神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] ほかの惑星への気楽な旅

2016-11-29 23:07:45 | SF

『ほかの惑星への気楽な旅』 テッド・ムーニイ (河出書房新社 ストレンジ・フィクション)

 

《ストレンジ・フィクション》叢書は、この手のいわゆる“スリップ・ストリーム”にしては面白い小説が多い。という印象だったので、結局最後に残った一冊も読んでみることにしたのだが……。

これはまさしく《ストレンジ・フィクション》。まったくもって奇妙な小説だった。不条理というわけでもないが、かといって腑に落ちるわけでもなく、なんとも宙ぶらりんな感じ。

出版経緯としても、訳者が思う抜群に“変な小説”だからという理由で企画に推薦し、その結果、訳に苦労して後悔するとか、解説には要するに「わからない」ということしか書いていないとか、本当にわけのわからない小説だ。

タイトルはいかにもSFっぽいが、小説中で明言されるのは死後の世界の暗示としてに過ぎない。かといって、この小説の舞台が「ほかの惑星」というのはさすがに安直に過ぎる。

他にもSF的なガジェットとして、人間に恋するイルカ、南極で勃発しそうな資源戦争、正体不明の情報病、本物なのか幻覚なのかわからないテレパシーなどが登場するが、どれも曖昧なベールの向こう側に(わざと)置かれている。

特にテレパシーなのか透視なのか予知なのか、唐突に違う場面の描写が文章に入り込んできていて、最初は本当に乱丁かと思った。これは情報過多な現代(といっても、すでにレトロな雰囲気もあるが、本当に80年代?)を表そうとしたものだそうだが、成功しているのかというと、かなり疑問。

これなら、J・G・バラードの濃縮小説(コンデンスト・ノヴェル)の方がましなんじゃないか。っていうか、混線する会話文で情報過多を表現って、そもそもダメだよね。情報って会話テキストだけなのか、そういうもんじゃないだろって小一時間問い詰めたい感じ。

だいたい、「禁断の愛」とか「性愛と破滅」とか、いろいろ煽ってる割に、性的描写はせいぜい村上春樹レベルで、エロチカとしても読めないという。いったいどう読めばいいんだこの小説。

ああ、でも『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の頃の村上春樹に通じるものはあるかもしれない。ほら、カークなんていかにも「やれやれ」って言いそうだ。なんなら、最初から村上春樹調で訳してみたら、もっと面白くなったんじゃないの。

 


[SF] アステロイド・ツリーの彼方へ

2016-11-17 21:41:44 | SF

『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』 大森望/日下三蔵編 (創元SF文庫)

 

毎度おなじみの年刊日本SF傑作選2015年版。

毎回、そりゃSFじゃないでしょうと言いたくなるような作品や、これが傑作かと疑われる作品が混じっているのだけれど、今年は割と好みのものばかりでよかった。

もはや常連の方々もいれば、お初にお目にかかりますという方もいて、バリエーションも申し分ない。これならば、SF読んでみようかという初心者にもとっつきやすいのではないか。

それにしても、同人誌、twitter、はては、ハガジンまでと、編者お二人のアンテナの高さというか、幅広さには感心する。総量ではいったいどれだけ読んでるんだろう。


○「ヴァンテアン」 藤井太洋
ついに日本SF作家クラブの会長にまでなってしまった藤井太洋。こういうお題での発注もこなせる人だとは思っていなかった(失礼!)ので、ちょっとびっくり。それにしても、他の人とかぶらず、21になるものを探しだすというのは、なかなか大変そう。

○「小ねずみと童貞と復活した女」 高野史緒
わかるものからわからないものまで小ネタ満載小説。それにしても、サイモン教授には何度読んでも噴き出すわ。

○「製造人間は頭が固い」 上遠野浩平
再読。いろいろな方面への伏線として読めておもしろいので、統和機構モノ好きは必読。

○「法則」 宮内悠介
「ヴァン・ダインの二十則」はミステリが従うべき規則であるが、これを文字通り守ると、途端にドタバタコメディSFになるというのは趣深い。

○「無人の船で発見された手記」 坂永雄一
何とも壮大な神話だが、SFファン同士のバカ話っぽいところもあって楽しい。

○「聖なる自動販売機の冒険」 森見登美彦
お久しぶりの森見短編。まだはっちゃけ切っていないので、ちょっと不満。

○「ラクーンドッグ・フリート」 速水螺旋人
こっちの方が森見登美彦じゃねーかと思ったら、ちゃんと著者コメントで言及されてた。なお、同ネタは新井素子にも。

○「La poesie sauvage」 飛浩隆
おお、Strandbeestではないか。風力ではなくて言葉の力で動くというあたりが、飛さんらしくて素敵。

○「神々のビリヤード」 高井信
ずいぶん懐かしいお名前。現役だったのか!

○「〈ゲンジ物語〉の作者、〈マツダイラ・サダノブ〉」 円城塔
これまた円城塔らしい作品。ソフトウェアとしての文学というネタはもはや鉄板。こういう形で自然言語解析/生成を研究しているネタはほかにあるのだろうか。

○「インタビュウ」 野﨑まど
バカっぽくてたいへんよろしい。

○「なめらかな世界と、その敵」 伴名練
この人は毎年すごい作品を書いてくる。この結末は到底ハッピーエンドには思えないのだが、可能性を託す先があるからこそ可能性を捨ててでも友人を救いたかったということか。

○「となりのヴィーナス」 ユエミチタカ
自分探し(物理で)。

○「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」 林譲治
“例の物件の建設”ということで時事ネタなのかと思いきや、最後に出てきたアレは欠陥物件というほどのものだったっけと不思議に思う。

○「橡」 酉島伝法
相変わらずの酉島ワールドなのだが、気持ち悪さを乗り越えるのに努力が必要になってきて、もうダメかもしれない。

○「たゆたいライトニング」 梶尾真治
エマノンって懐かしすぎ。

○「ほぼ百字小説」 北野勇作
twitterでフォローしてるので企画は知っていたけど、内容をあまり覚えていないのはどうしてか。納戸奥のスナイパーがツボ。

○「言葉は要らない」 菅浩江
実はIHIメカトロ部門が就職の第一希望だったので、いまさらながらなんだかムズムズする。

○「アステロイド・ツリーの彼方へ」 上田早夕里
AIの身体性というのはAIの研究ネタとして大きいものだと思うのだが、これは何となく微妙。AIの複製可能性についてはどう考えているのか。バニラが旅立った時には身体付きだったのか。タイトルのアステロイド・ツリーは拡散のイメージのためだけに登場させた
のか、それとも、地球外生命体としての位置づけが重要なのか。あまりに疑問が多すぎる。

○「吉田同名」 石川宗生(第7回創元SF短編賞受賞作)
読みながら『 〔少女庭国〕』を思い浮かべたが、選評でも言及があったので笑った。こういう一発ネタをSF的思考で広げられるというのは割と稀有な才能だと思う。


ところで、伴名練がユエミチタカに言及しているのだけれど、この二人の関係は?


[SF] 天冥の標Ⅸ

2016-11-16 22:54:58 | SF

『天冥の標IX ヒトであるヒトとないヒトと PART1-2』 小川一水 (ハヤカワ文庫 JA)

 

ついにここまで来た。尻切れトンボの第1巻はともかく、リアルに涙を流しながら読んだ第2巻の時点で、これから10年間での最大の傑作であろうことを確信した《天冥の標》全10巻の最終巻ひとつ前。

“ヒトであるヒトとないヒトと”のサブタイトルの通り、1巻目から謎めいた符牒として語られてきた各種族がそれぞれの想いを抱えながら最期の戦いへ集結していく。ヒトとは何かを問い詰めていく物語は、仲間と非・仲間を線引きする意味を問いかけてくる物語でもある。

今思えば、なんだか不要な寄り道だった気がする4巻も、まさしくこのテーマにつながるターニングポイントだったわけだ。

そして今回の目玉は、遂に明かになった二惑星天体連合軍の全貌と目的。その想像を絶する規模と、その派遣軍に含まれるホモ・サピエンスのわずかな数に戦慄を覚える。計算があっているのかどうかもよく分からないが、とにかく、セレスの質量がすべて兵器と化した場合であっても、これを殲滅しうる規模だというのだ。そこに《救世群》の残した恐怖の大きさを感じる。

そして、彼らの目的。そのひとつはセレスに残されているであろう人類の救出だった。しかし、それも、かわいそうだからとか、正義や人道的見地からなどではなく、ホモ・サピエンスを絶滅から救うという目的もあるに違いない。おい、まさか、太陽系に残された人類はメニー・メニー・シープの生存者よりも少ないなんて言うんじゃないだろうな。っていうか、ほかの惑星をこのためにぶっ壊したから二惑星だなんて言わないよな。

せっかく朝が戻ってきたメニー・メニー・シープにも、休む間もなく次の戦いが待っている。はたして本当の最期の戦いはどちらに転ぶのか。あれだけあっさり太陽系を壊滅させたのだから、すべてがうまくいく大団円は期待しない方がいいのかもしれない。

ところで、PART1からPART2までに時間がかかったのは、このままだと破綻することに気付いてしまったからだと著者がtwitterで言っていたような気がするが、どこが問題だったのだろう。気になったのは、対《救世群》の宇宙軍に二惑星天体連合軍がいつの間にか大量に投入されていたことぐらい。まぁ、鳥頭なので気付いていない伏線はいっぱいあるんだろうけど。

 


[SF] ガブリエルの猟犬

2016-11-01 21:18:13 | SF

『ガブリエルの猟犬 クラッシャージョウ・シリーズ13』 高千穂遥 (ハヤカワ文庫 JA)

 

日本で初めてスペース・オペラを書いたのも、ヒロイック・ファンタジーを書いたのも、高千穂遥だと言われている。《クラッシャー・ジョウ》シリーズはその最初期に書かれた古典とも言える作品だ。それが今でも書き継がれているという奇跡。

さらに、今さら4KリマスターでBlu-ray Box発売とか、何事かと思ったよ。

しかし……。

甘い! 甘すぎる!

前巻の『美神の狂宴』でも思ったのだけれど、クラッシャー&鈴々蘭々が強すぎて、ぜんぜん窮地にならない。

今回は1年におよぶ新兵器開発と訓練の実地試験になるわけだが、それにしても相手の“猟犬”が気の毒だ。もっと非情な殺戮マシーンと化した人工知能かと思いきや、限られた経験に基づく不完全な攻撃力しか持っていない玩具にすぎなかった。それなのにこんな化け物の抗争に巻き込まれて、とっても可哀想。

本来の敵であるルーシファの部隊にいたっては、その“猟犬”に全滅させられるという情けなさ。これでは盛り上がるものも盛り上がらない。

鈴々蘭々の敵となる亀獣も情けない。これでは典型的なやられ役ではないか。そもそも、亀獣はなんと読めばいいのか。カメジュウじゃ間抜けだし、キジュウじゃなんだかわからない。アーケロンならまだわかるが、亀獣のルビとしては出てこなかった気がする。

こちとら、30年以上も前の感性豊かな幼少時期に『人面魔獣の挑戦』を読まされてトラウマになりかかったのだから、こんなもので満足できるはずもない。いったいどうしてくれるのだ。

今回だって、ポッド降下時に攻撃を受けてリッキーだけはぐれて孤軍奮闘するとか、最後にアルフィンがヘルメットを射抜かれて生死不明になる(でも新装備だから大丈夫!)とか、いくらでも盛り上げようがあったろうに、なんでこうも順調に事件が解決してしまうのか。

なんだか今後の展開に期待を持たせる結末ではあるが、前回もそんな感じだったし、期待していいものやらどうやら。

せっかく(その経緯は不幸な話ではあるが)ジュニア文庫のソノラマ文庫からハヤカワ文庫に移籍したのだから、もっと大人向けにエログロ路線になってみるというのはどうか。そもそも版形をトールサイズではなく、《グイン・サーガ》同様に通常文庫サイズにしているのも、若い読者よりも昔からの読者をターゲットとしているってことなんでしょ。

あの竜の一族も登場しているのであるから、《ドラゴンカンフー》的なエロに走るのも悪くないと思うんだけど。ほら、そろそろジョウもアルフィンも成人すんだろうし(笑)