それは決して蛮勇ではない,と私は主張したい。
20 世紀を代表する卓越した計算機科学者の一人である Donald Ervin Knuth 氏は,1987 年に Stanford 大学にて数学的な文章の書き方 (Mathematical Writing) の講義を行った。
その講義資料は,一部著作権が関与する資料を省いた形で,インターネット上で無償配布されていた(現在もそのままかもしれない)。
それは正式には Mathematical Association of America (MAA,アメリカ数学協会というのかな?) から 1989 年に出版されている。なお,その講義は録画されていたとのことであるが,どうやら現在 YouTube で視聴可能らしい。そんな時代になったのである。
その本は『クヌース先生のドキュメント纂(さん)法』と題して,日本の計算機科学者である有澤誠氏が共立出版から日本語訳を出されている。
その「訳者まえがき」において,当時の日本でも通用する英単語のカタカナ表記をどのようにしたかの方針が述べられている。できるだけ原音に近い書きかたをとるように努めた,と訳者の有澤氏は述べておられるが,video をヴィデオとすることにはしたものの,テレビをテレヴィと書くまでの勇気はもちあわせておらず,ほどほどのところでのがまんを甘受したとの旨を告白しておられる。
だがしかし,である。
有澤氏が躊躇した「テレヴィ」表記を敢行した猛者が,それより以前にいた,というわけではなく,その 8 年後の未来に現れたのである!
それは,惜しくも昨秋に亡くなられた,理論物理学者の江沢洋氏である。
岩波文庫から出ている朝永振一郎氏の『量子力学と私』の巻末に江沢洋氏による解説があるのだが,そこで氏ははっきりと「テレヴィ」と書いておられる。
その初版発行は 1997 年。有澤氏が「テレヴィ」と書くのに逡巡されていたときから,実に 8 年後の世の出来事であった。
蛇足であるが,Knuth 氏は 1938 年生まれ,江沢洋氏は 1932 年生まれで,今回話題にした三氏の中では最年長であり,有澤氏は今年の夏に 80 歳を迎えられるので,最年少である。
私は,有澤氏の逡巡も大いに理解できるという立場を取りつつも,江沢氏の生き様も見習いたいという気持ちを強く持ってもいる。
数値計算で計算結果の桁あふれのことを「オーバーフロー」(overflow) というが,原音はこんな平坦な読み方ではないであろう。
だから私は,その読みを「オゥヴァフロゥ 」と記すことを提案したい。せめて二重母音(オウ)と長母音(オー)の区別くらいは忠実に再現すべきと思うのだが,どうだろうか。
もっとも,令和になってすでに 6 年も経過したというのに,未だに日本の高校数学教育において導関数を表す記号を「ダッシュ」と読む古の伝統が頑なに守られ続けている(※)ようなので,このようなささやかな抵抗は全くの徒労に終わるであろう未来しか見えないのではあるが。
けれども,SI 単位系が改訂されてから,特に高校物理の検定教科書に広く見られた,物理量の単位を(しかも極めてマイナーな)亀甲括弧〔〕で括るという謎慣習は,すでに中学理科の段階から放逐されつつある(※※)ようなので,日本古来の風習が速やかに世界標準へと移行するかもしれない希望を捨ててはならないであろう。
(※)2024 年 4 月 11 日に,某大学の私が担当する 1 年生の微積のクラスでアンケートを取ったところ,つい一か月前まで現役の高校生であったろう学生たちが読みを「ダッシュ」としか習っていないことが確認された。
(※※)最新の某出版社の理科の教科書に物理量の書き表し方に関する細かい説明が掲載されていることを,量の理論や単位の扱いに詳しい物理学者の M 先生から教わった。
20 世紀を代表する卓越した計算機科学者の一人である Donald Ervin Knuth 氏は,1987 年に Stanford 大学にて数学的な文章の書き方 (Mathematical Writing) の講義を行った。
その講義資料は,一部著作権が関与する資料を省いた形で,インターネット上で無償配布されていた(現在もそのままかもしれない)。
それは正式には Mathematical Association of America (MAA,アメリカ数学協会というのかな?) から 1989 年に出版されている。なお,その講義は録画されていたとのことであるが,どうやら現在 YouTube で視聴可能らしい。そんな時代になったのである。
その本は『クヌース先生のドキュメント纂(さん)法』と題して,日本の計算機科学者である有澤誠氏が共立出版から日本語訳を出されている。
その「訳者まえがき」において,当時の日本でも通用する英単語のカタカナ表記をどのようにしたかの方針が述べられている。できるだけ原音に近い書きかたをとるように努めた,と訳者の有澤氏は述べておられるが,video をヴィデオとすることにはしたものの,テレビをテレヴィと書くまでの勇気はもちあわせておらず,ほどほどのところでのがまんを甘受したとの旨を告白しておられる。
だがしかし,である。
有澤氏が躊躇した「テレヴィ」表記を敢行した猛者が,それより以前にいた,というわけではなく,その 8 年後の未来に現れたのである!
それは,惜しくも昨秋に亡くなられた,理論物理学者の江沢洋氏である。
岩波文庫から出ている朝永振一郎氏の『量子力学と私』の巻末に江沢洋氏による解説があるのだが,そこで氏ははっきりと「テレヴィ」と書いておられる。
その初版発行は 1997 年。有澤氏が「テレヴィ」と書くのに逡巡されていたときから,実に 8 年後の世の出来事であった。
蛇足であるが,Knuth 氏は 1938 年生まれ,江沢洋氏は 1932 年生まれで,今回話題にした三氏の中では最年長であり,有澤氏は今年の夏に 80 歳を迎えられるので,最年少である。
私は,有澤氏の逡巡も大いに理解できるという立場を取りつつも,江沢氏の生き様も見習いたいという気持ちを強く持ってもいる。
数値計算で計算結果の桁あふれのことを「オーバーフロー」(overflow) というが,原音はこんな平坦な読み方ではないであろう。
だから私は,その読みを「オゥヴァフロゥ 」と記すことを提案したい。せめて二重母音(オウ)と長母音(オー)の区別くらいは忠実に再現すべきと思うのだが,どうだろうか。
もっとも,令和になってすでに 6 年も経過したというのに,未だに日本の高校数学教育において導関数を表す記号を「ダッシュ」と読む古の伝統が頑なに守られ続けている(※)ようなので,このようなささやかな抵抗は全くの徒労に終わるであろう未来しか見えないのではあるが。
けれども,SI 単位系が改訂されてから,特に高校物理の検定教科書に広く見られた,物理量の単位を(しかも極めてマイナーな)亀甲括弧〔〕で括るという謎慣習は,すでに中学理科の段階から放逐されつつある(※※)ようなので,日本古来の風習が速やかに世界標準へと移行するかもしれない希望を捨ててはならないであろう。
(※)2024 年 4 月 11 日に,某大学の私が担当する 1 年生の微積のクラスでアンケートを取ったところ,つい一か月前まで現役の高校生であったろう学生たちが読みを「ダッシュ」としか習っていないことが確認された。
(※※)最新の某出版社の理科の教科書に物理量の書き表し方に関する細かい説明が掲載されていることを,量の理論や単位の扱いに詳しい物理学者の M 先生から教わった。
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