屋敷で椅子を暖めている暇はなかった。
毎日、件の施設に出向いた。
そこで各担当者と打ち合わせした。
宮司や司祭は当然として、他には現地雇用の料理課長、メイド課長、
警備課長、楽団課長、雑務から人事経理事務までを担う総務課長。
こういった面々と当日のスケジュールを綿密に組み立てた。
当日を迎えた。
箱馬車で施設に向かった。
俺にカールにイライザ、ダンカン。
当然、イライザがテイムしたチョンボが馬車脇を並走した。
「クエクエ」と煩い。
野生の勘で、祝いを述べているのかも知れない。
ここまで来るとカールも疑問を抱いたらしい。
「ダン、何かおかしくないか」
「なにが」
「何かが・・・、何かが引っかかるんだ。
ここ数日のダンの様子も変だったし、屋敷の者達も」
「そうかな」
カールは同乗していたダンカンを見た。
「何か隠してないか」
「別に」
イライザもカールに同調した。
「確かにそうよね。
皆の様子もおかしいのよね」
そうこうしてる間に馬車が施設の馬車寄せに入った。
施設のメイド達が待ち受けていた。
降りたカールとイライザを取り囲み、それぞれ別個に案内しようとした。
「カール様はこちらに」
「イライザ様はこちらに」
狼狽する二人。
そんな二人に俺は声を掛けた。
「カール、控室でポール殿がお待ちかねだ。
イライザもそう。
国都から二人の家族が来ている。
抵抗せずに控室に向かってくれ」
流石の二人も急な事に対応しきれない。
渋々といった感じで従う。
見送ったダンカンが溜息を漏らした。
「もう少しで気付かれそうでしたね」
「ああ、二人が鈍くて助かったよ」
ダンカンから警備員の一人にチョンボが受け渡された。
立ち去るチョンボを見送りながら、俺は表玄関の総務課長に合図した。
その総務課長から施設内に合図が送られた。
途端、鐘が鳴らされた。
「カラ~ン、コロ~ン、カラ~ン」
街中に響けと言わんばかりの音量。
ダンカンが俺に尋ねた。
「これが鐘の音論争の着地点ですか」
神社と教会で鐘の音を巡って論争になった。
高いだ、低いだ、鈍重だ、耳に痛いだ、神々しくないだ、大いに揉めた。
結果、これに落ち着いた。
「そう、これが幸せを招く鐘の音だよ」
「双方がおり合ったと。
これでいよいよ本番ですね」
そうなんだ。
計画はずっと前にスタートした。
カールとイライザを除け者にして。
そして辿り着いた、当日に。
ダンカンと連れ立って玄関に足を踏み入れた。
真新しい赤い絨毯が敷き詰められていて、何とも贅沢な気分。
内装にまで口出ししたのは俺なんだけど。
まぁ、成金気分かな。
総務課長の案内で俺とダンカンは施設内を見て回った。
センターホールの準備よし、大ホールの準備よし、厨房もよし、
楽団もよし。
今のところ問題なし。
総務課長が俺に尋ねた。
「伯爵様、如何ですか」
「良いよ、準備に怠りなし。
このまま何事もなく終わる事を願うよ」
「伯爵様もここで為さいますか」
俺の結婚式ねぇ、・・・。
イライザの控室を訪れた。
ウェディングドレスを身に纏い、泣き崩れるイライザがいた。
それを家族三人が生暖かい目で見ていた。
父は八百屋の主人・マルコム、母のオルガ、兄・サム。
俺の入室に気付いたメイドが小走りで寄って来た。
「涙で化粧が崩れました」
俺はイライザに歩み寄った。
「結婚式は女の戦だよ」
イライザが顔を上げた。
涙で崩壊した顔で応じた。
「伯爵様、いいえ、ダン、子供に言われるとはね、まさかね。
うわぁ~ん、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
面白い。
もっと泣かせよう。
「ねえイライザ、カールの控室にはポール殿の家族も来ているよ。
屋敷の者達も、もうそろそろ到着する頃だ。
代官所の文官や武官、それに寄子貴族もね」
イライザが立ち上がって俺を抱きしめた。
「ひどい、ひどい、ひどいわぁ」
「二回目の為に練習だと思えば」
「それはもっと酷いわぁ」
俺の頭を掻きむしった。
ああ、禿げる禿げる。
俺はダンカンに髪を整えてもらってからカールの控室に入った。
ポール殿とその家族がいた。
妻一人、俺より年上の子供三人。
執事のブライアンもいた。
全員が俺に気付いて立ち上がった。
その全員を押し退けてカールが俺の前に来た。
何とも白いタキシードの似合うこと。
「ダン、今日まで騙し通してくれて有り難う、と言えばいいのか、
何と言っていいのか、よく分からないが有り難う、・・・かな」
何時もは冷静な彼も、今は混乱していた。
「いいえ、どういたしまして」
カールが俺の肩を両手でガシッと掴んだ。
「俺達の為にこれを建てたのかい」
「だったら怒るよね」
「当然だろう、無駄金だ」
「ふっふ、そうじゃない。
カールも何度か内部を見ているよね」
「見てる、代官として設計図の段階から立ち会ってる。
完全に頭に入ってる」
「良かった、それを思い出して。
ここの中心は厨房になるんだ。
今日はこちら側、センターホールや大ホールの営業になるけど、
通常は反対側のレストランやショーホールのみの営業になるんだ。
食文化とショー文化で儲けを出すつもりだよ」
室内に音符の波が流れ込んで来た。
来客をセンターホールへ案内する合図の演奏が開始された。
総務課長が顔を出した。
「ダンカン様、そろそろです」
式進行を務めるダンカンが総務課長に連行された。
二度目の、カラ~ン、コロ~ン、カラ~ン。
施設のメイドが顔を覗かせた。
「来賓の皆様、センターホールへご案内いたします」
ポール殿ご一家が部屋を出て行った。
手持ち無沙汰のカールを俺は励ました。
「ねえカール、緊張はしてないよね」
「当然だろう」
「結婚式は女の戦、男はただの置物で良いんだよ」
「あー、子供に言われてしまった」
「それからカール、今日まで有り難う。
本当はもっと早く挙げさせて」
「分かってる。
二人で話し合ったんだ。
周囲の状況が落ち着くまで伸ばそうって。
諸般の事情が色々とあったからね。
暇になったら結婚式を挙げる予定でいたんだ。
それがこんな事になるなんてね、先は分らん。
・・・。
ところでこの商会の名前は、商会長は」
登録するのをすっかり忘れていた。
毎日、件の施設に出向いた。
そこで各担当者と打ち合わせした。
宮司や司祭は当然として、他には現地雇用の料理課長、メイド課長、
警備課長、楽団課長、雑務から人事経理事務までを担う総務課長。
こういった面々と当日のスケジュールを綿密に組み立てた。
当日を迎えた。
箱馬車で施設に向かった。
俺にカールにイライザ、ダンカン。
当然、イライザがテイムしたチョンボが馬車脇を並走した。
「クエクエ」と煩い。
野生の勘で、祝いを述べているのかも知れない。
ここまで来るとカールも疑問を抱いたらしい。
「ダン、何かおかしくないか」
「なにが」
「何かが・・・、何かが引っかかるんだ。
ここ数日のダンの様子も変だったし、屋敷の者達も」
「そうかな」
カールは同乗していたダンカンを見た。
「何か隠してないか」
「別に」
イライザもカールに同調した。
「確かにそうよね。
皆の様子もおかしいのよね」
そうこうしてる間に馬車が施設の馬車寄せに入った。
施設のメイド達が待ち受けていた。
降りたカールとイライザを取り囲み、それぞれ別個に案内しようとした。
「カール様はこちらに」
「イライザ様はこちらに」
狼狽する二人。
そんな二人に俺は声を掛けた。
「カール、控室でポール殿がお待ちかねだ。
イライザもそう。
国都から二人の家族が来ている。
抵抗せずに控室に向かってくれ」
流石の二人も急な事に対応しきれない。
渋々といった感じで従う。
見送ったダンカンが溜息を漏らした。
「もう少しで気付かれそうでしたね」
「ああ、二人が鈍くて助かったよ」
ダンカンから警備員の一人にチョンボが受け渡された。
立ち去るチョンボを見送りながら、俺は表玄関の総務課長に合図した。
その総務課長から施設内に合図が送られた。
途端、鐘が鳴らされた。
「カラ~ン、コロ~ン、カラ~ン」
街中に響けと言わんばかりの音量。
ダンカンが俺に尋ねた。
「これが鐘の音論争の着地点ですか」
神社と教会で鐘の音を巡って論争になった。
高いだ、低いだ、鈍重だ、耳に痛いだ、神々しくないだ、大いに揉めた。
結果、これに落ち着いた。
「そう、これが幸せを招く鐘の音だよ」
「双方がおり合ったと。
これでいよいよ本番ですね」
そうなんだ。
計画はずっと前にスタートした。
カールとイライザを除け者にして。
そして辿り着いた、当日に。
ダンカンと連れ立って玄関に足を踏み入れた。
真新しい赤い絨毯が敷き詰められていて、何とも贅沢な気分。
内装にまで口出ししたのは俺なんだけど。
まぁ、成金気分かな。
総務課長の案内で俺とダンカンは施設内を見て回った。
センターホールの準備よし、大ホールの準備よし、厨房もよし、
楽団もよし。
今のところ問題なし。
総務課長が俺に尋ねた。
「伯爵様、如何ですか」
「良いよ、準備に怠りなし。
このまま何事もなく終わる事を願うよ」
「伯爵様もここで為さいますか」
俺の結婚式ねぇ、・・・。
イライザの控室を訪れた。
ウェディングドレスを身に纏い、泣き崩れるイライザがいた。
それを家族三人が生暖かい目で見ていた。
父は八百屋の主人・マルコム、母のオルガ、兄・サム。
俺の入室に気付いたメイドが小走りで寄って来た。
「涙で化粧が崩れました」
俺はイライザに歩み寄った。
「結婚式は女の戦だよ」
イライザが顔を上げた。
涙で崩壊した顔で応じた。
「伯爵様、いいえ、ダン、子供に言われるとはね、まさかね。
うわぁ~ん、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
面白い。
もっと泣かせよう。
「ねえイライザ、カールの控室にはポール殿の家族も来ているよ。
屋敷の者達も、もうそろそろ到着する頃だ。
代官所の文官や武官、それに寄子貴族もね」
イライザが立ち上がって俺を抱きしめた。
「ひどい、ひどい、ひどいわぁ」
「二回目の為に練習だと思えば」
「それはもっと酷いわぁ」
俺の頭を掻きむしった。
ああ、禿げる禿げる。
俺はダンカンに髪を整えてもらってからカールの控室に入った。
ポール殿とその家族がいた。
妻一人、俺より年上の子供三人。
執事のブライアンもいた。
全員が俺に気付いて立ち上がった。
その全員を押し退けてカールが俺の前に来た。
何とも白いタキシードの似合うこと。
「ダン、今日まで騙し通してくれて有り難う、と言えばいいのか、
何と言っていいのか、よく分からないが有り難う、・・・かな」
何時もは冷静な彼も、今は混乱していた。
「いいえ、どういたしまして」
カールが俺の肩を両手でガシッと掴んだ。
「俺達の為にこれを建てたのかい」
「だったら怒るよね」
「当然だろう、無駄金だ」
「ふっふ、そうじゃない。
カールも何度か内部を見ているよね」
「見てる、代官として設計図の段階から立ち会ってる。
完全に頭に入ってる」
「良かった、それを思い出して。
ここの中心は厨房になるんだ。
今日はこちら側、センターホールや大ホールの営業になるけど、
通常は反対側のレストランやショーホールのみの営業になるんだ。
食文化とショー文化で儲けを出すつもりだよ」
室内に音符の波が流れ込んで来た。
来客をセンターホールへ案内する合図の演奏が開始された。
総務課長が顔を出した。
「ダンカン様、そろそろです」
式進行を務めるダンカンが総務課長に連行された。
二度目の、カラ~ン、コロ~ン、カラ~ン。
施設のメイドが顔を覗かせた。
「来賓の皆様、センターホールへご案内いたします」
ポール殿ご一家が部屋を出て行った。
手持ち無沙汰のカールを俺は励ました。
「ねえカール、緊張はしてないよね」
「当然だろう」
「結婚式は女の戦、男はただの置物で良いんだよ」
「あー、子供に言われてしまった」
「それからカール、今日まで有り難う。
本当はもっと早く挙げさせて」
「分かってる。
二人で話し合ったんだ。
周囲の状況が落ち着くまで伸ばそうって。
諸般の事情が色々とあったからね。
暇になったら結婚式を挙げる予定でいたんだ。
それがこんな事になるなんてね、先は分らん。
・・・。
ところでこの商会の名前は、商会長は」
登録するのをすっかり忘れていた。