神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] 未必のマクベス

2017-12-25 21:08:35 | SF

『未必のマクベス』 早瀬耕 (ハヤカワ文庫 JA)

 

「ぜんぜんSFじゃないけど」という前振りで、S-Fマガジンの編集長が大々的に勧めていた小説。

個人的には、ニール・スティーヴンスンの『クリプトノミコン』がSFならば、これもSFでかまわないのではないかと思う。これは立派なSF。

とはいえ、良く考えてみると、秘密鍵を推測できる方法が存在する公開鍵暗号なんて使い物にならないし、“自分で解法を知らない暗号化方式を考えるなんて、馬鹿のすること”というのは、優秀すぎて常人には理解できないのではなく、そもそも暗号の概念を理解できていない、暗号屋として無能なんではないかと思うのだけれど、どうだろうか。

逆に言うと、そこがIFとして働いているSFと言えないことも無い。(ちょっと苦しい……)

ただ、この小説は、もちろん主人公が犯罪を起こすクライム・ノベルであるし、失踪した暗号学者を探すミステリでもあるし、あまりにもピュアな恋愛小説でもある。

なんというか、主人公が初恋の相手に寄せる思いは、20年の時を越えて変わりなく、ハードボイルドというよりは、ちょっと硬派で恋愛に気恥ずかしさを感じる年頃の想いがそのまま重ねられている気がする。だから、この小説にザックリと胸を切り裂かれる人が続出するのではないかと思う。

成行き上で内縁の妻状態になった今カノと、相思相愛でありながら告白もできなかった初恋の人を、天秤にかけるどころか自分が犠牲になって姿を消す。それは無償の愛というよりは、無駄な美学だったり、過剰なカッコ付けだと思うのだけれど、俺の胸の中の10代の少年が絶賛する。それが男というものだと。

 


[映画] ブレードランナー 2049

2017-12-19 22:03:03 | SF

『ブレードランナー 2049』

 

いまとなっては記憶は定かではないが、どうも昔見たのはオリジナル版とディレクターズカット版で、この映画に直接つながるファイナルカット版は見ていないような気がする。

とはいえ、デッカードはレプリカントで、レイチェルとともに姿を消したというのはSFファンの常識レベルになっている。まさに、“読破したふり禁止”ではなく、“観たふり禁止”案件である。それだけ、『ブレードランナー』は常識というか、一般教養レベルにまで昇華したということだ。

この続篇は、30年以上もの時を越え、まさしく『ブレードランナー』の続編、リメイクではない続篇だった。

暗い画面、降りしきる雨、無駄に過剰な日本趣味、そして、ニセモノ……まさに、『ブレードランナー』の続編らしい続篇を見せてくれた。それだけで満足だった気がする。

個人的に惹かれたのは、バーチャルキャラクターのジョイ。演じた女優のアナ・デ・アルマスはキューバ人だけれど、日本趣味のロサンゼルスという舞台に合わせた可愛い系のメイクで、バーチャルっぽさが際立っていた。終盤に出てきた青髪の巨大CG少女よりもバーチャルっぽい印象があった。

ジョイというキャラクターは、レプリカントのさらに先を行く、身体を持たない存在という意味ではニセモノの極地でもあるわけだが、それはレプリカントたちの救いとはならず、ジョイも身体を希求する。

レプリカントはたとえ子を成そうとも、レプリカントであることに変わりは無いと思うのだけれど、それでも彼らはモノであることからヒトへと近づくことにすべてを賭ける。

このあたりは非常に宗教的に感じたし、神がヒトを作ったという刷り込みの弱い我々には、ちょっと本質的に理解しがたい部分があるのではないかとも思った。

なんかこう、レプリカントはレプリカントとして、バーチャルキャラクターはバーチャルキャラクターとしての人権を訴えてもいいような気がするんだけれどね。

 


[SF] S-Fマガジン2017年12月号

2017-12-18 22:35:20 | SF

『S-Fマガジン2017年12月号』

 

「オールタイム・ベストSF映画総解説 PART2」。今回は1988年の『1999年の夏休み』から、2004年の『ハウルの動く城』まで。

このあたりは大学生でSF研に所属していたこともあって、かなり見ている。懐かしい。

先頭の『1999年の夏休み』なんて、レンタルビデオで割と初期に借りたもので、メジャーじゃないビデオ、しかも、アイドル主演の百合系ってことで、レジに持っていくのにかなり躊躇した甘酸っぱい記憶が。客の趣味なんて、店員には知ったこっちゃないのに、自意識過剰だったんだろうな。

しかもこのビデオ、その後に声優になっちゃった宮島依里とか、深津絵里になっちゃった水原里絵とか、川合俊一と結婚した中野みゆき(「毎度お騒がせします」にも出てた気がするんだけど、勘違い?別人?)とか、出演者もインパクトあるうえ、原案は『トーマの心臓』だし、「ウテナ」や「あの花」にも影響を与えたとか、与えてないとか、いろいろネタが詰まった作品であり、内容も“死”という概念に対する多感な時期の少年少女たちの複雑な感情を、オカルトなのかファンタジーなのかSFなのか紙一重な感じで描いており、とてもおすすめなので、ぜひ。

という感じで、一作一作ごとに、その作品というか、当時の大学生活が思い出されて、なかなか感傷深い特集だった。

『ブレードランナー 2049』関連の記事は、わざと読まずにおいて、映画を観たあとで読んだ。いちいちうなずける内容で納得。4人の女性たちの物語というのは、ちょっと言い過ぎのような気もするが、確かに女性キャラクターの印象が強い作品だった。

 


○「天岩戸」草上仁
ごめん、これは企画倒れだと思う。

○「忘却のワクチン」早瀬耕
元北大生としては、校歌のエピソードに大笑い。ネタ的に『未必のマクベス』にかぶる部分があって興味深い。

○「花とロボット」ブライアン・W・オールディス
オールディス追悼の掲載としては悪くないんだけれど、SF小説としてはどうなのか。

○「と、ある日のシンプル・イズ・ベスト」宮崎夏次系
「アンタがさっきみんな捨てたでしょ」の破壊力。かくて、部屋にはガラクタが溢れる。

○「ペルソナの影」 谷甲州
航空宇宙軍史って、図書館で借りて読んでたから持ってないのよね。買って読み直すべきか、まだ迷っている。

○「マルドゥック・アノニマス」冲方丁
バロットの卒業式でののどかな描写が、かえってこれから起こる惨劇を予言しているようで怖い。

○「忘られのリメメント」三雲岳斗
急展開続きで、さらに訳が分からなくなっていく。これってわざと連載を意識してやってるのか。

○「プラスチックの恋人」山本弘
これで完かよ。マジかよ。議論は深まらず、狂信者が勝つという後味の悪さ。もしかして、描きたかったのは非実在ロリぺドの是非ではなく、無敵の人の無敵っぷりだったとか。

あれ、藤井太洋の「マンカインド」はどこにいった?

 


[SF] 隣接界

2017-12-11 23:08:57 | SF

『隣接界』 クリストファー・プリースト (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

『奇術師』や『双生児』でおなじみのプリーストの新作。

この人の作品は、まさに気持ちよく騙されることが多いので、それを期待して読んだのだけれど、なんとなく肩透かしを食らってしまった感じ。

これまでの作品のモチーフがちりばめられ、一部の登場人物も再出演するので、プリーストの集大成というか、オールキャストの特別版といった感じ。プリーストの過去の作品を知っているならば、ニヤニヤしながら読める。そういう意味では、初心者向けというより、プリーストの作品を読み切った人が最後に読むべき本かもしれない。

しかしながら、モチーフの使い方があまりに露骨で、プリーストおたくが書いた二次創作のようなうさん臭さも感じる。なんだろう、この感じ。

メインとなるストーリーの舞台は、イスラム勢力によって政治的に支配されたイギリス。世界は異常気象と戦火による混乱の最中にある。そんな世界の中で、主人公のカメラマンは謎の消失現象に巻き込まれる。これは兵器による攻撃なのか、事故なのか。はたまた、ただの悪夢なのか。

そして、そのメインストーリーの合間に、第一次世界大戦で航空機を消す方法の研究を依頼された奇術師、第二次世界大戦でポーランドから亡命してきた女性パイロットのエピソードなどが挟まれる。

それらのエピソードは、さらにあの《夢幻諸島(アーキペラゴ)》へと繋がっていく。

テーマは明らかにいわゆる“並行世界”であり、物理学的な裏付けっぽいエピソードも出てくるが、おそらくうさん臭いのはこのあたり。

プリーストの作風は、ファンタジーともSFともつかない、科学的ではなくても論理的ではあるような、そんな危ういバランスで成り立っている。そこを、SF寄りに説明しようとして失敗したような、そんな感じを受ける。

アーキペラゴのプラチョウスに舞台が移ってからも、それぞれのエピソードは微妙にずれていて、ねじれている。そもそも《夢幻諸島》とは“そういうもの”だと理解していたけれども、それを「隣接界」として説明されてしまうと、なんだか途端に色褪せてしまった感じがして、なんだかせつない。

プリーストが描きたかったものは、第一次世界大戦、第二次世界大戦のエピソードが出てきて、さらにイスラムに支配されたイギリスが舞台であり、それをもうひとつの有り得る現実としての「隣接界」として描くことによる効果として、これはもう明らかであると思う。

しかしながら、それはプリーストらしからぬ直球すぎて、誰かがプリーストを騙って書いたのではないかという印象を受けてしまった。

さらに言うと、メインストーリーにおける幾多の謎は解明されないまま放り出されているのも不満だし、《夢幻諸島》が冥府下りの類型の舞台のように使われてるところも不満。こういう舞台設定なのであれば、あなたの愛した人は並行世界の別人、ぐらいな意地悪な世界であっても良かったのではないかという気がしてならない。