アリスに地図を見上げながら尋ねられた。
「貴女の国は」
俺は正直には答えなかった。
現代の文明文化は彼女には難しすぎる。
かえって混乱を招くだけ。
人は鉄の箱に乗り、地上地下を走り、空を飛び、海に潜れるようになった。
果ては月にも足跡を印した。
年月かけて進歩した彼等が好きな言葉は自由、平等、平和。
なのに地球を何度も何度も破壊出来る爆弾を無数に所持していた。
理解の外だろう。
なかでも、オンラインゲームに触れるのは、以ての外。
何もかもが俺の説明能力を遙かに超えていた。
嘘が親切な場合がある。
それが今だ。
俺はこの国の文化に近い江戸時代を語った。
士農工商の身分があった時代。
彼女は嬉しそうに目を輝かせ、時折、質問を織り交ぜてくれた。
俺は話の切れ目をみつけて尋ねた。
「モンスターの島に人を遣ったことは」
「ないわね。
我が国はモンスター撃退で手一杯なの。
他国もないみたい。
冒険者や商人が入った、という話しも聞かないわ」
モンスターの島もオンラインゲームから生まれた物ではないか、と思った。
一夜にして出現した、ということが不自然すぎた。
フルーツランドのように出現したのであれば、納得のしようがあった。
閉鎖されたゲームが解き放たれて、ここに具現化したのであろう。
具現化の切っ掛けは分からないが、そう考えれば辻褄が合う。
問題はモンスターの能力だ。
モンスターゲームは無数にあった。
事情により閉鎖されたゲーム、放置されたゲームも無数にあった。
モンスターの種類ともなると、それ以上。
その全てを俺が知っている分けではない。
どんな能力のモンスターが越境して来たのか、想像すらつかない。
俺は彼女の力になれないと思った。
俺の顔色を読んだのだろう。
アリスが俺の手をグッと握り締めた。
「越境して来るモンスターと戦って、もう六年目よ。
ここまで耐えられた。
これから先もズッと耐えられるわ」
説得力のない言葉は俺に向けてではない。
アリスが自分自身に言い聞かせていた。
突然、笑い声が起こった。
そちらを振り返ると、
大広間の片隅で子供達が折り重なっていた。
子犬達のように仲良く寝入っていた。
大人達が、「あらあら」と笑いながら子供達の寝顔を覗き込む。
キャロルもその中にいた。
俺は歩み寄り、無邪気な寝顔のキャロルを抱き上げた。
年相応に軽い。
これを切っ掛けに食事会が終わった。
アリスが皆に、
「カルメンとキャロルの二人は暫く私が預かります。
こちらの都合で召喚に巻き込まれて気の毒です。
二人の身の振り方が決まるまで私の傍に置きます」宣言した。
スグルとタツヤが猛反対するが、彼女は聞き入れない。
「これは決定事項です、翻ることはありません。
それに二人はおなご、何の問題もないでしょう」
彼女は先頭に立って俺達姉妹を案内した。
一階に下りて回廊を渡り、隣の塔に入った。
塔自体が後宮になっていた。
中に入ると女官達の出迎えを受けた。
大広間で見たメイド達と違い、彼女達は官位が与えられていた。
塔内部は王、王妃、側室、子供それぞれの身分で区画割りされていた。
アリスの部屋は広く、客人二人を泊めるのに何の問題もなかった。
ベッドも広かった。
「寝相が良ければ三人並んで眠れるわね」とアリス。
大の大人三人でも余裕がありそうだった。
そのベッドの中央にキャロルを下ろしたが、女児は一向に目を覚まさない。
無意識にシーツを引き上げ、枕を抱いた。
室内の調度品から歴史が感じられた。
箪笥、書棚だけでなく椅子までも重厚感があった。
代々受け継がれてきた物を大切に扱っているのだろう。
女官が中央の丸テーブルにお茶を置くと、軽く一礼して引き下がった。
お茶は二人分。
アリスが椅子に腰掛け、お茶に手を伸ばした。
俺も勧められた。
一口飲んだが、苦い。
日本茶でも紅茶でもなかった。
カップの中を見るに、柿の葉のような気がした。
でも嫌な苦さではない。
飲み干した。
アリスが俺を見た。
「話の続きをしましよう」飲みかけのお茶を下ろした。
大広間で中断した生け贄の話し。
「言いにくいのなら、無理しなくても構わないが」
「聞いて欲しいの。
他人だから喋りやすいの」
「わかった。聞こう」両手を卓上に置いた。
アリスは視線を俺に据え、「私は私を差し出すわ」はっきり言い、
「喜んで生け贄になるの」続けた。
俺は言葉がない。
視線を受け止めるので手一杯。
アリスが左手を俺の右手の甲に掌を重ねて来た。
微かな震えが伝わって来た。
「なんて馬鹿な事をと思うでしょうね。
でも本気よ。
・・・。
私は小さな頃からお姫様お姫様として育てられた。
でもね、それは初潮を迎えるまでの話しで、
初潮を迎えてからは世間一般の想像とは全く違うのよ。
真綿にくるむように大切に大切にではなくて、いずれ嫁ぐから、
その嫁ぎ先で如何にして振る舞うか、微に入り細にわたる教育を受けたの。
国の外交の一つの駒として他所の王家へ嫁ぎ、如何にして故国に貢献するのか。
女官達が教えてくれるのは、どうすれば男を籠絡できるか、
どうすれば後宮を支配出来るか。
密かに故国と連絡を取る事態が生じた際の暗号の組み方もね。
・・・。
私は私個人ではいられないの。
平時はただの駒。
戦時は人質。
国の操り人形でしかないの。
私は、姫とはそんなものだと思っていた。
そういう生き方しか出来ないと思っていた。
例えば、民は身を粉にして働いて税を払う。
騎士は刀槍を持って戦場を駆ける。
彼等と同じ様に、私は国の操り人形になる。
それが当たり前だと信じていた。
・・・。
馬鹿げてるでしょう。
そんな時にモンスターの島が出現したの。
それからよ、色々あって疑問を持つようになった」
アリスの右手が伸びて来た。
甲を上にして俺の前に置かれた。
俺の左手が自然に動いた。
何の考えもなしに掌を彼女の手に重ねた。
アリスの口元がほころぶ。
彼女は無駄口はきかない。
一拍置くと話しを再開した。
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触れる必要はありません。
ただの飾りです。
「貴女の国は」
俺は正直には答えなかった。
現代の文明文化は彼女には難しすぎる。
かえって混乱を招くだけ。
人は鉄の箱に乗り、地上地下を走り、空を飛び、海に潜れるようになった。
果ては月にも足跡を印した。
年月かけて進歩した彼等が好きな言葉は自由、平等、平和。
なのに地球を何度も何度も破壊出来る爆弾を無数に所持していた。
理解の外だろう。
なかでも、オンラインゲームに触れるのは、以ての外。
何もかもが俺の説明能力を遙かに超えていた。
嘘が親切な場合がある。
それが今だ。
俺はこの国の文化に近い江戸時代を語った。
士農工商の身分があった時代。
彼女は嬉しそうに目を輝かせ、時折、質問を織り交ぜてくれた。
俺は話の切れ目をみつけて尋ねた。
「モンスターの島に人を遣ったことは」
「ないわね。
我が国はモンスター撃退で手一杯なの。
他国もないみたい。
冒険者や商人が入った、という話しも聞かないわ」
モンスターの島もオンラインゲームから生まれた物ではないか、と思った。
一夜にして出現した、ということが不自然すぎた。
フルーツランドのように出現したのであれば、納得のしようがあった。
閉鎖されたゲームが解き放たれて、ここに具現化したのであろう。
具現化の切っ掛けは分からないが、そう考えれば辻褄が合う。
問題はモンスターの能力だ。
モンスターゲームは無数にあった。
事情により閉鎖されたゲーム、放置されたゲームも無数にあった。
モンスターの種類ともなると、それ以上。
その全てを俺が知っている分けではない。
どんな能力のモンスターが越境して来たのか、想像すらつかない。
俺は彼女の力になれないと思った。
俺の顔色を読んだのだろう。
アリスが俺の手をグッと握り締めた。
「越境して来るモンスターと戦って、もう六年目よ。
ここまで耐えられた。
これから先もズッと耐えられるわ」
説得力のない言葉は俺に向けてではない。
アリスが自分自身に言い聞かせていた。
突然、笑い声が起こった。
そちらを振り返ると、
大広間の片隅で子供達が折り重なっていた。
子犬達のように仲良く寝入っていた。
大人達が、「あらあら」と笑いながら子供達の寝顔を覗き込む。
キャロルもその中にいた。
俺は歩み寄り、無邪気な寝顔のキャロルを抱き上げた。
年相応に軽い。
これを切っ掛けに食事会が終わった。
アリスが皆に、
「カルメンとキャロルの二人は暫く私が預かります。
こちらの都合で召喚に巻き込まれて気の毒です。
二人の身の振り方が決まるまで私の傍に置きます」宣言した。
スグルとタツヤが猛反対するが、彼女は聞き入れない。
「これは決定事項です、翻ることはありません。
それに二人はおなご、何の問題もないでしょう」
彼女は先頭に立って俺達姉妹を案内した。
一階に下りて回廊を渡り、隣の塔に入った。
塔自体が後宮になっていた。
中に入ると女官達の出迎えを受けた。
大広間で見たメイド達と違い、彼女達は官位が与えられていた。
塔内部は王、王妃、側室、子供それぞれの身分で区画割りされていた。
アリスの部屋は広く、客人二人を泊めるのに何の問題もなかった。
ベッドも広かった。
「寝相が良ければ三人並んで眠れるわね」とアリス。
大の大人三人でも余裕がありそうだった。
そのベッドの中央にキャロルを下ろしたが、女児は一向に目を覚まさない。
無意識にシーツを引き上げ、枕を抱いた。
室内の調度品から歴史が感じられた。
箪笥、書棚だけでなく椅子までも重厚感があった。
代々受け継がれてきた物を大切に扱っているのだろう。
女官が中央の丸テーブルにお茶を置くと、軽く一礼して引き下がった。
お茶は二人分。
アリスが椅子に腰掛け、お茶に手を伸ばした。
俺も勧められた。
一口飲んだが、苦い。
日本茶でも紅茶でもなかった。
カップの中を見るに、柿の葉のような気がした。
でも嫌な苦さではない。
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アリスが俺を見た。
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大広間で中断した生け贄の話し。
「言いにくいのなら、無理しなくても構わないが」
「聞いて欲しいの。
他人だから喋りやすいの」
「わかった。聞こう」両手を卓上に置いた。
アリスは視線を俺に据え、「私は私を差し出すわ」はっきり言い、
「喜んで生け贄になるの」続けた。
俺は言葉がない。
視線を受け止めるので手一杯。
アリスが左手を俺の右手の甲に掌を重ねて来た。
微かな震えが伝わって来た。
「なんて馬鹿な事をと思うでしょうね。
でも本気よ。
・・・。
私は小さな頃からお姫様お姫様として育てられた。
でもね、それは初潮を迎えるまでの話しで、
初潮を迎えてからは世間一般の想像とは全く違うのよ。
真綿にくるむように大切に大切にではなくて、いずれ嫁ぐから、
その嫁ぎ先で如何にして振る舞うか、微に入り細にわたる教育を受けたの。
国の外交の一つの駒として他所の王家へ嫁ぎ、如何にして故国に貢献するのか。
女官達が教えてくれるのは、どうすれば男を籠絡できるか、
どうすれば後宮を支配出来るか。
密かに故国と連絡を取る事態が生じた際の暗号の組み方もね。
・・・。
私は私個人ではいられないの。
平時はただの駒。
戦時は人質。
国の操り人形でしかないの。
私は、姫とはそんなものだと思っていた。
そういう生き方しか出来ないと思っていた。
例えば、民は身を粉にして働いて税を払う。
騎士は刀槍を持って戦場を駆ける。
彼等と同じ様に、私は国の操り人形になる。
それが当たり前だと信じていた。
・・・。
馬鹿げてるでしょう。
そんな時にモンスターの島が出現したの。
それからよ、色々あって疑問を持つようになった」
アリスの右手が伸びて来た。
甲を上にして俺の前に置かれた。
俺の左手が自然に動いた。
何の考えもなしに掌を彼女の手に重ねた。
アリスの口元がほころぶ。
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