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神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] エピローグ

2016-04-11 23:59:59 | SF

『エピローグ』 円城塔 (早川書房)

 

『SFが読みたい! 2016年版』における2015年 BEST SFの第一位。

シンギュラリティの向こう側から進入してきたOTC(Over Turing creature)によって人類は現実世界からの“退転”を余儀なくされ、新たな物理世界を作りだし、その中へ移動し続ける。世界が侵略され続けるならば、世界を作り続ければよい。まさに、扉に引用された黄泉比良坂のイザナミのごとく。かくして、世界は新たに増殖を続け、層宇宙を成す。

S-Fマガジンでの連載時にはよくわからなかった部分も、再読なのでなんとか理解できたような気がする。

『Self-Rference Engine』との比較がよく言われるが、個人的にはこっちの方がわかりやすい。というか、全体の俯瞰がしやすいのではないか。なんといっても、これが何についての物語なのかは明確に提示されているのだ。それだけでも、大きな違いといえるのではないか。

『Self-Rference Engine』が最初と最後以外、脈絡のない(ように見える)短編連作なのに対し、『エピローグ』は層宇宙という概念の中の別世界の話として短編が挿入されている。そして、その短編群は思わせぶりなキーワードで繋がるという体裁。

しかし、だまされてはいけない。この世界では、因果関係というものは成り立たず、過去も因果も作り出すことが可能で、すべては可逆的なのだ。まったく無関係のはずの存在が関係付けられることによって、新たな存在が生まれ、すべての歴史は書き換えられていく。

ゆえに、すべての始まり、カミが言葉アレ!といった瞬間へ立ち戻る。

まさにこの世は、すべてが終わってしまった後に、無限に繰り広げられるエピローグ。

どちらかというとこの物語の難解さは、すべてのものを情報処理の用語で語り始めるところにあるのかもしれない。EaaS(Existens as a Service)なんていわれたって、クスクス笑える人はその手のギョーカイ人だけでしょう。

ヒトの人格はもちろん、物語=ストーリーラインだって情報でしかなく、データでありソフトウェアである。オリジナルの著者がいてメンテナがいて、あまつさえオープンソースだったりして、noteにおける議論において改変が取捨選択されてコミットされる。

小説というのはバージョンアップもろくにできない原始的なソフトウェアだというのはなかなかおもしろい表現だと思った。もちろん、勝手にバージョンアップされても困るんだけれど、バージョン管理さえできていれば、お好みのバージョンに立ち戻ることができる。いや、ちゃんとラベルさえ貼っておけばな!

そしてまた、小説は暗号化され圧縮されたデータでもある。そこに著者が込めたものは、読者によって復号、解凍され、展開される。しかし、入力と出力が同等であることはどうやって保証されるのか。こうして、ここでもいくつものバージョンが発生していく。まさに、この世は層宇宙だ。

その手のコンピューター用語がよくわからない人は、ラブストーリーとして読めばよい。ラブストーリーとなることを宿命付けられた朝戸と、ラブストーリーに巻き込まれないように回避しつつも惹かれていく榎室南緒。そして、人智を越えた存在でもあるアラクネとのラブストーリー。

さらには、層宇宙に広がって人類未到達連続殺人事件を追う探偵/刑事、クラビトと、OTCを喰らう存在であるインベーダーである妻とのラブストーリー。

概念が概念に恋するようなわけのわからない設定であろうとも、円状塔の描くラブストーリーはどうしてこうも甘酸っぱいのだろうか。

 


[SF] クロニスタ

2016-04-05 23:59:59 | SF

『クロニスタ 戦争人類学者』 柴田勝家 (ハヤカワ文庫 JA)

 

生体通信によって個々人の認知や感情を人類全体で共有できる技術“自己相”が普及した未来社会。伊藤計劃の『ハーモニー』や、それに続く『PSYCHO-PASS』などの諸作品からの影響は明らか。『虐殺器官』や『ハーモニー』に対する柴田勝家的な回答(反論?)のひとつなのだろう。

しかし、戦国武将が古代アンデス文明の小説を書くとはこれいかに……。

実は去年のボリビア、今年のペルーと、南米旅行をしてきたばかりなので、チチカカ湖周辺の描写や、アンデス縦断鉄道として出てくるペルーレールなどが懐かしく、見てきた光景がよみがえる感じがした。アイマラとかケチュアの人々についても、読む前に基礎知識として知っていて良かったと思う。

インカ帝国発祥の地であるチチカカ湖周辺から物語は始まり、旅路は大陸南端のパタゴニアへ至り、ラストシーンはウユニ湖だ。また南米に行きたくなってきた。

それはさておき、この作品に関しては正直なところ、荒削りで若書きな印象。高校生ぐらいが書きそうなキャラクターやシーンの連続で、なんだか親近感が沸くくらい。とはいえ、こっちをハヤカワSFコンテストに送っていたら、大賞受賞は難しかったんじゃないか。

クロニスタというのは、タイトルとしては「戦争人類学者」と表記されている。本文中では「文化技官」であり、語源はレコンキスタに付き従った書記官のこと。この小説においては、社会学の知識や技術を応用して、暴動や戦闘を発生させないように手を打つ軍人である。

主人公のシズマは人類学者にしてクロニスタ。おそらくは、著者の分身でもある。で、物語は“自己相”なるネットワークによって相互接続され、均質化された社会において、民族とは何か、自己とは何かを問いかけるべきものだったような気がするのだが、そっち方面での掘り下げはぜんぜん足りないんじゃないか。著者は博士課程の民俗学者(?)なのだから、もっと専門分野に切り込んだ鋭い指摘を期待したい。

均質化=危機であり、その回避にはまったく異質の存在が必要で、それが存在しないのであれば作り出してしまえばよい。という部分は『ハーモニー』に対する回答としてそんなに突飛ではないので、さらにプラスアルファの、心に刺さる何かが欲しかったと思う。

ネットワークによる均質化といえば、インターネットに代表される通信技術の普及によって、都市部と地方の、あるいは、国を越えた文化の均質化というのはすでに現実として始まっている。じゃあ、それが危機かというと、直ちに個人の危機ということでもなかろう。どちらかというと、先に死にいくのはローカル文化であり、それこそ民俗文化の方じゃないんだろうか。

たとえば、アイヌなんて今どうなってしまっているか。次のテーマにどうですかね、勝家さん。

 


[SF] 寄港地のない船

2016-03-31 23:59:59 | SF

『寄港地のない船』 ブライアン・オールディス (竹書房文庫)

 

なぜに今さらという感じではあるが、オールディスのなんと初邦訳作品。

タイトルからしていきなりネタバレしているけれども、文明が退行しつつある世代宇宙船内の話。

世代宇宙船といえば、ハインラインの『宇宙の孤児』が有名だが、これはそれを下敷きにしたオールディス流の回答版。「本当に頭がふたつあるの?」にはクスっとさせてもらった。

戦時中(!)に東南アジアで過ごした経験が元になっていると言われるジャングルや変異しつつある生態系の描写は、かの代表作『地球の長い午後』を思わせる。そのジャングルを切り開くと通路や部屋があって、過去の遺物が残っているという設定は、世界の謎解きという面からもワクワクする。世界樹の迷宮かよ!

基本的に科学技術の多くが失われた設定なので科学考証的にボロは出にくいが、この宇宙船が何なのか、どこからどこに向かっているのか、なぜ文明が退行したのかといった設定面はまったく古びておらず、びっくりする。

当初の目的地も11光年かそこらなので、どこぞの宇宙戦艦が目指したマゼランと比べると現実味がある。生まれる前どころか、約60年も前に書かれた小説なのに、ぜんぜんレトロフューチャーじゃなかった。

知能を持ったネズミなんかも出てくるので、そもそも彼らはヒトなのかという疑問を持ちながら読んでいたので、すべての謎が解明されたときには、ああそっちだったのかという驚きとともに、納得感があった。最終的には、実は××だったというありがちなオチから、人間怖い系の展開になっていくのだけれど、1958年という発表年を考えると、いろいろな類型の元祖としてリスペクトせざるをえない。

 

[SF] 寄港地のない船
『寄港地のない船』 ブライアン・オールディス (竹書房文庫)
http://www.takeshobo.co.jp/book_d/shohin/6030701

http://www.takeshobo.co.jp/photo/shohin/9784801903555-m.jpg
http://www.takeshobo.co.jp/book_d/shohin/6030701


なぜに今さらという感じではあるが、オールディスのなんと初邦訳作品。
タイトルからしていきなりネタバレしているけれども、文明が退行しつつある世代宇宙船内の話。
世代宇宙船といえば、ハインラインの『宇宙の孤児』が有名だが、これはそれを下敷きにしたオールディス流の回答版。「本当に頭がふたつあるの?」にはクスっとさせてもらった。
戦時中(!)に東南アジアで過ごした経験が元になっていると言われるジャングルや変異しつつある生態系の描写は、かの代表作『地球の長い午後』を思わせる。そのジャングルを切り開くと通路や部屋があって、過去の遺物が残っているという設定は、世界の謎解きという面からもワクワクする。世界樹の迷宮かよ!
基本的に科学技術の多くが失われた設定なので科学考証的にボロは出にくいが、この宇宙船が何なのか、どこからどこに向かっているのか、なぜ文明が退行したのかといった設定面はまったく古びておらず、びっくりする。
当初の目的地も11光年かそこらなので、どこぞの宇宙戦艦が目指したマゼランと比べると現実味がある。生まれる前どころか、約60年も前に書かれた小説なのに、ぜんぜんレトロフューチャーじゃなかった。
知能を持ったネズミなんかも出てくるので、そもそも彼らはヒトなのかという疑問を持ちながら読んでいたので、すべての謎が解明されたときには、ああそっちだったのかという驚きとともに、納得感があった。最終的には、実は××だったというありがちなオチから、人間怖い系の展開になっていくのだけれど、1958年という発表年を考えると、いろいろな類型の元祖としてリスペクトせざるをえない。


[SF] S-Fマガジン2016年4月号

2016-03-24 23:59:59 | SF

『S-Fマガジン2016年4月号』

 

表紙は誰かと思ったら、故デヴィッド・ボウイ。『地球に落ちてきた男』なんかは有名だけれど、S-Fマガジンで特集されるとはびっくりだ。映画出演だけではなく、火星人設定のコンセプトアルバムなんかもあって、SFとの親和性は高かったのだろう。今だと誰になるんだろう。BUMP OF CHICKENもSEKAI NO OWARIもちょっと違うような気がするけど、Linked Horizonまで行くとまた違うような。あ、GACKTか?

個人的には『SFが読みたい! 2016年版』のベストSF 2015上位陣の読み切り小説が多数掲載されていることがうれしい。どれも今年度ベスト級の出来。特にイーガンの「七色覚」と、倉田タカシの「二本の足で」はオールタイムベスト級だと思う。毎回、これぐらいの質と量っていうのは難しいですよねー。


○「overdrive」 円城塔
思考が光速を越えたらどうなるのか。物語ることを突き詰めていった『エピローグ』に続き、今度は思考ることか。相変わらず良くわからない蒟蒻問答だが、確かにトリップするわ。

○「烏蘇里羆(ウスリーひぐま)」 ケン・リュウ/古沢嘉通訳
『紙の動物園』収録作品で言えば「良い狩りを」に連なるスチームパンク的作品。いきなり北海道の羆害事件が出てきて驚く。蝦夷地の開拓から逃れた羆は妖魔なのか、……あるいはアイヌか。

○「電波の武者」 牧野修
『月世界小説』と同設定らしい。野放図な妄想が実体化して、現実を侵食していく。しかし、現実と地続きの妄想はこの現実社会を抽象化し、抽出し、抽籤で500名様に当たりまぁっす!

○「熱帯夜」 パオロ・バチガルピ/中原尚哉訳
『神の水』からのスピンアウト。ルーシーがシャーリーンと出会ったときのエピソード。渇きの時代を生きる強い女性がここにもひとり。

○「スティクニー備蓄基地」 谷甲州
えーと、ラミエル?

○「七色覚」 グレッグ・イーガン/山岸真訳
視覚障碍者がインプラントをハッキングして手に入れた七色の世界。脱出したはずが疎外されていたという皮肉。「それ、もうアプリがあります」という台詞の破壊力。技術のコモディティ化は社会を良くも悪くも変えてしまう。

○「二本の足で」 倉田タカシ
“二本の足で”動き出すのはスパムメールというのが爆笑モノ。一発ネタで終わるかと思いきや、架空の記憶をしゃべり続ける偽者の友人の存在が甘酸っぱくてほろ苦い。断片的に語られる近未来の日本社会も興味深い。これはぜひ長編化して欲しい。

○「やせっぽちの真白き公爵(シン・ホワイト・デユーク)の帰還」 ニール・ゲイマン/小川 隆訳
なんで天野喜孝の絵じゃなかったんだろう。シン・ホワイト・デュークなんて聞いたこともなかったけれど、おもしろいことをやっていたんだなと今さらながらの感想。

○「突撃、Eチーム」 草上仁
遺伝子操作や出産前遺伝子診断が進んでいった先の未来。人間の失われた能力が特殊技能になり得るというコメディ。これ、見方を変えると障碍者と呼ばれる人々の特殊技能を活用しようという話にもなるのかも。

 


[SF] ロックイン

2016-03-17 23:59:59 | SF

『ロックイン ―統合捜査―』 ジョン・スコルジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

タイトルの“ロックイン”は、感覚や意識はあるのに身体を動かせない状態であり、ある種の伝染病によって引き起こされる。

パンデミックによる壊滅的被害を世界中に引き起こしたヘイデン症候群。この病気を生き延びた者の多くはロックイン状態となってしまい、脳内に埋め込んだネットワークを用いて“スリープ”と呼ばれるロボットを遠隔操作して暮らしている。という設定。

また、ヘイデン症候群からの回復者には、統合者(要するに生身のスリープ)になる適正を持つものもいた。すなわち、脳内に他者を受け入れ、身体の制御を明け渡すことができるのだ。

ここまでならばSFではよくある話なのだが、さらに、あまりにも患者が拡大したために、このヘイデン症候群への福祉政策が財政難の原因となり、福祉予算を大幅にカットすることになりそうという状況下で物語の幕は上がる。財政難のために福祉政策の予算が削減されるというのは、SFではなく現実にもありそうな話。

主人公シェインはロックインに陥ったヘイデンであり、上院議員に立候補しようとする富豪の父親に利用される息子であり、FBIの新人捜査官である。彼が最初に担当した事件では、ホテルの部屋に身元不明死体と、黙秘する統合者。はたして、誰が誰を殺したのか。

スリープに対してそのまま中身の三人称が使われたりするので、読み始めからかなり混乱する。さらに、女性の統合者の中に男性が入っていたり、男性同士のカップルが普通に存在していたりするので、ちょっとした叙述トリック気分。しかしながら、この叙述トリックを現実化したようなことが事件の真相に係わってくるのでなかなか侮れない。

シェインが富豪の特権を利用して、身体は自宅に置いたままで、あっちにこっちにスリープを乗り換えて捜査を進めるのもスピード感を生んでおもしろい。スリープならば撃たれても平気だろうと思いきや、レンタルのスリープは使用者が壊さぬように痛覚センサーが強めに設定されているとか、クスリとさせる小ネタもいろいろ冴えている。

軽快に読めるSFミステリの秀作ということではあるのだが……。

統合者の設定はともかく、身体障碍者が遠隔操作のスリープを利用して社会生活を行うという未来はけして夢物語ではなく、目前に迫っているのではないか。そして、スリープを利用することが障碍者の権利として認められた場合、社会的というか、法令面、倫理面、いろいろな方向で軋轢を生む可能性は高いだろう。

保護される弱者から特権を持つ強者への移動は、取り残された弱者や、強者から転落した者たちの不満を生み、世論の反動保守化の強める。これって、どこかで見た光景のような気が。こういうエンターテイメントの中に、さらっと根深い話を突っ込んでくるのがスコルジーらしくて良い。

ところで、スリープ(sleep?)なの、スリーブ(sleeve?)なの?

 


[SF] 魔法の国が消えていく

2016-03-07 23:28:49 | SF

『魔法の国が消えていく』 ラリー・ニーヴン (創元推理文庫)

 

積読消化。古本で購入。

魔法の源であるマナを有限な天然資源の一種であるエネルギー源としてロジカルに描いたことで有名な作品。

なんとwikipediaに日本語の項目もあるくらいの名作。ニーヴンの諸作でwikipediaに項目があるのは《リングワールド》とこのシリーズだけ。

“マナ”はメラネシア人の言葉から宣教師が紹介した概念らしいが、これをうまくヒロイックファンタジーに結びつけることで、ファンタジー世界が擬似科学の世界に近づくことになった。

この概念はマジックザギャザリングといったゲームや、現代の異世界系アニメ、ライトノベルにも受け継がれている。いわば、元祖的作品。これを読んでいると、一部の人にはちょっと自慢できるかもしれない。

マナは有限な天然資源ということから、石油枯渇のアナロジーとしての物語なのかと思っていたら、あまりそういう感じはしなかった。どちらかというと、マナが地上で不足しているなら、月を魔法で地上に引き降ろせばいいという案に、小惑星や彗星を資源化するという宇宙開発の発想の近さを感じて面白かった。さすが、ニーヴン。

さらにもうひとつ、創元文庫にしてはイラストが多い。小口の部分が黒く見えるほどで、ライトノベル並だ。絵師(!)はエステバン・マロート。古き良き時代の正統なヒロイックファンタジーといった様相の絵柄で、物語にとてもマッチしている。この絵柄は天野喜孝にも影響してるんじゃなかろうか。

イラストが多い創元SFはイラストレイテッドSFシリーズとして、全部で8冊あるらしい。そういえば、同じくラリー・ニーヴンの『パッチワーク・ガール』もそうだった。

そういう薀蓄はさておき、地上に残った最後の神であり、愛と狂気を司るローズ=カティの存在が面白い。この神様は、愛と狂気を司るといいながら、狂気に駆られた人間を理性的に戻す力があるのだ。これによって、人類は理知的になり、戦争を止め、農耕にいそしみ、文明が発展し始めたという。

ファンタジーの世界から、科学技術の世界への移行。それは、実は最後まで生き残った神の力のせいだったというのは、なかなか面白い皮肉な展開だ。そしてそれは、ハードSFである『リングワールド』と、ロジカルファンタジーである『魔法の国が消えていく』の両シリーズを代表作とする、まさにニーヴンらしい結末だったなと思った。

創元って、よく復刊フェアをやっているイメージがあるのだけれど、この手のイラストレイテッドSFは復刊しないのかね。

 


[SF] SFが読みたい! 2016年版

2016-03-03 23:59:59 | SF

『SFが読みたい! 2016年版』 S-Fマガジン編集部

 

国内はS-Fマガジンの連載を入れれば13勝7敗。海外は積読を入れれば10勝10敗。まぁ、実際には国内10勝、海外8勝。一昨年あたりから、読む量が大幅に減ったと言っている割には、思いのほか健闘しているじゃないか。

なお、たくさん読んでれば勝ちなのかとか、勝ち負けとは何事だとか、そんな苦情は受け付けません。

ランキングを見ながら思ったことは、まさに『早川さん』で言われているとおり、国内のベテランや、海外の故人が多くランクインしていて、いったいいつのランキングなのかということだ。別にそれは悪いことではないし、『早川さん』が言うように、SF市場に活気が戻ってきたことの証拠ではあるのだけれど、市場の成熟と先鋭化は表裏一体なのがこの業界。

海外YAがどうしたこうしたという記事がある割りに、ライトノベル系SFのランクインは今回ゼロだ。

海外1位の『紙の動物園』は芥川賞作家ピース又吉が推薦したこともあり、非SFファンにも充分リーチするだろうが、国内1位、2位を僅差で分けた『エピローグ』と『月世界小説』は果たして気楽な気持ちで手に取った非SFファンでも楽しめるものだろうか。

非SFファンが、最近盛り上がっているジャンルであるSF小説なるものを読んでみようと思って円城塔の『エピローグ』を読み始めたときの当惑たるや、想像するとお気の毒様としか言いようが無い。

この状況は、なんとなく80年代を思い起こさせるような……。

それも、世代別SF作家ガイドなんてものが載っているせいで、第3世代SF作家と屑SF論争の時代をチラッと思い出してしまったせいもあるのだけれど。

それにしてもこのガイド、デビュー年で分けているとのことだが、山田正紀が第3世代に入っていたり、海外作家も日本デビュー年で掲載したりしているので、世代別というにはなんだか違和感ありありな感じ。

日本での出版年で考えれば、オールディスやレムなんかも、今まさに旬の作家ということになってしまうのだろうか。

それはさておき、記事、コラムからの感想をメモ。

この表紙はやっぱり、フォースの覚醒のあのシーンなのか?

真っ先に読んだ各出版社からのお知らせは、毎年ワクワクするのだけれど、毎年だまされるからかなぁ……。『ブルーマーズ』は最終的にいつ出るんだよ東京創元社。『愛なんてセックスの書き間違い』はどこに行ったんだよ国書刊行会。

国内1位のメッセージとして、円城塔が「作者がそれまで何を書いていたのだったか忘れてしまっても構わないよう」に構成を考えたというのには笑った。そりゃ、作者が忘れるのだから、読者だって忘れるだろう。

イーガンの難易度表示にはあんまり納得してない。『順列都市』なんてわかりやすい方だと思うけど。逆に、『ディアスポラ』よりも『クロックワーク・ロケット』の方が難易度高いと思う。

円城塔の難易度表示も必要だよな。『オブ・ザ・ベースボール』が★五つで。とか考えていると、思いついた。

そうだ、ベストSFランキングにも全部に難易度つけておけばいいんだ!

 

 


[SF] 神の水

2016-03-01 23:59:59 | SF

『神の水』 パオロ・バチガルピ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

近未来のアメリカを舞台にしたSF。……のはずなんだけど、なんだかメキシコあたりを舞台にしたギャング小説というか、マフィア小説を読んでいる気分だった。

アメリカ西部の帯水層が枯渇するかもという話は知識として知っていても、どうにも実感が無い。やっぱり、水の豊富な地域でしか生活したことが無いからかな。現住所も多摩川水系なので、利根川水系や荒川水系に比べれば、渇水の心配は少ないし。

作中では帯水層が枯渇し、コロラド川の水資源を奪い合う州間抗争が合法非合法裏表問わずに繰り広げられている。その中で、水に富める者はさらに富み、水を失うものは一気にすべてを失うという超格差社会。スラム化したフェニックスを舞台に、失われた水利権をめぐる争いに翻弄される主人公たちを描く物語。

SF的なネタとしては、完全にパイプライン可されたコロラド川が出てくる程度で、科学技術的には目新しいことは出てこない。アメリカの社会がこうなってしまうというところがSF的といわれても、主要舞台であるアリゾナとネバダとテキサスの位置関係すらあやふやという身には、なんとも現実感が無い。

静かに崩壊しつつある現代社会を描いた「第六ポンプ」はともかく、完全に異界化した東南アジアを描いた『ねじまき少女』に比べても、SF的なリアルさを感じられないのはなぜなんだろうか。

なんというか、アメリカが舞台というのが重要なのに、繰り広げられる物語がメキシコや中東、あるいは、砂の惑星デューンが舞台でであっても変わらないような感じがする。

あるいは、水資源の争奪戦が世界の秘密や謎といったことではなくて、主人公たちの物語の背景に周知の書き割りとして設定されてしまっているにすぎないのが問題なのか。

そうは言っても、さすがのバチガルピ。一気に読者を惹き込んでいく力がある。特に、女性たちの強さが印象的。

脅されても暴行を受けても真実に近づこうとするジャーナリストのルーシーも、すべてを失っても必死で生き抜こうとするテキサス難民の少女マリアも、女たちは想像を越えた強さを見せる。そして結局のところ、勝つのは正しさではなくて、強さなんだよね。

リーダビリティは高いし、スリリングでグロくてエグくてエロもあって抜群におもしろい。おもしろいんだけど、それはギャング小説とかマフィア小説としての面白さだった気はする。

 


[SF] 宇宙の眼

2016-02-18 23:59:59 | SF

『宇宙の眼』 フィリップ・K・ディック (ハヤカワ文庫 SF)

 

積読消化。というより、去年の10月ぐらいに、ブックカバー応募目当てに「凛々しい物語。ハヤカワ文庫の100冊フェア2015」で購入した本。だって、他のは既読ばっかりだったんだもの。

ブックカバーは見事にハズレたようですけどね……。

で、感想ですが、1957年に出版されたにしては、今読んでも普通におもしろい。さすが、P・K・ディックの出世作。

主人公たちが誰かのインナースペースに紛れ込んでしまうという設定は、現代のいろいろな物語(ほら、ハルヒとかもあれだよね)の原型と言ってもよい。

ただし、時代を感じさせる部分もあり、その最大のものがコミュニストに関する記述。アカって、当時は本当に社会の敵だったのだ。

主人公たち8人は「60億ヴォルトの陽子ビーム」を浴びて気を失い、気付いた時にはこれまでの現実とはちょっと違う世界にいた。この世界というのが主人公たちの誰かの頭の中という設定。(超絶ネタバレ)

おもしろいのは、それぞれの世界が、よくある思想を茶化したこっけいで陳腐なものになっているところ。(キリスト教ではなく、それとは明示的に異なる第2バーブ教とされているものの)聖書原理主義者、倫理的潔癖症、オカルトマニア、そして、コミュニストの世界をめぐり、それぞれの世界が実現したときの薄気味悪さや理不尽さがこれでもかと描かれる。

コミュニストはともかく、他の思想を実現しようとしている人々は今でもいるし、特にラディフェミ関連はtogetterあたりを舞台に反フェミと罵倒合戦(#まなざし村)を繰り広げていたりする。ディックが取り上げた過激思想の鬱陶しさとか、それが実現した暁のディストピア感は現代でも共感できるものだった。あの界隈は60年も変わっていないのだなと思うと、本当に感慨深い。

後年のディックは理解できない変人だけれど、やっぱり初期のディックは好きだな。

 


[SF] クロックワークロケット

2016-02-15 23:44:03 | SF

『クロックワーク・ロケット』 グレッグ・イーガン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

『白熱光』と同様、まったくの異星を舞台に、科学的探究心に燃える若者が世界の謎を解き、破滅から救う物語。かと思ったら、異星どころか物理法則の異なる異世界だったよ!

惑星上から見える星がプリズム越しのように赤から紫へ分散しているとか、いったいどういう原理なんだろうかとか考えていた。実は惑星ではなく、亜高速で飛んでいる世代宇宙船とか。

主人公のヤルダが発見したのは相対性理論に反する法則だった。ああ、これは試行錯誤しながら相対性理論までたどり着く話なんだと思った。

なんてことを考えながら読んでいたら、いろいろ裏切られた。まさか、そもそも物理法則が違う世界だったとは!

天体観測から世界の破滅を予見し、これを解決するためにロケットで飛び出すというやたらと早い怒涛の展開。しかも、ロケットは片道の世代宇宙船だ。帰還方法はいずれ子孫が解決するだろうって、そんな楽観的な。というか、そのレベルで切羽詰っているのだけれど。

なんでこれが可能なのかというと、やっぱりこの種族がある程度真空に耐えられたり、それなりに頑丈だという設定だからなんだろうな。これが人間だと、すぐに全滅してしまいそうだ。

本線となる異世界物理学や、疾走星の話はともかく、付随的な異星人の繁殖方法がまたすさまじい。なんと、メスがオスの誘引によって4つに分裂するのだ。比喩ではなく、物理的に。これがまたジェンダー的に大問題。

たとえば、女性が子供を産む=死だとしたら、女性に高等教育の機会や、男性と同じ権利が与えられるのだろうかかという思考実験。

主人公のヤルダはメスでありながらパートナーを失った異端児、もしくは障害者として扱われる。オスからの強引な、あるいは事故的な誘引から身を守るために、常に分裂を抑止するための薬を服用している。これがある意味、彼女たちの生命線。

そこに、強姦を恐れてピルを服用する人間の女性を重ね合わせるのは、短絡的すぎてちょっと本筋から外れすぎているようにも思えるのだけれど、イーガンはどうしてこんな設定をくっつけたのか。人類女性のカリカチュアとしても、かなりグロテスクで、ショッキングだ。

ヤルダの一生を描いたこの小説は三部作の第一部。結局のところ、世界を救えるかもしれない宇宙船の旅は始まったばかり。しかしながら、たとえこの旅が無限に続いたとしても、最終的な解決策さえ見つかれば、時間を捻じ曲げて世界の破滅には間に合わせることができるというなんともな設定。

これがある意味ご都合主義ではなく、架空物理学的な拘束になりえるのかかどうか、イーガンの手腕に期待しよう。