来た。
「皆様を応接室に案内致しました」
「それで、伯爵の様子は」
「面倒臭そうな方です」
「なら少し待たせてみるか」
「良いのですか、伯爵様ですよ」
「いいんじゃないか。
僕の寄親でも、お世話になった方でもないだろう」
前に、こちらが領地の木曽大樹海で娘・セリナ一行を保護した。
なのに、その後に、挨拶に来たのは執事のみ。
伯爵からの感謝の言葉を伝えられ、御礼の金銭を渡された。
それは、それは、心の籠っていない謝意と金銭だった。
あれが伯爵にとっての、セリナの価値なのだろう。
俺が応接室に入ると、セリナと執事は立ち上がって迎えてくれた。
だが、肝心の伯爵はジロッと俺を一瞥したのみ。
目が濁っていた。
目が病ではなく、心が病んでいるのだろう。
俺はユニークスキル、演技☆を起動した。
慇懃無礼。
俺が、「お待たせ致しました」と口にすると、伯爵はようやく腰を上げた。
そして言う。
「随分、待たせたな」
廊下でメイドに聞いた話しによると、伯爵は珈琲を三杯もお代わりし、
お茶菓子の盆を空にした。
それで満腹の筈なのに、伯爵からは、ささくれ立つ感しか窺えない。
待たされて怒っているのか。
ああ、そうか。
格下である筈の子爵に待たされたからか。
それは悪かったね。
「それではお話をお伺いしましょうか」
俺は伯爵の正面に腰を下ろした。
こんな奴の相手はしたくないのだが、そこが浮世の辛さ。
同じ貴族なのだ。
逃げる訳には行かない。
メイド達が優雅に動き回った。
まず俺に珈琲を差し出した。
次に伯爵達の珈琲も入れ替えた。
お茶菓子の盆も入れ替えた。
メイド達が壁際に退くと伯爵が口を開いた。
「知っての通りだ。
兵を供与してくれんか」
供与ときた。
前回の奴の使いは、兵を貸してくれ、そう言っていた。
貸与から供与に。
貸与と供与では、随分と意味が異なる。
俺は即座に拒否した。
「お断りします」
伯爵が表情を変え、身動ぎした。
少し前屈みになり、俺を見据えて横柄な物言い。
「断るだと、子爵風情が。
美濃の者は話しが通じぬ奴ばかりだな」
美濃の他の貴族達にも声をかけた。
それで、何れからも断られた。
そういう事なんだろう。
地方在住の下級貴族はその地方を治める伯爵の差配下にある。
所謂、寄親と寄子という関係になる。
俺にしてもそう。
王宮から国都に屋敷を賜るという特例的な叙爵陞爵となったが、
形としては美濃伯爵家の下に置かれた。
そんな下級貴族へは、中央からの指示は寄親を通して来る。
もっとも、俺の場合は、幾度か、伯爵を素通りして来た。
が、それは伯爵を慮ってノーカン扱いなのだろう。
まあ、それはそれとして、三河の寄親伯爵が美濃の寄親伯爵を無視して、
その寄子へ兵力の貸与や供与を迫る事は有り得ない。
俺はダンカンに声をかけた。
「お客様のお帰りだ。
ご案内して差し上げろ」
伯爵は腰を上げない。
珈琲に手を伸ばした。
一口、口にして言う。
「若い奴は物を知らぬ。
よく考えろ、手柄を立てる機会ではないか。
兵を伴って東進すれば、手柄は立て放題ではないか」
俺から視線を外して、残りを飲み干した。
はて、手柄の立て放題・・・。
それは兵を率いた伯爵の物ではないか。
「木曽の大樹海は大兵力では通れません。
それはご存知ですよね」
「織田殿はゴーレムを率いた大兵力で三河に入ったではないか」
その辺りの事情を聞かされていないのか。
もしかすると、説明する程の者ではない、王宮にそう判断されたのだろう。
たぶん、そうだ。
当初から、蚊帳の外。
「織田様は随分前から小刻みに兵力を三河に送っておられました。
早朝に五十から百、昼にも五十から百。
大兵力を一度に投入された訳では御座いません。
手間をかけて兵を送られ、何処かへ隠され、機を見て出撃された、
そう漏れ聞いております」
俺は詳細な説明は省いた。
王宮が省いているので問題はないだろう。
正解が知りたければ三河に戻り、寄子の貴族に尋ねればいい。
伯爵が目を泳がした。
「そう・・・、そうか。
であれば織田殿が通った道筋を知りたい。
教えてくれんか」
多少は知恵が回るようだ。
その道筋が肝要なのだ。
が、教えん。
教える義理がない。
「申し訳ない、私は王都に居りましたので、何も知りません。
織田伯爵家に尋ねられて如何ですか」
その日は妙な疲れが残った。
奴のせいだ。
三河の何とかいう伯爵様・・・。
名は知ってるけど、忘れよう。
早目にベッドに入った。
こんな日でも呼吸法は忘れない。
丹田に気を集めて精錬した。
それにイメージを上乗せした。
無病息災、無病息災、無病息災。
千吉万来、千吉万来、千吉万来。
これ以上、健康になって、大吉が訪れると、どうなるのだろう。
『てえへんだ、てえへんだ』
念話が飛び込んで来た。
眷属妖精のアリスだ。
このところ脳筋から脱したと思っていたが、違ったらしい。
『パー、親分、てえへんだっぺー』
こちらは眷属ダンジョンスライム。
探知すると二人は屋敷の上空にいた。
俺は呼吸法を中断した。
『どうした』
『木曽が攻められてるわよ』アリスが答えた。
アポ取りしてから来訪だったので、俺は面会に応じるしかなかった。
刻限近くになったので三階から下を見下ろした。
几帳面かどうかは知らないが、ちょうど馬車が入って来た。
護衛騎士は四騎。
同時に玄関前に当家の執事と手空きのメイド達が整列した。
あちらの馬車が馬車寄せに止まると、
護衛の女性騎士がエスコート役に早変わり。
一人二人三人と降りて来た。
一人目はあちらの執事。
それらしい恰好をしていた。
二人目はあれが当主なのだろう。
ハウザー松平伯爵は貫禄があった。
腹が出ていた。
三人目は見知った顔。
娘のセリナ松平だ。
夫人はいない。
亡くなったのか、離縁したのか、病なのか、それは知らない。
知りたくもない。
執事のダンカンが俺を呼びに来た。
「皆様を応接室に案内致しました」
「それで、伯爵の様子は」
「面倒臭そうな方です」
「なら少し待たせてみるか」
「良いのですか、伯爵様ですよ」
「いいんじゃないか。
僕の寄親でも、お世話になった方でもないだろう」
前に、こちらが領地の木曽大樹海で娘・セリナ一行を保護した。
なのに、その後に、挨拶に来たのは執事のみ。
伯爵からの感謝の言葉を伝えられ、御礼の金銭を渡された。
それは、それは、心の籠っていない謝意と金銭だった。
あれが伯爵にとっての、セリナの価値なのだろう。
俺が応接室に入ると、セリナと執事は立ち上がって迎えてくれた。
だが、肝心の伯爵はジロッと俺を一瞥したのみ。
目が濁っていた。
目が病ではなく、心が病んでいるのだろう。
俺はユニークスキル、演技☆を起動した。
慇懃無礼。
俺が、「お待たせ致しました」と口にすると、伯爵はようやく腰を上げた。
そして言う。
「随分、待たせたな」
廊下でメイドに聞いた話しによると、伯爵は珈琲を三杯もお代わりし、
お茶菓子の盆を空にした。
それで満腹の筈なのに、伯爵からは、ささくれ立つ感しか窺えない。
待たされて怒っているのか。
ああ、そうか。
格下である筈の子爵に待たされたからか。
それは悪かったね。
「それではお話をお伺いしましょうか」
俺は伯爵の正面に腰を下ろした。
こんな奴の相手はしたくないのだが、そこが浮世の辛さ。
同じ貴族なのだ。
逃げる訳には行かない。
メイド達が優雅に動き回った。
まず俺に珈琲を差し出した。
次に伯爵達の珈琲も入れ替えた。
お茶菓子の盆も入れ替えた。
メイド達が壁際に退くと伯爵が口を開いた。
「知っての通りだ。
兵を供与してくれんか」
供与ときた。
前回の奴の使いは、兵を貸してくれ、そう言っていた。
貸与から供与に。
貸与と供与では、随分と意味が異なる。
俺は即座に拒否した。
「お断りします」
伯爵が表情を変え、身動ぎした。
少し前屈みになり、俺を見据えて横柄な物言い。
「断るだと、子爵風情が。
美濃の者は話しが通じぬ奴ばかりだな」
美濃の他の貴族達にも声をかけた。
それで、何れからも断られた。
そういう事なんだろう。
地方在住の下級貴族はその地方を治める伯爵の差配下にある。
所謂、寄親と寄子という関係になる。
俺にしてもそう。
王宮から国都に屋敷を賜るという特例的な叙爵陞爵となったが、
形としては美濃伯爵家の下に置かれた。
そんな下級貴族へは、中央からの指示は寄親を通して来る。
もっとも、俺の場合は、幾度か、伯爵を素通りして来た。
が、それは伯爵を慮ってノーカン扱いなのだろう。
まあ、それはそれとして、三河の寄親伯爵が美濃の寄親伯爵を無視して、
その寄子へ兵力の貸与や供与を迫る事は有り得ない。
俺はダンカンに声をかけた。
「お客様のお帰りだ。
ご案内して差し上げろ」
伯爵は腰を上げない。
珈琲に手を伸ばした。
一口、口にして言う。
「若い奴は物を知らぬ。
よく考えろ、手柄を立てる機会ではないか。
兵を伴って東進すれば、手柄は立て放題ではないか」
俺から視線を外して、残りを飲み干した。
はて、手柄の立て放題・・・。
それは兵を率いた伯爵の物ではないか。
「木曽の大樹海は大兵力では通れません。
それはご存知ですよね」
「織田殿はゴーレムを率いた大兵力で三河に入ったではないか」
その辺りの事情を聞かされていないのか。
もしかすると、説明する程の者ではない、王宮にそう判断されたのだろう。
たぶん、そうだ。
当初から、蚊帳の外。
「織田様は随分前から小刻みに兵力を三河に送っておられました。
早朝に五十から百、昼にも五十から百。
大兵力を一度に投入された訳では御座いません。
手間をかけて兵を送られ、何処かへ隠され、機を見て出撃された、
そう漏れ聞いております」
俺は詳細な説明は省いた。
王宮が省いているので問題はないだろう。
正解が知りたければ三河に戻り、寄子の貴族に尋ねればいい。
伯爵が目を泳がした。
「そう・・・、そうか。
であれば織田殿が通った道筋を知りたい。
教えてくれんか」
多少は知恵が回るようだ。
その道筋が肝要なのだ。
が、教えん。
教える義理がない。
「申し訳ない、私は王都に居りましたので、何も知りません。
織田伯爵家に尋ねられて如何ですか」
その日は妙な疲れが残った。
奴のせいだ。
三河の何とかいう伯爵様・・・。
名は知ってるけど、忘れよう。
早目にベッドに入った。
こんな日でも呼吸法は忘れない。
丹田に気を集めて精錬した。
それにイメージを上乗せした。
無病息災、無病息災、無病息災。
千吉万来、千吉万来、千吉万来。
これ以上、健康になって、大吉が訪れると、どうなるのだろう。
『てえへんだ、てえへんだ』
念話が飛び込んで来た。
眷属妖精のアリスだ。
このところ脳筋から脱したと思っていたが、違ったらしい。
『パー、親分、てえへんだっぺー』
こちらは眷属ダンジョンスライム。
探知すると二人は屋敷の上空にいた。
俺は呼吸法を中断した。
『どうした』
『木曽が攻められてるわよ』アリスが答えた。
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