柿のはな
葉洩(も)れ日のなかに咲きいる柿のはな乳歯のごとき光を返す
蚊のいない灼熱の地より帰り来て日本の夏は暑いとむすめは
「おばあちゃん、Rの音が違うの」と口尖(とが)らせてRightと言いぬ
小鉢置く音して「もっと」の声きこえ家族の食卓もどれるごとし
墓石(はかいし)の蟻に怯(おび)ゆるおみなごを亡き父母(ちちはは)に引き合わせたり
鏡にはわれに抱かるる孫うつる オバアチャンヲワスレナイデネ
色うすきアカイエ蚊のいる夏の夜(よ)を白湯(さゆ)をすすりてアルバム捲(めく)る
バケツ・リレー
汗かきて乳房(ちぶさ)ひえゆく初夏(はつなつ)の山にひび交(か)うホトトギスの声
桃のうぶ毛に剃刀(かみそり)当つるようにして昼餉(ひるげ)にむかいき
舅(しゅうと)とわれは
わが苦労わらい飛ばして四度目の結婚記念日むすめは迎う
金銭に触れでひと日の過ぎてゆく食パン一斤(いっきん) Suica(スイカ)に払う
つぎつぎとバケツ・リレーをするごとく雨水(あまみず)はしる鎖竪樋(くさりたてとい)
紫蘇の実を笊(ざる)いっぱいに扱(しご)きゆく何ごともなく秋のいちにち
紫蘇の実のヤニ色に染まりし指を嗅(か)ぐ一服(いっぷく)をする農夫のように
打っちゃりの決まったような秋の空どこまでもどこまでもコスモス
踏絵のごとく
余震かと起きれば荒れて吹く風は太き腕(かいな)に家を揺すれり
冬至にはミニ柚子あまた届きしを今年はもがぬと友は言いたり
すそ分けのできぬ白菜、大根が冷蔵庫の中ひしめき合える
工場にお節(せち)詰めゆく人がみな白防護服に見ゆる年の瀬
わが生(あ)れし日は「運命の日」と呼ばれゆく南東の風・二基爆発す
三月十五日に、放射性物質が拡散して行ったことが後になってわかる
空を透かせど見えざりしものここに在り雑草(あらくさ)のびて人絶えし公園
あの朝は雨がはげしく降っていた 放射性プルームわが町通過す
放射性プルーム=放射性物質を含んだ気流
憎まれ役を貫き通す東電のスポークスマンに白きもの増(ふ)ゆ
踏み絵のごとく原発賛成・反対に人を分けつつ一年が過ぐ
わが町のはけより出(い)づる湧水を飲みておりけむ志賀直哉もまた
はけ=急傾斜の段丘斜面 志賀直哉の別荘があった
小氷河期
おおいぬのふぐり、仏(ほとけ)の座が咲いていつもと同じ春がきていた
立体マスク顔の一部におさまりて街にあふれるエイリアンのひとり
地に触るる力の戻りこぬ春にプランターは土の容(い)れもの
ピンクと白の花筵(はなむしろ)なす芝桜 目立たぬように後(おく)れぬように
犬歯(けんし)もつ夫(つま)と糸切り歯もつわれと黙(もだ)して食べる豚の味噌漬
犬歯も糸切り歯も同じ歯のこと
除草剤に枯れし傾(なだ)りのその下に稲穂は青くふくらみてゆく
海を出(い)で陸に息する人間のひとりとして今わが咳やまず
晩年はいつからだろう梅雨の間(ま)を重なりながらゆく蟻の列
太陽は小氷河期に入(い)るという 自分のために生きていこうか
卵かけご飯
アフリカの大地に育つルイボスを煎じてわれの一日(ひとひ)はじまる
砂漠の地に子は活花を習いいるオリーブの枝を剣山に挿して
炎天に黒く乾ける蚯蚓(みみず)おり 髪に手をやり汗を確かむ
わが胸が帰りくる場所 ドラえもんの枕とカップ、タオルを備う
帰国して検診・診察受けるなりアラブ料理は辛くて鹹(から)い
鹹い=塩分がつよい
八歳で二十カ国を旅したるおみなごの生命線はふとし
川の字に眠れば孫のあしが伸びわれは柱に押しやられゆく
牛丼と寿司は叶えど卵かけご飯が食べたかったとむすめは
お土産の死海の塩はざりざりと湯船に沈みやがて消えゆく
※2018年1月28日に反原発東葛連合が行った「福島の今とエネルギーの未来」の
報告書に、東京電力福島第一原発事故後に、上空に巻き上げられた放射性物質の
雲状の塊(放射性プルーム)のデータが載っていたので、引用させて頂きます。
やはり2011年3月15日ー16日、20日ー21日に関東、東北地方に
拡散したそうです。
柏市(千葉県)3月15日、10時――93・3ベクレル
3月21日、9時――319ベクレル
取手市(茨城県)3月15日、9時――113・3ベクレル
3月21日、9時――497ベクレル
福島市(福島県)3月15日、22時――45・5ベクレル
3月21日、15時――104・1ベクレル (引用ここまで)
(2018年2月5日 記)
葉洩(も)れ日のなかに咲きいる柿のはな乳歯のごとき光を返す
蚊のいない灼熱の地より帰り来て日本の夏は暑いとむすめは
「おばあちゃん、Rの音が違うの」と口尖(とが)らせてRightと言いぬ
小鉢置く音して「もっと」の声きこえ家族の食卓もどれるごとし
墓石(はかいし)の蟻に怯(おび)ゆるおみなごを亡き父母(ちちはは)に引き合わせたり
鏡にはわれに抱かるる孫うつる オバアチャンヲワスレナイデネ
色うすきアカイエ蚊のいる夏の夜(よ)を白湯(さゆ)をすすりてアルバム捲(めく)る
バケツ・リレー
汗かきて乳房(ちぶさ)ひえゆく初夏(はつなつ)の山にひび交(か)うホトトギスの声
桃のうぶ毛に剃刀(かみそり)当つるようにして昼餉(ひるげ)にむかいき
舅(しゅうと)とわれは
わが苦労わらい飛ばして四度目の結婚記念日むすめは迎う
金銭に触れでひと日の過ぎてゆく食パン一斤(いっきん) Suica(スイカ)に払う
つぎつぎとバケツ・リレーをするごとく雨水(あまみず)はしる鎖竪樋(くさりたてとい)
紫蘇の実を笊(ざる)いっぱいに扱(しご)きゆく何ごともなく秋のいちにち
紫蘇の実のヤニ色に染まりし指を嗅(か)ぐ一服(いっぷく)をする農夫のように
打っちゃりの決まったような秋の空どこまでもどこまでもコスモス
踏絵のごとく
余震かと起きれば荒れて吹く風は太き腕(かいな)に家を揺すれり
冬至にはミニ柚子あまた届きしを今年はもがぬと友は言いたり
すそ分けのできぬ白菜、大根が冷蔵庫の中ひしめき合える
工場にお節(せち)詰めゆく人がみな白防護服に見ゆる年の瀬
わが生(あ)れし日は「運命の日」と呼ばれゆく南東の風・二基爆発す
三月十五日に、放射性物質が拡散して行ったことが後になってわかる
空を透かせど見えざりしものここに在り雑草(あらくさ)のびて人絶えし公園
あの朝は雨がはげしく降っていた 放射性プルームわが町通過す
放射性プルーム=放射性物質を含んだ気流
憎まれ役を貫き通す東電のスポークスマンに白きもの増(ふ)ゆ
踏み絵のごとく原発賛成・反対に人を分けつつ一年が過ぐ
わが町のはけより出(い)づる湧水を飲みておりけむ志賀直哉もまた
はけ=急傾斜の段丘斜面 志賀直哉の別荘があった
小氷河期
おおいぬのふぐり、仏(ほとけ)の座が咲いていつもと同じ春がきていた
立体マスク顔の一部におさまりて街にあふれるエイリアンのひとり
地に触るる力の戻りこぬ春にプランターは土の容(い)れもの
ピンクと白の花筵(はなむしろ)なす芝桜 目立たぬように後(おく)れぬように
犬歯(けんし)もつ夫(つま)と糸切り歯もつわれと黙(もだ)して食べる豚の味噌漬
犬歯も糸切り歯も同じ歯のこと
除草剤に枯れし傾(なだ)りのその下に稲穂は青くふくらみてゆく
海を出(い)で陸に息する人間のひとりとして今わが咳やまず
晩年はいつからだろう梅雨の間(ま)を重なりながらゆく蟻の列
太陽は小氷河期に入(い)るという 自分のために生きていこうか
卵かけご飯
アフリカの大地に育つルイボスを煎じてわれの一日(ひとひ)はじまる
砂漠の地に子は活花を習いいるオリーブの枝を剣山に挿して
炎天に黒く乾ける蚯蚓(みみず)おり 髪に手をやり汗を確かむ
わが胸が帰りくる場所 ドラえもんの枕とカップ、タオルを備う
帰国して検診・診察受けるなりアラブ料理は辛くて鹹(から)い
鹹い=塩分がつよい
八歳で二十カ国を旅したるおみなごの生命線はふとし
川の字に眠れば孫のあしが伸びわれは柱に押しやられゆく
牛丼と寿司は叶えど卵かけご飯が食べたかったとむすめは
お土産の死海の塩はざりざりと湯船に沈みやがて消えゆく
※2018年1月28日に反原発東葛連合が行った「福島の今とエネルギーの未来」の
報告書に、東京電力福島第一原発事故後に、上空に巻き上げられた放射性物質の
雲状の塊(放射性プルーム)のデータが載っていたので、引用させて頂きます。
やはり2011年3月15日ー16日、20日ー21日に関東、東北地方に
拡散したそうです。
柏市(千葉県)3月15日、10時――93・3ベクレル
3月21日、9時――319ベクレル
取手市(茨城県)3月15日、9時――113・3ベクレル
3月21日、9時――497ベクレル
福島市(福島県)3月15日、22時――45・5ベクレル
3月21日、15時――104・1ベクレル (引用ここまで)
(2018年2月5日 記)