コロナウィルス対策はすでに手遅れか:「予防」的観点が欠如する日本の危機管理 【HSU河田成治氏インタビュー】
2020.02.21(liverty eb)
《本記事のポイント》
- 危機管理の要諦は予防措置と再発防止にある
- 「何か起きてから対策を打つ」日本の危機管理体制は「予防」の欠如
- 安全保障に当てはめると「予防」とは抑止に相当
中国の湖北省武漢市を中心に発生した新型コロナウィルスの日本国内の感染者が増え続けている。感染拡大を危惧し、アメリカやオーストラリアでは「中国全土からの入国禁止・入国拒否」の措置をとった。
日本では、感染経路を確認できないケースも出てきているため、水面下で相当数拡大しているとみられるが、まだ中国全土からの入国禁止措置がとられていない。
日本での感染者が増えつつあるため、日本に14日以内に滞在した人の検疫を強化したり、入国を禁止したりする国も出始めた。
日本政府の対応は危機管理上、十分と言えるのか。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)未来創造学部で安全保障学や国際政治を教える河田成治アソシエイト・プロフェッサーに話を聞いた。
(聞き手 長華子)
元航空自衛官
河田 成治
プロフィール
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
そもそも危機管理とは予防措置と再発防止
──まず日本政府の対応について伺う前に、危機管理のあるべき姿について教えて下さい。
河田氏(以下、河): 危機管理には二つの機能があります。(1)事態が発生する前の予見・予知、抑止・予防措置(Prevention)、(2)事態が実際に発生した後の被害の局限、復旧・復興、再発防止(Mitigation)、です。
それから危機の原因は、「作為」の事態(人為的あるいは故意に起こる事態:テロ、破壊工作、紛争など)と、「不作為」(人の意思が介入しないあるいは出来ない事態:自然災害など)に区分されます。
作為によって起こる事態には、1.「予防・防止」と2.「被害局限」が用いられます。一方、不作為の事態に対しては2.「被害局限」が重視されます。それは大規模自然災害が、予見・予知が困難であることとも関連しています。
今回の新型肺炎なども、一般的には不作為の事態に入るのかもしれません。しかし不作為の事態だとしても、適切で迅速、必要十分な「予防活動」を疎かにしてはならないと考えます。自然災害などの、いつ起こるか予測が困難な「不作為」の事態にこそ、「被害局限」にのみでなく、「予防・防止」のための活動が軽視されないようにすべきです。
というのも、今回の新型コロナウィルスに対してのみならず、日本は危機管理意識が根付かない国で、欧米の諸外国に比べて危機管理対応が遅いと批判されることが多いためです。
日本人は危機管理が苦手!?
河: その原因は、日本人の性格が「危機に際して事前に備えることをしない国民性」であると指摘されることや、そもそも「日本人は危機管理という名目で、政府が個人の自由・権利を束縛・制約することに消極的な発想が強く、国民全体のために何をすべきかというより、個人生活のルール・自己裁量・権利・自由が束縛されることを嫌う個人主義・利己的発想が強い」という批判もあります。(森本敏・浜谷英博著『国家の危機管理』海竜社)
もちろん個人の権利の尊重は大切ですが、戦前のような「お国のために……」といった、公に奉仕する精神が失われ、政府の側も国民を説得できないという戦後教育の問題もあるのではないでしょうか。
このように日本人は「あらかじめ備える」ということが苦手です。それは日本の危機管理を見ると、多分に事後処理的であり、戦後の防災など危機管理の法律や対策は、ほとんどが被災してはじめて作られたもので、それらがパッチワークのように存在している状態です。
問題が起きてから緊急対応策を打ち出す愚
──日本人は「備える」のが得意ではないのですね。
河: 日本の「新型コロナウィルス感染症対策本部」の決定事項および対応を追うと、あらかじめ危機に備えるという、「予防的観点」が不足しているように感じられます。
例えば、WHOは1月30日にPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)を宣言しました。ヒトからヒトへの感染を確認したことなどの状況を、総合的に判断して、WHOはPHEIC宣言を発出したものと思われます。また同日、日本においても2人の無自覚無症状病原体保有者が確認されています。
このような事態を受けて、これ以上の感染拡大を未然に防ぐために、私は、アメリカなどと同様に、日本政府は中国全土からの外国人の入国を拒否すべきと考えていました。しかし政府が1月31日に決定した入国の禁止は、発症者が多い湖北省のみでした。
加えて2月3日にダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に到着。2月6日までの検査結果で、102人中20人の陽性という結果が出たにもかかわらず、その後の隔離に失敗しました。政府の対応は、クルーズ船内でのウィルス蔓延予防への措置が不十分だったと批判されています。
日本政府は21日までに乗客の大半を下船させる見通しを示しましたが、感染検査で陰性であれば移動を一切制限しない方針であると報道されています。しかし乗客の出身国のうち大半がアメリカにならって、帰還者にさらに2週間の隔離を義務付けるとしています。つまり諸外国は、ウィルス拡散のリスクを重大に見て、入念な予防措置を講じているのです。
こうしたことからも、日本政府のこれまでの危機管理体制は、予防に力点を置いたものではなく、問題が発生した時点での対策を講じるといった施策に偏っているように思われます。
事実、日本政府は2月13日、「感染者が多数に上っている地域から来訪する外国人」などに対して「迅速に上陸拒否を行うことのできる措置を講じた」としながらも、実際の入国拒否は、発症者の多い中国の湖北省と浙江省に限定しています。
中国政府の発表を真に受ける日本政府
──なぜ中国全土からの入国拒否を宣言しないのでしょうか。
河: 両省は確かに新型肺炎の発症者数が、中国の他地域に比べて突出しています。しかし今後、その他の中国全土に蔓延する恐れは十分に予測できるはずです。
武漢市長が1月26日の記者会見で、「既に500万人が武漢を出た」と発言しているからです。それにもかかわらず、中国政府の控えめな発症者数の発表を信じて、全土で発症者が蔓延していないことを理由に、中国全土からの入国禁止措置を講じていないのです。
ここでは二つの問題があります。一つは中国の発表が本当に正しいのかということ。もう一つは中国の他地域が安全である根拠が示されていないことです。
この疑いが拭えない状況では、予防的観点から、一刻も早い中国全土からの入国拒否がなされるべきです。
危険な地域のみに限定して措置を講じる、「何か起きてから対策を打つ」といった危機管理マインドには寒気を感じます。
しかし、日本国内でのヒトからヒトへの感染が確認され、また感染経路が不明な事態が現れてきていることからも、既に中国全土からの渡航拒否は、手遅れの段階に入っているかもしれません。
政府は「水際対策を強化する」と繰り返してきましたが、完全に失敗しています。繰り返しになりますが、日本の危機管理体制の問題は、"予防"の視点の欠如にあります。
予防とは安全保障上の「抑止」に相当する
──今回のコロナウィルスに対する日本政府の対応を見て、諸外国はどう思ったでしょうか。
河: 危機管理と安全保障の中心命題である防衛とは、いずれも国民の生命や安全に直接関わるものであり、重なり合うものです。予防とは、防衛的側面から見れば「抑止」に相当するでしょう。
この抑止の面からいうと、アメリカやオーストラリアが早々に、中国全土からの入国を拒否したという措置は非常に重要です。危険が高まる前に未然に防ごうという、予防措置への強い「意志」の表れの表明でもあるからです。
対照的なのは、日本の対応です。
日本に敵愾心を抱く国からは、今回のコロナウィルスへの日本政府の対応を見て、我が国の防衛面での「抑止」にも、弱さを見て取ったかもしれません。もしそうであるなら日本の国防上、大きな問題となります。
「抑止」とは、防衛の「能力」と、それを発揮する「意志」を、他国が「認識」することで成り立つ、極めて「心理的」なものであるからです。
もし他国が「日本の抑止は甘い」と認識するなら大変な事態を招きます。万一、他国から武力攻撃を受けても、同様の対応をするかもしれないという認識を与えかねないからです。
今回日本は、緊急の危機に際して、政府の決断と行動が後手に回る可能性があることを露呈させました。
日本はシビリアン・コントロール(文民統制)の国です。自衛隊が精強であったとしても、政府の判断・命令がなければ動くことはできません。
とくにグレーゾーンといわれる、武力攻撃に満たない事態に対しては、政府の機敏な対応が必要であり、今回の政府の対応を見ると、非常に難しいと言えます。
日頃、厳しい訓練を重ねる自衛隊の力が存分に発揮できない事態だけは避けなければなりません。
コロナウィルスへの日本政府の対応の失敗は、日本の防衛体制の重大な危機にも直結する問題なのです。
【関連書籍】
大川隆法著 幸福の科学出版
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