バイブルサロン

礼拝説教、聖書を読んで感じた事

赤いひもと十字架

2023-01-25 08:28:15 | 礼拝説教
2023/1/29 礼拝説教
【テーマ】  信じることを示す
【説教題】 「赤いひもと十字架」
【聖書箇所】 ヨシュア記2:1-18
2:1 ヌンの子ヨシュアは、シティムから、ひそかに二人の者を偵察として遣わして言った。「さあ、あの地とエリコを見て来なさい。」彼らは行って、ラハブという名の遊女の家に入り、そこに泊まった。
2:2 ある人がエリコの王に、「イスラエル人の数名の男たちが今夜、この地を探ろうとして入って来ました」と告げた。
2:3 それで、エリコの王はラハブのところに人を遣わして言った。「おまえのところに来て、おまえの家に入った者たちを出せ。その者たちは、この地のすべてを探ろうとしてやって来たのだから。」
2:4 ところが、彼女はその二人をかくまって言った。「そうです。その人たちは私のところに来ました。でも、どこから来たのか、私は知りません。
2:5 暗くなって門が閉じられるころ、その人たちは出て行きました。どこへ行ったのか、私は知りません。急いで彼らを追ってごらんなさい。追いつけるかもしれません。」
2:6 彼女は二人を屋上へ上がらせ、屋上に積んであった亜麻の茎の中におおい隠していた。

2:12 今、【主】にかけて私に誓ってください。私はあなたがたに誠意を尽くしたのですから、あなたがたもまた、私の父の家に誠意を尽くし、私に確かなしるしを与え、
2:13 私の父、母、兄弟、姉妹、また、これに属するものをすべて生かして、私たちのいのちを死から救い出す、と誓ってください。」

2:18 見なさい、私たちはこの地に入って来ます。私たちをつり降ろした窓に、この赤いひもを結び付けておきなさい。あなたの父、母、兄弟、そして、あなたの一族全員をあなたの家に集めておきなさい。

○ かつて神学校を卒業して数年の時、関西教区では滋賀県開拓準備委員会がつくられ、教区委員をしていた私もその一人に選ばれました。担当の先生と不動産屋を訪ね、町を見て回り、祈りました。教会を建てるにはそれなりの調査をします。ヨシュアは戦いのために頑丈な城壁を持つエリコの町を調査しなければなりませんでした。
 
Ⅰ.調査する
A.エリコの町に忍び込んで調べる
1.神が与えた約束の地とは言え、決して楽にカナンの地を獲得することはできません。戦いで勝ち取っていかねばならないのです。そこでヨシュアは二人の者をエリコの町の偵察に行かせます。緊張したでしょうね。命がかかってますからね。
2.現代の戦いにはインターネットが用いられます。様々な情報を前もって仕入れることができるわけです。しかし、ヨシュアの時代、何の情報も無い彼らは直接調べるしかありませんでした。そこで、二人は忍び込みやすい遊女の家に入り込んで調査を始めたのです。

B.伝道のために調査する
1.私達は悪魔から人々を救い出す大事な戦いを強いられています。そのためには敵を知ることも必要ですし、伝道する人々のことも調べなくてはなりません。トラクト配布の前に伝道部は教会周辺の世帯数を調べてくださいました。そういう調査が必要になるのです。
2.全ての人に福音を届けるためには、それなりの調査が必要かも知れません。若い人を救いに導くにはどんな調査が必要なのでしょう? 調査は大事ですが、人はみんな違うことも覚えておかねばならないと思います。最終的には個人伝道がものを言うのだsと思っています。

Ⅱ.信じる
A.互いに信じ合って助け合う
1.ラハブはイスラエルがエリコの町を攻略すると信じていました。それはイスラエルの神がエリコの神よりも強いと思っていたからです。彼女はここから正しい神を信じる方向へと方向転換をしました。なので、エリコを裏切って、イスラエル人二人をかくまうことにしました。間違っているとわかったときには直ぐにでも方向転換をしなければなりません。ましてやそれが永遠の命に関することならなおさら、悔い改める必要があるのです。
2.一方、偵察の二人はラハブを信じました。彼女を信じたので命を救われました。彼女がかくまってくれなければ二人は殺されていたかも知れません。また、ラハブは二人を信じました。それによってこの後、ラハブとその家族は救われるのです。

B.赤いひもを結んでおくだけで救われる
1.斥候二人は「赤いひも」を結びつけておくことでラハブとその家族も救うと約束します。たかが「赤いひも」を結びつけるだけのことです。ラハブが救われるためにするのはただ「赤いひも」を結びつけるだけです。ラハブの方は「赤いひも」を結びつけるだけかも知れませんが、その背後ではヨシュア率いるイスラエル人が大変な戦いをするのです。
2.キリスト教は「イエスを信じるだけで救われる」と言います。そんな単純なことですが、その背後ではイエスが十字架にかけられ殺され、神の力で三日目に復活するという壮大な働きがあるのです。信じるというのはその全てが自分のために行われていることを信じるということなのです。

Ⅲ.示す
A.ラハブによって家族も救われた
1.「赤いひも」を結びつけておくだけで恐ろしい死の攻撃を免れます。この「赤いひも」がイスラエルに対してイスラエルを信じているしるしです。救ってもらえることを信じているしるしです。
2.ラハブはイスラエルの斥候を助けたが故に救っていただけるのですが、ラハブの家族も救われることになるのです。そのために彼女は 私の父、母、兄弟、姉妹、また、これに属するものをすべて生かして、私たちのいのちを死から救い出す、と誓ってください。 と言い、二人は あなたの父、母、兄弟、そして、あなたの一族全員をあなたの家に集めておきなさい と言いました。詳しいことを知らない家族であってもこの「赤いひも」が結びつけてある家に集まっていればみんな救われたのです。

B.あなたによって家族も救われる
1.出エジプトの時、神が門柱とかもいに小羊の血を塗るように言われました。赤く血塗られた家の中にいれば「死」が通り過ぎました。この「赤いひも」はそれを思い起こさせる話です。また、それは十字架を思い起こさせます。赤く血塗られた十字架の後ろに身を潜める者は永遠の死の裁きを免れます。
2.ラハブによって家族も救われるのは、 使徒16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」 というパウロとシラスが看守に言った言葉を思い起こさせます。私達の家族の救いも決して無理な話ではないのです。ラハブが斥候二人に言ったように 私の父、母、兄弟、姉妹、また、これに属するものをすべて生かして、私たちのいのちを死から救い出す、と誓ってください。 と祈るべきなのです。

★ イエス・キリストを信じるだけで救われるのは、すでにイエス・キリストがそれにふさわしい業、十字架と復活を行われたからです。私達は感謝してもしきれないですが、感謝の言葉をもって「信じます」という告白をしようではありませんか。そして、イエス・キリストから離れないことです。

強くあれ、雄々しくあれ

2023-01-18 06:43:36 | Weblog
2023/1/22 礼拝説教
【テーマ】  次世代の活躍
【説教題】 「強くあれ、雄々しくあれ」
【聖書箇所】 ヨシュア1:1-9
1:1 【主】のしもべモーセの死後、【主】はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げられた。
1:2 「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこの民はみな、立ってこのヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの子らに与えようとしている地に行け。
1:3 わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたが足の裏で踏む場所はことごとく、すでにあなたがたに与えている。
1:4 あなたがたの領土は荒野からあのレバノン、そしてあの大河ユーフラテス川まで、ヒッタイト人の全土、日の入る方の大海までとなる。
1:5 あなたの一生の間、だれ一人としてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしはモーセとともにいたように、あなたとともにいる。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。
1:6 強くあれ。雄々しくあれ。あなたはわたしが父祖たちに与えると誓った地を、この民に受け継がせなければならないからだ。
1:7 ただ強くあれ。雄々しくあれ。わたしのしもべモーセがあなたに命じた律法のすべてを守り行うためである。これを離れて、右にも左にもそれてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたが栄えるためである。
1:8 このみおしえの書をあなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさめ。そのうちに記されていることすべてを守り行うためである。そのとき、あなたは自分がすることで繁栄し、そのとき、あなたは栄えるからである。
1:9 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、【主】があなたとともにおられるのだから。」


○ 今年、次世代の救いと活躍を祈っていくのですが、95才で現役で働いておられる人もある時代です。高齢者だからと引退していられない時代のようです。モーセは120才まで現役で働きました。次世代に信仰を伝えるまでしっかり働きたいですね。
 
Ⅰ.やっと約束の地へ
A.40年間も待たされたのは?
1. 申命記34:7 モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。 と、120才まで生かされたモーセ。80才から40年間イスラエル人を導いてきたのにモーセは約束の地に入ることを許されませんでした。神の言葉を信じ切らない出来事、水の無い地で岩に命じれば水が出るという神の言葉を無にして、杖で岩を打ったからです。
2.40年という期間は何と長いことでしょう。それはイスラエルの民が出エジプトをしたけれども神を信じ切らない民であったからです。約束の地を斥候に行ったリーダー12人の内10人は「無理だ」と言い、民は「神が共にいるから行ける」と言ったヨシュアとカレブさえも殺そうとしました。そういう不信仰の民をそのままカナンの地に入れることはできなかったのです。

B.次世代に実現する
1.40年の間に代替わりが始まっていました。モーセは死にました。そして、次のリーダーになったのはヨシュアです。今日のテキストはそのヨシュアに神が語られた言葉です。 わたしがモーセに約束したとおり と、神はモーセに約束されていました。それを次世代のヨシュアや人々の子孫に実現されたのです。
2.私達もそうしたことを経験するのかも知れません。私達は祈り願うと直ぐにかなえられると思いやすいし、そうならないと「神はいないのか!」等と言って文句を言いやすいのです。しかし、神は次世代に私達の祈りの答えをくださることだってあるのです。

Ⅱ.約束の地を得ることは簡単か?
A.戦いを勝ち抜かねば得られない地
1.約束の地に入ることになりましたが、このヨシュア記を読む限り、そんなに簡単にカナンの地を得ることができたわけではありません。なぜなら、イスラエルがカナンの地を離れてエジプトで奴隷となっている間に、この良き地は偶像を礼拝する異邦人で満ちてしまったからです。
2.そこで、ヨシュアをリーダーとしてイスラエル人はこの約束の地を奪還するために戦わねばなりませんでした。それは決して楽なものではありませんでした。大変な闘いを強いられるイスラエルのために神は次世代リーダーのヨシュアを励ましてくださいました。 わたしはモーセとともにいたように、あなたとともにいる。 と。
3.ヨシュアには神がモーセと共におられたことは良くわかっていました。彼がモーセから学んだのは神が共におられることの幸いでした。ですから、神はヨシュアにも 1:5 あなたの一生の間、だれ一人としてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしはモーセとともにいたように、あなたとともにいる。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。1:6 強くあれ。雄々しくあれ。あなたはわたしが父祖たちに与えると誓った地を、この民に受け継がせなければならないからだ。 と、語られました。

B.私達の約束の地は簡単に得られる
1.しかし、今や私達は真の約束の地は天国であることを知っています。ヨシュアの時代と違って、聖霊時代の今はイエスを信じるだけで約束の地である天国に簡単に入れます。そして、ヨシュアの時代と違って戦いをする必要はありません。
2.神は平和の神であり、互いに愛し合うことを命じておられるのです。もちろんこの命令は旧約時代にもあったのですが、戦いで強くなければ神を信じないような時代であったためか、神はイスラエルを用いて戦わせ、真の神を知らせられたようです。

Ⅲ.神の約束を守ることで得られる地
A.強くあれ、雄々しくあれ
1.簡単に天国には入れるなら何もしなくて良いのかというとそういうわけにはいかないです。私達は信仰による強さで勝ち進んでいかねばならないのです。信仰による強さとは「愛」です。愛以上に強いものはありません。イエスは マタイ5:44 しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。 と言われたではありませんか。そのために神は私達を励ましてくださいます。 強くあれ。雄々しくあれ と。
2.私達が次世代に伝えたいことはこれではないでしょうか。私達と共におられる愛の神が次世代にも共におられることをです。私達は神と人を愛するには弱い者です。しかし、私達の欲しい強さはこの世の力による強さではない、不思議な信仰の世界が持つ強さなのです。これが人生にものを言うのです。

B.神の言葉を常に口ずさめ
1.信仰の世界の強さ、雄々しさというのは「御言葉を生きる」ことにあります。最初はみことばを口ずさむことから始まるのかも知れません。時には色々な御言葉を知らないがために、「イエス様」と呼びかけることしかできないかも知れません。それでいいのです。でも、人々にも「イエス様」と呼びかけるようにお話ししていくのです。そう、伝道です。伝道は救われたら直ぐに始めるものなのです。
2.そうしてだんだん成長して御言葉を口ずさめるようになったら大いに御言葉を語りましょう。みことばを伝えるのです。モーセは神の言葉をいただいて直ぐにイスラエルの民に語りました。その姿を見続けたヨシュアもそのようにしたのです。

★ 私達の約束の地は天国です。そこは、イエス・キリストを信じるだけで簡単に入れます。しかし、この地上で神は私達をイエスに似た者とするために訓練されています。愛の強さを持つ訓練です。そのためにあなたの内なる聖霊が 強くあれ。雄々しくあれ と励ましてくださっています。


神はあなたを訓練される

2023-01-11 07:53:08 | 礼拝説教
2023/1/15 礼拝説教
【テーマ】  主の訓練と約束
【説教題】 「神はあなたを訓練される」
【聖書箇所】 申命記8:1-10
8:1 私が今日あなたに命じるすべての命令を、あなたがたは守り行わなければならない。そうすれば、あなたがたは生きて数を増やし、【主】があなたがたの父祖たちに誓われた地に入って、それを所有することができる。
8:2 あなたの神、【主】がこの四十年の間、荒野であなたを歩ませられたすべての道を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試し、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。
8:3 それで主はあなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの父祖たちも知らなかったマナを食べさせてくださった。それは、人はパンだけで生きるのではなく、人は【主】の御口から出るすべてのことばで生きるということを、あなたに分からせるためであった。
8:4 この四十年の間、あなたの衣服はすり切れず、あなたの足は腫れなかった。
8:5 あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、【主】があなたを訓練されることを知らなければならない。
8:6 あなたの神、【主】の命令を守って主の道に歩み、主を恐れなさい。
8:7 あなたの神、【主】があなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、谷間と山に湧き出る水の流れや、泉と深い淵のある地、
8:8 小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろのある地、オリーブ油と蜜のある地である。
8:9 そこは、あなたが不自由なくパンを食べ、何一つ足りないものがない地であり、そこの石は鉄で、その山々からは銅を掘り出すことのできる地である。
8:10 あなたが食べて満ち足りたとき、主がお与えくださった良い地について、あなたの神、【主】をほめたたえなければならない。

○ 皆さんは今までの人生でどんな苦しい目に遭われましたでしょうか? でもそれが神様の試練であり、後に恵みだとわかる日も来たのではないでしょうか? イスラエル人は多くの苦しみを体験しましたが、それにはとても大事な意味がありました。
 
Ⅰ.訓練される神
A.訓練の意味
1.申命記は神の言葉を思い起こさせるために書かれていますが、イスラエルの民はなぜ40年間も荒野で生活しなければならなかったのでしょうか? それは 8:2 あなたの神、【主】がこの四十年の間、荒野であなたを歩ませられたすべての道を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試し、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。 と、ある通りです。
2.40年間の訓練は何のためかというと神の命令を守る民族となるためです。長いエジプトでの奴隷生活で、神の民のアイデンティティが崩れていました。それを立て直し、他の民族、人々にも神の望まれる生き方、真の礼拝の姿を示していくために彼らは用いられるのです。

B.私達への訓練の意味は?
1.私達は人生で何か苦しいこと、大変な経験をされたことがあるかと思います。神がいないならそれはただの苦しみに過ぎず、良い結末を見る可能性も少ないかと思います。しかし、神がおられるので、必ずその大変さにも意味があるのです。
2.大変な経験を通して神は私達を訓練されています。その訓練は何のためでしょうか? イスラエル人が異邦人の救いのために訓練されていたように、私達に与えられている訓練も未信者の方々の救いのためだと言えるのです。もちろん、私達の信仰の成長のためでもありますが。

Ⅱ.祝福される神
A.神は試練と共に恵みをくださる
1.試練を与える神ですが、イスラエルを守り通してくださる神だという大事なことを覚えてください。3節から書いてあるように それで主はあなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの父祖たちも知らなかったマナを食べさせてくださった。 と、マナを与えてくださる神です。水の無いときには岩からでも水を与えてくださいました。そればかりか、 8:4 この四十年の間、あなたの衣服はすり切れず、あなたの足は腫れなかった。 という不思議を行ってくださったのです。
2.ところが、人々は何度も文句を言ってきました。こんなに不思議を行ってくださった神にです。ですから、訓練を与えられるのです。神に感謝すること、神を讃えることを教えておられるのです。パウロも Ⅰテサ5:18 すべてのことにおいて感謝しなさい。 と言っています。

B.私達も恵みをいっぱいいただいている
1.私達は神に文句を言わないでしょうか? 聖書を読みながらイスラエル人のわがままや文句を聞いて「神に感謝しろよ!」とか「自分勝手だなあ」とか思いやすいのですが、私達は日々、神の様々な恵みに対して十分な感謝をしているでしょうか?
2.私達は訓練を受けていると同時に、神の恵みもいっぱいいただいていることを覚えていただきたいのです。それを祈りで言い表していただきたい。救われたことはもちろん、今の自分の状態がどんなであっても、そんな自分を神が愛しておられることをしっかり思い起こしていただきたいのです。

Ⅲ.約束の地へ導く神
A.神は約束を守られる
1. 8:6 あなたの神、【主】の命令を守って主の道に歩み、主を恐れなさい。8:7 あなたの神、【主】があなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。 と、神はイスラエル人を約束の地へと導かれます。アブラハムにカナンの地を目指すように言われてからいったい何百年が過ぎたのでしょうか。イスラエルがエジプトの地で奴隷となってしまいましたが、それでも神は見捨てておられません。モーセを遣わして約束の地へと向かわせるのです。
2.神はそこまでしてイスラエルを用いられるのはなぜですか? それは神がとことん約束を守られる神だからです。そして、神はイスラエルを通して、全ての人を愛していること、神と人の良き関係を教えたいからです。

B.神はあなたを用いられる
1.私達はどこが約束の地でしょうか? 天国! 神は私達を天国へと導いてくださっています。でも直ぐに天国へ導くわけではなく、この地上での働きを考えておられるのです。
2.私達が神を愛している姿を人々に示すこと、神の望まれる生き方が何なのかを私達が人々に示し、神の願っておられることを人々に教えていくために私達を訓練し、用いられるのです。そして、神は聖書の約束を守られます。

★ 神は皆さんを約束の地へと導いておられます。しかし、それまでは訓練をされるのです。その訓練中に私達を通して、神を知らない人に神を見せようとしてくださっているのです。

全ての人に福音を届ける

2023-01-04 06:22:12 | 礼拝説教
2023/1/8 礼拝説教
【テーマ】  今が救いの時
【説教題】 「全ての人に福音を届ける」
【聖書箇所】 伝道者の書12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。

○ 今日は成人者祝福式を行うのですが、成人者の年齢が18才となり選挙権が与えられました。とはいえ、まだ何もかもが18才から成人と同じとみなされていません。しかしその内、教会でも成人祝福式を18才で行うようになるのかも知れません。18才というのは大きな変化の年齢なのでしょうね。
 
A.神を信じた
1.私毎で恐縮ですが、私がクリスチャンになったのは18才の誕生日から20日過ぎた頃でした。ここで私の人生は大きく変わりました。子どもから大人になったというような変化ではありませんが、世界に対しても、人に対しても、自分に対しても見方が変わりました。そして何よりも変わったのは見えない世界、神に対して変わりました。
2.私はずっと神はいないと思っていたからです。科学で全てのものは証明されると思い込んでいましたし、進化論を信じ込んでいましたから、人間の祖先は類人猿であり、その前は猿だと思っていました。だから、私より少し猿に近い親を尊敬する気にもなれませんでした。
3.宇宙はビッグバンででき、偶然に偶然が重なって地球ができ、また偶然に偶然がかさなってアメーバができ、さらに偶然に偶然が重なって人間へと進化したと信じていました。しかし、そう信じていたもののビッグバンの前はどうだったのか? とか、宇宙の果てはどうなっているのか? とか、死ぬとどうなるのか? 科学を信じ込んでいた割には何もわかっていませんでした。
4.また、キリンの首は進化して長くなった話だとかを聞くと変だなあと感じていましたし、木の葉そっくりの昆虫などが進化でできるだろうかと疑問に思ったり、春になると枝から葉っぱが出てくるのもとても不思議でした。勝手にできたということですから。こんなにすばらしい自然が勝手にできるのだろうかと不思議でした。
5.それらのことがイエス・キリストを信じただけで何もかも解決してしまったのです。わかったという意味ではないのですが、神がそのようにされたということで解決したのです。じゃ、「神は誰が創ったのか?」と言われると「最初からおられた」としか言えないのですが・・・でも、解決したのです。
6.そのきっかけとなったのは神なんているわけがないと信じ込んでいた17才の終わり頃のことでした。大学受験を控えていた私の目が見えにくくなったのです。近視とかそういうのではないのです。全体に暗くなって本が読めなくなって、いつも通っていた目医者に行きましたら、1時間もかけて先生は検査しました。そして「視神経が半分死んでいる」と言われ、「そのままでは失明する」と。そこで、紹介状をいただき、大学病院へ行くのですが、その前にクリスチャンの母が手を置いて祈ってくれました。ところが、大学病院で検査すると「視神経には何の問題もない」というのです。視力表や本を見ると確かに見えるのです。もう一度カルテをもらって目医者に行きましたら、「そんな馬鹿なことがあるか!」と先生は私の目を調べました。「生き返っている!」と言われるのです。そうです、視神経は生き返っていました。この体験は私には大変大きな体験で、「神はいるのだろうか?」という大きな疑問へと発展したのです。
7.でも、「神なんているはずがない。母が祈ったからなんて関係ない。治ったのは偶然だ」と言い聞かすのです。が、どうしても「偶然治った」ということが信じられないのです。確かに目は見えにくくなっていたのです。目医者さんは視神経を見て「半分死んでいる」と言ったのです。わけがわからなくなりました。
8.そうして2週間ほどして大学受験が終わりました。すると、母が「高校生バイブルキャンプ」のチラシを手渡し、「行ってみないか」と言うのです。いつもなら、「誰がこんなの行くかぁあ!」と握りつぶされてゴミ箱行きのチラシのはずでした。ところが、この時は急に「バイブル」という言葉に興味が湧き、「行ってくるわ」と言って、教会に自ら申込み書と参加費を持って行きました。
9.キャンプというのでテントで寝るのかと思っていたら、きちんとした建物の中で寝られましたし、食事もおばさん達が作ってくださっていました。最初はソフトボールをしてとても楽しく遊びました。この時感じたのはここに来ているクリスチャンと呼ばれる高校生がとても明るいということでした。高校3年の私のクラスと全く雰囲気が違って驚きました。一気に私はこの人達、クリスチャンが好きになりました。
10.夜になって最初のメッセージを聞いたのですが、その時私は「神はいる」「イエス・キリストは神だ」と信じられました。まだ知識がしっかりあるはずもありません。ですが「クリスチャンになる」と決めましたし、洗礼も受けると決めました。二泊三日の楽しいキャンプを終えて家に帰ると真っ先に母に「おれ、クリスチャンになったから」と言って、次の日曜日から教会に行きました。まず休むこともありませんでした。
11.私は若い日に創造者・神を信じて本当によかったと思っています。私の人生は幸いです。

B.早いほうがいい
1.海神学生やレナン神学生のようにクリスチャンホームに生まれイエス様を信じるのが普通の状態で成長してきた人もいます。私なんかよりもっと若い日に創造者を信じておられたのです。それを聞くと「私ももっと早くにイエス様を知っていればなあ」と思ったものです。
2.しかし、チャンスはあったのです。小学四年生の時に母に言われて教会学校に行ったのです。が、面白くなくて1ヶ月くらいでやめてしまいました。「続けていればよかったのになあ」とつくづく思いますが、微妙な年齢の男の子には女の子ばかりのクラスに女の先生、聖書のお話だけのような時間は耐えられなかったのだと思います。
3.ですから、18才でクリスチャンになった私は幸いです。私の父も妻の両親も亡くなる少し前にクリスチャンになるのですから、「もっと早くにクリスチャンになってくれていれば」とは思いましたが、天国で会えるという幸いを神様はくださったので、本当に感謝しています。
4.年配の方にとって、遅すぎるということはありませんが、少しでも早くクリスチャンになっていただきたいです。ですから、若い人はもちろん、クリスチャンになっていただきたいです。いつ?!「今でしょ!」(もう古い言い方ですね)

C.喜びがある人生
1.神様のために働くというのはとてもすばらしいものです。私は教師時代、生徒達のために祈りながら仕事が出来たことを嬉しく思っています。たくさんの生徒が教会に来ました。色々不思議も起こり、祝福された教師時代でした。
2.牧師になって体を壊し、新中野教会に来てさらに体を壊してしまいましたが、 「何の喜びもない」 ということを体験していません。そりゃ、辛いこと、苦しいこと、痛いことはいっぱいあるのですが、神様からいただく喜びというのは何か次元が違うのでしょうね。そんなものを抱えながらも不思議な喜びに満たされるのです。それはイエスの弟子達と同じだと思います。

★ 少しでもあなたの若い内に、イエス・キリストを信じませんか。聖書はあなたの幸せはそこにあると言っています。最後にもう一度御言葉を読みます。 あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。