神なる冬

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[SF] 忘れられた巨人

2017-11-29 22:34:12 | SF

『忘れられた巨人』 カズオ・イシグロ (ハヤカワepi文庫)

 

ノーベル文学賞受賞作家の作品というと、どのようなイメージがあるだろうか。高尚で、難解で、政治的メッセージに富み、作品そのものよりも作家の社会的位置付けが重要であるような、個人的にはそんなイメージだった。

だいたい、以前に意識して読んだノーベル賞受賞作家は大江健三郎くらいだし、そもそも読んだのは『治療塔』なんてSFとしてはクソみたいな話だったし。ほかには『蠅の王』のゴールディングがノーベル賞受賞だったのをついさっき知ったくらい。万年候補の誰かさんの作品も、なかなかノレないものが多いし。

ところが、カズオ・イシグロの作品は、そんなイメージとはまったく異なる。特に最近の二作は(といっても寡作な人なので10年の間隔はあるが)いわゆる純文学ではなく、私小説ですらなく、エンターテイメント小説とか、ジャンル小説とかに分類されるべき作品だと思う。

前作の『わたしを離さないで』は、“いま”とは異なるパラレルワールドを描いた紛れも無いSFだった。そして、この『忘れられた巨人』はさらに凄い。

舞台設定は中世ファンタジーだ。アーサー王が平定した後のブリテン島が舞台。人間関係から村を追われるように旅に出た老夫婦を主人公に、竜退治のフォーマットに従った物語が描かれる。

さらに、この作品はミステリでもある。世界は記憶を奪う霧に覆われている。人々は少しずつ何かを忘れ、何かを失っていく。本当に物忘れの原因は霧なのか。この世界にはいったい何が起こっているのか。この謎を解明していくことが物語の背骨になっていく。

そしてまた、この物語はたったひとつのIFから始まっている。そこから、当時のブリテン島の社会情勢や生活風俗を外挿し、世界を構築していく。この手法は、世界を丸ごと創造するハイファンタジーというよりは、まさにSFの描き方を踏襲している。

さらにもちろん、恋愛小説でもある。主人公の老夫婦が交わす言葉には深い信頼感と愛情を感じることができて、微笑ましい。ふたりは失われた過去に苦しみながらも、それを乗り越えていく。まさに王道の恋愛小説。

ファンタジーでミステリでSFで恋愛小説で、それでいて、ゴチャゴチャせずに美しく物語を描いている。さすがに凄いと思った。

しかも、ノーベル文学賞にふさわしい社会的テーマ、政治的メッセージを兼ね備えている。タイトルの“忘られた巨人”の意味に気付いたとき、ちょっと鳥肌がたった。それが指し示す、現代社会における“忘られた巨人”の存在に思い至ったとき、恐怖と無力さに慄くしかない。

著者のカズオ・イシグロはこのテーマをユーゴスラビア紛争から着想したそうだが、日本にも忘られたどころか、半分目を覚ましかけた巨人が居座っている。

臭いものに蓋のごとく、巨人は霧の彼方に忘却されたままの方が良いのか、あるいは、負の連鎖を断ち来ることは可能なのか。隣人を愛せよとの言葉はむなしく、深い霧もいずれは暴かれる。はてさて、いったいどうしたものか……。

 



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