2013/12/29礼拝説教
【テーマ】 一年の感謝
【説教題】 「ここまで来れた」
【聖書箇所】 Ⅰサムエル7:10-12
7:10 サムエルが全焼のいけにえをささげていたとき、ペリシテ人がイスラエルと戦おうとして近づいて来たが、【主】はその日、ペリシテ人の上に、大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。
7:11 イスラエルの人々は、ミツパから出て、ペリシテ人を追い、彼らを打って、ベテ・カルの下にまで行った。
7:12 そこでサムエルは一つの石を取り、それをミツパとシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで【主】が私たちを助けてくださった」と言った。
○ 今日は2013年最後の主の日となりました。毎年言って申し訳ないですが、1年は早いものですね。やるべき事をきちんとしたのか反省多き年末です。私たちはし残したことがいっぱいあったように感じ、反省が多いのですが、神はし残さないお方。私たちこの一年完璧に守ってくださいました。
Ⅰ.神様の守りがある
A.エベン・エゼル
1.今日お読みした12節の エベン・エゼル とはどういう意味でしょうか? エベンは「石」で、エゼルは「助け」「助ける者」という意味ですから、「助けの石」という意味です。
2.聖歌273番は今日の聖書箇所を歌ったものです。2節の一番最後に「エベネゼル」と歌われていますが、これが新改訳聖書では原語に忠実に「エベン・エゼル」と訳しています。
3.私は273番を歌ったことが無かったのですが、歌ってみるとどこかで聴いたメロディーだなあと思いました。292番と同じなのです。歌詞は違います。しかし、どちらも今日のテキストに合うのです。
B.今日まで守られ
1.292番の「きょうまでまもられ」は12節の 「ここまで【主】が私たちを助けてくださった」 と同じような意味合いです。私たちは「今日まで」、「ここまで」神様によって守られてきたのです。
2.今日まで、ここまで守られてきたというのはすごいことだと思います。地球が約24時間で1回転しますが、誰がそれを保障しているのでしょうか? 少しでもそれが崩れたり、地軸が少しでも傾きが変わったり、少しでも太陽に近づいたり離れたりしただけで、私たちはもう存在しないのだそうです。長い人類の歴史自体、神様の守りがここまであったからです。
3.また、個人的にも、私たちは神様に守られてきたことを感じているのではないでしょうか? 今日まで守られてきたから、今の自分がある、家族があるのではないでしょうか。
Ⅱ.神様は決して見捨てない
A.神に立ち返って救われた
1.今日のテキストは、サムエルの時代にイスラエルが偶像が拝むようになって、その結果ペリシテ人がイスラエルを征服しに攻めて来たところです。
2.人々は困って神様に助けを求めるのです。そこに送られてきたのがサムエルです。サムエルは 7:3「もし、あなたがたが心を尽くして【主】に帰り、あなたがたの間から外国の神々やアシュタロテを取り除き、心を【主】に向け、主にのみ仕えるなら、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出されます。」 と言いました。
3.そこで、偶像を取り除いて主に仕えました。ペリシテ人は攻めて来ましたが、 【主】はその日、ペリシテ人の上に、大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。 ので、助けられたのです。その勝利の記念碑の石が「エベン・エゼル」です。
B.神様に立ち返るための試練
1.私たちはそれぞれ、神様から離れていた時があったかも知れません。しかし、離れている時でさえ神様は守ってくださるお方です。見捨てられること無く守られていますが、決して神様を愛さないままで良しとはされないのです。
2.人生で試練、苦しみ、悲しみを味わわない人は無いと思います。その時こそ、自分を省みる時では無いでしょうか。病気をした時に「健康のありがたさがわかる」と言うではありませんか。「あの時の無理がたたった」など反省して、「健康になったら、今度はあんなことはすまい」等と思うわけです。
3.神様が与える試練は決して私たちを痛めつけるためでは無いのです。神様に立ち返るため、神様に忠実に従うための訓練と捉えてください。神様は見捨てないお方です。
Ⅲ.ここまで守られた
A.今ここに居ることが奇跡
1.今、ここに居るのは、この一年も神様が私たちを守られたからです。神様が何もしてくださらないのは、私たちが神様に従っていないからということがあります。が、従っていても神様の御心で何もなさらないことがあります。
2.ペリシテ人の攻撃に恐れをなし、神を求めたイスラエル。そしてサムエルが彼らを導き、神様はすばらしいことを行われました。これと似たようなこともたくさんあったのではないでしょうか?特に人生経験が長いと必ず奇跡的な助けをいただいていると思います。
3.こういう奇跡的な助けに関しては証しやすいのですが、そういうことが無いと、「私は証しすることがありません」と言う結果になります。しかし、しかしです。実のところ、今ここに自分が居るということ自体が奇跡なのです。それも神様の前に居るのですから。なんとすごいことでしょうか。
B.ここから先も守られる
1.ここにいることを感謝しましょう。神様の目的も無く、私たちがここに居るはずは無いのです。私たちが生まれてきたこと、今生きているということは、神様の目的が必ずあるからです。
2.そして、ここまで神様が守られたということは、これからも必ず守られるということなのです。
★ ここまで守ってくださった神様に感謝を献げましょう。そして、これからも守られることも信じて感謝しましょう。