かずの里山ハイク

山や花、日常の出来事などの気まぐれブログ

屋久島縦走

2008年01月31日 | 追憶の山

屋久島 永田岳・宮之浦岳縦走
日  程:1975年4月25日~5月2日 参加者:2名
装  備:テント、エアーマット、シュラフ、ホエーブス2、メタ、白ガソリン3L、ローソク2本、ナイフ、ロールペーパー2巻、ポリタン2L×2、雨具、ヘッドランプ、洗面具、コッフェル、地図(1/5万)、ガイド、コンパス、健保、医薬品、ラジオ、セーター、ヤッケ、帽子、着替、その他身回品

4月26日 4/25小郡(20:30)→4/26西鹿児島(6:16~7:00)→鹿児島港(7:20~8:00)→宮之浦港(12:30)→白谷雲水峡(13:10~13:30)→小杉谷山荘(16:10)

昨年白峰三山の帰途M氏と山行を決定した屋久島へ出発する。フェリーが鹿児島港を出ると桜島と開門岳のピークが見えるはずだが曇天で傘をかぶっている。屋久島についても同様で山なみは白いベールを被っており全容は見せてくれない。時間を稼ぐため小杉谷への最短ルートと思われる白谷雲水峡までタクシーを飛ばす。

白谷雲水峡で一休みすると道標に従い歩き始める。このルートは辻の峠までは沢伝いに付けてあり原生林の中のコケシダ類が美しい、大崩の沢ルートを思わすところだ。約一時間詰めると白谷川を渡ることになる。木立が開け前方が明るくなると辻の峠に着く。更に10分下ると前方に雄大な宮之浦岳、特異な山容の翁岳のピークが望まれる。植林された道を少し下ると安房よりの林用軌道に出合い、2~3分歩くと小杉谷山荘に着いた。

小杉谷山荘の夜は管理人のおやじさんよりスライドで登山コース、屋久島の四季についてユーモアたっぷりの説明を受けなかなか味のある山荘だった(注:現在小杉谷山荘は跡が残るだけで現存していない)。

4月27日 小杉谷山荘(8:00)→大株歩道入口(9:20~9:30)→ウイルソン株(9:50~10:30)→大王杉(11:10~11:40)→縄文杉(12:30~13:00)→高塚小屋(13:10)

本日は予定では宮之浦・永田岳のピークを踏むはずであったが、朝から雨が降っており様子を見て高塚までとした。山荘より小雨の降る中を約70m軌道沿いに進むと三代にわたって生き続けている三代杉がある。軌道を大きく曲がるところで近道に入るがすぐに平坦な軌道に出る。枕木を拾って歩くので単調になり、歩きづらいところである。しかし北沢の清流が気をまぎらしてくれる。大株歩道と道標のあるところより北沢に別れを告げ急斜面の登りとなる。約20分登るとウイルソン株に着く。この切り株は根回り32mの大きなもので内部が約10畳ほどの空洞になっている。雨が少しひどくなったのでここで雨宿りをする。十分休んだ後、次の大王杉をめざす。杉の原生林のなかで姫シャラの赤い幹が印象的だ。約40分歩くと樹齢5000年根回り41mの大王杉に着く(ここでは体を冷やすため上半身裸になる。気持ちいい!男に生まれて良かった)。更に少し進むと左手に手をつないだような夫婦杉が現れる。大王杉より約40分進むと樹齢7000年、根回り41mの縄文杉が周囲の木を圧してそびえている。英彦山の鬼杉も大きいがこれの比ではない。今日は高塚までと決めているのでここでも杉をゆっくりと鑑賞する。ここより10分も歩くと高塚分岐点(宮之浦越)に出て高塚小屋に着く。この小屋では東京、大阪、鹿児島のPと一緒になり角で談笑の時を過ごした。

4月28日 高塚小屋(6:50)→第一展望台(8:10~8:50)→分岐(10:30~11:15)→宮之浦頂上(13:00~13:30)→永田岳直下(12:30~12:40)→永田岳頂上(13:00~13:30)→鹿の沢小屋(14:10)

入山3日目いよいよ永田、宮之浦のピークを踏める日である。青空も見え元気に小屋を出発する。第一ピークを目指して急坂をジグザグ登り、小高塚の山頂直下を左に巻くと小屋跡にでる。背の高さにシャクナゲ、周囲に屋久杉とヒメシャラの林が続き見通しは良くないがシャクナゲの開花期(5月下旬~6月上旬)に通りたいコースである。約30分歩くと第一展望台に着く。左の岩の上に立つと夢にまで見た永田、宮之浦、翁の雄大な姿が眼前にある。永田の岩峰群、宮之浦のなだらかな山容、翁の大岩柱のピーク、三山三様で景観はアルプスに引けをとらない。洋上アルプスの名にふさわしい山岳美である。更に100分余りシャクナゲと屋久杉の奇形や白骨化した立ち枯れとビロードの絨毯を引いたヤクザサ、巨岩の中(大自然の庭園という感じ)のプロムナードコースを進むと宮之浦、永田のコルに着く。

昼食を済まし、空荷で九州最高峰宮之浦岳を往復する。ヤクザサのなかにシャクナゲそして巨岩とバランスがなんともいえない。次は第二の高峰永田岳を目指す。永田は全山岩峰で男性的容姿に満々ちている。北尾根の絶壁は遠く障子岳まで延びている。ガスの切れ間にははるか眼下に永田が箱庭のように見える。永田に登頂して西尾根を20分も下るとローソク岩が現れ、ここから障子岳の岩峰群も素晴らしい、シャクナゲ、屋久杉のバックに岩峰群は仙人池より裏剣(八峰)を眺める感じで実にいい!。さらにシャクナゲ、アセビの茂みの中を20分急降下するとビャクシン、シャクナゲの中に萎縮した屋久杉の老木が並ぶ鹿の沢に着く。中央に清流が走り、赤い小屋の屋根がが緑に映える。丹精こめて作られた神々の箱庭のごとく仙境という感じのところである。夜半からは大粒の雨が降り始める。

4月29日 一日中大粒の雨がふりづづき停滞を余儀なくされるが、他Pの方もいい人ばかりでやまやの交流が弾んだ。





4月30日 この日になっても雨は降り止まず、花山歩道をエスケープルートとして選ぶ(林道まで4hrで出れるため)。本来は翁、安房、黒味、花の江河、栗生歩道の計画であったが前線が停滞していたため断念した。

花山歩道は屋久島隋一の屋久杉原生林と言われているだけあって樹林の美しさは他に類を見ない。約4時間で林道に出る。これで命だけは助かったとはM氏の弁であるが、これから栗生までが長くつらい道のりだった。11kmの平坦な林道は気が滅入る。おまけに後半の6kmは夏の暑さである。栗生についたときは蒸れも手伝ってか足中豆だらけだ。しかし湯泊まで行き、公民館にネジロを決め(素泊100円)、海岸にある露天風呂に入ると疲れもとれ人間に戻った気分になる。
屋久島の最後の夜は鹿の沢より同行したオムロンP(大阪2名)と夜遅くまで談笑の時を過ごした。

翌日は安房で付近を散歩し、宮之浦へ出た。天候不順もあったが、八重岳連峰は期待以上の素晴らしい山であった。最後に今回の山行で健闘してくれたM氏へ感謝したい。

付記:停滞日に地元の山岳会の方に教えて頂いた「屋久島慕情」を紹介します。

1.青い海原 きらめくサンゴ ハイビスカスの花も咲く  夢にまで見た屋久島(繰り返し)
2.沖の漁火 夜釣の船が  鹿児島通いの定期船   離れ小島の屋久島
3.永田沖で 拾った恋が  アダン葉陰に咲いて散る  帰りともない屋久島

後日談:私達が行った頃は縄文杉も土がむき出しで自然に生えている感じで、幹にも直接触れた。現在は登山者も多くなり、さらに世界遺産に登録されたため、それに拍車がかかった。保護のために柵で囲まれ、周囲は板が貼ってある。保護のためには仕方のないことだが当時の野性味は見る影もないことは残念に感じる。

最近の報道で山中のトイレのし尿処理が大変になり、この費用(500円任意)を登山者に負担してもらうことになったとのこと。登山者が多くなりすぎると新たな問題も起きる。ニュージーランドの山などは環境を守るために総人員規制を行っており、一定数以上の登山者を山にいれないしくみになっている。日本の山もいずれ入山規制が必要になってくる気がする。