勢いに乗る敵騎馬隊が南の円陣を断ち割り、劉邦の本営を襲う。
「劉邦こそが漢の国そのもの」と知る本営の騎兵達は必死で持ち場を死守した。
これこそが劉邦のただ一つの武器、徳であろう。
勿論、当の本人も奮戦していた。
部下達の制止を振り切って前線に立った。
「ここに到って逃げては後世の物笑いよ」と。
槍を振り回しながら周辺を叱咤激励した。
「無理して前に出るな。兵力はこちらの方が多い。
そのうちに他の陣も落ち着く。それまで持ち堪えろ」
陣平は全体を見回した。
当然ながら北と南の円陣は敵に襲われて混乱の極みだが、
不思議な事に東と西の円陣も混乱を始めた。
なにやら篝火の数が多すぎる。
それに火力も強い。
もしかして付け火か。
「内応者が夜の闇に紛れて暗躍している」と判断するしかない。
厄介な事だ。
陣平の手回りは百余の騎馬隊のみ。
兵力を失うことなく、本営に加勢する為に迂回していた。
その時だった。
意外な方向より、意外な音が聞えた。
北の方より触れ太鼓。
漢の騎馬隊が出陣する時に用いる拍子ではないか。
北側の丘の下に篝火が一つ焚かれた。
何者かは見えないが篝火から松明に点火され、
それが次々と左右に広がって行く。
動きから騎馬隊と知れた。
かなりの数だ。
黒曜家騎馬隊であれば即座に攻め寄せて来るだろう。
無勢の彼等に一呼吸置く余裕などは無い。
項羽の西楚騎馬隊である筈もない。
篝火を中心に据えた騎馬隊が騎兵達に松明を持たせたまま、
翼を広げるように左右に大きく広く展開した。
そして行き成り歌が始まった。
それも楚歌。
垓下で西楚騎馬隊を相手に歌ったものと同じ。
陣平は理解した。
下にいる者達は張良率いる騎馬隊に違いない。
同士討ちを避ける為の策で、それを味方に知らせようと歌わせているのだ。
もっとも、それが理解出来るのは陣平か劉邦の二人だけではなかろうか。
陣平は五騎を一組とし、十組にそれぞれ指示を与え、
味方の各陣地に伝令として走らせた。
そして自らは残りの五十騎余を率いて劉邦の元に急ぐ。
幸いにも南の円陣の後方は混乱はしていない。
ただ、統制が緩いのか、動きが鈍い。
敵の襲来に対し、部隊としての方針が決まっていないような雰囲気だ。
この期に及んで、・・・。
陣平はその隊の指揮を執る武将を呼びつけた。
「貴様、なにをしている」と激しく怒鳴りつけた。
武将の顔が青ざめた。
言葉に窮したのか、口元が震えていた。
よく見れば、新顔の武将ではないか。
戦続きで古手の武将が戦死した為に、仕方なく繰り上げられたのであろう。
陣平は問う。
「率いる兵力は」
「千です」
よくこういう奴によくも千騎を預けたものだ。
この南の円陣を率いる指揮官に、人を観る目が無いのか、
それとも人材不足の為せる技なのか。
分かっているのは、今は部隊の質を精査をする時ではないということ。
「ただちに敵の側面を衝け」と命じた。
弾かれたように武将が隊を率いて敵騎馬隊の側面に突っかけて行く。
隊列を整えるとか、気勢を上げてからとか、そういうことは無視しての行動に、
陣平の手回りの者達が苦笑した。
カリカリした頭の陣平だが、目的は見失っていない。
千騎は跳ね返されるだろうが、ある程度の時は稼げる。
陣平は手回りと共に本営に駆け込んだ。
中心に劉邦の姿がない。
近くにいた武将に尋ねた。
「王は如何された」
「あそこに」
指差された方向に派手な鎧兜の劉邦の姿があった。
無謀にも前線で槍を振り回しているではないか。
陣平は周辺にいた騎兵達を糾合し、そちらに加勢に駆け付けた。
劉邦の元に敵兵が殺到していた。
それを選び抜かれた供回りの精兵達が押し返そうと奮戦。
敵味方の怒号が飛び交い、馬と馬が競り合い、刀槍がぶつかり合う。
血で血を洗う修羅場。
陣平は我が身を省みず、味方を押しのけ、敵をあしらい、
なんとか劉邦の元に辿り着いた。
気付いた劉邦が横目で見た。
「大丈夫か」
確かに。
武では自分より劉邦が上であった。
心配されるのも無理は無い。
「大丈夫です。
それより、吉報です。
張良殿が戻りました」
劉邦の顔が綻ぶ。
「そうか、軍師殿も無事であったか。
で、今はどこに」
陣平は馬を寄せて子細を報告した。
「ほう、楚の歌とは面白い」
漢軍の兵士は斉とか燕、秦等、各国からの寄せ集めなので一体感がない。
あるとすれば劉邦個人の徳であろう。
楚歌を選んだのは賢明であった。
しかも敵の遊牧民族には無縁の歌なので、敵味方を識別するのにも最適。
二人の周りを味方が幾重にも取り囲む。
小さいが密度の濃い円陣で敵の突進に耐える構え。
陣平は一息つきながら敵を観察した。
敵騎馬隊の中で軍旗、黒地に白抜きの小さな三日月が風に翻っていた。
装備も黒一色。
正真正銘の黒曜家騎馬隊に違いない。
近くで触れ太鼓が敲かれた。
東の円陣から。銅鑼も。
合わせたかのように、各陣で太鼓と銅鑼が敲かれた。
そして楚歌。
戦の狂音に挑むかのような声量で歌われた。
味方の東西南北に別れた円陣が新たな隊列を組み始めた。
北の敵には北と西の円陣で対処し、南の敵には南と東の円陣で対処する。
全ては陣平が放った伝令の指示によるところ。
加えて、張良部隊の帰還が味方の士気を上げた。
あいにく敵は遊牧民族。
空気を読むのを得意とする。
それが発揮された。
漢軍が反撃に転じるより早く、進路を変えた。
薄い布陣を狙い、一点強行突破。
彼等は逃げるのも力攻め。
先頭を巧みに入れ替えながら、揚々と漢軍を断ち割って行く。
窮地を脱した劉邦の元に悪い知らせ。
張良が還した騎馬隊から、指揮を執っていた張良が行方不明と聞かされた。
殿部隊より命からがら戻って来た仙術の弟子達から、その詳細が語られた。
みんなを生きて還すために、ただ一人踏み留まったのだそうだ。
場に居合わせ武将達は無論、劉邦も陣平も顔色を失う。
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これこそが劉邦のただ一つの武器、徳であろう。
勿論、当の本人も奮戦していた。
部下達の制止を振り切って前線に立った。
「ここに到って逃げては後世の物笑いよ」と。
槍を振り回しながら周辺を叱咤激励した。
「無理して前に出るな。兵力はこちらの方が多い。
そのうちに他の陣も落ち着く。それまで持ち堪えろ」
陣平は全体を見回した。
当然ながら北と南の円陣は敵に襲われて混乱の極みだが、
不思議な事に東と西の円陣も混乱を始めた。
なにやら篝火の数が多すぎる。
それに火力も強い。
もしかして付け火か。
「内応者が夜の闇に紛れて暗躍している」と判断するしかない。
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陣平の手回りは百余の騎馬隊のみ。
兵力を失うことなく、本営に加勢する為に迂回していた。
その時だった。
意外な方向より、意外な音が聞えた。
北の方より触れ太鼓。
漢の騎馬隊が出陣する時に用いる拍子ではないか。
北側の丘の下に篝火が一つ焚かれた。
何者かは見えないが篝火から松明に点火され、
それが次々と左右に広がって行く。
動きから騎馬隊と知れた。
かなりの数だ。
黒曜家騎馬隊であれば即座に攻め寄せて来るだろう。
無勢の彼等に一呼吸置く余裕などは無い。
項羽の西楚騎馬隊である筈もない。
篝火を中心に据えた騎馬隊が騎兵達に松明を持たせたまま、
翼を広げるように左右に大きく広く展開した。
そして行き成り歌が始まった。
それも楚歌。
垓下で西楚騎馬隊を相手に歌ったものと同じ。
陣平は理解した。
下にいる者達は張良率いる騎馬隊に違いない。
同士討ちを避ける為の策で、それを味方に知らせようと歌わせているのだ。
もっとも、それが理解出来るのは陣平か劉邦の二人だけではなかろうか。
陣平は五騎を一組とし、十組にそれぞれ指示を与え、
味方の各陣地に伝令として走らせた。
そして自らは残りの五十騎余を率いて劉邦の元に急ぐ。
幸いにも南の円陣の後方は混乱はしていない。
ただ、統制が緩いのか、動きが鈍い。
敵の襲来に対し、部隊としての方針が決まっていないような雰囲気だ。
この期に及んで、・・・。
陣平はその隊の指揮を執る武将を呼びつけた。
「貴様、なにをしている」と激しく怒鳴りつけた。
武将の顔が青ざめた。
言葉に窮したのか、口元が震えていた。
よく見れば、新顔の武将ではないか。
戦続きで古手の武将が戦死した為に、仕方なく繰り上げられたのであろう。
陣平は問う。
「率いる兵力は」
「千です」
よくこういう奴によくも千騎を預けたものだ。
この南の円陣を率いる指揮官に、人を観る目が無いのか、
それとも人材不足の為せる技なのか。
分かっているのは、今は部隊の質を精査をする時ではないということ。
「ただちに敵の側面を衝け」と命じた。
弾かれたように武将が隊を率いて敵騎馬隊の側面に突っかけて行く。
隊列を整えるとか、気勢を上げてからとか、そういうことは無視しての行動に、
陣平の手回りの者達が苦笑した。
カリカリした頭の陣平だが、目的は見失っていない。
千騎は跳ね返されるだろうが、ある程度の時は稼げる。
陣平は手回りと共に本営に駆け込んだ。
中心に劉邦の姿がない。
近くにいた武将に尋ねた。
「王は如何された」
「あそこに」
指差された方向に派手な鎧兜の劉邦の姿があった。
無謀にも前線で槍を振り回しているではないか。
陣平は周辺にいた騎兵達を糾合し、そちらに加勢に駆け付けた。
劉邦の元に敵兵が殺到していた。
それを選び抜かれた供回りの精兵達が押し返そうと奮戦。
敵味方の怒号が飛び交い、馬と馬が競り合い、刀槍がぶつかり合う。
血で血を洗う修羅場。
陣平は我が身を省みず、味方を押しのけ、敵をあしらい、
なんとか劉邦の元に辿り着いた。
気付いた劉邦が横目で見た。
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武では自分より劉邦が上であった。
心配されるのも無理は無い。
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張良殿が戻りました」
劉邦の顔が綻ぶ。
「そうか、軍師殿も無事であったか。
で、今はどこに」
陣平は馬を寄せて子細を報告した。
「ほう、楚の歌とは面白い」
漢軍の兵士は斉とか燕、秦等、各国からの寄せ集めなので一体感がない。
あるとすれば劉邦個人の徳であろう。
楚歌を選んだのは賢明であった。
しかも敵の遊牧民族には無縁の歌なので、敵味方を識別するのにも最適。
二人の周りを味方が幾重にも取り囲む。
小さいが密度の濃い円陣で敵の突進に耐える構え。
陣平は一息つきながら敵を観察した。
敵騎馬隊の中で軍旗、黒地に白抜きの小さな三日月が風に翻っていた。
装備も黒一色。
正真正銘の黒曜家騎馬隊に違いない。
近くで触れ太鼓が敲かれた。
東の円陣から。銅鑼も。
合わせたかのように、各陣で太鼓と銅鑼が敲かれた。
そして楚歌。
戦の狂音に挑むかのような声量で歌われた。
味方の東西南北に別れた円陣が新たな隊列を組み始めた。
北の敵には北と西の円陣で対処し、南の敵には南と東の円陣で対処する。
全ては陣平が放った伝令の指示によるところ。
加えて、張良部隊の帰還が味方の士気を上げた。
あいにく敵は遊牧民族。
空気を読むのを得意とする。
それが発揮された。
漢軍が反撃に転じるより早く、進路を変えた。
薄い布陣を狙い、一点強行突破。
彼等は逃げるのも力攻め。
先頭を巧みに入れ替えながら、揚々と漢軍を断ち割って行く。
窮地を脱した劉邦の元に悪い知らせ。
張良が還した騎馬隊から、指揮を執っていた張良が行方不明と聞かされた。
殿部隊より命からがら戻って来た仙術の弟子達から、その詳細が語られた。
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