that blog-ish thingy

ブログ的なアレです。

こんなに色々と考えたのは久しぶりでした。

2007年06月17日 | なんとなくアレなやつ
今日は心斎橋でデート。
とは言いつつも3人で。
その子の友達がダーツをやりたいと大分前から言っていたので、今日は二人をダーツバーに連れていったのだった。

本当は二人で遊びたかったのだが、まぁ、これはこれで何か良い事があるかもしれない。
とりあえず今日は計算や駆け引き一切抜きで楽しむ事にした。

ただ、女性二人を男一人で相手するのは意外にも大変。しかもうち一人に対しては隠そうとしても隠し切れない想いを抱いているので、それを抑えつつ、二人に平等に接するのにかなり気疲れをしたというのが正直なところ。

そうは言いつつも、好きな人がそこにいるのだから、もうそれはそれは楽しいこと山の如し。

さて、前回と今回のデートで発覚したのだが、その子、意外とイジリ好きなタイプ。
一方のボクはイジラレ好きなタイプ。
なんだか変態まがいの発言かもしれないが、もういじられるのが嬉しくて嬉しくて。
しかも途中からは自ら進んで墓穴を掘りに行く始末。

「その罰ゲームっぽいお酒、俺、絶対飲まないからね!」

「でも飲んでくれるんですよね?」

「・・・嫌だって言っても飲まなくちゃいけないんでしょ?」

「はい!」



さて、楽しいと時が経つのは早いとはよく言ったもので、19:00に入店したにも関わらず、次に時計を見た時には既に0:00を回っていた。しかも19:00から0:00の5時間、誰も時計を見ていなかったのだから、やはり三人とも時間を忘れるくらい楽しめた証拠なのだろう。

と、実はそんな悠長な事を言っている場合ではなく、三人とも終電を逃すという重大な事実が発覚。ここにきて始めて「あー!これが二人っきりのデートならまた違う展開があったかもしれなかったのにぃー!」なんて後悔をしつつも、ここは理性で本能を抑えつけ、二人を返して一人夜露を凌ぐためにマンガ喫茶へと向かった。



(唐突ですがここからはマジメな話になります)

マンガ喫茶でそろそろ寝ようかな、なんて思いつつも自分のブログを見てみると、Jさんのコメントがある事に気付いた。

ドキドキしながら読んで、読み終わって、それを自分の中で整理してみた。

Jさんの言っている事は恐ろしいまでに正しい。
というか、ボクの仕事を実際に見ているんじゃないかくらいにドンピシャだ。
しかもそれを踏まえると、昨日・一昨日の記事は、現場というミクロの世界のみに焦点を当てていて、その中での労苦から逃れようとしているがために、卑屈で主観に偏った内容になっていんだと思う。

とは言いつつも、「何故赤字なビジネスでも良いじゃないか」と言っていたのか。
少し言い訳っぽくなってしまうが、これには実は理由がある。

今携わっているプロジェクトは、そもそも商談を取りに行っている時点で、お客の買い叩きに屈して、プロジェクト開始時に既に赤字だったのだ。それを「グローバル戦略がどーの」だとか「お客の囲い込みがどーだ」という尤もらしいけどペランペランな理由で続けていて、それが走り始めて半年ほど経った時にいきなりボクが現場に投入されたわけなのだ。

そもそも赤字覚悟でビジネスを続けていて、当初はそれっぽい大義名分を掲げていたにも関わらず、時間が経つに連れて「状況が変わった」らしく、黒字にするために人を減らすといった話が始まる。当たり前の事なのだが、人を減らせば一時的には黒字になるかもしれないが、結局パフォーマンスは下がる。パフォーマンスが下がればお客から文句を言われ問題になる。パフォーマンスが下がらないような工夫も出来ない事はないのだが、それには膨大な労力を要するので、それこそプロジェクトレベルでの品質維持・改善を行うための「投資」が必要になる。ところが、そのための予算もない。というか、一時期検討をしてくれた事はあったのだが「2週間人を一人出す」といった、チャンチャラお話にならない提案をもらって、たった2週間なら邪魔になるだけだから、それしかないならいらないと丁重にお断りをした事はあった。

いずれにせよ、赤字だからパフォーマンスを下げて黒字にして、パフォーマンスが下がればお客から怒られ、脅され、それこそビジネスの存続そのものが危ういような状況に何度も陥ってきた。

Jさんが言うように、そもそもビジネスというものが利益を生む事を大前提にしているわけだし、「数字に対する責任」というのは、会社のそもそもの存在意義という観点から考えも、抑えておかなければならない一番肝のところなのだ。

ただ、このプロジェクトに限って言えば、誰かが勝手に赤字にしてしまったプロジェクトに対して責任を取れるほどお調子者にはなれずに、常にどこかで「テメーのケツはテメーが拭え!」的な卑屈なスタンスをとっており、昨日のように「赤字になったっていいじゃない」といった投げやりな発言をしていたのだ。
・・・開き直っても現状は何も変わらないので全く無意味なのだが。
(すいません、この話は長くなると思い今までしてませんでした)

さて、今のプロジェクトをどうこう言ってても愚痴にしかならないので、少しマクロで客観的な「そもそも話」をしてみたいと思う。

そもそも何故営業は金になるビジネスをとれなかったのか。
→商品に対する理解・知識・経験の少なさ。
→そもそもの商品の未熟さ、というか「これじゃ営業も売れないよな」と思わざるを得ない。
→商品を継続的に展開していくにあたっての展望・発展性・risk mitigation・potential cost increaseに対するバッファの考慮の欠落。
→well thought throughな商品であれば何も問題がないはず。

何故良い商品が出来ていないのか。
→戦略的な展開を視野に入れた商品開発が出来ていない。
→商品そのものがglobal/regionalでの汎用性を意識しておらず、極めてlocalのeffortに依存してしまっている。故にglobal/regional businessにfitしない。
→hidden / potential costが考慮されておらず、implementation後に発生する追加コストを吸収出来なくなっている。
→local間での情報共有やdocument, toolの開発などで、相当数の工数が削減出来るはずなのだが、これを作成・開発、さらには翻訳をするためのバッファが織り込まれていない。

その他にも、日本企業の組織体系(複数商談をmanageするという横串の強さ)と海外のAccount Managementというビジネススタイル(縦割りのmanagement)が摩擦を起こしてしまう場合が多く、その歪みにより発生するbusiness impactがツギハギ的なrecover作業≒コスト増を生んでしまうなどの問題もある。というか、この手のbusiness impactが発生するのは当たり前なのだが、それをどうmitigateするかが考慮されていない上に、そもそもこういった問題に対するforecastをたてられる人が最初の設計段階でいないというのがroute causeなのだが。

いずれにしても、挙げればキリがないくらいにこの手の問題が色々とある。
しかし、端的に言えば、global/regional businessが出来る体制はそこにはなく、それが「工夫と気合いでどうにかなるレベル」の話ではなくなっているといったところだろうか。

そしてそれは、まさしくJさんが言っていた事でまとめられてしまう。

それは、その会社の、あるいは事業のビジネスモデルが内包する構造的な問題なのであって、ビジネス一般に対する、考え方の基本的なよりどころにすべき問題ではないと思います。
いつも読んでいて大変そうだな、って思うのはその苦労が、現場での課題解決には向かっているけど、構造的な問題の解決に直結させづらそうな、仕事環境だと読める点です。


こういう事は過去にも場面場面で部分的に直感的に思っていた事だったのだが、今回、Jさんのコメントを機に色々と考えて、そういったcomponentをつなぎ合わせていったら何となくこういったところに落ち着いた。ただ、思考がまとまっていないので殴り書き的な文章になってしまってしまい、かなり分かりづらくなってしまいホントすいません。

さて、この切り口、自分の中ではまだ考え足りないというか、これをもっと練り上げると何か新しいものが出来上がりそうな気がしている。それに対してまだ明確な答えは出ていないのだが、それはなんとなくアジアと海外の間に立つべく仕事になるんじゃないかと考えている。

毎回思う事なのだが、アジアというマーケットは世界でも有数のお宝ザックザク市場であるにも関わらず、欧米から軽視されているような風潮がある。特に米国に本社を構え、グローバルに展開しているような企業にはこの風潮が強い。

この手の会社は、budget ownerであるUS HQが実権を握っており、多くの場合はアジア特有の状況や意向が考慮されずに物事が始動してしまう。アジア人は慎重過ぎるだとか、language/cultural barrierがあるといったような考え方も分からないでもないのだが、ただ最終的にそれで良い結果が出るとは言い難い。というか、自分たちがGod almightyだみたいなスタンスがどうも納得いかない。例えば、すごく簡単なところで言えば、アメリカで作成されたプランやガイドラインは全て英語で出てくる。アジア人の多くが英語を消化出来ない中で、あたかも「英語を読めないお前らが悪い。翻訳とかは自助努力でどうにかしろ」と言っているかの如き姿勢で仕事を進めようとするのはいかがなものなのだろうか。

今まで仕事を5年?6年?ほど続けている中で、言語以上に文化的な違いにより発生する摩擦でconflictionが起きるパターンを何度も見てきた。しかも、日本に限らず多くのアジア諸国が同様の問題で毎回苦しんでいる(シンガポールとかは抜きにして)。この根本的な問題が直らない限り、ビジネス上の確執がなくなる事はないし、その確執の結果、現場が苦しみ続ける事に変わりはない。

そう考えると(まだ具体的に「これ!」といった答えは出ていないが)自分が会社的にも社会的にも貢献出来るのは、なんとなくここらへんなんじゃないかとボヤーっと思うようになってきた。でももう少し練り上げ無いとダメだなぁ・・・。

そんな事をマンガ喫茶でずーっと、かれこれ3時間ほど考え続けていたら始発の時間になっていたので、長考を切り上げて、朝焼けに浮かび上がるビル郡の間をすり抜け大阪駅へと向かったのでした。



しかも家に帰ってから、今こうやってブログ書いてるんですが、一向に眠くなる気配がなくて、さぁ、明日仕事行けるかな状態なんですが・・・ヤバイっすね。

長文失礼したッス。
寝ます。

コメント (5)
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