『ハンターズ・ラン』 ジョージ・R・R・マーティン、ガードナー・ドゾワ&ダニエル・エイブラハム (ハヤカワ文庫SF)
![](http://www.hayakawa-online.co.jp/images/item/011761.jpg)
G.R.R.マーティンの新作。最初に書誌情報を見たときに「他」がくっついていたのが気になったが、一人はガードナー・ドゾワかよ。編集者としての方が有名なので、ちょっと違和感があるが、作家としてネビュラ賞も受賞してたのか。もう一人のダニエル・エイブラハムは「両替官とアイアン卿」の人。
著者(ってどの人)あとがきで、トム・ソーヤとハックルベリー・フィンの名前が出てくるように、二人組みが川を下るというモチーフの小説。
太陽系外殖民惑星へ流れてきた街のクズ、ラモンは偶然に隠遁生活を営む異種属の隠れ家を見つけ、つかまってしまう。しかも、そこから逃れたもう一人の人間を追うため、首に紐をつけられてまさしく猟犬役をさせられてしまうことに。
ラモンは最初のうちは、追われる人間の方へ仲間意識を持って、異種属の追跡を遅らせようとするのだが、首に繋がった紐による心の交流や、異種属が隠れ住むようになった経緯を聞いて、だんだん同情的になり、ゆれる男心。
さらに、追われる人間が誰なのかがわかってからは、さらなる心の葛藤が。追われる人間と異星人をどちらも亡きモノにして街へ、あの娘のもとへ帰らなければ!
という話。なのだが、これがまた、いろいろ仕掛けがあって、ネタばれなしには語れない。
(ので、以下ネタばれ全開)
主人公は二つの組み合わせで川を下る。一つ目は異種属マネックとのコンビ。そして、二つ目はまさしく自分自身と向き合う旅だ。
マネックとの追跡時では、相互にまったく知らない異種属同士の問答によって、人間とは何かというテーマが浮かび上がってくる。どうして小便をするの? どうして生き物を殺して食べるの? どうして、人間は人間を、食べるためでもなく、妻を犯されたわけでもないのに殺すの?
根っからのDQNであるラモンにはまともに答えられるはずも無いが、この問答の経験を通して、ラモンがこれまでの自分に疑問を持ち始めるあたりの心の揺れ方が面白い。
さらに、追われる側となった自分自身との逃走時には、まさしく自分自身と向き合うことによって客観的に観察することができ、自分とは何かという問題にぶち当たってしまう。いわば、強制的に内観をさせられるような状況に陥る。さらに曖昧な記憶が突然にフラッシュバックすることによって、読者もラモン自身の人生を再体験することになる。
人間とは何かという大きなテーマと、自分とは何かという小さな(?)テーマが入り組み、つながり、クズ人間のラモンがある意味生まれ変わる(いや、実際に生まれ変わってるんだけど)更正ストーリー。
異種属が語る流れの話とか、職能を実行しろとかの不思議な思想も興味深いが、自分が何のために生まれてきたのかということに確信を持ち、常に意識し続けるという思想は、自分探しに憧れる現代の若者には刺激的であるかも。
追われるものが自分自身であることは、SFファンならすぐにわかる話なので、“マンハント”を前面に押し出すのはミスリードのためではないかとも思える。
それ以上に、まったく違う他者と、まったく同じ他者というふたりの道連れによって浮かび上がる、一人の男の人生の物語というべきだろう。
などと言っても、妙に文学的なわけではなく、どっちに“転ぶ”かわからない主人公のせいで、最後までスリリングな展開の冒険SF小説だった。
![](http://www.hayakawa-online.co.jp/images/item/011761.jpg)
G.R.R.マーティンの新作。最初に書誌情報を見たときに「他」がくっついていたのが気になったが、一人はガードナー・ドゾワかよ。編集者としての方が有名なので、ちょっと違和感があるが、作家としてネビュラ賞も受賞してたのか。もう一人のダニエル・エイブラハムは「両替官とアイアン卿」の人。
著者(ってどの人)あとがきで、トム・ソーヤとハックルベリー・フィンの名前が出てくるように、二人組みが川を下るというモチーフの小説。
太陽系外殖民惑星へ流れてきた街のクズ、ラモンは偶然に隠遁生活を営む異種属の隠れ家を見つけ、つかまってしまう。しかも、そこから逃れたもう一人の人間を追うため、首に紐をつけられてまさしく猟犬役をさせられてしまうことに。
ラモンは最初のうちは、追われる人間の方へ仲間意識を持って、異種属の追跡を遅らせようとするのだが、首に繋がった紐による心の交流や、異種属が隠れ住むようになった経緯を聞いて、だんだん同情的になり、ゆれる男心。
さらに、追われる人間が誰なのかがわかってからは、さらなる心の葛藤が。追われる人間と異星人をどちらも亡きモノにして街へ、あの娘のもとへ帰らなければ!
という話。なのだが、これがまた、いろいろ仕掛けがあって、ネタばれなしには語れない。
(ので、以下ネタばれ全開)
主人公は二つの組み合わせで川を下る。一つ目は異種属マネックとのコンビ。そして、二つ目はまさしく自分自身と向き合う旅だ。
マネックとの追跡時では、相互にまったく知らない異種属同士の問答によって、人間とは何かというテーマが浮かび上がってくる。どうして小便をするの? どうして生き物を殺して食べるの? どうして、人間は人間を、食べるためでもなく、妻を犯されたわけでもないのに殺すの?
根っからのDQNであるラモンにはまともに答えられるはずも無いが、この問答の経験を通して、ラモンがこれまでの自分に疑問を持ち始めるあたりの心の揺れ方が面白い。
さらに、追われる側となった自分自身との逃走時には、まさしく自分自身と向き合うことによって客観的に観察することができ、自分とは何かという問題にぶち当たってしまう。いわば、強制的に内観をさせられるような状況に陥る。さらに曖昧な記憶が突然にフラッシュバックすることによって、読者もラモン自身の人生を再体験することになる。
人間とは何かという大きなテーマと、自分とは何かという小さな(?)テーマが入り組み、つながり、クズ人間のラモンがある意味生まれ変わる(いや、実際に生まれ変わってるんだけど)更正ストーリー。
異種属が語る流れの話とか、職能を実行しろとかの不思議な思想も興味深いが、自分が何のために生まれてきたのかということに確信を持ち、常に意識し続けるという思想は、自分探しに憧れる現代の若者には刺激的であるかも。
追われるものが自分自身であることは、SFファンならすぐにわかる話なので、“マンハント”を前面に押し出すのはミスリードのためではないかとも思える。
それ以上に、まったく違う他者と、まったく同じ他者というふたりの道連れによって浮かび上がる、一人の男の人生の物語というべきだろう。
などと言っても、妙に文学的なわけではなく、どっちに“転ぶ”かわからない主人公のせいで、最後までスリリングな展開の冒険SF小説だった。