神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] 孤児たちの軍隊2 ―月軌道上の決戦―

2014-09-27 21:08:13 | SF

『孤児たちの軍隊2 ―月軌道上の決戦―』 ロバート・ブートナー (ハヤカワ文庫 SF)

 

『孤児たちの軍隊 ―ガニメデへの飛翔―』の続編。ガニメデで多大な犠牲のもとに異星人を撃退した主人公の地球帰還後を描く。

ヒーロー扱いされたり、政治の広告塔に使われたりする中で、主人公のジェイソン・ワンダーは戦争をめぐる欺瞞に嫌気がさし、退役しようと試みるが、危惧していた異星人の逆襲に巻き込まれ、再び勝ち目のない戦いへと赴くこととなる。

このところ、読書スピードが落ちていたのだけれど、それを一気に復活させる語り口。これだけ軽い読みやすさなのに、お手軽なだけのヒーローSFではない。歩兵の現実というのは重たいテーマだ。

著者のあとがきによれば、冷戦時代の『宇宙の戦士』、ベトナム戦争時代の『終わりなき戦い』を経て、湾岸戦争や911に代表される対テロ戦争時代の戦争SFを描きたかったとのこと。その試みは充分成功しているといえるだろう。

戦争は大義名分を失い、戦場で兵士は国家や思想のためではなく、家族や仲間のために死んでいく。ゆえに、この物語の主人公は孤児たちであり、戦場で部隊という家族を得て、そして再びそれを失っていく。それがまさしく、原題である“Orphan's Destiny”なのである。

ところがなんと、この物語はさらに続くのであった。これじゃ、戦場における一兵士というには昇格しすぎだ。主人公は異星人の超空間航法を奪い取り、次巻では遂に敵の母星へと赴く。今度は将軍から師団長まで格上げになって。

wikipediaによると、5巻まで出ているようなのだが、これじゃ本当にヒーローものになっちゃうかもね。それでも面白いことに変わりはないのだけれどさ。

 


[SF] オマル2 ―征服者たち―

2014-09-23 10:06:23 | SF

『オマル2 ―征服者たち―』 ロラン・ジュヌフォール (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

『オマル ―導きの惑星―』に続き、物語世界に没入するまで時間がかかった。何が起こっているのか良くわからないのに、惹きが弱いので推進力がない感じ。

ただ、列車が走り出すあたりからは急加速。『夜来る』とか『逆転世界』とか、過去の名作SFへのオマージュも織り交ぜつつ、陽光溢れるラストシーンへ突き進む。

今回も複数の物語が絡む群像劇なのだけれど、3つの物語が微妙に交差しそうで交差しないところは、いまいち感が募る。

実は大使たちの物語が発端で、“闇のプレート”が作りだされたということであれば、“闇のプレート”を通じて3つの物語がつながるのだけれど、そんな描写になってたっけ?

1巻からそうなのだけれど、舞台設定や小道具が魅力的な割に、物語としては単調でいまいちなのだよな。3種族の対立を現代フランスの移民問題に絡めたテーマも今回は背景に追いやられて、愚かな戦争を必死で続ける人々の英雄的行為ぐらいしか読み取れない。

オマル世界はダイソン球だというのがわかってしまっているから、SF的な壮大さも二番煎じ。しかも、そこで発生する現象や、オマル世界の成り立ちについても、Whyの部分が説明されないままなので、いろいろ消化不良。

というわけなので、いまひとつ読みどころのわからないまま、シリーズはさらに続く。

これがフランスSFの最高峰と言われても、本当にそうなのかと疑問に思う。これじゃ欧米SFの輸入による模造品のようだ。ジュール・ベルヌを生んだ国としては、ちょっと情けないんじゃないか。

 


[SF] SFマガジン2014年10月号

2014-09-15 22:11:22 | SF

『SFマガジン2014年10月号』

 

特集は「いまこそ、PKD。」。

アイドルが表紙に登場してびっくらこいたが、この人が“SFアイドル”として有名な西田藍。ああ、この人か、池澤春菜の座を脅かす新人というのは(笑)

特集の内容は、twitterでも流れていた「PKD総選挙」の結果発表。いまいちわかりずらいが、「AKB総選挙」のパクリということだな。

特集記事の開票分析by牧眞司はこの企画の意図を汲んだものだったにも関わらず、あまりにもアレなので、ネット上でも賛否両論で場外乱闘気味だったのがおもしろかった。

西田藍の原稿もちゃんとPKD愛にあふれるエッセイになっていて、これはやっぱり池澤春菜の座が危ういか。

個人的にPKDはあんまり思い入れがなくって、総選挙の投票にも参加していないんだけれど、これだけ熱狂的に支持されている作家というのはすごいなと素直に思う。

しかし、『アンドロ羊』とか、『高い城の男』とかのメジャー物はやっぱり面白いと思うんだけれど、今回上位に入った『ユービック』とか、『パーマー・エルドリッチ』はいまいち理解しきれなくて苦手なのだよな。


「地図にない町」 フィリップ・K・ディック (大森望 訳)
現実崩壊の悪夢が現実を侵食する話というのが俺的PKDの印象なのだけれど、これはまさしくそんな感じ。

「ハーラン・エリスン編『危険なヴィジョン』向きの、すべての物語の終わりとなる物語」 フィリップ・K・ディック (大森望 訳)
これだけの短さで、これだけふくらみのある物語を作れるのはすごい。


「レストラン・ド・カンパーニュ」 吉上 亮
アニメ『PSYCHO-PASS』のスピンオフ小説、縢秀星篇。そういえば、自宅で料理しているシーンがあったけど、こういう設定だったのか。5歳で潜在犯罪者となり、隔離されて育った縢が、料理に出会うことによって人生で初めて生きる実感を掴んでいくあたりが、ヘレン・ケラーの「ウォーター!」並みに感動する。

△ 「ジュピター・サーカス」 谷 甲州
読み切りとして載っているんだけど、これってやっぱり読み切りなのか?

「サイレンの呪文」 オキシタケヒコ
武佐音研に押し込み強盗が入るという物騒な始まり方をするが、武佐音研の二人の高校時代の回想がメイン。いつもの音響工学ではなく、ペルソナ(ネット上、リアル、どちらであれ)がテーマ。他人と違うことにより虐げられてきた人格が、社会(たとえそれが親友との二人だけの小さな社会であっても)と折り合いをつけていく葛藤に胸が痛くなる。

 


[SF] 魔聖の迷宮

2014-09-15 21:39:16 | SF

『グイン・サーガ133 魔聖の迷宮』

 

グインサーガを書き継ぐプロジェクトが、遂に栗本薫が筆を擱いたヤガ篇へ。

栗本薫は覚書のメモしか残さなかったとのことで、どこまで栗本薫の思い描いたストーリーなのかはわからないが、懐かしい面々が急に飛び出して来たり、外伝と直接つながったりと、驚きの連続だった。

天狼プロダクション監修による細かいチェックも入っているようなので、忘れ去られた伏線がうまく再利用され、回収されることも期待できそう。

さらに、ちょっと笑ってしまったのが、グインが記憶喪失になった意味について、あとがきで五代ゆうがばらしてしまっていること。ああ、そういえばそうだね、ということですごく納得。

パロ篇はグインの世界をぶっ潰す勢いでの暴走にも見えたが、ヤガ篇の展開を見ると、それもこれも栗本薫の想定通り、というか、栗本薫に呼びかけていたノスフェラスからの声が、遂に五代ゆうへ語りかけ始めたのかもしれないね。

 


[SF] 古代の遺物

2014-09-14 18:33:58 | SF

『古代の遺物』 ジョン・クロウリー (国書刊行会 未来の文学)

 

まさに国書刊行会らしい、名前だけは有名でもなかなか日本に紹介されない作家の短編集。

自分も、『エンジン・サマー』は確かに名作だったけれど、他の作品は読んだことがなかった。

未来の文学はSFの叢書だが、収録されている作品はどちらかというとファンタジーが中心。解説で狭義のSFとされている作品も、宇宙人が出てくる程度で、実際にはファンタジーに近い。狭義のSFと呼んで差支えないのは「雪」ぐらいのものではないか。

しかし、一読して幻想的なファンタジーと読める作品も、深読みするとちゃんと論理的に整合性のあるSFやふつうの小説になっているところが曲者だ。クロウリーの作品は文学的暗喩に満ちていることから、読者に深読みせざるを得なくさせており、ファンタジーと現実の境界を曖昧にしてしまっている。

たとえば、解説において“異属婚を取り扱って対になる”と言われている「異族婚」と「一人の母がすわって歌う」にしたところで、相手が描写の通りの異属なのか、それが文学的暗喩なのかで理解が異なるだろう。特に後者はアイルランドの歴史的背景が強調されているわけだから、海から来た異属は人外の何かであると文字通り解釈する方が難しい。

「シェイクスピアのヒロインたちの少女時代」にしても、実は主人公の女性がシェイクスピアになるという結末(いやそんな小説ではないのだけれど)でさえ、強引とは思えないように感じてしまう。


「古代の遺物」 柴田元幸訳
エジプトのミイラが薬用にされていたというのは聞いていたが、そういえば、動物のミイラもたくさんあったわけだよね。しかし、人間のミイラよりも珍重されない動物のミイラがそんなことに使われていたとは。そりゃ、呪いもかかるだろう。

「彼女が死者に贈るもの」 畔柳和代訳
ゴーストストーリーだと思うんだけど、違うかも。

「訪ねてきた理由」 畔柳和代訳
タイトルとは裏腹に、“訪ねてくる”理由の方がふさわしいかもしれない。時間をとらえるイメージがSF的。

「みどりの子」 畔柳和代訳
道に迷ったと思われる、肌が緑色をした姉弟を拾った神父の話。この話だけではストレートな怪異譚だが、解説では“みどりの子”の科学的解釈も触れられている。

「雪」 畔柳和代訳
虫型カメラ(ワスプ)によるライフログの実現とその問題点の提示、さらには、そこから導き出される増幅された喪失感。先見的でありながら、感動的でもあるSF。

「ミソロンギ1824年」 浅倉久志訳
ギリシャの地で出会った異形なもの。異形を助けることによって、与えられたもの。そして、主人公の名は……。

「異族婚」 浅倉久志訳
異属婚(敢えてこちらの字で)テーマのファンタジーと思いきや、最後の一文ですべてはアナロジーである可能性が示されてハッとする。

「道に迷って、棄てられて」 畔柳和代訳
ヘンゼルとグレーテルを題材にとった再話。

「消えた」 大森望訳
地球にやってきた意図不明の宇宙人とのファーストコンタクト物なのだけれど、解釈によってはホラーにも福音にもなる怪しい小説。

「一人の母がすわって歌う」 畔柳和代訳
「異族婚」と対になるのは、むこうでは女が異属で、こちらは男が異属というだけ。別に表裏にはなっていない、と思う。ただ、異属とされる存在が描写通りの異形なファンタジー存在ではないということはわかる。

「客体と主体の戦争」 畔柳和代訳
意識有るものと、意識無きものとの戦争を描いた作品なのだけれど、これを文字通りに受け取っていいのかよくわからず。さらに、wikipediaの“主体と客体”ページの記載を読みながら、さらに混乱。これはそもそも戦いではない?

「シェイクスピアのヒロインたちの少女時代」 畔柳和代訳
シェイクスピアに魅せられた少年と少女の出会いから恋を描いた作品であるが、シェイクスピアの正体を探るうちに、みずからがシェイクスピアに取り込まれてしまう少女を描くホラー的な味わいもある。明確に語られない細部や、少女とシェイクスピアのいくつもの共通点と、いくつものシェイクスピアの胸像型のゲームの駒が思わせぶりすぎて、どうにでも深読みできそう。