『クロックワーク・ロケット』 グレッグ・イーガン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
『白熱光』と同様、まったくの異星を舞台に、科学的探究心に燃える若者が世界の謎を解き、破滅から救う物語。かと思ったら、異星どころか物理法則の異なる異世界だったよ!
惑星上から見える星がプリズム越しのように赤から紫へ分散しているとか、いったいどういう原理なんだろうかとか考えていた。実は惑星ではなく、亜高速で飛んでいる世代宇宙船とか。
主人公のヤルダが発見したのは相対性理論に反する法則だった。ああ、これは試行錯誤しながら相対性理論までたどり着く話なんだと思った。
なんてことを考えながら読んでいたら、いろいろ裏切られた。まさか、そもそも物理法則が違う世界だったとは!
天体観測から世界の破滅を予見し、これを解決するためにロケットで飛び出すというやたらと早い怒涛の展開。しかも、ロケットは片道の世代宇宙船だ。帰還方法はいずれ子孫が解決するだろうって、そんな楽観的な。というか、そのレベルで切羽詰っているのだけれど。
なんでこれが可能なのかというと、やっぱりこの種族がある程度真空に耐えられたり、それなりに頑丈だという設定だからなんだろうな。これが人間だと、すぐに全滅してしまいそうだ。
本線となる異世界物理学や、疾走星の話はともかく、付随的な異星人の繁殖方法がまたすさまじい。なんと、メスがオスの誘引によって4つに分裂するのだ。比喩ではなく、物理的に。これがまたジェンダー的に大問題。
たとえば、女性が子供を産む=死だとしたら、女性に高等教育の機会や、男性と同じ権利が与えられるのだろうかかという思考実験。
主人公のヤルダはメスでありながらパートナーを失った異端児、もしくは障害者として扱われる。オスからの強引な、あるいは事故的な誘引から身を守るために、常に分裂を抑止するための薬を服用している。これがある意味、彼女たちの生命線。
そこに、強姦を恐れてピルを服用する人間の女性を重ね合わせるのは、短絡的すぎてちょっと本筋から外れすぎているようにも思えるのだけれど、イーガンはどうしてこんな設定をくっつけたのか。人類女性のカリカチュアとしても、かなりグロテスクで、ショッキングだ。
ヤルダの一生を描いたこの小説は三部作の第一部。結局のところ、世界を救えるかもしれない宇宙船の旅は始まったばかり。しかしながら、たとえこの旅が無限に続いたとしても、最終的な解決策さえ見つかれば、時間を捻じ曲げて世界の破滅には間に合わせることができるというなんともな設定。
これがある意味ご都合主義ではなく、架空物理学的な拘束になりえるのかかどうか、イーガンの手腕に期待しよう。
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